今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2度目は駄目


 市議会の後輩、N君の結婚披露宴が行われた。礼服に黒いネクタイを締めるのはしょっちゅうだが、白いネクタイをしておめでたい席に出たのは久しぶりだったように思う。
 N君は、まだ若い。30代前半である。
 最初に知り合ったのは、前々回の選挙の前であった。 自衛隊出身の有望な若手が立候補するとは、その前から噂では聞いていたが、選挙の前の年のソフトボール慶早OB戦で、初めて顔を見た。というより、その時の印象は、むしろ彼のお母様の方が強い。随分と親しげに僕に話しかけてくる女性がいて、その人がお母様だったのだ。
 聞けば、そしてよくお顔を見れば、娘の高校時代、PTAの学年委員会で一緒だった人だ。なんと、N議員の弟さんとうちの娘が同級生だったとのことだった。
 正直言って、ショックであった。その頃までは、自分では、まだ若いと思っていたが、自分の子どもの世代が、こうして選挙に出てくる。自分と同じ土俵で競い合うようになる。そのことに、齢を重ねたことを実感した。
 そんなご縁もあって、彼とは、選挙前にも何度かあって情報交換をした。決して、議席を争う競争相手というのではなく、ともに闘う仲間として接してきたつもりだ。彼のような若く意欲のある人間が、議会の場に出てくることには、大賛成なのだ。
 当選後、僕のいきつけの寿司屋で、二人だけで祝杯をあげた。実のところ、僕は、一緒に会派を組みたいともちかけたのだが、それは叶わなかった。だって、考えてもみれば、彼は、バリバリの保守本流である。僕のように、保守でもなく革新でもなく、与党でもなく野党でもなく、右でもなく左でもないような、コウモリ人間、いやノンポリ人間、いやいや純粋中道人間とは違うのだ。
 それでも、その後も、先輩、先輩と、何かと僕を立ててくれた。僕は根が単純なので、おだてられれば、木にも空にも登ってしまう。
 今日も、こうして披露宴にお招きをいただいた。彼の幸せをお裾分けいただいて、僕もなんとなく幸せな気分になった。
 ところで、弘前市議会には、議員互助会というものがある。議員が報酬の中から毎月お金を積み立てて、その中で、議員の冠婚葬祭の際に、祝儀やお見舞いを拠出しようというものだ。
 今回のN君の結婚で、その規約が一部改正された。結婚の際にもお祝い金を出すことになったのだ。しかし、これには、「一回目の結婚に限り」という但し書きがつく。残念!
 まっ、いいか。当分、再婚の予定も見込みもないし・・・。
(8271)

久しぶりに、学校図書館について


 ここ1年間は、議会の一般質問でも、普段の活動でも、公立図書館の方ばかりに関心が向いていた。例の、指定管理車制度導入のことがあったからだ。一度だけ、指定管理者制度と学校図書館の関係について、議会で言及したが、それだって、公立図書館の対応が主で、学校図書館は従であった。今日、平川市で行われた「平成28年度 子どもの読書活動推進大会」に参加して、久しぶりに、学校図書館のことを考えるきっかけをいただいた。
 この大会は、青森県教育委員会の主催で、毎年行われているようだ。去年も今年も、書店組合事務局のSさんが、チラシを持ってきてくれた。
 会場に入ってみると、まず目についたのは、読み聞かせボランティアとおぼしき女性の方々。還暦過ぎのおっさんとしては、席に腰を下ろすのが少々場違いな思いがしたが、ふと後ろを振り向くと、同年代の、ネクタイはしていないものの、ワイシャツ姿の男性達が陣取っている。多分、周辺自治体の教育行政関係者なんだろう。何にしても、ちょっとほっとした。
 プログラムは、主催者による、「青森県子ども読書活動推進計画(第三次)」の説明からスタートした。受付で渡された資料の束の中にも、その概要版が入っていた。
 この「子ども読書活動推進計画」には思い出がある。議員に初当選させていただいて、まだ間もない頃だ、国の法律で、各地方公共団体が、それぞれの地域の事情に即した推進計画を定めるよう努めなければならないとされているのに、当時弘前市では、まだそれが制定されていなかった。そこで、僕は、それを、一般質問の場で、強く促した。その後も、何度か催促をして、しばらくしてから(確か1年以上経ってから)、ようやく「弘前市子ども読書活動推進計画」が発表になった。
 それが今では、青森県が第三次計画、弘前市も第二次計画が進行中である。僕も歳をとったものだ。
 いや、僕の歳はどうでもいい。県の三次計画と弘前市の二次計画とを見比べて、大きく違うのが、目標設定の仕方だ。県は、はっきりと数値目標を明示している。例えば、学校図書館図書標準の達成率でも、県は、平成31年度の目標を、小学校50%、小学校40%としている。
 それに対し、弘前市は、基準値に対する平成29年度の目標を、小中一緒にして、ただ、””とだけしか表示していない。これは、明らかに県の方が優れていると思う。数値化できるものはできるfだけ数値化して、目標値を明確に設定するのが、おそらく経営と呼ばれるものだろうと思うのだが、弘前市の場合、どうも時折、そうではない事例が垣間見えることがある。常日頃から「経営型市政」を標榜している市長も、さぞや、やきもきしていることだろう。
 だけど、県にもいいたいことはある。数値を定めればいいというものではない。その目標達成のために、具体的に何をするのかということの方がもっと重要なのだ。目標値は設定しました。あとは、各市町村で頑張って下さいでは、あまりにも無責任すぎる。(そうではないとは思うけど)
 例えば、学校司書の問題。昨年視察した松江市では、県からの助成があるので、全公立小中学校に配置出来ているという。青森県でも、是非、全校学校司書配置に向けて、まずはモデル市町村での試行からでも、具体的なアクションを起こしてもらいたいと、切に要望する次第なのである。
 と書いたって、県の教育委員会の人が、このブログを読んでいるとは考えられない。せめて、県議で読んでくれている人がいればいいんだけどなぁ。(4648)
 
 

竜頭蛇尾


 昨日の経済文教常任委員会で協議した、りんご黒星病対策についての、市に対する要望書を、議長・副議長と一緒に、市に提出した。市長が出張中ということで、副市長に対応していただいた。
 以前にも、6月議会の最終日に、常任委員会として、農林部から状況説明を聞く会議を設けた。しかし、その後の経緯を鑑み、議会としても行政側に対して、きちんと文書で意見を述べた方がいいということになったのだ。
 先週の水曜日に、副委員長と打ち合わせ並びに農林部との日程調整。翌日に委員会の招集通知を発送して、昨日が委員会。そして今日が要望書提出と、今回の要望活動は、極めて短期間にバタバタと進行した。
 にもかかわらず、会議に出席していろいろな角度から意見を述べてくれた、O副委員長を始めとすり委員会のメンバーや、突然の決定にもかかわらず、理解を示してくれた議長・副議長、そして何より、一連の動きの中で様々な懸案事項に対処してくれた議会事務局の皆様に、心から感謝を申し上げたい。
 そして、もう一つ。強く感じたことは、議員の多様性のことだ。今回の件でも、専門知識に長けた議員が、委員会の中にいた。また、昨日も書いたように、実際にりんご生産に携わっている議員も多い。そのような先輩や同僚議員の意見も採り入れ、今回の要望書をまとめた。今日の打ち合わせで、議長からも、過去の事例も含めていろいろとご教示をいたfだくことができた。
 で、一方では、僕のように、農業以外の社会経験をバックボーンとして持っている議員も数人いる。また、皆それぞれに、青年会議所や、消防団や、農協青年部等、様々なボランティアや地域活動を経験してきている(まだ青年会議所の現役もいる)。
 趣味も様々だ。アップルマラソンに毎年出場している議員もいれば、モータースポーツを得意とする議員もいる。プロレスと競馬を趣味とする議員も、僕一人では無い。
 そのような多様な知識・価値観を、互いに認め合い、時にはぶつけ合いながら、議論を進めることが大切なのだと、今更ながら考えた次第なのである。
 まぁ、プロレスや競馬の知識は、あんまり(全く?)関係ないかもしれないと思われる方もいるかもしれない。だけど、プロレスの根幹は、如何に観客に満足を与えるかという点にあって、”観客”の部分を”市民”と読み替えれば、まんざら関係が無くもなさそうでも無くはない・・・(ん?)。
 競馬の場合は、血統・馬体・実績・騎手・調教・適正等々を、総合的に判断することが求められている。この、視野を広く持った”総合判断能力”こそ、政治に携わる者にとっては、必要不可欠の資質であるとも言える。
 あー、なんたる強弁・詭弁・我田引水。今日もおかしな方向に話が向いてきた。蒸し暑さのせいだ! ということにして、おしまいにしよう。(8330)
 
 
 

足  今日の常任委員会より


 緊急に、経済文教常任委員会を招集した。案件は、りんご黒星病対策について。6月議会の最終日にも、農林部の職員から説明を受けたが、1ケ月経った現在の状況について、今日改めて報告していただいた。
 黒星病については、新聞等でも既に報道されているし、僕自身はリンゴ生産に関して、専門的な知識は持ち合わせていない。だから、この場で、知ったかぶりをして、あれこれ書き連ねることはしない。ただ、弘前市議会として、その対策等について、きちんと意思表明をする必要があるのではないかと考え、今日の委員会に至ったのである。 
 さすがに弘前は、りんごの町だ。弘前市議会議員の中にも、りんご生産に携わっている議員は、相当数いる。経済文教常任委員会でも、過半数はりんご生産関係者だ。
 そんなこともあって、議論は盛上がった。専門的な意見も多数出された。会議の時間も当初の予定をかなりオーバーした。それもこれも、りんごが、弘前市の基幹産業であるという、共通の認識に立った上でのことだと思う。
 僕がまだ、青年会議所のメンバーであった時、名前は伏せるが、当時の市長が講演に中で、「弘前はもはや農業都市ではない」と発言をした。勿論、商工人の集まりである青年会議所に気を遣っての発言だとは思うが、正直言って、僕はちょっとした違和感を感じた。
 だって、確かに、経済統計上は、一次産業の占める割合は、ほんのわずかである。しかし、りんごの場合、加工・物流・貯蔵・資材製造・販売等々、産業としての裾野は、ものすごく広い。そしてまた、街のイメージとしても、全国に売り出せる数少ない素材の一つなのだ。
 あれから30年近く経った今でも、その状況には大きな変化はない。だから、議会としても、りんごを巡る様々な課題には、常に目を光らせていなければならない。
 でも、いつまでも、基幹産業はりんごだといって、胡座をかいていてもいいものだろうか。現実に、後継者不足や、他の果実との競争の中で、必ずしも、将来にわたって楽観できる状況ではないはずだ。天候や自然災害、病害虫などによって、その年の収量や販売金額が大きくさゆうされる。"基幹"と呼ばれるものが、そのように不安定でいいのだろうか、と、農業経験の無い僕は考えてしまうのである。
 俗に一本足の椅子は、ものすごく不安定だという。二本足でもまだまだ不安だ。三本足があって、初めてそこに面が出来て安定する。自転車で転んで入院をする政治家もいるようだが、三輪車に乗って転倒する人はまずいないのと同じだ。
 弘前市においても、リンゴは従来通り大切にしていくにしても、他の二本の足を、しっかりと育てていかなければならない。僕はその二本の足は、教育・研究・文化と、観光だろうと考えている。中央から大きな工場を誘致したって、それは”基幹=足”にはなり得ない。
  昨日、行きつけの寿司屋で飲んでいて、ジャイアント馬場の16文キックの話題になった。全盛期の馬場は、片足を大きく振り上げて、ロープの反動で向かってくる100㎏を遙かに超す対戦相手の顔面を蹴り上げていた。つまり自分の体重140㎏と、ぶつかってくる相手の百数十㎏の衝撃を、たった1本の足で支えていたのだ。王貞治も、一本足打法で構えた姿勢を、大人が力任せに押しても、びくともしなかっらという逸話を読んだことがある。
 ん? 話がおかしな方向に行き始めた。なんだか、足は一本あればいいような・・・。
 違う違う。少なくとも足は2本必要だ。できれば3本目も。
 ん?・・・さらに変な方向に向かいつつあるので、ここらでおしまいとする。
 (9510)

昔の名前で出ています


 弘前読書人倶楽部で、先日開催していたつがるプロレスの反省会をしていたところに、会員のKさんが訪ねてきた。ちょうど、プロレスの議題も一段落したところだったので、僕は席を移動して、Kさんの話を聞いた。 
 なんでも、青森市在住のKさんの知人が、エッセイ集を自費出版されたのだが、三沢市や八戸市の書店には並んでいるのに、肝心の青森市のN本店には並んでいないという。これはどうしたことか? どうしたらN本店に置いてもらえるか? といった相談であった。
 一口に自費出版と言っても、いくつかの形態がある。例えば、地元の出版社や印刷屋さんで作ったものであれば、A図書という会社と契約すれば、県内の主だった書店に配本してもらうことができる。その場合、N本店が配本先から漏れることは、ほぼ100%と言ってもいいくらい考えられない。
 ところが、話をよく聞くと、その方は、全国的に自費出版を手がけているB社から出版したとのことだ。B社のセールスポイントは、日販・トーハン等、大手取次を使って、全国の書店に配本するということだ。「貴方の本が全国の書店に並びます」というのが売りだったはずだ。 
 そうなると、その配本の仕組みは、よくわからない。僕が書店に携わっていた時も、B社は既に、そのような美辞値市を展開していたが、決して配本部数は多くはなかった。取り敢えず、主な書店には並んでますよという形はとってはいるが、積極的に販売しようという姿勢は、あまり感じられなかった。違っていたらごめんなさい。
 それにしても、青森のN本店に配本がないということは、まず考えられない。おそらく、極めて少部数しか入荷が無くて、平積みも出来ず、エッセイコーナーに棚差しされてしまったのだろう。そうなると、束の薄い本だと、なかなかお客様の目にはとまりにくい。著者の方も、うっかり見過ごしてしまったのかもしれない。
 しかし、今更そんなことを指摘してもはじまらない。となると、残された道はただ一つ。著者が本を持って、直接書店を訪ねて交渉するしかない、委託期間や販売マージン等いくつかの条件はつくだろうが、ナショナルチェーン店ならいざ知らず、地元書店ではまず断られることはない。
 と、そんなアドバイスをした上で、僕は、N本店に電話をかけた。「斯く斯く然然といった理由で、近々、〇〇さんという方が、ご自身で出版された本を販売していただきたいと貴店を訪ねるのでよろしく」と伝えたかったのだ。 
 最初、社長にとお願いしたのだが、あいにく出張中とのことだった。それではと、書籍担当者を電話口に呼び出してもらった。若そうな声の男性社員が出た。
 僕はつい昔の癖で、「弘前の今泉です」と名乗った。昔は、少なくとも業界では、これで通じた。でも、その社員は、全くピントきた風ではなかった。「どちら様ですか」と聞き返された。
 当たり前だ。昔といっても、あれからもう、17年が経とうとしている。人々の記憶から、段々と忘れ去られていっている。というよりも、存在したことすら知らない世代が、社会に出始めている。
 「いつまでも、あると思うな 昔の名前」という事実を、今更ながら突きつけられた思いだ。N社長の厚意に甘えて、今でも親しくお付き合いをさせていただいてはいるが、僕はもう、業界の人間ではないということを、しっかりと弁えなければならない。
 それでも、今日のように、本に関することで相談をされて、些かでもアドバイスを送ることができれば、それはこの上ない喜びなのである。この気持ちは、”未練”という2文字だけで、決して切り捨てることは出来ない。(9252)
 
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