今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

コロナにも負けず


 今更ながら、時の経つのは速いものだ。もう8月も中旬に差し掛かろうとしている。
  Ta議員やNa議員と一緒に、会派Plus1の議会報告会を開催したのが7月31日。それからだって、もう10日を経過した。
 はがきさて、今度は、会派ではなく、僕個人の報告会のお知らせである。左の写真のように、8月27日に、いつもの百石町展示館で行う。 
 定例議会終了ごとに議会報告会を行うことは、僕の議員としての一丁目一番地である。市政で何が起きているのか、そしてそれに対して自分自身はどのように考えこうどうしているのかを、随時皆様に報告することは、議員としての最低限の責任だと思うからだ。最初に選挙に出た時から、それを公約として掲げてきた。
 が、残念なことに、というよりも申し訳ないことに、今年の3月議会終了後は、コロナの猛威に怯えて開催できなかった。自粛ムードの高まりに押しつぶされたといってもよい。その代わり、従来通りの報告資料作成して、報告会の常連さんたちにお配りをした。
 そんな訳で、27日は、コロナにも負けず、満を持しての開催となる。内容は、5月の臨時議会、6月の定例議会、7月の臨時議会のことと、市のコロナ対策についてが中心となる。先日の会は報告会と、ほぼ同じ範囲だ。
 でも、会派Plus1のときは、一人10分から15分の持ち時間であった。今度は、当たり前の話だが、60分間、まるっと自分で使うことができる。かなり掘り下げて話すことができるものと思う。
 また、本会議以外の、常任委員会や特別委員会のことも報告をしたい。いよいよ本格化した、議会基本条例の検証についても、是非時間を割きたいと考えている。
 今日は、まだお客様が見える前の読書人倶楽部で、発送する案内状の仕分けをしていた。古くからお世話になっている方や、報告会にいつもご参加いただいている人へは、葉書でも案内を出しているのだが、経費節減のため、持参するものと、郵送するものとを峻別していたのだ。
 中には、こうして3か月に1度、葉書の宛名でしか見ることのない人もいる。本当は、全部、自分でもって回ればいいのだろうが、根性も体力もない。
 このブログの読者の皆様には、今日のこの記事を以て、案内に替えさせえていただくことになるかもしれない。お時間があれば、是非ご出席を賜れればと思う。
 が、「コロナにも負けず」とは言ってはみても、このご時世である。弘前市内で一人でも感染者がでるような事態にでもなれば、急遽、延期や中止もあり得る。根性がないので、意外に簡単に負けるのである。(6058) 
 

明治と大正 洋と和と


 旧弘前偕行社。第8師団の将校達の厚生施設として、明治29年に建てられた洋風建造物だ。国の重要文化財になっている。
 遠い記憶を辿れば、幼少の頃、通わされていた音楽教室の発表会が、ここの講堂で行われたことがあった。発表会で何を演奏したのかなんて、全く覚えていないが、随分とハイカラな建物だなぁというイメージだけは微かに残っている。
 もう一つの記憶は、NHKの朝の連続テレビ小説「おはなはん」のロケ地として使われたことだ。放送されたのが1966年というから、僕が小学5年生の頃だ。まだ紅顔の美少年であった。
 この旧偕行社、平成25年から、大がかりな改修工事に入っていた。市議会の経済文教常任委員会で一度、工事現場を見学させていただいたことがある。
 その長期間に渡る工事も無事に終了し、この4月からは、晴れて一般に公開される予定であった。また、弘前れんが倉庫美術館の開館レセプションも、ここの講堂で大々的に行われるはずであった。
 が、春先以来のコロナ騒動である。美術館のオープンも延期となり、レセプションは中止となった。偕行社自体も、派手な宣伝や報道もないままに、今日に至った・・・という印象を持っている。
 かいこうしゃそんな訳で、恥ずかしながら今日、改修工事完了後初めて中に入った。周辺8市町村の物産を紹介する「エール津軽」というイベントが行われていたからだ。
 イベントそのものは、たいした規模ではない。ものの10分もあれば、全部のブースを見終われる。でも今日は、次の会議までいささか時間に余裕があったので、建物の中を隈無く見学をさせていただいた。ふかふかの芝にも降りて、外観をまじまじと見ながら、遠い日の記憶にも浸ることができた。
 弘前には、他にも随分と明治時代の”洋館”が残っており、それぞれに公開されている。が、この旧偕行社は、そのどれにも、決して遜色はない。むしろ、どれにも増して、色々な活用の可能性があるように感じてきた。
 実は、御幸町の通りを挟んだすぐ向いに、太宰治まなびの家がある。こちらは、大正時代の和風建築ということで、市の文化財に指定されている。
 つまり、明治と大正、洋と和、規模も趣も全く違う2つの文化財が、この一角に隣接している。そんなハイブリッドな街並みも、弘前の文化の奥深さを物語っているのではないかと、勝手に思っている。
 どうか、旧弘前偕行社を見学に行ってみて欲しい。そのついでに、車をそこに駐めたままで、太宰治まなびの家にも立ち寄って欲しい。何せ、コロナの影響で、来館者数が減って困っているのだ。あっ、つい本音が・・・。(14221)
 
 
  

缶詰め志願


 今の若い人達は、”缶詰め”という言葉をご存じだろうか?
  鯖の缶詰とか、鰯の缶詰めとかが、ちょっと前に流行った。僕らの子どもの頃は、まだ生のフルーツなどは容易に手に入らず、病気で寝込んだりしたら、お見舞いで、みかんやパインや桃の缶詰をもらったりしたものだ。それが、とっても美味しかった記憶が残っている。
 若い頃には、空気の缶詰めとか、幸せの缶詰めとかなんてものも、あったような気もする。どちらも購入したことはない。
 が、今日は、そんな”缶詰め”の話ではない。もっと切実な話である。
 ”缶詰め”とは、かつて、締切りに追われた、売れっ子の小説家や漫画家たちが、編集者によって、旅館やホテルの一室に閉じ込められて、校了するまで軟禁されていた状態のことを言う。流行作家の評伝を読めば、よく出てくる言葉である。作家は机に向かい、ひたすら書き続ける。その部屋の出入り口では、編集者達が、腕を汲みながら、それを監視している・・・そんなシーンが思い浮かばれる。
 実は僕も今、締切りに追われている。もっとも、僕の場合、当然のことながら、売れっ子ということではない。単に、自分がズボラで、締切りを守れなかっただけの話である。
 告白しよう。本来は、6月中旬まで出さなければいけなかった。文学(?)仲間の同人誌である。
 まぁしかし・・・言い訳はよそう。書かなかった僕が悪い。
 先日、その同人の代表から指摘をされた。8月10日までと、繰り延べられた締切りも指定された。昨日はまた、messengerで督促を受けた。全く、ネット社会というやつは・・・。
 日曜日のブログにも書いたように、その原稿を書き上げるために、読まなければならない本がある。いわゆる”参考文献”というやつだ。それすら、まだ読了していない。
 いやぁ、真剣に、”缶詰め”にでもなりたい気分だ。風光明媚な温泉宿で、読書と執筆に専念をする。夜は、仲居さんのお酌がついて、地酒と郷土料理で一杯呑る・・・。
 が、残念ながら僕は、昨日も書いたように、議論のプロを目指す議員であって、プロの作家ではない。缶詰めになりたくとも、誰もさせてくれないし、毎日毎日、議員としての仕事もある。だから、自分で自分をコントロールをして、読書と執筆の時間を見つけ出すしかない。
 昨日も今日も、会議や所用の合間を縫って、土手町のかつての我が店の隣のカフェで、1~2時間ほど、読書に専念した。自分で課したミニ缶詰めだ。お陰で、大体の構想はまとまった。
 今は、8月7日の午後11時半過ぎ。延ばしてもらった締切り日まで、あと実質3日しかない。
 さてさてこれから書き上げるまでどうしよう。缶詰めになりたし、野暮用もあるし、遊びには行きたいし・・・。最後は徹夜しかない。
 若い時はそれもできた。いざ、書き始めれば、スピードに関しては、人後に落ちない自信もあった。
が、もう前期高齢者だ。そうもいくまい。取り敢えず、今日はもう寝よう。明日は明日の風が吹くだろう、きっと。(10380)

議論のプロ?


 「万機公論に決すべし」。坂本龍馬の船中八策にも記され、五箇条の御誓文の冒頭にも掲げらている、言わば近代日本の礎と言ってもよい言葉である。時代は変遷し、政治の仕組みもまた大きく変ったが、その精神は、決して色褪せることはない。
 議員は、国会議員であれ、地方議員であれ、その責務を背負っていると言ってよい。すなわち、住民の代表として、議場という公の場で、議論を重ね、国(自治体)の方向や政策を決める。本来、議論のプロであるべきだろうと考える。
 ところが、弘前市の場合が特別なのかどうかはわからないが、実際には、本会議場で、議員同士が議論を闘わせる場面はほとんどない。議員が質問したり、意見や要望をぶつけるのは、もっぱら理事者(市長)に対してだけだ。
 今日は、会派さくら未来の2人と、無所属議員3人とで、議会基本条例の検証についての勉強会を開いた。弘前市議会基本条例第2条の(4)には、議会の活動原則として、「議員相互間の討議を十分に尽くして、合意形成に努めること」と規定されている。それが果たされていないことに、全員から活発な意見が飛び交った。
 僕らの一致した考えは、やはり、しっかりと討議することができる仕組みを創っていこうということだった。基本条例を策定した時には、高邁な理想があったはずで、現状をそれに近づける努力は、最大限しなければならない。
 さて、さっき「議論のプロ」という言葉を使った。随分と奢った言い方に捉えた方もいるかもしれない。決して自分がそうだと言いたいわけではない。ただ、目指したい姿のことを表わしただけのことだ。
 議論のプロとは、勿論、人前で話すのが苦手だとか、論理的な話が出来ないだなんていうのは論外だが、だからといって、古代ギリシアのソフィストのように、弁論だけに長けていても不十分である。何よりもまず、相手の話を聞くことのできる力・姿勢が必要だと思う。
 それにまた、議論に負けないことが必須ということでもない。むしろ、上手な負け方、妥結点の見いだし方、負けたあとの所作までも含めて、より洗練されていく必要がある。それを考えれば、僕は、まだまだ修行が足りないことは自覚をしている。
 かつて、議員になる前に、あるミニコミ誌に、「ホンのちょっと」というコラムを連載させていただいていたことがある。その折りに、「議論に絶対負けない法」という本を紹介した。
 もう15年以上も前の話なので、記憶はかなり曖昧だ。ただ、「議論が好きで強い人間って、きっと友達が少ないんだろうなぁ」なんてことを書いたような、そんなことをふと思い出した。(6920)

シェルターが無い


 暑かった。それも、太陽に照らされた、加山雄三が似合いそうな、スカッとした暑さではない。晴れ間の少ない蒸し蒸した重苦しい空気だった。
 今日は、 以前にも紹介した、障がいを持った人達のスポーツ活動に取り組んでいる、某NPO法人の理事長との意見交換会。昼飯でも食いながらということで、上土手町にあるカレーショップで待ち合わせた。11時半の約束である。
 僕は少し早めに家を出た。日曜日のブログにも書いたように、原稿を仕上げるために読まなければならない本がある。どこかでアイスコーヒーでも飲んで涼みながら、まとまった時間、読書をしようと思ったのだ。
 ところが、適当な場所が無い。代官町で一軒、ピザレストランの前で、「コーヒー」という看板を見つけた。が、入り口の扉が開け放れている。こいつは冷房が効いていないかもしれないと、勝手に推測して敬遠した。
 確か、四つ角を右に折れたところにあるホテルの2階に、喫茶店があったはずだ。何度か行ったことがある。エスカレーターで上って行った。でも、その店はいつのまにか撤退したらしく、看板すら出ていなかった。
 その先は、さらに事態は悪化する。大体にして、シャッターが閉まったままの店が多い。
 結局のところ、あまり遠くまで歩く気力もなく、市の施設「まちなか情報センター」で、ペットボトルのお茶を買って、暫しの間、腰を落ち着けた。LineやFacebookを覗いていたので、読書はほとんど捗らなかった。又、締切りに遅れそうだ。
 こうなってくれば、ちょっとの時間、暑さから逃れる、あるいは疲れを癒やす場として、重要な役割を果たすのが書店だ。アイスコーヒーなんぞ無くたってかまわない。快適に時間を過ごす居場所があればいい。
 今日の場合でも、もしK国屋書店が、あの場所で営業を続けていたのなら、僕は、最後には、躊躇なくそこへ逃げ込んでいただろう。かつての僕の書店も、あるいはそういった役割を果たしていたのではなかろうか。
 中心商店街の中に、書店があるということは、一種のシェルターのようなものだ。オアシスのようなものだ。必要不可欠な街の装置の一つだ。そういうお客様ばかりだと、経営する側はさぞや大変なんだろうが・・・と、今さら僕が言っても、説得力もないしどうしようもない。
 あーあ、宝くじが当ったらなぁ・・・。土手町に読書人倶楽部を創るんだけどなぁ。(8752)
 
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