教育青森市で行なわれた公開シンポジウムに参加してきた。「宮下新知事 教育改革の可能性と危険性」と題したパネルディスカッションだ。
 可能性としては、知事が教育問題に関心を持って積極的に改革を推し進めようとしていること。教職員にアンケートをとるなど、現場の声を吸い上げようとしていることなどが挙げられていた。
 一方、危険性としては、行政トップが教育内容に介入し過ぎれば、教育委員会の独立性が失われかねないこと。改革を急ぐあまり、法律や議会を軽視しているのではないか、といった意見が出されていた。
 フロアからも様々な意見が出た。現役の教職員や経験者が多かったせいか、現状、特に文科省や県教委に対する不満の声も聞かれた。今、進めようとしている改革が、子どもたちのためになるのかどうかという不安も、何人かの発言の中から感じ取ることができた。  
 僕は自ら挙手をして発言はしなかったが、当てられたら言ってみようと思っていたことがある。それは、今議論されている教育改革が、専ら教員の働き方改革に偏っているように感じられてしようがないということだ。
 教育で最も大切なのは、子どもたちの学力。学力という言葉が適切でなければ、生きる力をどう伸ばしていくかということだと思う。例えば、GIGAスクール構想とかで、現在、紙のテキストやドリルを、タブレット端末を使って学習するようなことが進められている。でも、これからの世の中は、更に、タブレットを使いこなして、自分で何かを創造する。与えられたテキストを学習するのではなく、自らプログラムを組めるまでの技術や知識が求められていくのではないかと思ったりする。そういった要求にどう応えるのか。
 もっと大切なことがある。命を大切にする教育、自ら課題を発見しそれを解決していく力。相手の考えを正しく理解し、自分の考えを筋道立てて表現する力。これらを、学校教育の中でどのように育てていくかといった議論が、充分に為されていないのだとしたら、何のための教育改革なのか、僕は首を傾がざるを得ない。  
 といった、僕の似非教育論はともかく、今日は、とてつもなく大きな危険性に気がついた。
 渡された18ページに及ぶ資料をペラペラと捲っていると、見慣れない横文字が頻繁に出てくる。最近になってDXくらいはようやく理解出来るようになったが、GIGAスクールが何の略なのかは、今日初めて知った。
 その他にも、例えば”EdTech" "PBL" "MOOCs" "CBT" IBT" "LMS" "Jep" "STEAM教育”等々、訳のわからない言葉だらけだ。これでは、高齢のアナログ人間には、教育に口を出すなと言っているようなものではないか。  
 年寄りと若者、アナログ世代とデジタル世代・・・。こうして社会がどんどん分断されていく。自分自身が取り残されていくような気がして、そこに底知れぬ恐怖心を覚えた次第である。(8039)