今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

我が良き友よ


 久しぶりに、本当に久しぶりに、M吉君にあった。お父様が亡くなられたとのことで、東京から、休みをとって帰ってきたのだそうだ。 
 M吉君とのつきあいも長い。彼もかつては、土手町で商売をしていた。僕が下土手町商店街、彼が上土手町商店街と、振興組合こそ違え、同じ一本のストリートにある商店仲間として、昔からよくおしゃべりはしていた。
 青年会議所でも、一緒に事業を行った。多少、理屈に走るきらいはあったが、一生懸命いろいろなことに取り組んでいた。
 僕が、本屋を閉めて数年経った後、彼も、家業の瀬戸物屋を閉店した。と、ここまで書けば、何も、M吉君と、匿名にする意味はなくなるようにも思うが、それでも成り行き上、それで通す。いやいや、彼には、イニシアルで書けばK.Kという立派な本名があるのだが、誰もそれで呼ぶ人はいない。皆がM吉と呼んだ。それくらい、大勢の人から慕われていた。
 二人とも、一時、ある政治家の選挙を手伝った。僕もM吉も、全く初めての経験だったので、それはそれで辛かったん。でも、それなりの結果を残すことはできた。
 なのに、二人とも、首になった。まぁ、僕の場合は、自業自得とも言える理由がはっきいりしている。だけど、そんなに悲観ばかりはしていなかった。同じく解雇されたもう一人の友人N君と3人で、駅前の安い居酒屋にたむろして、飲みながら起業の夢を語り合った。もっとも何一つ実現はしなかった。
 でも、選挙の仕事を経験できたことは無駄ではなかった。その後、他の政治家の選挙事務所でも3人一緒に働くことができた。そこで、何となく選挙の仕組みがわかってきたように思った。。
 そして、いよいよ僕が、市議会議員選挙に出ることになった。いくつかの選挙の仕事で知り合った人達が集まってきてくれた。その中で、僕の、初代後援会長を務めてくれたのは、当時無職のM吉君だった。
 考えてみれば、僕だって無職に近い状態だった。候補者も後援会長もそんな感じで、威厳もへちまもない選挙運動であった。
 その分、堅苦しさなどなく、愉快な選挙を展開した。危機感や緊張感なども少なく、笑顔の絶えない選挙事務所で会った。
 選挙後、彼は、中央資本の大手家電販売店に就職が決った。弘前を発つ前に、当時の選挙スタッフで送別会をしたのが、つい昨日のことのようだ。
 今も、その会社で元気に働いているそうだ。とても喜ばしいことだ。一方では、定職に就いてしまえば、そうそう簡単に帰省できるものではないらしい。今日、会ったのだって、ひょっとしたら6~7年ぶりに近いかもしれない。
 本当は、一晩、じっくりと盃を傾け合いたかった。しかし、この台風だ。外を飲み歩いている場合ではない。
 だから、今回は、夜の懇親を諦めた。その代わり、次に彼が来たときには、昔の仲間を集めて、盛大に歓迎会でも開きたいと思う。(6083)

痩せれば痩せるほど太るものなーんだ?


 今日もまた、2つの用事が重なった。18時から、日頃からお世話になっている市民団体の総会兼懇親会。18時半から弘前市民劇場の例会。そして例会後には、「月光の夏」を演じた劇団東演の俳優さん達との打ち上げも予定されていた。
 最近は、頓に、このようなことが多い。いくつもの会議やら行事が同時間にぶつかる。前にブログにも書いた通り、7月24日なんかは、その最たる例だった。
 ダブルブッキングだろうと言われれば、返す言葉もない。確かに、自分自身のスケジュール管理の甘さから生じるケースもある。
 でも、言い訳をさせてほしい。必ずしもそうとばかりは言えない場合だってあるのだ。
 例えば、今日だ。どちらも、自分で決めた日程ではない。そしてまた、どちらも欠かしたくないし、欠かせない義理もある。
 そういった場合は、以前も書いたように、出来るだけ双方に顔を出すようにしている。青年会議所の教えだ。
 今日はまず、市民劇場例会の準備に参加した。開演時間ぎりぎりまで手伝って、劇を観ないで会場を出て、タクシーで市民団体の総会場所に向かった。これがまた、市街地の南はずれで、遠いのである。
 45分ほど遅れて到着した。当然ながら、もう懇親会(バーベキュー)は始まっていた。
 総会には間に合わなかったが、肝心の予算・決算・事業案等は、僕が資料を作成したので、当然ながら異議はない。おそらくシャンシャンと進行したのだろう。それには、こちらから触れることなく、遅れを取り戻すべく、飲んで食べた。
 そして、宴もたけなわの午後8時半過ぎ、一足早く、退席した。再びタクシーを呼んで、今度は、劇団員との打ち上げの会場へ向かった。それにはどうにか間に合った。
 と、綱渡りだったのである。こんなことを、毎回繰り返している。
 しかし、ここは評価が分かれるところであろう。二つあれば二つ、三つあれば三つの会合に、遅れたり中座したりしてでも全部に顔を出すことは、誠意と感じてもらえるのだろうか? それとも、いい加減な人間と思われるのだろうか? 
 ただ、はっきりと言えることがある。それは、出費がその分増えるということだ。会費も二つの会合分だし、移動のためのタクシー代だって馬鹿にならない。酒を飲まずに、自家用車を運転して移動すればいいのだろうが、そこはそれ、そうもいかないのが・・・。
 それともう一つ。会費分、もとをとらねばと思うので、ついついよけいに食べてもんでしまう。
 財布は細くなる一方で、腹回りだけはどんどん太っていく。いいことは一つもない。そろそろ、若いときに聞いた青年会議所のH先輩の教えから脱却してみようかな。(7504)

安心するにはまだ早い

 

 弘前読書人倶楽部は、弘前唯一の、会員制の図書室です。2011年6月に誕生いたしました。

 開設時の蔵書5000冊は、東京に住む関周さんから寄贈を受けたものでしたが、少しずつ増え続け、今では、会員の皆様から頂戴したものも含め、6000冊を超えました。随時、蔵書の入れ替えも行っております。

 図書室ですので、この場で本を読むこともできますし、会員の皆様には館外貸し出しも行っています。でも、何と言っても一番のセールスポイントは、本に囲まれた空間での会員同士のコミュニケーションです。本を核として、人と人の輪が広がっていく、この読書人倶楽部は、そんな場でありたいと考えています。だから“倶楽部”と名付けたのです。近くにお越しの際は、是非お立ち寄り下さい。

 

 と、上の文章は、弘前読書人倶楽部の会報に掲載するため、今日の午前中に書いたものである。何か、いい歳をして、改まって自己紹介をしているみたいで、ちょっと照れくさい。
 弘前読書人倶楽部では、以前、一度だけ会報を発行したことがある。オープンして間もない頃のことだ。
 だけど、特に担当を決めたわけでもなく、編集方針があったわけでもなく、創刊号だけでストップしていた。まぁ、役員というか、僕の怠慢だったのである。
 6月に、設立5周年の総会を開催するにあたり、いろいろと考えた。倶楽部を維持していくためには、会員数を増やしていく他はない。そのためには、外に向かって倶楽部の情報を発信していく必要がある。そこで、再度、会報の発行とあいなったのだ。
 今回は、きちんと継続するために、会報担当役員も選任した。小説家のTさんだ。Tさんは、若いころ、全国的な文学賞で入賞されたこともある。今でも、自作の小説を、自分で印刷製本し、倶楽部に持ってきてくれている。文章を書くことが、三度の飯よりも好きなんだろうと思う。うってつけの人材だ。
 そのTさんと、印刷屋さんのHさんと一緒に、今日、第1回目の編集会議を開いた。今年度、これまで開いたブックトークの講演趣旨も掲載し、参加できなかった人にも、会場の様子がわかるようにする。
 おそらく、他の文化団体では、既に実施していることなのかもしれないが、弘前読書人倶楽部も、いよいよ本格的にベクトルを外に向けていく、その第一歩としたい。
 外に向けてと言えば、9月のブックトークは、会員外からお迎えすることになった。元弘前市長の金澤隆さんだ。前にもお伝えしたように、10月も11月も決まっている。12月には、恒例の「私が選んだ今年のこの1冊」と題して、参加者がお互いに本の紹介をするという企画を行う。そういった予告記事も、会報に載せて行きたい。
 
そして、発行部数も会員数よりも多めにして、一人の会員に複数部お送りし、お知り合いに配っていただく。そんなことを計画している。
 何となく、順調に前進している気がする。と、ここで安心してしまうのが、僕の悪い癖だ。実際に発行してから、安堵の息をつくことにしよう。(7663)
 
  

初めての熱中症(?)


 第29回青森県消防操法大会に行ってきた。この大会は、消防団の消火技術を競い合うものだ。2年に一度行われていて、県内8地区からの代表によって争われる。今年は、僕が所属する、弘前消防団南地区団が、中弘地区代表として参加したのだ。
 勿論(?)、僕が出場したわけではない。各分団から選りすぐられた4人が、選手として出場した。
 選手に選ばれた人達は、数ヶ月前から、それぞれの仕事を終えたあと、毎晩のように練習を繰り返してきた。ところが、僕は、何度か声を掛けられたにもかかわらず、なかなか日程が合わなくて、一度もその練習にお手伝いすることができなかった。そこで、大会本番には、せめて応援に行こうと決めていた。
 朝の5時、屯所集合だった。僕が、そんな時刻から活動を開始するのは、他に、同じく消防団の、出初め式や観閲式の時くらいだ。
 だけど、大会が始まるのが、午前9時50分だ。準備や青森市までの移動時間を考慮しても、いかにも早い。朝の苦手な僕には、正直辛い。
 でも、これが消防団の特色の一つだ。出初め式も観閲式も、充分すぎるくらい余裕を持って集合している。他にも、例えば、午後6時からの会合といっても、5時には会場に来る人が少なくない。こういった点は、ある意味、見習わなければならないのかもしれない。
 大会会場は、なかなか壮観なものだった。ポンプ車部門・小型ポンプ部門各8チーム、計16チームと、それぞれのチームが所属する消防団員が、青森県消防学校の校庭に集結するのである。競技スペースの周りには、その消防団のテントが立ち並ぶ。県知事(代理)を始めとする来賓や、消防本部のお歴々も多数参加していた。
 いささか長すぎるとも感じた開会セレモニーのあと、競技が開始された。僕らのチームは、小型ポンプの部の一番目だった。
 僕は、さっきも書いた通り、ただ応援するつもりでいた。それが甘かった。選手ではない僕らにも、役割があったのだ。
 まずは、選手の演技中は、後方で整列していなければならない。声援を送ったり、スマホで写真を撮ったりすることはできない。
 演技終了後は、ホースの片付けを手伝わなければなかった。何十メートルもあるホースを、スピーディーに移動しなければならない。今日参加した南地区団員総出で運んだのだが、それでもけっこう重かった。
 そんなこんなで、ホースの巻き取りまで終わる頃には、後頭部がズキズキと痛み出した。立ちくらみもした。これはひょっとしたら、熱中症というやつか。だとしたら初めての体験だ。
 気温はそんなに高くなかったのにだ。つくつく僕は、肉体労働には向いていない。そんな言い訳をしながら、一足早く、仕事のために早く変える後輩のK君の車に乗せてもらい、会場を後にした。(8066)
 
 
 
 

議会初日


 平成28年弘前市議会第3回定例会が始まった。議会初日のブログは、毎回、一般質問の順番を紹介している。
 正直言って、何を書こうかなと考えなくていいのは楽だけど、面白みがない。逆に、その文章を考えるのが楽しみでもあるのだ。読んでる皆さんも、あーまたか、と思われるかもしれない。
 でも、議会の報告も、このブログの大きな目的の一つなので、今回もまた、お知らせする。
 一般質問は9月6日からである。

6日(火) 野村太郎 外崎勝康 蒔苗博英 石岡千鶴子 木村隆洋
7日(水) 加藤とし子 鶴ヶ谷慶市 一戸兼一 鳴海毅 今泉昌一
8日(木) 松橋武史 佐藤哲 尾崎寿一 千葉浩規 栗形昭一
9日(金) 伏見秀人 越明男 工藤光志 石田久
 
 時間はいずれの日も、午前10時からである。途中、正午から約1時間の昼食休憩と、4人目と5人目の間に20分程度の休憩が入る。
 一人あたりの持ち時間は1時間ずつだが、質問者によっては、40分ほどで終わる場合もある。だから傍聴を希望する方は、お目当ての議員の登壇予定時間より、20分~30分くらい、早めにいらっしゃることをお薦めする。
 反対に、不穏当な発言や不測の事態で、議事が長引いてしまったという事例も、以前(僕の1期目の頃)には、けっこう頻繁にあった。僕も、その当事者だったこともある。
 最近では、そういうことは、ほとんど無くなった。議事がスムーズになった反面、ちょっと物足りなさも感じる。
 いやいや、こんなことを書けば、また不穏当発言とされる。そういえば、議場での言動ではなく、個人的に解説しているブログへの記載で、注意を受けた議員もいた。僕も、このブログを続けるにあたっては、一言一句、細心の注意を払わなければならない。
 って、もう1900回以上も、好き勝手に書いてきてしまった。もはや、手遅れだろうか?(4173)
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