一日おきに、モーニングコールで目が覚める。
 一昨日は、先月行った会派議会報告会で、一度だけお目にかかったKさんから。先週の金曜日のブログを読んでとのことだった。
 僕は、その日、弘前の隣町での苦情相談に出向いたことを書いた。あるトラブルに対する役場職員の対応についてだった。
 Kさんは、その職員というのが自分ではないかと心配して電話をくれたみたいだ。確かに彼の務める役場で起こっことだった。が、僕も、相談者から相手の名前までは知らされていない。
 そこで、よくよく話を聞いたてみたら、全然違う話だった。安心していいよ、と伝えておいた。
 随分と心配性だなぁと感じた。繊細とでも言おうか。でも、それは決して悪いことではない。自分が何か誤りを犯したんではないか? 誰かに迷惑をかけたんではないか? と、いつも自省しながら生きるのは尊い。何があっても、他人事と決め込んで、ふてぶてしい態度をとる人間よりだったらずっと好感を持てる。
 ただ、彼には大きな目標があるらしい。その目標達成のためには、繊細なだけでは難しい。色々な反対意見や時には批判すらも、正面から受け止める度量とともに、受け流す術も身につけて欲しいと、僭越ながらアドバイスを送った。
 今日のモーニングコールは、その発端となった、隣町の職員の対応について相談をくれた方からだった。その後、再度役場側と折衝し、少しは進展があったという報告だ。
 損害賠償が絡んでいる「勝った」「負けた」の話ではない。金銭の多寡ではなく、自分の信念を貫けるかどうかだ。だから「負けるな」ではなく「曲げるな」と激励して電話を切った。
 こうして朝から電話をいただけるのを、決して疎ましく思っているのではない。むしろ、生来の怠け者である僕には、脳を覚醒させるいい刺激になっている。
 そんな訳で、モーニングコールは大歓迎なのである。ただし、午前6時前は、絶対に止めて欲しい。寝惚けて電話口で失礼なことを口走るかもしれないし、あるいは大声で怒り出すかもしれない。どっちにしろ、僕の本性の一部なのである。(6992)