先日、ケーブルテレビのチャンネルで『鑑定士と顔のない依頼人』という映画を観た。
去年だったか、映画館で何度か予告編は見ていたのだが、なにより邦題がイマイチなのと、予告編見ても興味が湧かなかったので完全にスルーしてたのだが、実は『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督作品だということをケーブルテレビの番組表で知り(何度も予告編見たはずなのにその情報すら忘れてた)、あんな素晴らしい映画の監督なら…と、とりあえずまあ見てみるかと相成ったわけだ。

で、実際見てみたら今年見た映画で1位にしてもいいくらいに面白かった。
予告編の中身もすっかり忘れていて、前情報まったくなしで見たのが正解だった。そのうえでなお、2回見るのが必須な映画だった。

だから、これから見る可能性が少しでもある人はこっから先は読まないで欲しい。酷い邦題(原題は"The Best Offer")だけを前情報にこの映画に臨んで欲しい。DVDの帯のコメントとかも絶対に見ちゃだめ!


↓↓↓↓↓というわけで、以下はネタバレしかないです。既に見た人向け↓↓↓↓↓

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実際見始めたら、舞台はイギリスの美術鑑定士・競売人をとりまく世界だから、映像は綺麗だし音楽はいいし、それだけで十分見続けられるわけだけど、ストーリーは「まあ悪くないかな」程度で進行していく。
依頼人の若い女性が人前に姿を見せない、「広場恐怖症」という病気らしいと明らかになっていく。老年の主人公は扉越しにしか話せない依頼人に恋心を抱いていく。「紆余曲折ありつつも2人が心だけで通じ合って、最後は女がその病気を克服して、姿を見せて結ばれるヒューマン・ラブストーリーかな?」って思いながら観てた。

しかし依頼人の女の姿は、映画の中盤くらいで主人公が隠れて覗き見することで、案外あっさり見えちゃったりする。「あれ、最後の最後に姿を見せるもんだと思ってたら…」と面食らうも、これが若くて可愛いもんだから、先を見続けるモチベーションとしてはそれだけで十分なわけだ。

ところがどっこい、最後に大どんでん返しが待っていた。ここで初めて、実はこの作品、ミステリー物だったのかと気づいたときの衝撃と言ったら!

この作品はミステリーだということを知らないほうが絶対に面白く見れる。残念なことにDVDのジャケットや紹介文には最後に大どんでん返しが待っているミステリー物だということが書いてある。

よもやミステリーとは思わなかった私は、伏線への注目など全くしておらず、目まぐるしくエンディングに向かうストーリーを追うので精一杯。かなり混乱した状態で映画を見終わったのだった。


焦点は「ハッピーエンドかバッドエンドか」の問題だ。私はバッドエンドだと思った。しかしどうしても腑に落ちず、ネットで検索して数多あるレビューや感想ブログをチェックすることにした。

普通、映画の解釈に疑問が残ってネットで他の人の解釈を探しても、たいていはしょうもない妄想の類の記事ばかり読まされるのがオチである。しかし今回は違った。

もちろん、そうしたくだらない感想ブログもあったが、きちんと伏線が整理されたまともな考察もあった。私のバッドエンド解釈は修正せざるを得ないと思ったし、もう一度見る必要があると切に感じた。

ネット上の解釈の焦点は「ハッピーエンドかバッドエンドか」で分かれることにある。そのうえで「何をもってハッピーエンドか」でも分かれている。そしてその前に、どんでん返し後の「時系列」の解釈でも分かれている。

正直に告白すると、思わぬミステリー展開に混乱していた私は、伏線など全く思い出せずにバッドエンドだと思っていた。つまり「コレクション盗まれる→ヴィラに行き向かいのカフェで謎解き→プラハまで行く→ヒロインには会えず→最後は老人ホームで廃人同然で過去を回想」の時系列だと思っていた。

ネットを見て、主人公の「偽りの中にも真実」テーゼ、ヒロインの「最後をハッピーエンドに書き換える」発言、ランバートの「郵便物を持ってきました」、さらにはトルナトーレ監督自身の「非常にポジティヴな結末だと思っている」「愛の力を信じる人にはハッピーエンド」というインタビュー発言、さらに主人公がぐるぐる回る機械が高価なリハビリ器具だと分かったのはハッピーエンドの時系列を決定づけるように思えた。

つまり「老人ホームみたいな療養施設でヒロインから郵便物を受け取る→自宅でリハビリ→プラハ」という時系列はほぼ確定で、ナイト&デイでの「連れを待ってる」は、主人公の力ない妄言ではなく本当にヒロインと待ち合わせしている時系列的にもまさにラストシーンなのだ、と。2回めを見て、それを確認しなくてはと思っていた。


しかし今日になって改めて2回めを見てみると、必ずしも上述のようなハッピーエンドを簡単に確証できるわけではないと思った。

おそらく、トルナトーレ監督が「愛を信じる人たちには勝利ですが、愛を信じない人には暗いエンディングに思えることでしょう」と言っているように、はっきりとどちらかのエンドとは確信できないように、いくつかの解釈を許すように「あえて」作っているのだろう。

私が引かかったのは、主人公がランバートから郵便物を受け取ったあと、リハビリをしているときや、プラハで新居に入居するときの主人公オールドマンの「表情」だ。
もしその郵便物のひとつがヒロイン「偽クレア」からのもので、再会を約束する内容であれば、彼の表情はもっと明るく希望に満ちたものであってもいいはずなのに、一連のシーンでオールドマンの表情は廃人のときとあまり変わらないような、暗い表情のままである。ここで分かりやすく明るい表情に変えてしまってはエンド解釈の多様性が一気に損なわれてしまうから、暗く思い悩んだままにしたのだろう。

ただ、それでもなお、私は「主人公はヒロインに再会できた」ハッピーエンド説の蓋然性が高いと思う。

まず時系列については「療養施設で郵便物→自宅リハビリ→プラハ」で間違いないだろう。あのぐるぐる回るやつが高価なリハビリマシンだと判明した以上、「リハビリ→プラハ→施設」は無理がある(リハビリシーンの意味がない)。つまり「ヒロインとは再会できず、最後に施設で回想」というバッドエンドは間違いだ。

問題は「リハビリで立ち直りはしたが、プラハでは再会できなかった。しかしヒロインと出会いを通じてオールドマン自身が人間として生まれ変わることができた」という”もうひとつの”ハッピーエンド説だ。ネットではこちらの説の支持者が多いように思う。

最後、プラハに到着した後の場面で、主人公はおそらくホテルではなくアパートに入居している(業者らしき男が「内装は言いつけ通りに変えておきました」と言っているから少なくとも長期滞在なのは明らかだ)。そして手にはビリー作の偽クレアの肖像画(彼女の母親となっているが実際には彼女をモデルに描かれたのだろう)と思われるものを持っている。

このシーンから「オールドマンは、クレアが思い出の場所と語ったプラハの広場に面したアパートで、クレアの肖像画とともに、彼女との思いでに浸りながら、彼女との再会を儚い希望にして生きることにした」という結論を出すことも可能かもしれないが、果たしてそれで「人間的に生まれ変わって幸せなエンディング」だと言うのは無理がある気がする。彼がクレアを通じて変わったのは「人と触れ合い、真の人生を生きるようになれた」ことにあるはずなのに、最後まで孤独では「潔癖症が治った。肖像画のコレクションが1つだけになった」以外に何も変わっていないことにならないだろうか。

そしてもちろん、この"もう1つのハッピーエンド説"には、「最後を明るいものに書き換える」というヒロインのセリフが伏線として意味をなさなくなってしまうという欠陥がある。ヒロインがオールドマンと結ばれて一緒に暮らすのはシナリオ通りのはずで(そうでなければ秘密のコレクション室には入れないだろうから)、このセリフが伏線だとすれば「最後」が指すのはコレクションを盗んだ後のことだろう。

さらに、トルナトーレ監督のインタビュー、正しく引用すると「わたし自身、この映画の結末は、非常にポジティブなものだと思っています。愛を信じる人たちには勝利ですが、愛を信じない人には暗いエンディングに思えることでしょう」。
このインタビューが何語で行われたのか不明だが、もし「非常にポジティヴ」の「非常に」英語の"very"かイタリア語の"molto"が使われているとしたら、さらに「勝利」が"victory"や"vittoria"だとしたら、「過去の思い出に浸って、再会の儚い夢を見ながら暮らす」程度の結末に、こうした強調語を使うのは不自然だ。


翻って、「郵便物で再会の約束が取り付けられ、主人公とヒロインはナイト&デイで再会してプラハで新生活を始める」という最もポジティヴなハッピーエンド説は、「リハビリ後も主人公の表情が沈んでだまま」という1点を除けば、すべての伏線が首尾よく繋がると思われる。



というわけで、ここまで力説してきたわけだけれども、実はこの再会ハッピーエンド説は致命的な欠陥を抱えていると思う。それは、この結末が、『愛の力』と言えば格好いいが、結局は「初老の童貞でも若い美人と恋愛できる」という『オッサンの妄想』を肯定するだけのキモい結末でしかないのではないか、ということだ。現に私の力説もキモいだろう?アメリカの映画雑誌『ヴァラエティ』誌は、「表面的で陳腐な映画」と評したらしいが、私もそうかもしれないと思う。しかしこの映画、構想20年というから、かなり精緻に作られてることは間違いない。


*補遺
①ネットには「プラハに行くのは廃人になった主人公の施設での妄想」とする解釈がある。何にでも根拠なく「妄想」説や「夢オチ」説を付け加えたがる人っているよなあ。
②主犯のビリーの動機を「主人公に絵の才能を認められなかった恨み」と言ってる人が多いようだ。さらには「なぜその復讐のためにこんな大掛かりな仕掛けを作るのか理解できない」という意見も。もちろん恨みもあるだろうが、ある絵が800万ユーロという話も出てきたし、なにより動機は金じゃないのか。1つの絵だけで8億円以上よ。全部で数十億円はくだらないコレクションよ?多くはビリーの名義で落札してるはずだから、盗品にもならないと思われる。
③オールドマンの車のトランクから出てきたGPS発信機。2回め見たときもカタログのあいだに挟まってたように見えて、これは一体何なんだと解釈に苦しんだが、ネットを見ると「カタログを取り出すときにトランクの蓋の裏にあたって発信機が上から落ちてきている」と書いてあった。なるほど、それなら分かる。

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