今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

待つわ


 昨夜に引き続き、家族の病院に付き添った。 
 診察が午前9時からだというので、そのちょっと後に行った。そうしたら、受付番号が78番。その時点で、既に、待合ロビーは満席だった。
 待たされた。延々と待たされた。結局、診察室に入ったのが正午過ぎ。病院を出たのは、午後1時をまわった頃だった。
 でも、ここの病院は、「今、受付番号〇番台の患者を診察中です」と、アバウトながらも表示される。何も状況がわからないまま待たされるのに比べると、気持ちの上では、随分と違う。少なくとも、自分の順番まであとどれくらいかすらわからなければ、不用意にトイレにも行けない。その点では、今日の病院のシステムは、患者ファーストの姿勢が現われていてよかったと思う。
 お陰で時間がたっぷりあった。持って行った本を一冊読了した。たまには議員らしく、こんな本も読むのだ。
 それでもまだ時間があったので、書評を頼まれている本にもとりかかった。新幹線の中と、病院の待合室が、僕にとっての最高の読書ルームのようだ。
 診察が終わって、次の通院日を告げられた。僕は、時間の予約はできないのか? と尋ねた。そうしたら、ここの病院のその診療科では、予約という制度はとっていないのだそうだ。7時半受け付け開始の早い者順ということだ。一旦受付を済ませてから、番号を見て、出直す人もいるそうだ。
 いやぁ、考えてみれば、それもフェアな方法かもそれない。なまじ予約などをして、それで1時間半も待たされると。かえってイライラ感が増すような気もする。(実際に僕は、別の病院で、そのような体験を何度もさせられた)
 まぁ、どっちにしろ、病院に行くときは、時間がかかるということを、覚悟しなければならない。果たして、その待ち時間を、”浪費”と呼んでいいものかどうかは、判断がわかれるところかもしれないが、日々の仕事には、当然しわ寄せがくる。
 今日の予定していた仕事は、そっくり手つかずに残ってしまった。明日は朝から夜までフル回転だ。今夜も早く休もうっと。
 といって、毎晩、なかなか寝付けないのだ。本当に困ったものだ。抱き枕でも買ってこようかしら。(4347)

 追伸、今日のタイトル「待つわ」は、あみんという女性デュオのヒット曲。オリコン年間1位にもなったくらいだから、多くの方もご存じだろう。
 ここでいつもなら、僕の好きな歌ベスト3なんてやっているのだが、実はあみんの歌は、この1曲しか知らない。むしろ、”あみん”と言えば、真っ先に思い浮かぶのが、猪木と闘おうとしたウガンダの大統領のことだ。

疲労困憊


 怒濤の一週間が終わった。イベント、会議、総会、懇親会・・・、毎日、複数の何かかしらが続いた。正直言えば、もう何日も、家で夕食を摂っていない。
 さすがに疲れた。疲れのためか、飲んでいても酔いが激しい。ここだけの話だが、一昨日・昨日と、酒席からの帰り道、足がもつれて、2日連続して、路上でで転倒した。
 そんなにも疲れていて酔っているにもかかわらず、夜、眠れない。寝付きが悪い。夜中に何度も目が醒める。翌朝の爽快感が無い。そんな毎日が続いている。
 特に今日は、大変だった。弘前文学学校での授業、弘前ペンクラブの総会、県知事令夫人を迎えての弘前読書人倶楽部ブックトークと、メインイベント級のイベントが3つもあった。
 午前中の文学学校での授業の時は、まだ頭が冴えていた(と自分では思う)。訴えたいことは、全て講義することができたように思う。
 ところが、ペンクラブの総会時は、疲れがピークに達した。記念講演はほとんど眠っていた。総会前の物故者に対する黙祷でも、瞼を閉じたら、そのままウトウトしかけてしまった。
 そんな事情で、読書人倶楽部のブックトーク&例会終了後は、2次会にも行かず、家に帰った。そしたら、家でも一大事が起きていて(詳しくは書けない)、また外出することになった。
 そうして、ようやく、ついさっき、再び帰って来た。もう限界だ。布団に入ったからといって、すぐに眠れるかどうかはわからないが、少なくても、これ以上キーボードを打つ元気は残っていない。
 今日のところは、いつもより若干文章量は少ないが、これで閉じさせていただきたい。県知事令夫人のブックトークについては、取り敢えず、以下に、採り上げられた本の中から何冊か紹介するに留めるが、素晴らしい内容であったことだけは、どんなに疲れていても明言しておきたい。(7659)

寝るにもいろいろある


 学校の先生方が忙しすぎる、という話はよく聞く。会議や書類作成等に追われて、授業の準備もなかなか出来ないということも耳にした。
 今回、その先生方の気持ちがよーくわかった。 明日の弘前文学学校での授業の件だ。今週一杯、いや今月に入ってからというもの、イベントや会議が連続して、準備がさっぱりできなかった。(言い訳?) 明日の今日になって、バタバタと資料作りや問題作成に手を付けた始末だ。
 今回は、「身体の動きの描写」というテーマにした。身の丈に合わない、難しいものを選んでしまったと、今になって後悔している。
 最初にそれを思いついた時は、何のことは無い、格闘小説を題材に講義をすすめようと思っただけだ。夢枕獏風に、
 殴った!
 蹴った!
 拳を打ち下ろした!
 踵で踏みつけた!
 骨の軋む音が聞こえた。
 血の匂いが口の中に広がった
 ・・・なんて文章を題材に、人間のからだのダイナミズムを喋ってみようと考えたのだ。
 でも、考えてみれば(考えなくてもわかっていたのだが)、弘前文学学校の生徒さんは、女性が圧倒的に多い。しかも10代20代の方はいない(いたらごめんなさい)。格闘小説なんて、眉を顰められてお終いかもしれない。
 そこで、急遽、教材を変えた。青春スポーツ小説である。
 この短編集の中の、川西蘭の「風を運ぶ人」を使うことにした。
 川西蘭は、特にファンというわけではない。ただ、タイトルに惹かれて、デビュー作を読んだ。〇〇蘭、ときて、小説が「春一番が吹くまで」となると、これはもう、キャンディーズを想像するしかないではないかと飛びついた。でも、正直言って、ほとんど印象に残っていない。
 今回の講義の狙いは、同じ身体の動きでも、いろいろな書き方があることを、まず再確認する。例えば、毎晩”おやすみメール”を交換するガールフレンドがいるとして、毎回毎回、「もう寝ます」「そろそろ寝るよ」では芸がない。”寝る”ということを表現するのにも、「布団に入ります」とか「そろそろ枕元の灯を消します」とか、「もうパジャマに着替えました」とか、それなりに書き方を変えれば、モテるのではないかと考えたのだ。
 それに、身体の描写次第で、心の中の細やかな動きまで表現することが出来る。当たり前の話かもしれないが、「一歩一歩足を踏み出す」のと「大股でずんずん前に進んで行く」のとでは、歩いている人の性格や心境は180度も違うだろう。それを上手く書き表すことができれば、作品に深みがでるはずだ。
 と、そんなことを言いたいのだ。勿論、僕には、偉そうに教えるべきものは一つも無い。だから、生徒さん達と一緒に、今日作った演習問題を解きながら、言葉の可能性を考える。そのような授業になればいいなぁと思っている。
 眠い。毎日の酒疲れが、ここにきて激しく現われるようになった。きょうはもう寝る。おやすみなさい。
 って、全然深みのない文章だなぁ。(10221)


八甲田山死の彷徨

 
 「八甲田山雪中行軍ゆかりの地をめぐるツアー」に参加してきた。そのいきさつについては、5月7日のこのブログでも紹介した。義理とかお詫びとかという要素もなかった訳ではないが、正直言って、きょうは参加してよかったと心から感じた。
 八甲田山雪中行軍とは、新田次郎「八甲田山死の彷徨」や、高倉健主演の映画「八甲田山」で紹介された、明治35年1月に実際に起きた、世界山岳史上最悪の遭難事件だ。詳しくは、ネットで調べてみてもらいたい。
 僕も、学生時代、小説を読んだ。映画は試写会で観た。その後、ビデオでも観た。やっぱり僕は、根本的に活字人間なので、本の方が体質に合っているようだ。
 その影響で、一頃は、山岳遭難小説に夢中になり、いろいろと読み漁った。同じく新田次郎「聖職の碑」や井上靖の「氷壁」などは、特に印象に残っている。小説ではないが、大館鳳鳴高校の岩木山遭難事件を扱ったノンフィクションは、何度も読み返した。
 今日のツアーの最大のポイントは、Mさんのガイドである。Mさんのお祖父さんは、実際にその雪中行軍に参加されたそうだ。Mさんも、お祖父様の足跡を辿って、実際に厳冬期の八甲田山を踏破された経験を持つ。更に、生存者やご遺族を訪ねて、様々な事実をこまめに調査されてきた。
 だから、本や映画には描ききれていない、行程の厳しさや、場面場面での人間の心の動きなどを、詳しく解説して下さった。また、5月の爽やかな季節とはいえ、実際に現場に立つと、目の前に吹雪が荒れ狂っているような、そんな錯覚も覚えた。というのはあまりに大袈裟過ぎるにしても、地形や高低差、樹木の形状等から、なんとなく冬山の脅威を実感できるような気になった。
 小説や映画では、遭難の原因は、指揮系統の乱れや、計画の無謀さのように描かれていた。確かに、真夜中の暗闇の中を移動して彷徨ったことなど、判断のミスはあった。だけど、あたかも、全てが指揮官の責任と捉えられてしまい、遺族はとてもつらい思いをしたのだそうだ。
 それは違うと、Mさんはいう。あれは、人災ではなく天災だったのだと。観測史上最大の寒波にいきなり遭遇すれば、人間の叡智や力など、ひとたまりもないということを、僕らは謙虚に受け止めなければならない。Mさんは、映画や小説(フィクション)の世界だけが一人歩きするのは危険なことだ。事実を克明に調べて、後世性格に伝えていかなければならないと強調されていた。
 そういう貴重なツアーに参加をし、ためになる話を聞いてきたのにも拘わらず、僕は今日も、夜の街を彷徨した。きょうは無事に帰りつけたが、そのうち、ネオンの嵐の中で遭難するかもしれない。ブログが更新されていなかったら、誰か捜索隊を出していただきたい。(7514)

水、水、水


 家を出て、A銀行W支店、弘前読書人倶楽部、A信用金庫弘前支店、M新報社、図書館、市庁舎議会事務局、大学病院と歩いた。最後に、弘前市民劇場事務局に辿り着いた時には、もうほとほと疲れ果てていた。
 我ながらよく歩いたものだと思って万歩計を見ると、まだ6000にしか達していない。そこでまた、がくっと疲れが増した。
 これで6000歩なら、つい一ヶ月前、毎日9000歩、一万歩を記録していたときは、一体どこをほっつき歩いていたんだろうと、今さらながら不思議になる。それくらい、きょうは、体力の消耗が激しかった。
 市民劇場では、おはぎをご馳走になった。それでもそこからはもはや歩いて帰る気力が残っていないかった。居合わせたSさんに車で自宅まで送ってもらった。
 でも、落ち着いて振り返れば、今日の疲れには原因がある。それは痛いほど痛感している。
 M新報社では文化部に行った。応接室に通していただいたが、目的が「走れメロス音楽祭」のチラシを渡すだけだったので、ものの1分で用件が終わって退室した。
 議会事務局には、6月議会の一般質問と、議会だより特別委員会の件で質問に言った。市庁 舎改築中のため、議会事務局も、今は仮住まいである。以前は事務局長補佐のデスクの前に、座る場所があったのだが、現在はない。そこで、しばらく立ち話となった。
 大学病院へも、患者として行ったのではない。事務方の人に用があっていったのだ。でも、、突然の訪問だったせいか、事務室には入れてもらえず、待合ロビーの長椅子に、事務の方と並んで腰掛けて打ち合わせをした。
 といった案配で、実は、水分補給がなかったのである。脱水状態に近かったのでは内科と思う。
 別に「お茶が出なかった」 と駄々を捏ねているつもりはない。(捏ねているようなものか!?) たかだか一時間ちょっとと侮るなかれ。途中で、水の一杯でも飲んでおけばよかったと後悔している。市庁舎にも図書館にも水飲み機はあって、よく使っているのだが、今日に限って一度も利用しなかった。
 くどいようだが、「お茶を出してくれ」とわがままを言っているのではない。(言っているようなものか!?) やはり、自分の体調管理は自分で行なわなければならないと、反省しているのだ。
 これから益々熱い季節がやってくる。ダイエットと血糖値を下げるために、他に運動の術を持たない僕は、あすからも歩き続けるしかない。せめて外に出る時には、ペットボトルの水を、常時携行するくらいのことが必要なのかもしれない。
 いやいや、ここだけの内緒話だけど、日中の水分不足は、夜にたっぷりと補ってきた。といっても、これらは直にほとんど体外に出てしまう。告白しよう。夜トイレに起きる回数が多くて困っている。(6026)
 
 

 
 
 
 
記事検索
livedoor プロフィール
今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ