今日は18日。8月と12月を除く毎月この日は、学区町会長会議の日だ。和徳小学校学区18の町会長が顔を揃える。
 いつもは午後6時半からなのだが、今日は、少し早く招集がかかった。 特別な議題があったからだ。と言うのは、和徳小学校が来年度創立150周年を迎えるというのだ。
 今日の会議には、校長先生、教頭先生、PTA会長がお見えになられ、その記念事業実行委員会を起ち上げるに際し、僕ら町会長にも、理事になって欲しいという提案がなされた。勿論、誰にも異論はない。僕も勿論快諾した。
 弘前市は、便宜上、26の地区に分けられている。その中で、”学区”と名のつくのはここだけだ。それだけに、地域住民と学校に対する結びつきは強いような気もする。
 和徳小学校は、明治7年1月8日設立。弘前市では、朝陽小学校に次いで、2番目に長い歴史を誇っている。そのことに対する住民の誇りは高く、校歌の歌詞にも、その創立記念日がはっきりと歌われている。
 そこでふと考えた。我が母校、弘前大学教育学部附属小学校も、確か僕が在学中に、創立90周年の記念式典を開いたはずだ。それが気になって、書架にある「附属小学校百周年記念誌」を繙いた。
 するとやっぱり、創立は明治9年10月となっている。ということは、三年後には同じく150周年を迎えることになるわけだ。
 うーん、何か感慨深いものがある。在学中には90周年、PTA会長時代に120周年を経験しているのだ。30年間、360ヶ月が、あっという間に過ぎ去っていった。光陰は矢の如しどころではない。弾丸の如しだ。
 和徳小学校の話に戻る。僕は、今しがた述べたように卒業生ではない。今の家で産まれた娘も附属小学校に入れた。でも、学区にある町会の町会長として、理事の務めはきちんと果たしたい。おそらくその務めというのの多くは、協賛金集めだろうと思う。
 が、最初にお断りしておかなくてはならない。公職選挙法というものがあって、僕自身は寄附をすることができないのだ。有難い反面、窮屈さを感じる時もある。
 まぁいい。ルールはルールだ。今までも、頑なにそれを守り、自分の母校に対してでも、歳末助け合い運動に対してでも寄附はしてこなかった。
 そうして、段々と世間(支持者?)が狭まっていっている。(8233)