大学病院の眼科受診。相変わらず混んでいる。時間がかかる。9時半前に受付をして、検査診察が全て終わったのは11時半過ぎ。たっぷり2時間を費やした。
 その上、散瞳を開く薬を点眼するので、車の運転は控えろと言われている。実際に外に出ると眩しくて前がよく見えない。結局、夕方頃までは、あまり仕事をいれることができない。  
 まぁ僕も、大学病院の眼科通いは2年近くなる。最初は、長時間の拘束に戸惑ったものだが、今は端からそのつもりで行っている。今日も午後から、国保運営協議会が開催され、その傍聴の案内をいただいていたが、車で移動しなければならない会場だったので、出席は早々と諦めていた。
 眼科に来る患者には高齢者が多い。中には珍しい人と会うこともある。  
 今日は、ある大学を退官された先生と、眼科の待合ロビーでばったりと顔を合せた。以前は、僕の議会報告会にも、ご夫婦でよくいらしていただいていた方なのだが、最近はお見えにならないので心配していた。とその話をしたら、眼が霞んで視野が狭くなったので、色々と検査をしていたという。それで、公立病院(現医療センター)から大学病院を紹介されてきたのだそうだ。”同病相憐れむ”ではないが、話ははずんだ。待っている時間の長さをしばし忘れることができた。
 その人の方が早く終わった。別れ際、「お大事に」と言葉をかけたら、「お大事に」と返された。病院ではそれが「ではまた」という挨拶の代わりみたいだ。
 高齢者だけならいいが、今日は、幼い子どもの姿も目についた。牛乳瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡をかけた子ども、眼を閉じて母親の腕にすがりつくようにして歩いている子ども等だ。
 僕は、この子たちの視力の回復を願ってやまない。医学の力でしっかりと治してやって欲しい。何故ならば、五感のうち、眼から選られる情報が一番多いからだ。9月議会では、子どもの歯の健康について採り上げた。今度は、子どもの眼の健康についても調べてみようかしら。
 僕自身は、以前にも度々書いたように、例え寝たきりになっても、眼さえ見えていれば、人生を楽しめると思っている。本も読めるしテレビも視られる。きれいな看護婦さんや介護士さんを視ることもできる。だから、時々(いつも?)糖尿の検診は億劫になることもあるが、この眼科受診だけは、待ち時間が長くかかろうとも、指示された通りしっかり続けることにしたい。
 と言う割りには、眼を大事にしていない。朝から晩まで酷使している。朝食や昼食は新聞を読みながら摂り、暇があればスマホをいじり、寝入る直前まで活字を追うのが習慣だ。
 第一、眼科の待合室で本に読み耽っているのは、どうやら僕だけのようだった。これじゃぁ、眼が良くなるはずがない。(6348)

 追伸
 今夜は、由紀さおりのコンサートに行ってきた。久々に眼を休ませて聴き入った。まるで、中学時代、ラジオの深夜放送から流れてきた「夜明けのスキャット」を聞いていた頃に戻ったようだった。