今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2012年06月

盛岡で見たもの

 久々に盛岡に行った。
 あれは、もう3年くらい前だったろうか。女房と二人で、帰省してくる娘を迎えに、盛岡駅まで行った。あの時は、少し早く着いたので、岩手県立美術館で開催されていた「ミュシャ展」を観ることができた。今となっては切ない思い出である。
 その時も、その前に行ったある出版社主催の議員研修会も、駅の西口であった。だから東口を歩いたのは、かれこれ5年ぶりくらいになるであろうか。駅から開運橋までの通りの両脇に立ち並ぶお店も、だいぶ様変わりしたように感じた。
 たまたま、駅前の広場で、岩手観光ディスティネーションとやらのイベントを行っていた。僕らが通りかかった時分は、ご当地キャラが勢ぞろいをしていた。
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 上の写真は、その時の模様である。写真の奥に並ぶ、お椀の形の頭をした5人は、わんこ兄弟なのだそうだ。
 なんと安直な、なンとテキトーな、ネーミングとデザインなんだろう。他所の県のキャラクターのこととは言え、そのセンスが心配になってくる。岩手県の方がこのブログを見たら、気分を害されるかもしれないが、他県からの一来訪者の個人的な感想として、冷静に受け止めていただければと思う。
 彦根市のヒコニャンが大当たりして以来、全国的にユルキャラブームなのだが、安易な便乗が、かえってマイナス効果を生み出す場合だってある。とにかく今は、どこを訪ねても、ご当地キャラがある。在りすぎる。それが果たしていいことなのかどうか、観光行政に携わる方々は、我も我もと参画(真似を)する前に、よーく考えなければならないのではないか。
image それに比べて、我が弘前市の”たか丸くん”の造作の精巧なこと。ネーミングにもひねりが効いている。
 これは、決して、手前味噌、自画自賛だとは思わない。”タカ丸くん”と、弘前公園の桜と、岩木山と、リンゴは、どこへ出しても恥ずかしくない、弘前の誇りだと思っている。
 あっ、そうか。これを自画自賛っていうのか・・・。

サボタージュ


 大学病院での血糖検査をさぼってしまった。
 忙しかったのだ。朝から書類を作って、市内を回り、借金(?)返済のため銀行に寄ったりしているうちに、気が付いたら予約を入れていた11時半を回っていた。結局、午後に時間をみつけて、第三内科の受付に行き、来週の金曜日に再度予約を入れてもらった。
 でも、今日は検査をしないで正解だったかもしれない。今日調べれば、きっともの凄い高血糖値がでたかもしれない。医者から叱られるだけでは済みそうにない。それほど、ここ数日の暴飲暴食はひどかった。
 いつもなら、検査の3日前から、節制モードに入る。実際は3日くらい節制したからと言って、殆ど影響は無いらしいのだが、それでも気は心である。気休めにはなる。
 ところが、今週は、逆に、検査の3日前から飲み会が続いた。一昨日は、読書人倶楽部の仲間と泥酔し、昨夜も、後援会の幹部の方と、昨今の政治情勢を語る、と称して深酒をしてしまった。
 まぁ、どうしたって来週は調べてもらわなければならない。執行猶予をもらったようなものであるが、せめてこの一週間は大人しくしていよう。
 と書いてから、手帳を開いたら、これはやばい。来週も、月曜日から金曜日まで、びしっと夜の会合が書き込まれている。木曜日の夜も、農業委員会との懇談会の予定だ。血糖を下げる暇がない。肝臓も無休状態だ。
 会合に出ても飲まなきゃいいだろうって・・・? 会費制の会食の場で、飲まずに帰ってこられるほど、僕は人格高邁には出来ていない。払った分はしっかり飲み食いしなくっちゃと思ってしまう性質なのだ(・・・恥ずかしい・・・)。だから糖尿になったと言われれば、その通りだ。
 よし、とりあえず今日は休肝日にしよう。明日以降のことはまた、明日以降に考えよう。だけど、どうにも変わらないなぁ。こんな行きあたりばったりの生活は・・・。
 

入札制度について考える


 ここのところ、市の入札に関する相談が続いている。昨日は、建設関連の方を訪問して、市の現状を説明し、問題を提起していただいてきた。今日は、別の業界の方の訪問を受け、やはり、現在の制度の問題点について、話を伺った。
 長引く不況の中で、どの業界も、生き残りをかけ必死なのである。徒にダンピング競争をあおるような今の入札制度に、中小零細企業は疲弊もしてきているし、それが不満にもつながっている。
 入札についての、僕の態度は一貫している。行政には、地元経済を活性化させるという大きな役割もある。地元企業を育てるといった姿勢も必要だ。その観点で、価額の安さだけを競わせる入札制度には異議を唱えてきた。
 自分でも、かつては商売をしていた。商売を止めたあとも、書籍販売の仕事に携わっていた。当然入札にも参加していたのだ。
 ある時、県の機関だが、大口の図書購入の入札があった。中央のK社とかM社が相手だ。結果を聞いて唖然とした。僕らが問屋から仕入れる価額よりも安い値段で、中央の業者が落札したとのことであった。
 これでは、端から、太刀打ちできるはずはない。こんなやり方がつづくのであれば、地元の業者が県の機関に納入できる可能性は零に等しい。言いようのない悔しさを感じたことが、つい昨日のことのように思い出される。
 弘前市では、市長の方針なのか、地元優先という姿勢は打ち出してきている。それは有り難いことだ。でも、その中でも、それぞれの業界ごとに、いくつかの課題はあるらしい。お会いして話を伺うと、それらの課題の深刻さがよくわかる。
 肝心なことは、事業者の活力を損なうような過度の競争に歯止めをかけることと、業界ごとに異なる事情を勘案した公正さを保つことだろうと思う。勿論、土木建設であれ、物品購入であれ、品質の保持ということも重視されなければならない。
 要は、地元中小零細企業の経営者も、その従業員も、弘前市民なのだ。市民が安心して働ける環境を、行政が率先して創っていくべきだろうと考えるのである。
 入札の件は、5年前に初当選して以来、これまでも何度か採り上げてきている。6月議会でも質問したばかりだが、市民からの新たな相談を受けて、9月議会でも再度つっこんでみようと決意した。
 こんなに早くから、一般質問の内容を予告したのは初めてだ。実は、他の項目も、頭の中ではだいたい既に固まりつつある。とりあえず忘れないように手帳に書いておこう。あとは、データ集めと調査だ。忙しい夏になりそうだ。

日付変更線間近か


 弘前読書人倶楽部で飲んできた。帰りに、もう一軒、立ち寄ってきた。腕時計を見たら、もう、11時半過ぎ。今日中の更新が可能かどうか心もとない。
 読書人俱楽部での話題も、専ら消費税。今の景気の状況で、消費税をあげることが、本当に理にかなっているのかどうか、厳しい批判が出された。
 かつて、橋本内閣の時、3%を5%に上げただけで、消費は落ち込み、税収は減少した。そういった事実を知りながらの増税に、釈然としないものを感じる。 
 多分、消費税増税が、読書人倶楽部に直接与える影響は皆無だろうと思う。だけど、所得に対する租税の負担が多くなればなるほど、趣味とか教養とかに対する家計支出は減っていくだろう。
 なんだかんだ言って、読書人倶楽部スタッフ一同は、消費税値上げに反対である。政治的にどうこういうよりも先に、本好きな温厚な市民として静かな反対票を投じ続けたい。
 と書いているうちに、日付変更線を、またいでしまったらしい。ごめんなさい。 一つだけ、言い訳をさせて貰えれば、腕時計も多少狂っていた。父の形見のオメガだったのに・・・。




















頭のいい人の話し方


 弘前出身の評論家 三浦雅士氏が、2011年度のの本芸術院賞・恩賜賞を受賞された。今日、その記念講演会と祝賀会が、弘前市内のホテルで行われた。
 001講演を聞いて、とてつもなく頭のいい人だなぁと感じた。言葉が口をついて出て来るよりも数倍速く、頭の中が回転しているようなのだ。言いたいことが、次から次へと沸きあがって来る、そんな感じだ。60分間、ノンストップで喋り続けた。
 三村青森県知事にも、同様の頭の良さを感じる。両者とも、とにかく早口だ。息を継ぐ間もなくバンバンと言葉が出てくる。
 それと、話が、あちらこちらに飛ぶ。飛ぶけれども、必ず後で収束する。
 こういうタイプの方の講演の時は、聞く側も、常時頭を働かせていなければならない。そうしないと、速射砲のような言葉と、鳥のように飛び回る話題に、ともすれば着いていけなくなるおそれもある。だから、決して、途中で眠くなることはない。
 反対に、話が飛んで行ったら、行きっ放しという人(誰とは言わないが)もある。どんどん、主題から遠ざかって行って、収束する気配すら見えない。こういう人の講演は、聞いていてだれてくる。眠らないまでも、集中力は散漫になってしまうことがある。
 さて、今日の主題は「村上春樹と津軽」というものであった。一見、何の関係もなさそうだ。でも、世の中に、全く関係のない物はない、と三浦氏は言った。どんな物同士でも関係づけることができる。それを行う能力、それを説得する能力が、編集者には求められるとのことだ。政治家にも、同様の資質が必要だ、みたいなことも話されていた。
 では、村上春樹と津軽はどのように結び付けられたのか、と言えば、太宰治なのである。太宰が、津軽の風土と同質なものをロシア文学、中でもチェーホフに感じ取っていた。村上春樹もまた、チェーホフの文学の影響を大きく受けた作家の一人だ、というような落とし所だったように認識している。僕が書けば、かなりいい加減に思われるかもしれないが、三浦雅士氏が目の前で喋れば、納得してしまう。それが人徳というものかもしれない。
 三浦氏は、昭和40年弘前高校を卒業されたという。僕は49年卒。たった九つしか歳は違わない。その経歴を聞いた時、他の人はどう感じたのかは知らないが、僕は正直言ってあせった。自分の9年後はどうなっているんだろう? あと9年で、自分はどこまで辿り着けているのだろう? 世の中に何を残しているのだろう・・・。そんなちっぽけな感傷にひたりながら、一足早く、祝賀会の会場を後にした。
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