今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2012年12月

よいお年を


 大晦日である。昨年と同じく、紅白歌合戦を観ながら、このブログを書いている。紅組・白組各25組の計50曲中、歌詞を見れば唄えそうな曲はわずか11曲。率にすれば2割2分。野球だったらレギュラーになれそうにもない。
 今年の紅白の収穫は、モモイロクローバーとキャリーパミュパミュだ。名前は知っていたが、歌っている姿を見たのは初めてだ。これが当世のアイドルなんだろうなぁ。だけど、今さら旨をときめかせる歳でもない。
 前半は、ボクシングとダウンタウンの番組と紅白と、5分ごとにチャンネルを切り替えながら観ていた。残念ながら、井岡のKOシーンは見逃してしまった。さすがにドラえもんは観なかった。
 改めて、新聞のテレビ欄を広げてみる。各局とも、明日の朝まで番組が続いている。お笑いタレントを集めたバラエティーや音楽番組が目立ち、硬派なものはごく僅かだ。
 テレビ放送が始まった頃、時代を見越して、大宅荘一が「一億総白痴時代」と言ったが、まさしくその通りになってようだ。知性も教養も感じられない番組が多すぎる。
 大体にして、国民に節電を呼び掛ける媒体でもあるテレビ局に、節電という意識はあるのだろうか? 僕らは観たくなけれスイッチをいれなければいい。だけど、放送する側は、24時間膨大な電気を使いっ放しなんだろう。このままでは、脱原発・卒原発は難しい。
 なんてことを、テレビをかけながら書いている。説得力も何もあったものじゃない。所詮僕も一億分の一にすぎない。
 こんなことを書いているうちに、今年も残すところ、あと一時間ちょっとになった。
 数えてみたら、このブログも、今年は、昨日までで364回更新している。舌を噛んで救急車で医者に運ばれて更新できなかった日もあるし、出張先でスマホを壊して書けなかった日もあった。酔っ払って書きかけのままうつ伏して眠ってしまい、更新が日を跨いだこともあった。それでも、ほぼ毎日、どうにかこうにか続いている。これも、読んで下さる皆様がいらっしゃるからだ。初めて間もない一年半前に比べれば、日々のアクセス数は、三倍以上に増えた。本当に有り難い。
 と、ここで改まって・・・今年一年のご愛読に心から感謝申し上げます。来年こそは、100%毎日更新を目指します。これからも是非読んで下さいますよう、お願い申しあげます。それでは、皆さま、よいお年を。
 
 
 

2012年 僕の十大ニュース(下)


 暖かい一日であった。朝からの雨で、車道の雪が溶けてしまった。屋根の雪もだいぶ落ちた。と思ったら、天気予報によれば、明日は又雪らしい。うーん。
 昨日に引き続き、身の回りで起こった今年の十大ニュースを書いてみよう。

⑤後援会長が交代した
 いっぱしの政治家並みに、僕にも後援会というものがある。3ヶ月に一度開催している僕の議会報告会には、会長や副会長が毎回出席してくれて、開会の挨拶をしてくれる。会長からは、僕の一般質問について、その日の夜か翌日、必ず感想の電話をいただいた。「今日は〇点」と厳しく採点してくれた。
 そのA会長が勇退され、新しくKさん(女性だよ)が会長に就任してくれた。応援してくれる人、アドバイスをしてくれる人、相談できる人が周りにいることは、とても幸せなことだ。人の縁を大切にしていきたい。

④舌噛み、ぎっくり腰、そして・・・。
 一月に、酔っ払って転んで舌を噛んだ。一針縫って、しばらく禁酒を余儀なくされた、六月にはぎっくり腰をやった。楽しみにしていた弥生スキー場跡地の自然観察会を欠席した。そして年末、短い期間だったが入院するはめになった。まるで厄年のような一年であった、入院のことはブログでは敢えて触れなかったが、文章の形態や内容で、ひょっとして気付いた方もいらっしゃるかもしれない。
 今年は、十大ニュースに、健康ネタが二つもランクインしてしまった。寄る歳波を、しみじみと感じる。

③田代島に行った
 仙台湾の牡鹿半島沖に浮かぶ田代島は、野良猫がたくさん生息する島として知られている。何年か前にその写真を週刊誌で見て以来、そこへ行くことが僕の夢となった。死んだ女房とも約束をしていた。今年、その念願がようやく叶った。
 考えてみれば、視察とか研修とかを抜きにしての一人旅は、一体何十年ぶりだったろう。わずか一泊二泊の、時間的には決してゆとりがあったわけではない旅だったが、妙にのんびりした気分を味わうことができた。

②愛犬が死んだ
 17年間一緒に暮らした愛犬が死んだ。夏までは、とても元気だったのに・・・。9月にはいってからめっきり様子がおかしくなり、病院に連れて行った。でもせっかく薬をもらってきても、段々と一切口にしなくなった。10月後半になると、毎日のように病院に連れて行って、注射を何本もしてもらった。医者から「心しておいて下さい」と言われて何日目
だったろう。病院から帰って来てから一時間後に、静かに息を引き取った。
 今は、その子犬が、やはり病と闘っている。僕ら家族も、一緒に戦っている。

①万年筆紛失
 あれは、青森県総合防災訓練が行なわれた日だった。女房の形見の万年筆を紛失してしまった。会場となった武道館か運動公園のどこかで落としたことはわかっている。武道館の事務所にも、公園の事務所にも届けた。念のため警察にも届けたが、今日にいたるまで、何の連絡もない。
 バーバリーの太字の万年筆だ。字には全く自信の無い僕でも、その万年筆で書くと、少しは上手くなったような気がした。100%気のせいだったにせよ、僕はその万年筆で、会議のメモをとったり、手帳にスケジュールを書き込むことが好きだった。大切な大切な万年筆だった・・・。

 こうしてみると、あまりいい一年とは言えないように思う。でも、いろいろな人に支えられて、アクシデントや悲しい体験を乗り越えて、年を越すことができそうだ。ただただ、感謝あるのみである。

2012年 僕の十大ニュース(上)


 テレビでも新聞でも、今年の十大ニュースが、放送され掲載される時期になった。僕も、自分自身の一年を整理する意味もあって、身の回りの十大ニュースをピックアップしてみよう。
 ただし、順位は、思いつくまま、といった感じだ。厳密なものではない。先ずは、10位から6位まで。
 
⑩糖質制限が功を奏した(?)
 糖尿病対策のため、秋口から、糖質制限を始めた。と言っても、ご飯や麺類など、炭水化物を出来るだけ摂らないようにしているだけだ。ここにきて、その効果が出てきている。血糖値の平均値(?)を示すヘモグロビンA1cという数値が、ぐんぐん下がり始めたのだ。とはいえ、まだまだ正常値よりは遥かに高い。道は険しい。何が困ると言って、大好きなラーメンや寿司が食べられないのが辛い。

⑨弘前読書人倶楽部、2年目に突入。
 年度ではなく、今年一年というスパンで区切れば、2月の「会員のDVDを観る会」を皮切りに、年6回のイベントを行った。歌あり、落語あり、児童文学の話しあり、経済の話ありと、バラエティーに富んだ内容だったと、自画自賛している。それらとは別に、ほぼ毎週日曜日、倶楽部に集まっては、飲み語らっていた。充実した一年だったとは思うが、会員は増えていない。いつでも会員募集中なのである。よろしくお願いします。

⑧エソワード君との出会い
 その、読書人倶楽部の縁で、ケニアからの留学生 エドワード君んと出逢った。何かと理由をつけては、彼を交えて倶楽部で飲んだ。一緒にラーメン屋もんじゃ焼きを食べにも行った。外国人の目に映った日本や弘前の印象や、彼我の文化や考え方の違いなど、彼から教えてもらったことも多かった。楽しい一年であった。そんな彼も、来年春には、日本での勉強を終了し帰国してしまう。盛大な送別会を開催しようと思う。

⑦市民劇場の運営委員になった。
 数年前から会員になってはいたが、一念発起して、2月から運営委員を買って出た。なってはみたものの、実に忙しい団体なのだ。平均すれば、月に2~3回は会議やら作業がある。考えてみれば、年6回、例会と称して、市民会館で演劇を鑑賞している。そのポスター貼りから機関誌の作成、当日の大道具等の搬入や、舞台の撤収等々、準備から後始末まで、会員の手で行なっている。その段取りをするのが運営委員会だ。忙しくて当たり前だ。忙しいけど、やりがいがあって楽しい。来年も頑張ろう。

⑥議会改革が動き出した
 議会制度等調査特別委員会が、1月30日からスタートした。僕も委員として議論に加わった。議員定数や報酬については、委員会としての集約は出来なかったが、一問一答制度については、次の議会から導入することが決まった。議会広報の改革も、一定の方向でまとまりつつある。委員会での議論とは別に、本会議のインターネット中継も始まった。その経過の是非はともかく、定数の削減も可決された。少しずつではあるが、弘前の議会改革も進み始めている。・・・と、思う。

さらばゴジラ


 松井秀樹が引退を表明した。日米通産2643安打・507本塁打という記録を残し、日本選手初のワールドシリーズMVPという記憶が残った。
 松井は、高校時代、阪神タイガースへの入団を希望していた。だが、ドラフトでジャイアンツが指名権を獲得し、その夢は叶わなかった。
 もし、希望通り、松井が阪神に入団していたら・・・? そんな「たら・れば」話を集めた本がある。「プロ野球もしも読本」だ。
 それによると、松井が入団していれば、新庄がメジャーに行くことはなかっただろう、ということだ。新庄が脚光を浴びることはなく、従ってメジャー挑戦など考えつかなかったろうという論法だ。僕が思うに、金本が阪神に移籍してきて、”アニキ”と呼ばれることもなかっただろう。
 他にも、この本には、「もし長嶋が南海ホークスに入団していたら」とか、「もし江夏が、あの伝説の試合で負けていたなら」、「王が右打者だったら」等々、プロ野球ファンなら、一度は想像を逞しくしてみたことがありそうな内容が詰まっている。お暇なら、店頭で手にしてみてほしい。
 さて、僕は、松井には不満が一つある。WBCに一度も出場しなかったことだ。自身の体調、あるいはチームの事情等、いろいろな理由はあったのだろうが、日本代表のユニフォームを着てプレーする松井を見たいと思ったファンは多かったはずだ。松井が出場していれば、もっと楽に世界一になれたかもしれない。と、また「たら・れば」話だ。
 今回も、引退という道を選ばず、日本復帰という選択肢はなかったんだろうか? それを望んでいたファンは多い。仮に、打率3割を切っても、ホームラン数が30本に届かなくても、僕は、日本の球場でプレーする松井を見たかった。勿論、ジャイアンツ以外で・・・。
 松井は、甲子園でも、ジャイアンツでも、ヤンキースでも、僕らに夢を与え続けてくれた。
でも、WBCといい、メジャーから国内復帰をしなかったことといい、肝心なところでは、ファン(僕)の期待を裏切ってきた。残念だ。
 とはいえ、身体(膝)の調子は本人でなければわからない。引退という本人の悩みぬいた末であろう決断を、これ以上、単なる野次馬の僕がとやかく言うことは、”不遜”以外、何ものでもない。ごめんなさい。
 今晩のNHKのニュース、七時も九時も、松井の引退がトップだった。地元紙の夕刊の一面トップもそうだし、二面にも三面にも関連記事が掲載されていた。それだけ偉大な選手だったということなんだろうけど それにしても、日本って、よくよく平和な国なんだろうなぁ。

安倍新内閣雑感


 新しい内閣が発足した。今朝の新聞に掲載された閣僚名簿を見ながら、ぼそぼそと所感を述べてみよう。(敬称略)
 自民党前総裁、元総裁が顔を並べている。公明党の前代表もいる。安倍が総裁選で戦った石原や林もいる。なんとも豪華な顔触れだ。ただ、谷垣や麻生・石原だと、重厚感に欠ける。これに、森元総理が引退せずに加わっていたら、一気に重厚感が増したんだろう。・・・ん? 重厚感という言葉の意味を取り違えているのかな?
 平均年齢は57歳7ケ月だという。これについては、何も言える立場にはない。何となれば、僕自身が、まさしく、57歳と7ケ月目に突入したばかりだからだ。自分で自分のことを”若い”とは思わないが、かといって、”年寄りだ”と言われれば腹が立つ。微妙なお年頃だ。
 閣僚の学歴にも、変化があるように思う。前政権と比べてということではない。ずーっと昔と比べての話だ。東大卒が減っているような気がするのだ。19人中4人しかいない。小野寺防衛大臣は、東大大学院修了となっているが、大学は東京水産大学(当時)だ。ちなみに京大は一人。以前はズラーっと東大・京大卒が並んでいたような、曖昧な記憶がある。
 僕は、学歴偏重主義者ではないが、国家のリーダーたるもの、最高の見識と、時流に対応できる聡明な頭脳を持っていなければならない思う。あの”官僚”という名のエリート中のエリートを御していかなければならないのだ。半端な知識と経験では、上手くいかないんじゃないかと心配する。
 今回は、関東地方出身者(選出者)が19人中8人を占めた。東京・神奈川・埼玉で5人もいる。都会っ子内閣だ。
 青森県選出の議員は、残念ながら、今回も又、一人も入閣しなかった。長いこと、大臣が出ていないような気がする。特に、我が4区選出の議員は、もう6期連続小選挙区で当選しているというのに、候補として名前すら上がらなかった。それだけ自民党の人材が豊富で、頭が閊えているということなのだろうか?
 いやいや、3期目で入閣している人もいるし、落選して今回復帰してきたばかりの閣僚もいる。経歴を調べれば、かつて、公職選挙法違反で公民権停止をくらった経験をもつような人さえ大臣になっている。必ずしも、上が閊えているせいとばかりも言えなさそうだ。
 青森県からは、いまだに、総理大臣は一人も出ていない。選ばれている政治家の側に何か問題でもあるのだろうか? いいや。選んでいる僕ら有権者の方に問題があるような気がしてならない。
 
 
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