今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2011年09月

9月の終わり


 忙しかった9月も終った。定例議会があった。築城400年がらみの催事もあった。個人的には、読書人倶楽部や弘前ペンクラブのイベントの準備にも追われた。日常業務ではあるが、市民の皆さんからの要望や疑問にこたえるべく、役所を訪問する回数も、特に多かったように感じる。あわただしく過ごしているうちに、気がつけば、あれほど暑かった毎日が嘘のように涼しくなった。
 とにかく、よく飲んだ。特に後半は、毎晩のように会合があった。週に一回、休肝日をとるのが精一杯だった。
 その割に、今日、大学病院に行って、血糖値を測ったら、ヘモグロビンA1cの値が、先月よりも、わずか0.2ポイントだけだが、改善されていた。意外だった。ドクターは、こんなの下がったうちには入らない、というような渋い顔をしていたが、正直言って嬉しかった。
 昨年2月から、大学病院で、本格的に血糖値を下げる治療を受け始めた。翌々月の4月には、いわゆる教育入院も体験した。午前と午後、一日2回、講義を受けた。食事療法のことやら、運動の効果やら、合併症の怖さやらを、みっちりたたき込まれた。
 その甲斐あって、A1cの値はみるみる下がっていった。12月には、正常値まであと一歩という数値を記録し、その後、若干の上昇はあったものの、比較的順調に推移してきた。今年の3月までは・・・。
 それが、4月の選挙を境に、急上昇をしてしまった。ドクターには、選挙で生活が不規則になって・・・と言い訳をしたのだが、5月・6月・7月、と着実に上がり続けたところをみると、あながち選挙のせいばかりでもない。
 要は、自制心の欠如だ。わかってはいる。でも、一旦緩んでしまった箍を、再び締めなおすことは容易ではない。つい、酒席へ出る機会がが増え、ずるずると勧められるままに盃を乾してしまう自分を情けなく思う時もある。(ごくたまに・・・。)
 だから、今日の血液検査の結果は、本当にびっくりした。食生活を省みれば、下がる原因には思い当たらないが、ただ一点、毎日腰にぶら下げている万歩計の数字だけは、ひと頃に比べれば増えている。そういえば、先日のブログにも書いたように、ソフトボールの練習などという激しい(?)運動もした。やはり、身体を動かすことが、いい結果を産むのかもしれない。
 ともあれ、結果がいい方向に向かえば、自信となる。自信は更なる向上心を目覚めさせる。次の検査は10月下旬。次こそは、ドクターも驚くようないい数値を記録するよう頑張ろう。
 と、いいながら、今日も読書人倶楽部の打ち合わせもあって、十二分に飲んで今帰って来た。ご飯もあずましく食べてきた。僕の内側で、もう一人の僕が叫んでいる。「一日くらい、いいではないか!」 その声に支配される毎日が、又続きそうだ・・・。
 
 
 

生命の復活 弥生跡地報告会


 岩木山の山麓にある弥生地区に、大型リゾート開発が立ちあがったのは、もう20年前のことだ。その後、スキー場開発を目指して第三セクターが設立され、平成6年には造成工事もはじめられた。草木は刈り払われ、斜面は削り取られ、地面は踏み固められた。
 しかし、間もなく、その計画は頓挫し、第三セクターは経営破綻をした。
 市が破綻した三セクの土地を買い取る。大型児童館構想をぶち上げる。市民の3万筆を超す反対署名が集められる。住民訴訟が提起される。市長選挙の争点となる。市長が替わり構想の白紙撤回が決定される等々、紆余曲折を経ながらも、その土地は、スキー場計画頓挫以降、放置されたままになってきた。正確に言えば、一度、途中まで建設された構築物を撤去するため人の手は入っているが、それ以外、何も人為が加えられることは無かった。
 その土地が、今、どうなっているのか? 6つの市民団体からなる「弥生ネット」は、これまでも、何度か弥生跡地の自然観察会を続けてきた。特に、昨年11月と今年6月は、30本の木を特定して、その幹の周囲を計測するなど、本格的な調査も始めている。
 今日は、その調査の報告会が行われた。僕も、自然観察会には参加していたのだが、何せ、生物に関してはど素人である。現地では、ただ人の後ろを歩くだけだったが、今日の阿部先生や奈良岡先生の報告を聞いて、改めて、確実に自然が回復していることを実感した。苔、薄、灌木、高木、林とつながっていく遷移の様子を目の当たりにすることができたし、6月の調査では、今では希少生物になりつつあるハッチョウトンボの生息も確認できた。
 僕らは、この素晴しい自然の回復を、見守っていかなければならないと思う。人間の手によって、徹底的に蹂躙された土地にでさえ、わずか20年足らずで、生命は蘇りつつある。この大いなる地球の営みは、更に10年後、20年後、どんな姿を僕らに見せてくれるのであろうか?
 弘前大学が、弘前市の依頼を受けて、弥生跡地の利活用について調査した報告書がある。その中に、次のような基本的な考え方が示されている。

 1、広く市民の声を聴いて、今後の方向を決めていく
 2、自然に近い姿を念頭に置きながら検討を進める
 3、大型箱物施設を中心とした計画とはしない
 4、防災や利用上の安全面も考慮し整備の方向性を定めていく

 ゆめゆめ、二度と、人間の手で、自然という貴重な財産を破壊するなどという暴挙を、起さないよう、起こらないよう、自戒しなければならない。

与党と野党


 一昨日も昨日も今日も、日中、車で市内を回りながら、ラジオの国会中継を聞いていた。政治と金やら復興増税やら首相の任命責任やら、野党自民党の追及は手厳しい。正直言って、自民党に、これほど野党の才能があろうとは思ってもみなかった。
 2年前まで、僕らが耳にする国会中継は、若い民主党の議員に切り込まれ、のらりくらりとそれをかわす自民党内閣、という図式が定番だった。ところが、攻守所を変えたとたん、民主党から舌鋒の冴えが消え、自民党は見違えるように鋭くなった。
 まぁ、与党と野党と云うのはそんなものかもしれない。聞いている身にすれば、体制に対する批判や追及の方が聞きやすい。言う側だって、立場や責任等を別にすれば、相手の弱点を攻めることの方が、はるかに勢いがつく。
 一方、守る側は、そうもいかない。言わなければ言わないで、言わないことを責められるし、言い過ぎて、余計なことを一言でも口にすれば、それが新たな火種にもなりかねない。第一、政府という組織を預かる立場にあれば、答えられる範囲も自ずと限られてくる。
 だから、鋭い質問を浴びせる野党(自民党やみんなの党など)が格好良く見え、内閣を慮った質問をする与党(民主党)をもどかしく感じ、奥歯にものがはさまったような答弁を繰り返す内閣が、物足りなく見えてしょうがない。でも、それは、どの党が与党になっても野党になっても、同じことなんだろう。
 市議会には、原則、与党も野党も存在しない。特に僕は無所属(無会派)だから、いつでも是々非々の立場を貫ける。「いいものはいい、悪いものは悪い」と誰に対してでもはっきりと言っていきたい。
 ただ、「いい、悪い」の判断が問題だ。僕は、正義は一つだけだとは思っていない。極端に言えば、10人いれば10の違った正義が存在する場合もある。(それを正義と呼ぶのかは別として・・・) 僕らの仕事は、その10の正義を聞くことから始まる。そして、その中から、個人にとっての正義、まちにとっての正義、あるいは、今必要な正義、将来必要な正義等を、見極めなければならない。
 政治家には、自分の考えを訴える”口”、他人の言うことを聞く”耳”、何が正しいかを見極める“目”が、必要なんだろう、きっと。言わずもがなだが、利権を嗅ぎつける”鼻”は要らない。
 あいにく僕は、目は近眼兼老眼だし、耳も遠くなってきている。トホホホ・・・。でも、決して”口”だけの議員にはなりたくない。
 
 

読書人倶楽部のイベント


 来たる10月1日、午後4時より、弘前読書人倶楽部では、初めてのイベントを開催する。倶楽部の蔵書を寄贈して下さった関周さんをお招きして、本にまつわるエピソードや、お薦めの本などについて語っていただく「第一回ブックトーク」だ。
 6月に開設以来、単に図書館を開設しているだけでなく、なにかイベントをしたり会報を発行したり、少しずつでも事業を拡げていきたいということが、僕らの課題であった。特に、いろいろな方から、本についてのお話をお聞きする「ブックトーク」は、倶楽部の設立目的からいっても、是非実現したい事業であった。
 その第一回目となると、やはり、講師は、関さんしかいない。これまでも複数の方から、「この本を贈ってくれた関さんって、どういう人?」「たくさんの本の中で、関さんはどれを薦めたいのかしら」といった質問をいただいた。
 確かに、僕らスタッフは、関さんが来弘される度に、お話を伺う機会を得てきた。関さんが持参された名著と呼ばれる本や希少な本に関するお話を聞かせていただいたこともある。でも、会員の中は、関さんにお会いしたことがない方も大勢いる。また、まだ会員でない方でも、どっかでこの倶楽部の記事を読んでくれて、関さんに関心を持ってくださっているというケースもあるだろう。
 だから、今回のブックトークは、関さんのことを知っていただき、読書人倶楽部のことを知っていただく、まさしく第一歩として企画したのだ。会員、非会員問わず、是非たくさんの方に足を運んでいただきたい、と切に願う。会員でない方は、お話を聞いて面白かったら、入会していただければ、なお有難い。
 場所は、読書人倶楽部(弘前市和徳町4-3)の中で行う。本に囲まれた中で、本の話を聞く。なんとなく贅沢な感じがする。
 勿論、これ一回きりではない。次回がいつになるのかお約束はできないが、2回、3回とブックトークは続けていきたい。それと、待望の会報も、トーク当日にはお渡しできるはずだ。
 弘前読書人倶楽部、開設以来3ケ月。亀より遅いのかもしれないが、ゆっくりとゆっくりと前へ進んでいる。

 今日は、その読書人倶楽部に置くストーブを買いに行ってきた。10月1日のイベントが終われば、倶楽部も冬支度が始まる。
 

議員スポーツクラブ


 弘前市議会議員スポーツクラブが結成された。今日は、その第一回目の練習が行われた。畏れ多いというか、身の程知らずというか、結成されたばかりの議員スポーツlクラブは、来月29日に、斎藤春香率いる弘前市教育委員会と、ソフトボールの試合を行うことになった。そこで、泥縄式で、今日と来週の月曜日と2回、練習を行うことになったのだ。
 議会に限らず、僕の座右の銘は、「仲よきことは美しい哉」という、よく小料理屋の壁面に飾ってあるかぼちゃやらナスの絵の色紙と同じだ。議場は議場として、真剣に命がけに議論を戦わせたにしても、一歩議場を離れたら、議員同士、親密に情報を共有し、弘前市の発展のために協力する下地をつくっておかなければいけない。そう思って、僕は、自分の身の丈以上の職務と知りつつも、スポーツクラブ事務局長なる大役を仰せつかっている。
 今日の練習には、お陰さまで、総勢12名の参加を得られた。試合当日もどうにか今日と同じくらいの人数は確保できそうだ。とりあえず、試合は成立しそうだ。
 議会は多数決の世界だ。と同時に議会を構成しているのは、それぞれ、一定の支持を得て当選してきた、個性豊かな面々だ。その中で、自分の提案なり修正案なりを通そうと思ったら、単に自分だけの正義を吐くだけでは難しい。多くの議員の同意を得ながら、事を運ばなければならない。
 そんな当たり前のことに、議員になって3年かかって、ようやく気がついた。気がついて以降、先輩議員の指導を頂きながら、4年目には、市長提出の予算に対する修正案、文学の案内板等に関する請願書の採択、平和都市宣言等を、議会で可決してもらうことが出来た。
 今も、議会に対して、ネット上で、辛辣な批判を繰り返している元議員がいるが、偉そうなことを言ってはいても、少なくとも彼は、任期中、何一つとして提案を通すことは出来なかった。何か物事を為すためには、議員の多数の理解と協力が必要だ。そこに気がつかなければ、自分の理屈を言い放しにして終わるだけだ。
 だから、議場を離れた時のコミュニケーションが必要だ。普段から、会派の垣根や主義信条を越えて、意志の疎通を図っておくことが、市民のための種々の提案を審議していく際に大きな力となる。
 その意味でも、このスポーツクラブは大切にしたい。今日も、最長老議員から一年生まで、全会派から少なくとも1名は参加していただいた。この和が重要なのだ。議員として、市民の声を実現するという最大の責務を果たすためには、議会自体のチームワークが何より必要だと、2期目を迎えたばかりの僕でさえ痛切に感じている。
 にしても、チームワークを築くのは大変だ。たった一時間の練習で、もう身体中の筋肉が悲鳴をあげている。こうしてキーボードを打っている最中でも、腕のつけねの筋肉が痛い。明日の朝は、起きられるだろうか? 明日もし、ブログが更新されていなければ、それは決してさぼったのではなく、肉体的必然的理由があったからだろうと、善意に解釈していただければと思う。

 
 
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

昌ちゃん

今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ