今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

本物との出会い


 国立西洋美術館に行ってきた。ル、コルビジェの設計による建物で、今年になってから、世界文化遺産にも登録された。
 ル、コルビジェは、弘前市民会館や弘前市役所等を設計した前川國男の師匠でもある。 確かに、市民会館も国立西洋美術館も、一見すると、雰囲気は似ている。
 残念ながら、ちょうど企画展はやっていなかった。でも、常設展だけで、充分に満足した。いや、満足なんてものではない。圧倒されて出てきた。
 ここでは、15世紀前後から現代まで、人類が絵画や彫刻という手法を使って、何を訴えようとしてきたのかを知ることができる。そこで表現されているものは、神に対する尊崇であったり、人に対する愛情であったり、生に対する畏れであったり、死に対する恐れであったり、いずれにしても、時代に左右されることのない、不変のテーマであることは間違いない。だからこそ、ここに展示されている作品は、時を超えて受け継がれ、その時代時代の人々に感動を与え続けてきたのだと思う。
 翻って、今、弘前で計画している美術館構想である。現代美術館なのだそうである。これから、常設展示用に、3億円をかけて、約15点ほどの作品を購入するとのことだ。そんなものが、時代を超えて人々に感動を与える美術館になり得るのだろうか? 
 十和田市の現代美術館も、最初観た時は、びっくりした。面白かった。だけど、一度いけばそれでいい。現に年々来館者数は減っていると聞く。おそらく、周辺への波及効果も想定以下だったのではないか、ということは商店街を歩いてみれば容易に想像がつく。違っていたらごめんなさい。
 市長はよく、「子ども達が本物の芸術に触れる機会」という言葉を口にする。一体市長のいう”本物”とは何か、ということも、一度議会で訊ねてみたい。
 先日僕は、”効果”と”成果”は違う、という独自の言葉の解釈を披露した。今日はもう一つ、”美術”と”アート”は違う、と新たに付け加えよう。繰り返しになるが、時を超えて鑑賞に堪えうるものが”美術”と呼べるのではないかと、勝手に解釈をしているのである。少なくとも”美術館”と名乗る以上は、過去から伝えられた価値を後世に伝えるといった意義も必要なのではないか。
 僕は、正直言って、”美術”は専門外なのだ。でも、視察先の都市に美術館があって、もし時間に余裕があるのであれば、出来るだけ立ち寄るようにはしてきた。それらと比較しても、ましてや今日の国立西洋美術館と比較すればなおさら、弘前市が創ろうとしているものは、美術館の名を借りた、単に一時の集客効果だけを狙ったイベント会場ではなかろうか・・・なんて心配が一層強くなってきたのである。(4650)
 
 

お詫びと訂正、そしてリンゴ収穫祭


 9月21日のブログで、僕は、総合防災訓練において、市議会議員は参与という立場だ、というようなこと書いた。だって、受付で、「参与」と書かれた腕章を腕に巻かれたのだ。嘘ではない証拠に、その腕章は、まだ家にある。(来週、返しに行かなくては)
 それなのに、実施要綱の「参与」の欄には、弘前市防災会議委員、訓練参加団体の代表者、災害時協定締結団体の代表者、とだけしか記載されていない。そのことについての疑義も書いた。ちょっといじけててみせたのだ。
 ところが、後で聞いたら、議員は、参与でも何でもない。総務常任委員長は弘前市防災会議委員なので参与なのだが、あとは、立場上は、ただの見物客と同じということらしい。腕章は、間違って渡したのだそうだ。ちょっと、がっかりした。
 まぁ、市のミスとは言え、ブログに「参与」と書いたのは、僕の誤りである。ここに謹んでお詫びと訂正を申し上げる。でも、これで、最後までいないで、途中で退席をした罪悪感は、かなり薄まった。
 さて、今日は、「りんご収穫祭」に出席してきた。実りの秋を迎え、豊作を祈願するイベントだ。会場は、大勢の家族連れで賑わっていた。
 今年も、りんご王国の王様3人の戴冠式が行われた。市内の小学生達だ。3人とも、原稿も見ないでしっかりと戴冠にあたっての挨拶を述べた。たいしたものだ。これから、王様達は、市内で行われるリンゴ関係の催しで、その職責を果たしていくのだろう。
 昨年は、市長が、付け髭をして、白い帽子(鬘?)をかぶり、マントに身を包んで、王様にかしずく大臣の役を務めた(2015年9月19日のブログ参照)。ところが、今年は昨夜から出張で弘前を留守にしている。そこで今日は、代理で出席していた副市長が、その役をやるのかと期待したら、残念ながらその出番はなかった。挨拶を代読しただけだった。
 決して副市長を責めているわけではない。考えてもみれば、コスプレをして人前でパフォーマンスを行うことなど、しかもそれが様になるなんて、誰でも彼でもが真似出来ることではない。例えば、今年のリオデジャネイロオリンピック開会式で、安倍総理が、スーパーマリオに扮したが、あれだって全身から照れくささが滲み出ていた。だから、そさくさと、すぐに衣装を脱いだ。
 それに比べれば、昨年の市長の演技は実に堂々としていた。そういったこともまた、我が市長の、類い希なる才能の一つだ。同時に、現代のリーダーに求められる資質の一つかもしれない。
 その点で言えば、僕も苦手だ。仮に僕にりんご大臣の役がまわってきたとしても、きっと後ずさりしてお断りするだろう。前にも書いたように、僕はこう見えて、シャイで控えめな性格なのだ。本当だよ。信じてもらえないだろうなぁ。(6296)

No Side  今日の本会議から


 荒れに荒れた、弘前市議会平成28年第3回定例会が終わった。 荒れたと言っても、卵やトマトが飛交ったわけではない。その荒れ具合は、先週や先々週の僕のブログを見ていただきたいと思う。
 今日もその予兆はあった。運動公園整備事業の追加工事に伴う契約金額増額について、先に審査した総務常任委員会では、可否同数になり、委員長裁定でようやく可決されたという経緯があるからだ。今日の本会議では、委員会で反対した会派の結束次第では、あるいはということも考えられた。
 でも、いざ表決となったら、拍子抜けだった。反対を表明していた会派の大部分が表決に加わらず退席をした。この場合の退席というのは、本心では反対なのだが、立場上、それを表明するのは憚られますよ、と言っているのに等しいんだろう。議会の一つのテクニックなのかもしれないが、それだったら、何も波乱はおこらない、賛成だったら賛成、反対だったら反対と、会派なるものにとらわれないで、議案一つ一つに、態度を明らかにするのが議員の役目ではないかと思う。
 もっとも、僕は、無闇矢鱈に波乱を望んでいるわけではない。僕自身は、その件については賛成をした。ただ、一旦批判を口にしたら、きちんと採決の場で反対を貫くのが、議員としての誠意だと思う。それもただ反対するのでなく、修正案を提出する。それは、これまでも心がけてきたつもりだ。何をどう批判・非難しようが、採決の際に賛成に回ったり、退席したりするのは、少なくとも僕の性分には合わない。
 ともあれ、どんなに荒れようが、最後はNo Sideである。3月の予算審査と、9月の決算審査が終わったあとには、毎回、議員と理事者側との懇談会が行われている。
 僕は、当選当初は、なんとなく、八百長臭く感じて、出席を拒んでいた。だって、さっきまで血で血を洗う大乱闘を繰り広げていた、アントニオ猪木とタイガー・ジェット・シンが、試合後居酒屋で祝杯を挙げているようなイメージだってあるではないか。
 まぁ、そこはそれ。最近は割り切って出席している。今日も存分に飲んだ。飲んで多少酔っている。酔いに任せて、何人かの部長には、12月議会での宣戦布告もしてきた。そんなにいつまでも、停戦モードではいられないのである。
 というわけで、今日のブログは、いつもに比べて、数行短い。でも、ごめんなさい。目が霞んで、指が思うように動かない。この辺りでお終いにする。(8278)


文化って何?


 青森県民文化祭のオープニングフェスティバルに出席した。全員に案内状はいっていると思うのだが、市議会議員は僕も含めて6人だけの出席だった。寂しい感じがした。
 しかも、 そのうちの4人は、第一部の式典が終わったら、さっと席を立ってしまった。僕も、昨日も書いたように、書類やら原稿の締切に追われていて、最後まで残るつもりはなかった。ところが、あまりにも議員の席がスカスカになってしまい、帰るタイミングを逸してしまった。
 それに、第二部の公演「歴史と文化のいきづく街 弘前」の演出を、ペンクラブや市民劇場で一緒のSさんが手がけている。そうとも知らず、最中忙しかったであろう昼前に、変なことでメールをしてしまった。そのお詫びも兼ねて、半分くらいだけでも観ようと、座ったままでいた。
 ところが決まりの悪いことに、僕の真ん前に市長が座った。さぁ、これで途中で退席することも難しくなってしまった。結局、第二部のフィナーレまで、しっかりと観た。
 でも、居残って良かった。実に面白かった。ねぷた囃子、登山囃子、津軽三味線、お琴、剣舞、ヒップホップ、一輪車等々、幼稚園児から高齢者(?)まで、日頃鍛えし業の数々を、舞台狭しと披露してくれた。津軽の四季折々をイメージした舞台背景も、詩の朗読も、BGMも、どれも素晴らしかった。 
 特に、津軽三味線と一輪車演技とのコラボには、会場のあちこちから感嘆の声があがった。市長の隣に座っていた青森県民文化祭実行委員会の会長も、凄い、素晴らしいと、盛んに市長に話しかけていた。
 ところで、文化・文化というけれど、文化って一体なんだろう? 今日の公演は、前述のとおり、ありとあらゆる物が舞台で披露された。祭りも、踊りも、音楽も、一輪車も・・・。
 舞台ではなく、展示場で発表される物には、絵画、彫刻、書、写真、生け花などがある。又、小説や詩、あるいは俳句や短歌など、紙媒体をつかって表現するものもある。
 それだけではない。日常のファッションや、礼儀作法まで、文化と称する場合がある。げに文化とは裾が広い。奥が深い。得体が知れない。
 福田恆存は、「一時代、一民族の生き方が一つの型に結集するところに一つの文化が生まれる」と書いている・・・、なんて、今日読んだばかりの本からわけもわからず引用したって、何の解決にもならない。本当に文化の定義って、一体何だろう?
 ちなみに、僕は、文化系人間であっても、文化人ではない。だって、僕が文化系人間を自称しているのは、もう何度も書いたとは思うが、体育系でもなく理科系でもないという、極めて消去法的な理由によるものだ。文化の意味も定義もわからない僕が、文化人であるはずなんかは絶対にない。(7574)
  

罪作り


 弘前市の平成28年度総合防災訓練に「参与」という腕章を付けて参加した。直接訓練を行うわけではなく、その内容や状況を観察する立場だ。が、今日渡された要綱の中の、「参与」の欄に、弘前市議会の記載はない。別に載ってないからどうのこうのということはないのだが、せっかく20名余の議員が参加しているのだから、少しくらい配慮してくれてもいいのではないか、・・・と、ちょびっといじけていたのである。
 毎年のように書いているが、相変わらず、緊張感に欠ける雰囲気だった。訓練を行っている側ではない。観る側の態度である。真剣に見守っているのは、市長はじめほんの数人しかいないように見える。中には、訓練と関係ない話をして、声を上げて笑っている人間もいる。
 僕も、他人のことは言えない。とにかく今週は、原稿や書類の締め切りに追われていて、あるいは打ち合わせが多くて、身体が3つ4つ必要なくらいだ。という口実で、早めに会場を抜け出してきた。
 総合防災訓練と言えば、忘れられない思い出がある。今から4年前の、この訓練での出来事だ。女房から貰った、いわば形見の万年筆を落としてしまった。おそらく、僕がこれまで身につけた筆記具の中で、最も高価で、最も大切に思っていたものだ。
 会場の事務所にも、警察にも届けは出していたのだが、とうとう出てこなかった。拾った人が着服したのだろうか? 僕は、基本的に性善説に近い立場なのだが、ことこの件に関しては、人間の善意という物を疑いたくなってしまった。
 その後、レノマの万年筆を愛用していた。小ぶりで細字で、たいそう使い易かった。それも昨年、ひょんなところで落として、それっきりになった。どうも、高級品は身につかない質らしい。
 今は、やはり、女房から貰ったボールペンを使っている。議会の最中も使っているし、今日も防災訓練に持参した。
 亡くなる1年前に、二人で自由が丘に行った時に、買って貰ったものだ。それほど高級なものではないが、書き味はいい。
 ケースには「RECIFE]と書いている。ブランド名なのかメーカー名なのかわからない。僕はそういったことには、全く疎い。
 これだけはせめて、無くさないようにしなければならない。段々と、女房の物が消えてゆくのは、何年経っても辛い。
 あっ、そうか。無くさないためには、持ち歩かなければいいのだ。ケースに入れて引き出しにしまっておけば、取り敢えずは心配は無い。でも、筆記具は、やはり、使ってなんぼの物だ。普段から使ってこそ、思い出が生きてくる。だから僕は使いたい。
 こうして、毎年一度は、あの万年筆のことが頭に浮かぶ。罪作りな総合防災訓練である。(10831)
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