若い時分、いわゆる首都圏につごう7年間いた。大学の1~2年時のキャンパスは神奈川県にあったし、書店の修業で浦和にも住んでいた。
 社会人になってからも、東京へはしょっちゅう来ていた。県書店組合の理事長時代は、少なくても毎月1回は、全国の組合理事会出席のために上京していた。
 それなのに、東京及びその近郊の名所や観光地には、意外と行っていない。例えば鎌倉。横浜の伊勢佐木町やみなと未来には行ったことがあるが、それより西となると、小田原と箱根以外はとんと無縁だった。
 東京も、寅さんで有名な柴又帝釈天とやらには行っていない。そこに限らず、荒川区や江戸川区・足立区などにはほとんど足を踏み入れたことはない。  
 埼玉県だと、その代表的な例が川越だった。旅行雑誌や旅番組で採り上げられるたび、一度は訪れてみたいと思っていた。
 それが今日、娘夫婦の案内で行くことができた。幸せな一日であった。
 川越さすが”小江戸”と呼ばれるだけのことはある。江戸時代を彷彿させる蔵造りの家が軒を並べている。しかも、単なる観光客に見せるための施設ではなく、そこで実際に商いを行なっている。今はやりの雑貨店やカフェもあるが、大方はあたかも藩政時代から続けている商店といった店構えと品揃えだ。商人の息吹が感じられる。  
 本屋この一角では、書店も写真のような感じだ。入り口だけからは、決して本を売っているようには見えない。だから、わざわざ「本屋でもあります」と外に見えるように貼紙がしてある。で、中に入ってみると、普通に雑誌や実用書主体の町の本屋さんなのだ。
 つまり、観光地として、徹底した街の作り込みをしている。小布施だとか高山だとか犬山だとか、あるいは京都三年坂だとか東京谷中だとか、古い家並みを活かした街造りを行なっている場所はいくつか視てきたけれど、川越はそれらを凌駕しているように思う。まちづくり協定なのか地区計画なのか、あるいは条例なのか、その手法はわからないが、ひたすら感嘆して散策した次第だ。
 翻って我が弘前を考える。城下町であり、みちのくの小京都とよばれているが、城下町らしさや京都らしさを感じさせる建物は点在はしていても、ここまで徹底した街並みとしては残っていない。
 わずかに仲町伝建地区があるが、あそこは基本的に人の暮らす街区であって、観光スポットとしては弱い。もうだいぶ前になるが、東京から来たお客様をそこに案内したら、とてもがっかりされていたことを思い出す。
 せめて、裁判所から文化センターにかけてのお堀の反対側に、城下町情緒溢れる街並みをつくってみてはどうかとも考えないでもないが、一方で、今さら偽物を造るのもなんだなぁという思いもあり、どうにも複雑な心境に陥っている僕なのである。(4042)