弘前市議会一般質問最終日。今議会も大トリは先輩のKu議員だった。 
 Ku議員は、ある意味、徹底している。誰が市長であろうが、大会派にいようが無所属であろうが、批判精神を忘れない。駄目なものには、はっきりと”No"と言う。
 今日は「桜田市長の選挙公約・政治姿勢」というテーマで質疑を展開した。その中に職員研修・人材育成についてという質問もあった。答えたのは研修担当の総務部長だった。
 Q「市職員は、誰のために仕事をしているのか?」
 A「弘前市民のためである」
 これは文句なく正しい。模範解答と言ってもいい。ただ、あまり”誰かのため”ばかりでは、息がつまってしまう。「自分のため。市民の役に立ち、市政の発展に寄与しているという満足感と達成感のため」という言い方も、決して間違いではない。
 Q「では、本当に市民のためと思って働いている職員は何%くらいいると思うか?」
 A「そういった統計はとっていない」
 これは、正直過ぎた。人材育成担当の総責任者としては、「100%だと信じている」と答えるべきだった。でも、そうすれば、もっと突っ込まれていたかもしれない。
 続いてKu議員は、初任者研修の講師は誰が務めているのか? と訊いた。その分野の仕事に精通した上司が主に務めるが、外部から招くこともある という答弁だった。そこで、Ku議員はさらに畳みかけた。
 Q「教えていることと日頃の言動とがかけ離れている、講師として相応しくない上司もいるのでは。もし、そういう人から研修を受けたら、貴方はどう思うか?」  
 A「上司からの教えとして素直に受け止める」
 はっきり言って、この点では、部長の一本勝ちだ。組織人としては、正しい態度だと、僕は考える。
 確かに、Ku議員の言うとおり、市の役職者とか僕ら議員は、常に周りから見られている。その自覚は持たねばならない。「挨拶を励行しよう」などと教えながら、自ら挨拶をしないようでは、他人から見透かされてしまう。そういった意味で、Ku議員の指摘は当然のことだ。
 でも、時には、職務上、否応なしに人を指導しなければならくなることもある。与えられたテーマで一生懸命話をする。それを、「あの人は、普段、ああいうことをやっているから聞く必要ない」なんて態度で受講生が聞いてていたとしたら、組織の箍が緩んでしまうのではないかとも心配してしまうのだ。
 ということを考えていたら、「貼紙を禁ず」と書いた貼紙や、「こらぁ! 廊下で大声を出すな!」と、大声で叱っている教師の話を思い出した。小学生の僕だったら反発していた。でも、今はそれを理解できる。歳をとったせいかしら。(4473)