「志があれば何にでもなれる」というのは間違いだ。
 例えば、半月板を切除して正座ができない僕は、どんなに落語が好きで、いくつもネタを持っていようと、落語家にはなれない。もっとも、膝の故障以前に、厳しい前座修行に堪えられるだけの根性がない。
 また、犬猫は大好きで、ゴキブリや蜘蛛が大嫌いな僕は、頑張れば動物学者にはなれても、昆虫学者には一生なれそうにない。
 このように出来る子出来ること出来ないこと、向いているもの向いていないものが、歳とともにはっきりとしてくる。能力的・性格的に、自分の限界を思い知らされる。
 今日は、2月5日のブログに書いた、M君の債権取り立てに同行した。M君が10月~11月に受託を受けたりんご収穫作業の報酬が、まだ支払われていないという件だ。M君は、弁護士とも相談して、今日こそは弁済計画を書面に記してもらおうと、債務者の自宅を訪ねた。言った言わないの話になっても困るので、僕が立ち会うことになったのだ。場合によっては、睨みを利かせて、凄んでみせることもあるかなと覚悟もして行った。
 会ってみると、債務者、仮にTさんとしよう、Tさんは決して悪い人には見えなかった。「今はお金がない」と、本当にすまなさそうに謝っていた。
 とはいえ、M君にも生活がある。M君が雇ったバイトさんたちへの支払いもある。「お金がないから」で了承できる話ではない。
 僕とM君は、「何回かに分割してでも、〇月〇日までに完済しなければ、法的措置に訴える。」と書いた書類を持っていった。少なくとも、返済日と返済金額は明記してもらおうと、行く途中の車の中で話しあった。M君が言いにくいのであれば、僕が厳しく言いつけようと思っていた。
 Tさんは、「〇月〇日にいくらとは断言できない。けれど4月と6月にはリンゴの販売代金が入ってくる。6月までには多分大丈夫だろう」と、繰り返すだけだ。その表情を見ているうちに、僕もM君もそれ以上はきつく言えなくなってしまった。M君が6月でいいと言うのであれば、僕がそれ以上強硬な態度に出るわけにもいかず、妥協するしかない。
 結局、10月と11月の作業料の入金は、半年以上もあとの6月になった。M君は、その旨を記した確約書にを持って再度出かけなければならない。大して役にも立てず、M君には申し訳のないことをした。
 つくづく感じた。落語家や昆虫学者以上に、僕は、借金取り立て人には、間違ってもなれそうにない。