今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2013年01月

北奥舎



 弘前ペンクラブの、太宰治まなびの家についての打ち合わせが行なわれた。この手の会合は、最近、弘前読書人倶楽部で行なわれれるのが多いだが、今日は、北奥舎で開催された。
 018北奥舎とは、津軽塗の老舗、田中屋さんの奥にある喫茶室だ。喫茶店でもなく、こーフィーショップでもなく、ましてや今流行りのカフェでもなく、まさしく、喫茶室という相応しいレトロな雰囲気を持っている。
 カウンター挟んだ正面には、ガラス戸をはめた書架が備えつけられており、中には、太宰や寺山など、地元ゆかりの作家等の全集が並べられている。カウンターに向かって右側の壁面には、背よりも高い書棚が備え付けられており、芸術や文学の本が納められている。本に囲まれて、至福の時を過ごすといいう。弘前読書人倶楽部の原点が、ここにはある。
 ただ、残念ながら、予算の関係で、読書人クラブは、内装や備品に、ここまでは費用をかけられなかった。イメージとか、雰囲気とかいった面では、明らかに負けている。悔しいが、それは認めざるをえない。
 その代わり。読書人俱楽部には、いつだって、コーヒーとビールとワインは用意してある、呑みながら本を手にして談笑できるというのが、我が読書人倶楽部の、唯一無二(?)の魅力なのだ。
 今日だって、その打ち合わせの終了後、読書倶楽部部に戻って、とっておきのシャンパンを開けるvb会を開いた。いつものメンバーに加え、ケニアからの留学生のエドワード君や、中学校教諭のAさんが読書人倶楽部にきてくれて、楽しい談笑の時間を過ごした。
 あまり楽すぎて、2次会にも行って、酔いが廻りすぎて、ブログの更新がこの時間になってしまった。明日朝、起きられるやら。


 

酒と睡眠の関係


 明日は一月の晦日。新しい年も、早一月が過ぎようとしている。
 今月は、月の前半は、完璧に禁酒をしていた。医者から止められていたからだ。夜はほとんど家にいた。稀に夜の会合に出ても、早めに帰って来ていた。
 その反動か、解禁日の20日以降は、よく呑んだ。勿論、年初のマニフェスト通り、週2回の休肝日は守っている。それにしても、20日、23日、26日、27日、30日とほぼ二日に一回は外で羽目を外している。
 このように、月の前半と後半で両極端の生活をして、発見したことがある。飲酒と睡眠の関係だ。お酒を飲むとよく眠られそうな気がしていたが、そうではないことがわかった。
 昨夜も、ブログを書いたあと、比較的早い時間に布団にもぐりこんだ(らしい・・・、よく覚えていない)。睡眠時間はいつもより一時間近く長かった(はずだ)。ところが、今朝目覚めても、疲れが抜けていない。一日中、眠くてぼんやりとしていた。午後6時からの通夜にも、車を運転して行く気力がなく、タクシーを利用した。
 決して二日酔ではない。二日酔なら、今までいやというほど経験してきて、その症状はよーくわかっている。今日は食欲が旺盛だった。二日酔ならそんなことは有り得ない。
 思えば、月前半、お酒を飲んでいなかった時の方が、ぐっすりと眠れていた。睡眠時間が少なくても、翌朝は充分に眠ったような爽快な気分で目覚めることができていたように思う。
 結局、適量を超えた飲酒は、熟睡の敵だったということを発見した。何をいまさらとあきれるなかれ。人生は新しい発見の連続だから面白いのだ。
 だけど、そんなことを発見したからといって、再び禁酒しようとは思わない。明日も読書人倶楽部で、シャンパンを開けることになっている。これじゃあ、慢性的な寝不足になってしまう。

今夜の酒は


 糖尿病の主治医と一緒に呑むという快挙(暴挙?)を達成した。いつもは、こう見えても、月に1回の検診日に、先生に叱られないように気を使いながら呑んでいた。検診日の2~3日前くらいからは、極力アルコールを控えるようにしてきた。
 それが今日は、大っぴらに、誰にはばかることなく、グラスを傾けた。美味しいお酒であった。
 僕が最初に糖尿病がわかったのは、40代前半に、膝の半月板の手術で、市内の民間病院に入院した時だ。入院当初あれこれ検査をしたら、血糖値が高いので、下がるまで手術は出来ないといわれたのだ。その日から、給食のメニューが変った。病院の廊下に張り出されている献立表では、例えば他の患者には焼き肉が出されている時も、僕にだけ小さな白身の焼き魚だけ、といった具合になった。その時には、糖尿病って怖いなぁと感じた。
 退院後は近所の開業医にかかっていた。その先生は、この場合それがいいことなのかどうかは別として、とても優しい人だった。食事や運動などに、一切小言を言わず、黙って薬を出していてくれた。お陰で僕は、心安らかに、ただし、HbA1cの値が10以上という、かなりの高い血糖レベルを維持しながら、食べ放題呑み放題に暮らしていた。
 ところがある夜、議員仲間と呑んでいた時に、激しい腹痛に襲われた。すぐに救急車で市立病院に運ばれたが、市立病院の診断では、心臓病の疑いがあるということで、再び救急車で、今度は大学病院に搬送された。一晩に2回も救急車に乗ったのだ。
 幸いにして心臓に異常は無かったが、高血糖が大学病院の知るところになってしまい、半ば強制的に、月1回受診をすることになった。教育入院とやらもさせられた。
 その時に、同じく糖尿で大学に通っていたKさんから紹介されたのが、今日、一緒に呑んだT先生だった。以来、3年間、ずーっとお世話になった。お陰で、さっき言った、血糖値測定の単位HbA1cは、6点台にまで下がった。正常値まではまだまだ遠いが、最盛期の6割程度だ。よくぞここまで下がったものだと、自分では満足している。おっと、これ以上書けばお叱りを受けそうだ。
 そのT先生が、4月から、他の病院に転勤されるという。2月の受診からは、もう別の医師が担当されるとのことだ。今日は、Kさんと一緒に、これまでの感謝の気持ちを込めた、送別会のつもりで呑んだ。新しい職場での先生の益々のご活躍を期待するとともに、新しく来る医師が、この場合それがいいことなのかどうかは別として、あまりうるさいことを言わない優しい人であることを心から祈りたい。
 

高血圧にご用心


 古くからの知人、Sさんが入院していると聞いて、お見舞いに行ってきた。Sさんとは、市民団体や文学学校、弘前市民劇場などで、一緒に活動をしてきた仲だ。弘前読書人倶楽部の会員にもなっていただいている。
 当初は、明日、見舞いに伺う予定であった。ところが、昨日見舞いに行った人から、一両日中に退院するらしいと聞いて、急遽、今日にした。なんにせよ、元気そうな姿を見ることができて、一安心した。
 Sさんの病気は、脳内出血だったそうだ。ある日、吐き気がしてお手洗いに向かおうとしたところ、足が痺れて動けない。しばらく様子をみたが、一向に回復しそうにないので、救急車を呼んだ。その判断が早いうちだったので、症状が悪化せずに済んだのだそうだ。今日話していても、とても元気そうだったし、後遺症なども残っていないのだそうだ。よかった、よかった。何事も早期発見・早期t治療が肝要だ。
 数年前、鼻血が止まらなくなって、やはり救急車の世話になったそうだ。その時は、止血だけして返されたという。今思えば、それが前兆だったらしい、とも話しておられた。
 うーん、高血圧は怖い。僕は、自慢じゃないが、今まで血圧は優等生だと思っていた。毎月1回、糖尿の検査の時に血圧も測っている。大体、上は130前後。低い方も80前後なので、安心しきっていた。
 だけど、ある日突然足が痺れて動けなくなるなんて。今日のSさんのような話を聞くと、やっぱり怖くなる。少しは血圧にも気をつけなければ・・・。
 血圧に気をつけると言えば、真っ先に思い浮かぶのが、塩分制限だ。ところが、これは、僕には難しそうだ。何せ、漬物と味噌汁が大好物なのだ。焼鳥も、タレ派ではなく塩派だ。急に好みは変えられない。
 ストレスや肉体疲労も、血圧を上げる要因になるらしい。Sさんも、この2ケ月以上、ほとんど無休で働いていたとのことだ。新店舗の開店や、新しい事業の立ち上げで、ストレスもたまっていたのかもしれない。
 その点僕は大丈夫だ。元来ストレスをため込まない性質なのだ。良く言えば大らか、普通に言えばチャランポランってところだ。
 でも、この前の、4週間以上に及ぶ禁酒は堪えた。さすがにストレスを感じた。かえって身体に悪かったような気もする。
 そこで、今日の教訓。「ストレスは万病の元、酒は百薬の長」。実に聞きやすい言葉だ。

太宰治まなびの家 雪景色


 弘前ペンクラブが、市から指定を受けて、この4月から、太宰治まなびの家の管理を行うことになったことは、既に何回か、このブログでも紹介した。現在、準備のための打ち合わせやら、会員同士の勉強会などを、積極的に行っている。
 今日の勉強会は、皆で現地に行って、まなびの家の現状を視察しようというものだ。ペンクラブの会員ともなれば、まなびの家を訪れたことがないまどという人は、おそらくいらっしゃらないだろうと思う。ただ、個人的に観覧者として見るのと、これから自分たちで管理していかなければならない、という意識でみるのとでは、自ずからその視点も違ってくるはずだ。
 萩原茂裕先生という、まちづくりの大家がいらっしゃる。先生はよく、「同じものを見て、同じことを考えられるような仲間づくりこそが、まちづくりだ」とおっしゃわれていた。ペンクラブにおいても、改めて、同じ場所から大勢の目でまなびの家を見て、共通認識を醸成することは、とても価値のあることではないかと思う。
 などと偉そうなことを言ってはみたが、実は、僕は、今日の現地視察に参加していない。日曜日の午後は、読書人倶楽部の当番日なのだ。公務と、よっぽどのこと以外は、これが優先される。
 081でも、個人的に気になる点があったので、午前中、一人でまなびの家に行ってきた。一つは、雪片づけの現状。どの程度の除雪をしているのかを見ておきたかった。4台おけるはずの駐車場が、積み上げられた雪で、今は3台分のスペースしかない。それを確認してきた。
 もう一つは、中の展示パネルの掲示方法。これからペンクラブで管理するとなれば、資料も一層充実して、掲示するパネルも増えるはずだ。それをどうやって壁面に固定すればいいのだろう? 重要文化財の建物に、よもや勝手に釘で打ち付けるわけにはいかないだろうしなぁ、と心配し、現在既に展示されているパネルを見た。そうしたら、一部、天井の桟にピクチュアレールが渡されていて、そこからチェーンがぶら下がっている。そのチェーンにフックをつけて、何枚かのパネルを掲示していた。又、鴨居に直接フックをひっかけていた箇所もあった。
 やっぱり、現地を見なければわからないこともある。この先、何回も、現地に足を運ぶことになるだろう。
 太宰の文学論や作品論などについてだったら、ペンクラブには専門家がたくさんいらっしゃる。展示資料の選別や、中での説明の内容は、そういう方々にお任せしよう。中で行うイベントだって、既に何回か手がけてこられた方もいる。僕はせめて事務局として、運営面でしっかりお手伝いしたいと思う。
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