今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2011年10月

犬山市


 今、犬山市にいる。歴史的風致維持向上計画と、景観計画の視察に来たのだ。犬山市も、弘前と同じ、城下町だ。現存する最古の天守閣を持っている。規模や地理的条件は違えど、雰囲気や環境には、弘前と相通じるものがあるようにも感じる。
先日も、このブログに書いたが、弘前も今、景観計画の策定に取り組んでいる。近いうちに議会にも示されるであろう。犬山市は、いわば、その先進事例だ。しっかり勉強して、これからの議論に役立てたい。
明日は、四日市市と名張市を訪れる。例によってスマートフォンからの打ち込みなので、明日も簡単な報告だけになりそうだ。詳細は、弘前に帰ってからにしたい。
スマホでスマートに文章を打ち込んでいる人がうらやましい・・・

ソフトボール続報 市教委VS市議会 死闘の末に 


 昨日も速報したのだが、市教委対市議会のソフトボールの試合は、結局7対7の引き分けで終わった。最終回で丁度引き分けに持ち込むなど、向こうの方が、一枚も二枚も上手なような気もするが、今は素直に負けなかったことを喜ぼう。
 僕は、ピッチャーとして先発マウンドに立ち、仲間の好守に助けられて3回までは無失点に抑えることができた。が、そこまでが限界。4回に3点を失い降板した。4回投げてこの疲れだ。あと1回投げていれば、昨日・今日のブログ更新は無かったかもしれない。
 試合後、懇親会と表彰式が行われた。優秀選手賞と珍プレー賞を、各チーム一名ずつ選出。議会チームの優秀選手賞には、手堅い守備を見せた尾崎議員、珍プレー賞には、フライを取るためピッチャーのマウンド近くまでダッシュしてきた蒔苗議員が選ばれた。
 MVPは、斎藤春香さんに選んでもらった結果、初回、満塁でタイムリー二塁打を放った野村議員が栄冠を手にした。彼は、この日のために、バッティングセンターで練習を積んできたという。その努力が、試合にも見事に表れた。
 議員同士の親睦も勿論だが、普段、顔を合わせることも少ない若手職員と議員の交流も深めることができた。斎藤春香さんも積極的に話の輪に加わっていただいた。とても、和やかで有意義なひと時を過ごすことができたように思う。
 最初から対決姿勢で議論に臨むのと、お互いの立場を理解しあった上で議論に臨むのでは、自ずと、導かれる結論にも差が出てくる。第一、けんか腰で議論を進めれば、結論に至らない場合だってたくさんあるだろう。
 ここ数年、教育委員会とは、スポレク施設建設の件や、河川敷ゴルフ場指定管理の件で、毎年意見を戦わせてきた。彼らは、施策に基づき予算案や条例案を通したい側、僕らはそれらの議案の適・不適を審議する側。でも、そういった立場の違いを越えて親睦を図ることに、大きな意義があるものと考えている。
 
 7対7の引き分けに終わったので、早くも、来年の再戦の話が出てきている。望むところだ。でも、市教委に選手の若返りはあるかもしれないが、議員の側には4年間新陳代謝は無い。来年になれば、また全選手一つ歳をとる。任期を終わる頃には、僕も60に手の届く一歩手前になってしまう。こうなれば、年齢との戦いだ。


  

ソフトボール速報


 我が弘前市議会スポーツクラブ初の対外試合、斎藤春香監督率いる市教育委員会チームとのソフトボール決戦が、ついさっき終わった。今、へとへとに疲れ切っている。やっぱり、練習より試合の方がしんどい。
 試合は、議員チームが、初回3点、2回に4点と順調に得点を重ねた。ところが、向こうが本気を出したのか、こちらのスタミナが切れたのか、3回以降は凡打の山を築くばかり。
 対する教育教育委員会チームは、さすがに、平均年齢が若い。回を追うごとに調子を上げ、4回に3点。5回の裏も2点を上げて、なおも塁上に二人をおいたところで、ピンチヒッターとして斎藤春香監督が自らバッターボックスに入った。ホームランがでれば、”逆転サヨナラ”という、まるで筋書きでもあるような場面だったが、我が方のピッチャーは、なんとか単打に抑えた。でも、これで1点差。
 そのあと、もう1点取られ同点とされたが、ようやく後続を断って引き分けた。なんだか、お釈迦様の掌の上で暴れまくっていた孫悟空のような心境だ。
 ・・・、腕も肩も腰も、既に悲鳴を上げている。今日は速報ということで、これで勘弁願いたい。といっても、続報があるのかどうかはわからない。明日、ひょっとしたら、全く違う話題になるかもしれないし・・・。明日の出来事次第だ。

麗しの岩木山


 昨日・今日と二日続けて、岩木庁舎にある教育委員会に足を運んだ。道中、真正面に見える岩木山が、とても美しかった。昨日訪れた、文化財保護課の窓越しに見る岩木山も圧巻であった。教育委員会が旧岩木町に置かれていることに、普段は、遠いの不便だのと不平を言っているのだが、こんな素晴らしい景色を見られるのなら、ずーっとこのままでいいかなとも、ふと感じる。
 「お城と桜とりんごのまち 弘前」というのが、弘前市の定番のキャッチフレーズだが、これは対外的なものであろう。僕ら弘前市民にとっては、岩木山こそが、心の原風景のような気がする。学生の頃、年に1~2回夜行列車に揺られて帰省した時も、車窓から岩木山が見えるようになれば、故郷に帰ってきたんだなぁと実感したものだ。その感慨は、移動の手段が列車から自動車に変わった今でも変わらない。矢立峠を越したくらいでは、帰郷したという思いは薄い。
 青年会議所も頃、”津軽”とはどの範囲化を議論したことがあった。誰かが「岩木山を望める範囲が津軽だ」と言った。その場にいた皆が、その一言で納得したものであった。
 書店時代も、議員になってからも、割とあちらこちら出掛ける機会は多いが、今のところ、岩木山より美しいと思った山は無い。勿論、すべての山を見たわけではないので、完全な手前味噌なのだが・・・。
 弘前市が今進めている景観計画では、公園の本丸と城西大橋からの岩木山の眺望を阻むような建物の建築が、厳しく規制されることになるようだ。結構なことだ。
 でも、市内からの眺望だけではなく、岩木山そのものの姿も守らなければならない。一時期、山裾に、風力発電の風車を建てるような話もあったが、そんなものがあっては興ざめも甚だしい。スキー場だゴルフ場だといって、山肌をはぎ取るのも、もう止めにしよう。
 スキー場のナイターの照明が浮かぶのを弘前から見て、盲腸の傷のようだと言った人もいる。「身体髪膚これを父母受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」 有史以前から受け継いできた故郷の美しい山を傷つけるのは、津軽の歴史と風土の対する最大の不孝だと思う。
 

ドラフト会議


 プロ野球のドラフト会議が行われた。大学投手BIG3と言われた、東洋大の藤岡はロッテが、野村は広島が、菅野は日本ハムが、それぞれ交渉権を獲得した。母校の後輩 伊藤は阪神が単独指名。その他では、超高校級の内野手 高橋は中日が指名権獲得。その中日に抽選で敗れたヤクルトは、光星学院の川上を指名した。
 僕のプロ野球感染歴は長い。最初にファンになったのは、秋山や桑田がいた頃の大洋ホエールズであった。その後、しばらくは、世間並みにジャイアンツを応援していたが、バッファローズが、三沢高校の太田幸治を指名した年から、近鉄に乗り換えた。
 それでも、王貞治のホームランに惹かれ続けてはいたのだが、かの江川のドラフト破り事件があってからは、ジャイアンツが大っ嫌いになった。あんな卑劣な球団を応援する人の気がしれない、とも思った。それ以来セリーグでは中日を応援している。ただ、高橋由伸がジャイアンツに指名された時は、心が揺れた。
 このように、ドラフト会議は、選手ばかりではなく、ファンの行く末も左右してきている。
 
 人生が、個人の能力や努力次第で、思うように進んでいくのなら、そんなつまらないものはない。能力が足りない人間はあきらめなければならないかもしれないし、努力したって乗り越えられない壁も存在する。そうではなくて、人智の及ばない”運”というものがあるからこそ、人生は面白い。運命の女神から祝福される瞬間、それを信じるからこそ、僕らは”夢”を描き、それに向かっていくことができるのだ思う。

 ドラフト会議は、高い能力と不断の努力でアマチュア球界の頂点を極めた選手たちが、プロの世界に入るにあたって、運命の女神から与えられる最初の試練だ。祝福される者もいれば、奈落の底に突き落とされる者もいる。でも、運命の女神は気紛れだ。祝福はずーっとは続かないし、底から這いあがろうとする者に手を差し伸べることもある。
 僕らは、そんな選手たちの栄枯盛衰に、自分の人生を重ねあわせたりする。プロ野球が、一頃に比べて翳りが見えたとはいえ、いまだに日本におけるプロスポーツのトップに座り続ける理由の一つに、ドラフト会議という制度が織りなすドラマを挙げることができよう。
 
 議員だって似たようなものだ。選挙は、有権者からの指名を受けるための儀式だ。実力や努力だけで当落が決まるとは限らない。立候補者数、社会情勢、当日の天候etc 自分の力ではどうにもできない要素もたくさんある。それらを”運”といっては大げさだろうか?
 そして、ドラフトでも選挙でも、法の網をかいくぐるようなルール破りは、絶対に犯してはならない。僕には、ジャイアンツファン、江川ファンの政治家は、どうにも信用がならない。 
 あっ、いらっしゃたらごめんなさい。あまり気にしないでください。単なるアンチジャイアンツの僻みですから・・・。
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

昌ちゃん

今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ