今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2011年11月


 11月30日、午後6時。弘前市役所前には、防寒服に身を包み、手には懐中電灯を持った人々が、およそ百人ほどであろうか、白い息を吐きながら集っていた。これから、一斉カラス追い払いが始まるのだ。僕も、わが家の懐中電灯を手に、その人だかりの中にいた。
 市長の合図と共に、全員、手にした懐中電灯を高くかかげスイッチを押した。その光を、外濠の土塁上に並ぶ木々の上のカラスの群れに照射しながら、追手門から亀甲方面に向けて皆で歩いたのだ。幾重もの光の線が、梢にとまるカラスを射抜いて進んだ。思わぬ光の波状攻撃にカラスたちは・・・。

 一つわかったことがある。カラスにも、敏感なカラスと鈍感なカラスがいることだ。光を当てられ、すぐに逃げ出すカラスもいれば、何人もが同時に光を浴びせかけても、少しも動じないカラスもいる。考えてみれば、人間にだって、一旦寝入ってしまえば、近所で火事が起きようと、目を覚まさない輩もいる。
 僕は、東門から、公園の中に入ってみた。いつも、外濠のカラスしか見ていなかった。ひょっとしたら、内堀に沿った茂みも、やはり塒になっているんではないか? そんな不安がわいたからだ。
 その心配は杞憂に終わった。園内の梢上に、カラスの姿をみつけることはなかった。そのかわり、外濠を追われたカラスの大群、まさに大群と呼ぶにふさわしいおびただしい数のカラスが、天守の上空を旋回していた。それは、何とも異様な風景であった。
 帰りは、また、追手門から外濠沿いを歩いた。とうとう最後まで逃げなかったのか、あるいは再び戻ってきたのか、堀の向こう岸の木々の上には、カラスの黒い影が点々としていた。
 市長は、開会の挨拶の中で、「市民との協働」という言葉を使っておられた。確かに、大勢の市民が、今日の追い払いに参加した。それを成果と言えば、それにも一理はある。
 でも、実際にこれで、カラスはいなくなるのか? カラスの糞害を無くすることができるるのか? と言えば、その効果には、疑問符をつけざるを得ない。
 いやいや、このブログで、いくら疑問符をつけたって何も解決しない。疑問は疑問として、今度の一般質問で、しっかり質していこうと思う。

 ここで一句。「冬空や 闇を照らして 烏追う」。 ついでに一首。 「面白く やがて虚しきカラス追い 明日には帰る ものと知りつつ」。やっぱり、短詩・定型詩は難しい。もう止めようっと。

麻耶 雄嵩
幻冬舎
発売日:1997-09

 今日のタイトルを、”カラス”でも”烏”でもなく、”鴉”にしたのは、昔読んだ、麻耶雄嵩の小説を思い出したからだ。さっき見た天守閣上空のおどろおどろしい雰囲気を現すのには、この字が一番当てはまるような気がする。
 
  
 
 
 

議会初日


 平成23年第4回定例議会が開会した。僕は、普段は「定例議会は、3月・6月・9月・12月の、年4回だよ」と説明しているが、今回のように、12月からの給与改定などの議案があれば、11月中に議会の承認を得なければならない。よって、ここ何年かは、毎年11月の後半に開会している。
 今日は、弘前市職員給与条例の一部を改正する条例案や、それに関連する補正予算案等が審議され、全て原案通り可決された。それによると、給料の改定率はー0.3%。その他に、退職金の手当や、職員の異動や昇格等で変更になった給与・手当などを整理して、一般会計で、-157,656千円の補正予算案となった。
 明日からは1週間、議案熟考のため休会となる。その後、来週の火曜日からは、いよいよ一般質問がはじまる。
 今日の本会議の終了後、一般質問の順番を決める抽選が行われた。僕の出番は12月9日(金)、午後一番の予定である。以下に、今回登壇する全議員の日程を記しておく。どなたの質問時でもいいので、是非一度、議会の傍聴に来てみていただきたいと思う。

 12月6日 ①谷川政人 ②菊池勲 ③尾崎寿一 ④竹谷マツ子 
        ⑤工藤良憲 ⑥野村太郎
 12月7日 ①畑山聡 ②鳴海毅 ③石岡千鶴子 ④加藤とし子 ⑤佐藤哲
 12月8日 ①栗形昭一 ②今薫 ③工藤光志 ④越 明男 ⑤石田久
 12月9日 ①外崎勝康 ②小西勇一 ③今泉昌一 ④伏見秀人 ⑤蒔苗博英

 持ち時間は、一人一時間。でも、人によって、全部使い切る人場合も、早く終わる場合もある。目安として、上記の①と②が午前中。昼の休憩をはさんで、③が午後1時から。④が終った段階で午後の小休憩をとって、その後⑤⑥が登壇するといったところか。それとても定かではない。それぞれの議員が、持ち時間をどれくらい使うのかによる。
 先に行われた、市民による議会改革シンポジウムでは、傍聴席の構造についても、意見が出ていたように記憶している。確かに、今の傍聴席が、市民にとって見やすいつくりなのかどうかは、考えさせられる。でも、お金もかかることなので、おいそれと造り直すわけにもいかない。
 一番いいのは、有権者の皆さんが、毎日わんさかと傍聴に来られて、現在32ある傍聴席が常時足りなくなること。そうすれば、否が応でも、造り直さなければならなくなるかもしれない。
 と、いう次第で、皆様のお越しをお待ち申し上げております。

弘前読書人倶楽部 12月のイベント


 久しぶりに、弘前読書人倶楽部の話題を書こうと思う。
 バタバタと開設したのが今年の6月だったので、もうすぐ半年になる。この6ケ月間、少しずつではあるが、会員も増えた。蔵書も増えた。冬に備えてストーブも取り付けた。何故かワイングラスも増えた・・・。
 さて、読書人倶楽部では、12月に二つのイベントを準備している。
 まずは講演会。12月11日14時から、市民参画センターを会場に行う。講師は、小松宰さん。大館市在住の、東北・北海道でただ一人の”日本映画ペンクラブ”のメンバーだ。弘前読書人倶楽部の会員でもある。僕も、小松さんの講演は、二度ほど聞いたことがある。一度目は三島由紀夫について、二度目は坂本龍馬と幕末についてであった。とてもわかりやすく、面白い内容であった。
 今回のテーマは、「日本人にとって忠臣蔵とは何か」。12月14日の討ち入りの日を前に、タイムリーな企画ではないかと、ひとり悦に入っている。
 小松さんは、弘前文学学校でも講師をされている。その関係で、この企画は、文学学校と読書人倶楽部の共催という形となる。入場は無料。会員以外の方も、是非、聞きに来ていただきたい。
 もう一つのイベントは、クリスマス絵本展。やはり会員である宮野恵子さんが、ご自身の蔵書の中から、クリスマスに関する絵本150冊ほどを、期間限定で貸し出して下さるというのだ。今のところ、12月21日から25日を予定している。タイトル等、詳細はまだ未定だが、決まり次第、このブログでも発信していきたい。
 開設時の紹介記事にも、「大人のサロン」なんて書かれていた通り、読書人倶楽部には、これまで、子ども向けの本は1冊も無かった。でも、昨今は、大人が子ども向けに書かれた絵本を読むことが、静かなブームになっているらしい。童心に帰るということだけではない。大人が絵本の世界から学びとれることだって、けっこうたくさんあるのだ。
 さて、忙しくなる。明日からは定例議会も始まる。読書人倶楽部のイベントの準備もしなくちゃならない。”師”ではないが、走り回らなくてはならない年の瀬が,間もなくやってくる。

百聞は一見に如かず されど・・・


 冷たい雨に打たれて、岩木山のゴミ拾いに参加してきた。総勢70人ほどだったろうか。落ち葉と雪に隠れていたためか、いつもより回収したゴミの量は少なかったように思う。それでも、テレビ・オーディオセット・耐火金庫等、びっくりするようなものも捨てられていた。残念ながら、金庫の中は空だった。当たり前か・・・。
 僕が、この岩木山のゴミ拾いに参加するようになったのは、かれこれ、もう3年前からだ。最初に参加した印象が強烈だった。古タイヤは当たり前。ベッド、洗濯機、自転車・・・、ここでは書けないような成人指定の玩具まで、あまりの多さと品数の豊富さに、”あきれる”を通り越して感動すら覚えてしまった。それが運のつき・・・、いや縁の始まりであった。以来、毎回とはいかないが、出来うる限り都合をつけて参加している。
 行くたびに、日本人のモラルの低下に、腹立たしさと悲しみを感じる。日本はいったいどうなるんだろう? 国家の行く末にすら、不安を感じざるを得ない。
 百聞は一見に如かずという。皆さんも、一度、是非、参加してみてほしい。僕の嘆きが、決して大げさなものではないことを、きっとわかっていただけると思う。来春、雪融けをまって、また行われるそうだ。

 そもそもは、今は県会議員になった齋藤爾君(当時市議会議員)の、議会での一般質問を聞いたのがきっかけだった。斎藤君は(いいんだろうか?県議を君づけにして・・・)、ボランティア活動で拾ってきた粗大ゴミや家電ゴミの処分費用を、市で負担できないものかと理事者側に迫っていた。半端な量ではないという。齋藤君の話を聞いて、実際にそのゴミの山とやらを見てみたくなったのだ。
 同じようなケースでは、やはり一般質問で、隣の席の小田桐議員が、弘前市の癌検診の受診率について市に問い質したのを聞いて、僕は自分でも癌検診を受けてみようと思った。それまでは、恥ずかしながら、一度も受けたことがなかった。以来、欠かさず受診しているのは、以前このブログにも書いたとおりだ。
 34人議員がいれば、皆、目のつけどころも、物事の捉え方も違う。自分以外の議員の一般質問を聞いていると、教えられることが多い。

 「百聞は一見に如かず」と言えば、いかにも”聞”は”見”に対して分が悪い。だけど、人の話を聞くことが、好奇心を刺激し、見たい・試したいという願望を呼び起こすことは、ままあることだ。”聞く”ことは、自分の見識を広める第一歩にもなる。
 百聞は一見に如かず。されど、一聞は百見の始まり。なんてことを考えた次第である。
 

ひこばえ塾


 先月に引き続き、中学時代の恩師の家に教え子が集う「ひこばえ塾」に参加してきた。毎回、6名前後のマンバーの中の誰か一人が、話題を提供することになっている。先月は、僕が”原発”の話をして、散々な出来だったことは、このブログでも述べたとおりだ。
 今回の話題提供者はN君。テーマは、来月行われる弘前城築城四百年映画祭に絡めて、「長部日出雄・石坂洋次郎と映画」についてであった。
 二人とも、弘前が産んだ偉大な小説家である。特に、石坂洋次郎は、その作品が80本も映画化されているほどの人気作家であった。今日、見せてもらった昭和46年の毎日新聞の記事によると、その当時は、吉川栄治・夏目漱石と並んで、日本人好みの作家で堂々の第1位にランクされている。
 長部日出雄は、昭和48年に、津軽書房から出版した「津軽じょんから節」と「津軽世去れ節」によって、直木賞を受賞している。地方の小さな出版社が直木賞を受賞するなど、前代未聞の快挙であったに違いない。
 だが、残念ながら、二人とも、今はあまり読まれなくなってしまった。おそらく、今、洋次郎の小説は、書店の店頭で手にすることはできない。「青い山脈」ですら、新潮文庫のラインナップから外されて久しいのだ。
 そういったことでは、今度の映画祭の意義は大きい。映画を観た若い人たちが、作家のことを知り、作品を読んでみようと思ってくれれば、しめたものである。
 築城四百年記念事業も、もうわずかで、その幕を閉じる。郷土の先人に思いをはせ、文化を未来に引き継いでいくようなイベントは、一体いくつあったのだろう。事業の検証は、しっかりと行わなければならない。
 さて、今日の話題提供者のN君は、中学・高校と同期であった。だけど、一度も同じクラスになったことはない。だから、正直言って、彼がこれほど文学や映画に造詣が深かったとは、学生時代には知らなかった。
 とにかく、間口が広い。彼の話を聞くたびに、いろいろなことを教えられる。それだけ、たくさんの本を読み、映画をたくさん観て、しかもその内容を真剣に考えているのだろう。僕のようなちゃらんぽらんな読書とは、深みが違うんだなぁと痛感させられる。
 同期との集いは、いつも、あっという間に40年前にタイムスリップができる(ん?もう40年も経ったのか!?)。
背負うものも飾るものもなく、無邪気に自由に振舞い合っていた、あの時代に帰ることが出来る。楽しいひと時だ。
 と、同時に、知らなかった知識や自分の専門外の情報も得ることもできる。仲間の活躍に刺激も受けることができる。僕にとって、「ひこばえ塾」は、とても貴重な集いなのだ。

 実は、昨日の、弥生跡地利活用市民懇談会のリーダーを務めていた渋谷氏も、同い歳なのである。幼稚園で一緒だった。昨日も書いたが、彼の進行ぶりも見事であった。僕には、あのような進め方はできない。
 いやぁ、同期、同年齢の仲間が、皆、自分より立派に見えてしまう。石川啄木の心境だ。
 よーし、僕も頑張らなくっちゃ。とりあえず、明日は、岩木山のゴミ拾いに行ってこよう。
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