今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

ゴミから見える世の中


 昨年来のコロナの影響で、町会活動も停滞している。敬老会もバーベキュー大会も、2年続けて中止となった。
 そんな中で、唯一継続しているのが、資源ごみリサイクル活動だ。4月から12月まで、偶数月に行っている。今日も、町内2ヶ所の集積場所に、早朝から続々とゴミが集まってきた。
 回収しているのは、古新聞(別に新しくてもいい)、古雑誌、その他の紙類、段ボール、空き缶、ペットボトル等だ。瓶類は、一升瓶しか対象にならない。ウィスキーやワインの瓶でもよければ、もっと貢献でできるのにと、いつも考えてしまう。
 町会の人たちと、仕分けや積み込み等の作業をしながら、四方山話をするのも楽しい。また、貴重な情報源にもなる。
 さて、2ヶ月に1回、こうした活動をしていると、僅か52件の小さな町会から集まってくるゴミからでも、世の中や地域の動き、垣間見えるように思う時もある。
 例えば、その一升瓶が、最近はめっきりと減った。日本酒全体の需要が減っているのであろう。そう言えば、「月〇冠」だとか「黄〇」だとか「松〇梅」だとかいったテレビCMを見ることが少なくなっているような気がする。
 町内に限って言えば、日本酒をこよなく愛したNさんが、今年の4月にお亡くなりになられた。それも、一升瓶減の大きな理由に違いない。もう一人、日本酒党の方がいらっしゃったが、その方はお元気なんだろうか?
 反対に、前回と比べても、段ボール箱が大幅に増えた。コロナで外出を控えた分、通信販売を利用する機会が増えた結果ではないか、と町内の人と話しあった。「買いものは地元商店で」を主張している僕も、この2ヶ月の間に一度、アマゾンとやらを使ってしまった。
 他にも、空き缶が減ってペットボトルが増えた。不要となった小学生用の教科書やドリルが目についた・・・等々、今日は今日で、いくつかの発見があった。
 こうして集められた資源ゴミは、業者に引き取られて、リサイクルに回される。それが某かの手数料として入ってきて、町会の貴重な財源となる。
 先に挙げた品目の中では、空き缶が一番高いと聞いている。すると、今回は、大した金額は期待できないかもしれない。
 町会の財政を考えれば、次回(12月)の回収日までに、缶を増やさなければならない。町会長としての責任だ。
 今日も午後は読書人倶楽部。倶楽部で缶ビールを空け、途中で缶酎ハイを買って帰ってきた。町会のためなら、少しくらい血糖値が上がったって・・・なんてことを言えば、主治医に叱られてしまう。(7804)

美は永遠なり


 三浦市立郷土文学館で、弘前ペンクラブ会長による、「北の文脈講座」が開催された。テーマは「三浦文学の神髄」。現在文学館ではスポット企画展「生誕90年 三浦哲郎展」が行なわれており、それに併せた講演会であった。
 雪に変わりそうな冷たい雨の降りしきる中にもかかわらず、会場は一杯になった。20余り用意した椅子は、全て埋まった。
 三浦哲郎は南部八戸市出身。青森県初の芥川賞作家である。弘前ペンクラブの会員が、太宰治や石坂洋次郎について熱く語るように、八戸ペンクラブでは、三浦哲郎がこよなく愛されているらしい。
 津軽と南部の中の悪さは喧伝されている。その八戸の作家を、何故、弘前の文学館が採り上げるのか? 
 その答えは、今日の説明によると、三浦哲郎は、葛西善蔵、太宰治と続く、私小説の系譜には欠かせない存在だからだそうだ。また、太宰が師事した井伏鱒二とも親交があったことも理由とのことだった。
 三浦哲郎と言えば「忍ぶ川」である。芥川賞受賞作だ。
 「忍ぶ川」と言えば、栗原小巻である。当時、サユリスト、コマキストと、映画ファンの人気を二分していた彼女のヌードシーンがあるということで、世間では評判になっていた。僕も期待に胸を膨らませながら、映画館に足を運んだ。高校2年生だったから、それほどマセていたわけでもない。
 栗原小巻と言えば、一度だけ”生コマキ”を見たことがある。市民劇場の役員をしていた時だ。ある月の例会で、彼女がヒロインを演じる「アンナ・カレーニナ」の公演を主催した。
 僕らスタッフは、開演1時間半前くらいには集合する。その時も、いつものように、市民会館1階ロビーで、輪になってミーティングを行なっていた。
 すると、2階へ通じる階段から誰かが降りてくる気配がする。ふと見ると、栗原小巻さんだった。僕らスタッフのために、わざわざ声をかけに来てくださったのだ。
 いやぁ、ビックリするくらい痩せていた。胴回りですら、僕の足よりも細いのではないかと思われるほど痩身だった。
 それなのに、舞台に立った時の動きはシャープで、声には1300人収容のホールに響き渡るような迫力があった。開演前の印象とのギャップに大いに驚いたものだった。
 さすがに、基礎のしっかりしている舞台俳優は、何歳になっても凄いものだと感心した。そして美人は何歳になっても美人だと・・・。吉永小百合さんだって、今でも美しいと思うのは、僕だけではないはずだ。
 あっ、いつの間にか、文学講座から美人女優に、話がすり替わってしまった。いかに僕が文学の素養に乏しいかが、これでまたバレてしまう。(8731)

 

ほんの一言本音をちょっと


 10月12日のブログでも紹介したように、今日、大学生からインタビューを受けた。卒論に使うのだそうだ。
 テーマは、「地方都市における本屋の意義」といったもの。それを文化人類学的なアプローチで考察していくのだそうだ。いいんだろうか? 僕なんかのインタビューで・・・? 
 と柄にもなく硬くなっていたら、最初の質問は、「今泉さんは、子どもの頃、どこで本を買ってましたか?」ときた。これで一瞬にして緊張がほぐれた。
 今だから言うが、あまり本を買った記憶はない。自宅が店のすぐ後だったので、立ち読みならぬ”持ち帰り読み”をしていた。最初に大人買い(全巻買い)をしたコミックスは、「巨人の星」と「ベルサイユのバラ」だあったことだけは覚えている。
 まぁ、読みたいときにいつでも本が、只で手に入る環境で育ったのだ。だから、高校を卒業して首都圏で暮らした時も、本だけには堪え性がなく購入していた。あっ、酒もか・・・。
 そんな話をし始めたら、舌がよくまわるようになった。かつて、紀伊国屋さんが弘前に出店してきた頃は、弘前市内だけで、書店組合加盟店が23店舗もあったこと。そのうち現在も残っているのは銀座外のKu書店だけになったこと等々。
 あるいは、弘前だけに限らず、全国どこでも、地方都市の老舗と言われる書店の多くが姿を消して言っていること。中央資本のナショナルチェーン店との規模の競争も、その原因の一つであることなど、思いつくままに喋った。
 更には、自分の店のことにも触れた。
 例えば、売り場の真ん中に喫茶スペースを置き、そこが文化仁(?)のたまり場となっていたこと。今ではカフェ併設の本屋は珍しくもないが、当時は余り例が無かった。
 また、週刊誌の一冊から、宅配をしていたこと。テーマの「地方書店の意義」ということから言えば、これは大きな意味があると思う。同時に、そのサービスが経営の足を引っ張ったという側面も強い。
 3階にはギャラリーも併設していた。書道会や学生の部活の発表会に貸し出した他、自主企画として、リトグラフ展や豪華本展、「世界の聖書展」や「世界の万年筆展」、絵本の原画展等々、色々な催しを行なった。
 つまり、お客様にどう捉えられていたかは知らないが、少なくとも自分の中では「地域の文化の発信拠点」という気概だけは持っていたつもりだったと”本音”も口にした。でも、結果として失敗したのだから、まぁ大きなことは言えない。
 何せインタビューをする側もされる側も、無類の本好き同士である。大好きな「まわりみち文庫」のことなども、熱く語り合っているうちに、あっと言う間に、予定の時間を過ぎてしまった。
 振り返ってみれば、僕が書店の経営に携わったのは16年間だ。そして、来年の4月を過ぎれば、議員生活も16年目に入る。人生の中のキャリアとしては、ほぼ同じ長さだ。でも、僕の中には、書店人の血が、まだ色濃く残っている。そのことをつくづくと感じた一時間半であった。
 だけど、僕の今日の与太話で、卒論を完成できるのであろうか。卒業できなかったら、僕も責任を感じてしまう。頑張れ! Ka君!(7872)
 

プレミアム付クーポン券の功罪


  今日は美女二人と会食。たまにはこういうこともあるのだ。エッヘン。 
 場所は、弘前読書人倶楽部の近くの大衆バー。以前にも、同じ会派を組むTa議員や無所属のNa議員と来たことがある。バーと言いながら、食べ物のメニューも豊富で、値段も高くない。味もけっこういけていた。
 白神が、今日この店を選んだ一番の理由は、味や値段ではない。「白神の魚プレミアムクーポン券」を使いたかったからに他ならない。
 このクーポンは、市内の飲食店18店舗で利用することができる。一枚1300円のチケットが4枚で1綴りとなっていて、それが4000円で販売されている。つまり、1冊につき1200円のプレミアムが付くという計算だ。”お得”な感じはする。持っている以上、使わない手はない。
 他にも、市内では、市のコロナ対策助成金を利用した様々な販売促進事業が行なわれている。商店街や飲食店街だけではない。業界団体でも、スタンプカードや抽選券発行等、それぞれが工夫をしたキャンペーンが展開されている。
 それはそれで良いことだ。コロナで大変だから一律に補助金を出せというのではなく、前向きに販促に取り組もうという事業者を支援すべきだと、僕は以前から主張していた。
 実際に、大きな成果が数字として表れてきている。昨年暮れに実施したプレミアム付き商品券は、市からの補助金1億1千万円に対して、商品券による売上は4億7千万円と、4倍以上の経済効果があった。
 一方で、ある飲食店からこんな声も聞いた。「従来、現金で支払っていた常連客が、そのチケットで払うようになっただけで、売上自体は伸びていない。むしろ、現金化までのタイムラグを考えれば、それほど有難い事業でもない」
 また、県の「Go to Eat」チケットに関しては、客から受け取った券の送り先が大阪なのだそうだ。月に1回まとめて大阪まで送付しても、そのお金が口座に振り込まれるのに1ヶ月かかるという。仕入れやバイトへの給料を、日々の売上で賄っているような小規模事業者には、この期間は長い。
 というのも、ほんの一部だけかもしれないが、現場の声なのである。そういう声を届けるのも、議員の仕事の一つだ。
 という大義名分を掲げて、夜な夜な飲みに出る。おそらく、もっともっと色んな声を聞いているのだろう。でも、酔ってしまって、翌朝になれば忘れている。
 だから、「プレミアム商品券はあまり有難くない」と言われた店でも、つい手持ちの商品券を使ってしまう。そういう店では、きっと嫌われているんだろうなぁ。(7253)
 

リンリンリリン Part2


 日中、家にいることはほとんどない。夜も遅くなることが多い。極端な例では、早朝から深夜まで、途中で一度も帰らず、留守にしている日もある。 
 だから、家の固定電話をCallしてもらっても、まず出られない。ひょっとして、孤独死をしているのではとか、夜逃げをしたのではと心配している人もいるかも・・・いや、それはいないだろう。
 今日は、久し振りに家に長時間いた。昨日のブログにも書いたように、部屋の片付け&本棚の整理Dayに宛てた。すると、ポツリポツリと電話がかかってくる。
 加入している生命保険会社からの電話。担当が変わったので挨拶に来たいというのだ。加入して10年は経っているが、今までそういうことはなかった。わざわざ家まで来るというのだから、何か新商品でも勧誘されるのだろうか。
 しかし、これなどは、いい方だ。ひどかったのは、次の電話。  
 「もしもし、こちら〇△◇✖と申します」 女性の声だ。カタカナの社名らしいが、早口でよく聞き取れない。  
 が、聞き返す間もなく、喋り続ける。
 「奥様はご在宅ですか?」 
 「いいえ、いません」
 「外出中ですか?」
 「いえ、独り暮らしですから」  
 「あっ、では、いいです」(ガチャン)
 (ガチャン)というのはいささか時代錯誤の擬音語だ。今や、(ピッ)とか(プチッ)と記した方が適切かもしれない。
 それにしても、一体何だったんだ? 化粧品か何かのセールスだったんだろうか? あっけにとられたまま、しばし考え込んでしまった。
 2週間ほど前にも、たまたま家にいた時に、証券会社から口座の件で電話がきた。・・・つまり早い話が、友人からや議員関係の連絡は、固定電話にはかかってこない。これは断言できる。99%は携帯電話(スマホ)だ。
 そうなってくると、果たして、家電(固定電話)は必要なのだろうか? 最近は回線を持たない家庭も増えてきていると聞く。  
 学生時代は、部屋に電話なんかは無かった。両親と連絡を取るにも、大家に取り次いでもらうか、公衆電話まで歩くしかなかった。電話を持っている友人が羨ましかった。
 それが今は、無用の長物となりつつある。わずか45年間。時代は大きく変わった。(4655)

 追伸
 ”Part2”というのは、9月28日のブログで、このタイトルは一度使っているからだ。文章の中身には、何のつながりも無い。
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