今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

また訃報


 朝から、Ki代議士の訃報が飛び込んできた。いや、もう亡くってしまわれた方だし、公人中の公人なので、敢えてイニシアルにするのも不自然だ。そう、我が青森県第4区選出の木村太郎代議士のことだ。
 最初は信じられなかった。友人方の第一報には、ニュースキャスターの木村太郎さんか? と返したくらいだ。そうするうちに、第二報、第三報が入り、その後、インターネットでも、訃報が配信された。
 何せ、彼は若い。まだ52歳だったのだそうだ。これからまだまだ上がっていく可能性を持っていた。
 書店経営をしていた時代に、まだ当選して間もない木村代議士を支援する若手経営者の会があった。僕も友達に誘われて入会した。一緒に勉強会を開いたり、ビアパーティーに参加した記憶がある。
 でも、その後、親戚筋にあたるTuさんが、選挙で議席を争うことになった。”血は水よりも濃し ”というわけでもないが、Tuさんのやろうとしている運動の方が面白そうだったこともあって、僕はそのお手伝いをすることになった。
 つまり、単なる演説会ではなく、政治とは直接関係のない著名人の講演会を開催し、その中で、多くの人に、政治に対して関心を持ってもらおうというものだ。
 第1回目は、僕のつてで、元西武ライオンズの森監督を呼んできた。2回目は、やはり当時、僕が後援会の副会長をしていた関係で、パンクラスの船木選手に来ていただいて、Tuさんとの対談を実現させた。次は、弘前出身で、各階で活躍している若い人達を招いて、ワークショップのようなものをやりたいね、と企画は膨らんでいった。
 ところが、そのあたりで、横やりが入った。当時、僕の書店は、弘前市役所への納品では、ほぼ独占状態にあった。それに対し、ある市議会議員から、「お前、Tuに肩入れすれば、市への納品を停めさせられるぞ」という、いわば忠告とも脅迫ともつかない電話をもらったのだ。さすがに、商売をしていれば、それは絶対的な殺し文句だ。新しい形の選挙運動も、ようやく佳境に入ろうとした段階で、残念ながら僕は、選挙から手を引かざるを得なくなった。
 勿論、それは、木村代議士の差し金ではないことは信用している。僕らの活動に危機感をいだいた系列の市議の忖度だったかもしれない。いや、純粋に、僕の商売を心配してのことだって考えられる。いずれにしても、その市議も、もう現役を引退されているので、真意を確かめることもできないし、そのつもりもない。今となっては懐かしい思い出だ。
 まぁ、そんなこともあって、木村代議士とは、その後、なんとなくボタンの掛け違いのような格好になって現在に至ってしまった。僕は、国政選挙という場では、いつも対立する側にまわってきたのだが、彼が、30年間この地方の政治をリードしてきた功績は間違いない。今、思えば、選挙云々では無く、もっと親しく話をさせてもらえればよかったと悔やむ。合掌。(7358)
 

継続は力?


 とりたてて書くほどの、会議もイベントもない日がある。今日もまさにそんな一日だった。
 かといって、ただ家でゴロゴロしていたわけではない。銀行に行って、支持者の所を数軒回って、芸術鑑賞会の事務所に顔を出して、太宰治まなびの家に呼ばれて・・・と何やかんやと雑用をこなして、車を走らせているうちに、ただただ時間は過ぎていった。
 困るのは、こうしてパソコンに向かった時だ。はて、今日のブログに何を書こう? まさか、他の会派の議員と、夜に一緒に飲んで酔っ払ったなんて、書きたいけど書けない。時節柄(なんの時節だ?)誤解を招いてもいけない。
 ブログを始めたのは、2011年の3月のことであった。でも、最初の頃は、更新したりしなかったり・・・。
 毎日書こうと意を決したのは、同じ年の6月頃からだ。以来、午前様だったり、泥酔してパソコンの前で眠り惚けてしまった日を除き、ほぼ毎日更新を続けてきた。
 今詳しく振り返ると、ブログ開始日が2011年3月23日。そこから約2300日が経過しているが、更新したのは2254回。達成率98%だ。エッヘン。
 ん? ってことは、残りの2%、つまり100日に2日は飲んだくれていたことになるのか。あんまり威張れたもんではない。
 最初から、毎日は難しいんじゃないかと心配してくれる人もいた。いや、大丈夫。人間、生きていれば、何かはトピックスはあるはずだ。仮に何も書くような出来事がない日は、本の紹介でも書いておくからと、軽く考えてスタートした。しかし、その読書力が、今は衰えてしまって、それも稀になった。
 でも、僕は、根性はないけど、変に意固地なところはある。高校時代、「俺は一生煙草を吸わないぞ」と級友たちの前で宣言して(誰も覚えていないかもしれないが)から、それをずーっと守っている。このブログだって、”泥酔”などという、やむを得ない(?)理由がある以外は、これからも毎日続けたい。
 中には、酔っぱらって帰ってから書いて、何か失言でもすれば信用問題だから、無理して毎日でなくてもいいよ、と言ってくれる人もいる。寝る前にパソコンに向かっているのが、安眠の妨げになっているんじゃないかと心配してくれる人もいる。お気持ちは有難い。
 でも、さっきも書いたように、僕は偏屈なのだ。議員でいるうちは、なんとか初心を貫き遠したい思う。
 ”継続は力なり”という言葉がある。普段の僕の生き方からは真逆の方向にある言葉だが、このブログと、定例議会終了毎の議会報告会だけは、この言葉を信じて継続していこうと思う。
 さて、きょうは、何を書こうか?(4660)
 
 
  
 

「三国志」ファンだったのだ


 先週の、異常なまでの暑さと、芸能人並みの忙しさが、まるで嘘だったような、涼しく閑な一日だった。日曜日。いつものように、弘前読書人倶楽部で午後を過ごした。
 読書人倶楽部は、私設の会員制の図書館である。といっても、図書購入予算などはない。だから、話題の新刊、なんてものは滅多に入らない。
 その代わり、会員が、自分で読んで面白かったという本を、一冊二冊と持ってきてくれる。そんな寄贈本で、棚は少しずつリフレッシュされていく。
 今日も、新着図書があった。「三国志名言集」
 三国志の粗筋を追いながら、その場面場面での、主要登場人物の名セリフを、書き下し分と原文で紹介したものだ。例えば、劉備のセリフの一つだが、「吾れ孔明を得たるは(吾得孔明) 猶お魚の水を得たるがごとし(猶魚之得也)」というような書き方をしている。何となく、原文を読んでいるような気になって、賢くなったような錯覚を味わうことができる。
 「三国志」は、最初、横山光輝の漫画で読んだ。次に、吉川英冶の「新三国志」を通読した。学生時代の頃だ。本を読む時間は、有り余るほどあった。
 書店の仕事に携わるようになってからも、三国志関連の新刊で、読みやすそうなものをみつけると、ちりぽりと拾い読みをした。例えば、下記は、青年会議所の理事長を受けるか断るかを悩んでいた時期に読んだ本だ。たまたま時期が重なっただけで、悩みを解決するために読んだわけではないのだけど。
 ある時、地元の新聞社から、新成人に薦めたい本を挙げてくれといわれ、「新三国志」と答えた。智とは何か、義とは何か、忠とは何か、徳とは何か、勇気とは何か、リーダーとは何か、人間を突き動かす力とは何か、といったことが、一つの物語の中に、網羅されていると思ったからだ。
 その後、ゲームになったりして、若い人にはだいぶ浸透したようだが、やはり、きちんと活字で読んでもらいたいという思いは今でもある。
 弘前読書人倶楽部のおかげで、また新たな「三国志」と出会うことができた。人との出会いが本との出会いを呼び、本との出会いが人との出会いを招く。読書人倶楽部の活動は、地味だけど、とても意義あることのように思う。皆さんも、是非、いらしてみて下さいね。(5714)
 

先手必勝


 政治と女性に関しては「節操がない」ことを、昨日のブログでカミングアウトした。全方位外交(?)を目指していると書いた。早速きょうは、Ki県議会議員のタウンミーティングに参加してきた。今日も、イニシアルにする必要はなさそうなものだが・・・。
 Ki議員は、とにかく若い。昨日のS議員は僕より一回り若く、Ki議員はさらに一回り以上も年下だ。僕も初当選の時は”若手”と呼ばれたこともあったが、もはや”初老”といわれる年齢だ。政治の世界の若年化は、世間で思われているよりも進んでいる。
 今日のテーマは、県立高校の再編だった。つい先日、県から、計画の全容が発表になったばかりだ。
 弘前市では、弘前工業高校の定時制がなくなる。これで、津軽の中心都市から、定時制高校は全て消える。
 尾上総合高校という、生徒が通学に不便をきたすところを活かそうという意味なんだろうと推察する。そもそも人口減少が容易に予測出来たはずの1999年に、旧尾上町に新設校を創ったこと自体が、県の失政だったと僕は思う。その自らの失敗を糊塗するために、弘前で夜間学びたい人間が犠牲になる。馬鹿な話だ。
 また、同じ工業高校では、インテリア科が建築科と統合される。更に、弘前実業高校の農業経営が廃  止される。農業を学びたい生徒は、柏木農業まで通えということだ。これまた通学には便利のいい場所ではない。伝統もあり、運動部にも吹奏楽にも力を入れている弘前実業に憧れている生徒も少なくはないだろうに・・・。 
 要は、県の計画は、人口減少と、予算と、地域バランスだけを考慮して、生徒の視点に立っていない。そのことが問題だと、以前のブログでも、軽く触れたことがある。その時も書いた、と思っていたが、高校は義務教育では無い。また学区制でもない。中学校を終えた生徒やその保護者に、学校を選ぶ権利がある。生徒数減少は、決して地域の人口減少ばかりが原因では無い。
 むしろ、学校改革として必要なのは、生徒に選んで貰えるような、時代にマッチした特色ある環境創りなのではないかとも考える。その点では、Ki議員も同じようなことを言っていた。全国に実在する事例として、国際コミュニケーション科とか、舞台芸術科とか、デザイン工学科などという学科を紹介した。渡された資料に記載の高校が、県立なのか私立なのかはわからない。私立高校と違い、県立高校では、そういった試みがどこまで可能なものかは別として、検討の余地は必要だろうと思う。
 このたび発表された県の計画は、第1期というものである。5年後からは第2期がスタートする。そのための策定作業は、もう来年度にも始まるだろう。今日、僕は、求められたので発言をした。具体的な計画案が浮かび上がってから異を唱えても遅い。議会も市町村教育関係者も、早め早めに情報をキャッチして、自らの意志を訴えて行く必要があると・・・。その点でもKi議員とは一致したように、僕は思う。
 ともかく、相撲でも夫婦喧嘩でも、先手が有利に決っている。後手がいいものなんて、一体何があるんだろう?
 一つ考えられるとすれば、友人と行った居酒屋の会計の時だ。財布に手をかけるタイミングが少し遅れると、相手によっては、「あっ、いいよ。今日は僕が払うから」と言ってもらえるかもしれない。
 ・・・甘いか。我ながらせこいなぁ。(6460)

股ぐらの膏薬


 日頃から親しくさせていただいている県議会議員の、県政報告会に出席してきた。広いホールに溢れんばかりの人が集まっていて、僕の議会報告会とは 段違いの大盛況だった。
 別に、隠す必要もないのだろうが、このブログでは、原則として、自分以外の人は、よっぽどの著名偉人でない限り、イニシアルで書いてきた。今回も、それを踏襲する。仮にSさんとしよう。
 S議員は、彼が市議会議員の頃から、共に活動をしてきた。協力して、市民からの請願の採択に向けて汗を流したこともある。と、ここまで書いてしまえば、益々イニシアルの必要性はなくなるような気もする。
 ただ、同じ会派になったことはない。また、彼は現在、県議会のJ民党に属している。僕は、このブログでも何度も告白してきたように、根っからのへそ曲がりなので、巨人・大鵬・卵焼き(は除く)・J民党を好きになったことはない。いつも、少数の側を応援してきた。
 でも、S議員とは、そんな会派や政党を超えて、お付き合いをさせていただいてきたし、今もそうだと考えている。歳は若いが政治の世界では彼の方が遙かに先輩で、色々とご指導をいただいてきた。それに、なんと言っても、その人柄が素晴らしい。
 大体にして、僕の基本姿勢は、ウィング359°なのだ。特に政治の世界ではそうである。これまでも、複数の県議会議員や市議会議員の報告会にお邪魔をしてきた。J民党の議員にも、M党の議員にも、労働組合出身の議員にも、K産党の議員の会合にも・・・。
 中には、本当に邪魔だと思っていた議員もいるかもしれないが、そんなことを気にするタイプではない。意志は薄弱なのだが、面の皮は厚いのだ。
 節操がないのとは違う。あっちにペタ、こっちにペタの股ぐらの膏薬とも違う。風見鶏でもないし、コウモリ男でもない。
 純粋に、誰がどんな活動をして、どんな考え方を持って、どんな主張をしているかを知りたいという気持ちからだ。だから、ご案内さえいただければ、そしてスケジュールの都合さえつけば、これからも、誰彼なく、顔を出してみたいと思っている。このブログを読んでいる政治関係者がいたら、是非、ご自身の報告会の情報を教えていただければと願う。
 このスタンスは、女性に対しても変わらない、スーちゃんからでも、ランちゃんからでも、ミキちゃんからでも、誘われれば、ホイホイと出掛けていく。
 もっとも、こちらの方は、単純に節操がないというだけの話だ。我ながら情けない。(5724)
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