今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2014年08月

8月の終わり


 タイトルは、ベタである。今日は8月31日。そのものずばり書いただけだ。
 それにしても、この8月は、おかしな月であった。猛暑であったり、冷夏であったり・・・。
 集中豪雨はあちらこちらで起きた。広島では、死者70名を超す被災者出した、大規模な土砂災害もあった。
 弘前でも、一昨日・昨日と、短時間に集中して、豪雨が襲った。今日も、午前中は、真夏に戻ったかのような暑い日がさしていたが、午後は、今にも降り出しそうなくもりゾラに変わった。例によって。読書人倶楽部にいたのだが、最初は冷房をつけたが、お昼を過ぎたら、寒くなってきた。幸いにして雨は降らなかった。
 ほんとに、この8月はいろんなことがあった。さっきも書いたように、週長豪雨による大規模な土砂災害もあった。軟式高校野球では、延長50回以上にも及ぶ熱戦が繰り広げられた。
 弘前市では、ねぷたの事故も起きた。僕がちょうど、町田市や海老名市を視察に行っていた頃だ。あとで聞いたら、亡くなった人は、書店経営時代の取引先だったらしい。謹んでご冥福をお祈り申し上げます・
 かように。8月は、いろんなことがあった。僕自身も、全く個人的なことだけど、辛く悲しい体験もした。間もなくカレンダーは捲られてしまうだろうが、災害でご家族を失った哀しみも。ぼくの全くのプライヴェートな苦悩も、月が変わったからと言って、容易に癒えるものではない。かといって、いつまでも引きずっていてはいられない、
 今日は、8月の終わりである。
 I 006僕は、蚊取り線香の、あの煙と匂いが大好きなのだ。でも、女房の存命中は、焚いたことはなかった。一度火をつけたら、衣類に匂いが移ると叱られたのだ。でも、今は、毎日焚いている。
 今日、最後の一巻きに火を点けた。明日以降、また暑くなって、蚊が出てきたらどうしよう。まぁ、そうなったらそうなったで、改めて考えよう。人生って、結局、そういうもんじゃぁないかなとも思う。

太宰と落語 もしくは 太宰de落語


 006弘前ペンクラブで指定管理を受託している、太宰治まなびの家で、柳家小きん師匠の独演会が行なわれた。予告した通り、大正時代の和風住宅の中での落語は、なかなかおつなものであった。
 残念なことは、途中、あの大雨が降ったことだ。屋根を打つ、大粒の雨の音で、声が届きにくかった方もいるかもしれない。そんなことまでは想定していなかった。
 太宰治まなびの家は、太宰が旧制弘前高校時代に下宿していた家を、移設し保存してあるものだ。建物の2階には、太宰が使っていた部屋がそのままの形で残されている。そんな関係で、市の指定有形文化財となっていて、昨年度から、弘前ペンクラブが管理をしている。
 文化財なので、いかに指定管理を任されているとはいえ、勝手に使うわけにはいかない。何に使うとしても、太宰治または太宰文学との関連を、きちんと示さなければならない。
 でも、そこはペンクラブだ。会長が、きちんとその点を調べてきてくれた。いわく、近現代の文豪と呼ばれる作家で、落語好きの2大巨頭と言えば、太宰と夏目漱石なのだそうである。また、太宰治は落語家である、と言った評論家もいたそうだ。それほどまでに、太宰の文学の内容、あるいは文体は、落語の影響を受けているのだそうだ。
 大体にして僕は、太宰治まなびの家の事務局を担当している割には、太宰文学をそんなに読んでいるわけでもなく、太宰論なるものに興味があるわけでもない。ただ、太宰と落語などという切り口で、説明を受け資料を読めば、ああなるほどなぁと、一人で合点することもある。
 小きん師匠も、ペンクラブの立場を理解していただき、噺の途中で、しばしば太宰の話題にも触れていただいた。一昨日には、斜陽館も見学してこられたという。
 ともあれ、初の試みである、まなびの家での落語を、無事終えることができた。折角のスペース、せっかくのロケーションなので、落語以外でも、もっといろんなものに使う機会があればいいと考えている。
 今回は、管轄する教育委員会の文化財課のご理解とご協力の下、進めてきた。これからも、ひょっとしたら、突飛な企画がわき出すかもしれないが、その辺は、なにとぞご理解願いたい。
 

議会開会日


 平成26年弘前市議会第3回定例会が開会した。
 初日の今日は、会期の決定の後、市長から議案の提案理由の説明があった。今議会に提出されたのは、32議案。その中には、平成25年度の決算認定も含まれている。
 本会議終了後には、いつものとおり、9月9日から始まる一般質問の順番を決める抽選が行なわれた。僕は、全体の10番目。一般質問2日目、9月10日のラストバッターになる。全議員が持ち時間の1時間をきっちりと使いきれば、大体午後3時半頃から始まる。ただ、中には45分前後で終わる議員もいるので、時間が早まることもしばしばある。まぁ、2日目登壇の顔ぶれを見れば、大体時間をきっちりと使いそうな議員ばかりだ。
 例によって、登壇する全議員の日程を記しておく。(敬称略)

 9日 工藤光志 谷川政人 石岡千鶴子 佐藤哲 
     尾崎寿一
10日 加藤とし子 石田久 外崎勝康 伏見秀人 
     今泉昌一
11日 宮本隆志 小山内司 小西勇一 畑山聡 越明男
12日 菊池勲 栗形昭一 蒔苗博英 野村太郎 今薫

 以上の20名である。誰の質問でもいいので、お時間が許す時に、是非一度傍聴にお越しいただきたい。

 さて、抽選で順番も決まり引き上げてくると、市役所の職員で、議員控室前の廊下は、黒山の人だかりとなる。質問する議員個々に、通告した質問内容の聞き取りに来ているのだ。要は、質問と答弁の打ち合わせ。前にこのブログで、馬場対ブッチャーのプロレスのようだと書いたこともある。
 僕は、以前は、この聞き取りが嫌だった。最初から内容を聞いて、議場では答弁書を読み上げるだけというのは、はっきり言って八百長のようなものだと感じていた。だから、かつては、そっけなく二言三言答えただけで、逃げるように退散してきたものだった。
 それに比べると、僕も随分丁寧に打ち合わせをするようになった。それというのも、一問一答方式になったからだと思う。こちらの繰りだす技を全部教えても、一問一答え方式だと、順番やバリエーションは数多くある。相手の受け身を見ながら、適宜変えていくことも可能だ。今回僕は、5つの項目を通告したが、一つ一つ、けっこう細かいところまで手の内を晒した感じだ。
 それでも、僕は、短いほうである。同室のK議員などは、僕の3つの項目の聞き取りが終わったときに、まだ一つ目の聞き取りに応じていた。
 ・・・と、議会開会日も、毎回同じような内容のブログを書いてきた。これからもそうだと思う。とりあえずは、あと2回。飽きずに読んでいただければと思う。

弘前市民劇場寄席


 お馴染みの柳家小きん師匠に、市民劇場の事務局で、一席演っていただいた。題して、弘前市民劇場寄席。
市民劇場の事務局ったって、ほんの15坪たらずだ。普段は、事務用のデスクやコピー機、会議用の机などが、部屋一杯に置かれている。その、会議用の机を取り払ったスペースに、30人以上もの超満員(?)のお客様が集まった。床が落ちないか、心配になった。
 小きん師匠には、これまでも、何度もお世話になっている。弘前読書人倶楽部でも演ってもらったことがあるし、昨年は、田中屋寄席もお願いした。その他にも、読書人倶楽部には、何度も立ち寄っていただいている。勿論、その度に一緒に飲んでいる。
 あっ、そうそう、温泉に一泊したこともある。いや、誤解のないように。二人だけではない。
天下の真打と、こんなに親しくしていただいていいのだろうか、と恐縮しつつも、ついつい、いろいろと勝手なことをお願いしている始末なのである。
明後日(30日)は、午後2時から、太宰治まなびの家で、小きん独演会を開く。大正時代の和風家屋の中で、どんな噺が聞けるのか、これまた楽しみである。大勢のお客様に来ていただきたい。

老いない秘訣


 今朝、真っ先に、鏡を覗いた。心なしか、目じりの皺もとれ、若返っているような感じだ。しめしめ。昨日のリンパマッサージの効果だろうか・・・?

 弘前読書人倶楽部の開館時間は、正午から6時までである。でも、僕は時たま、午前中に入って、一人でデスクワークをすることがある。何度も書くようだが、調べ物をしたり原稿を書くには、絶好のスペースなのだ。
 今日も、10時過ぎから、シャッターを半分だけ開けて、中で書類を作成していた。すると、タクシーがガラス戸の前に停まり、中から年配のご婦人が降りてきた。
 「今泉先生は、こちらでしょうか?」
 「先生ではございませんが、今泉なら私です」
 「あーよかった。一度お目にかかりたかったんです」
 「お目にかかるなんて、そんなしろものではありませんが・・・」
 とにかく、中に入っていただいて、お話を伺った。
 読書人倶楽部は、決して僕の政治活動の事務所ではないのだが、時々、市政に関する要望や苦情を話に来られる方もいる。でも、そのご婦人は違った。自分で書いた本を、読書人倶楽部に寄贈して下さるために、わざわざ人伝にここの場所を聞いて、訪ねてきてくれたのだそうだ。句集、エッセイ集、小説集と、3冊の本を持ってきて下さった。その他にも、何冊も出版されているという。「書くことが好きで好きで・・・」とおっしゃっていた。
 聞けば、92歳とのことだ。それなのに、杖もつかずに、読書人倶楽部の本棚を、ぐるっと(と言っても15坪ほどのスペースだが)、一通り見て歩かれた。
 さらに驚いたのは、新しい本の出版の準備に入られているそうだ。本を一冊出版するということは、僕自身は一度も経験はないが、これまで何度かお手伝いをしてきて、それはもう半端な作業ではないことはわかっている。それを、90歳を超えてなお、おやりになられるというのだから、素直に頭が下がる。
 そうか! ポン!(膝を打つ音) 自分の好きな道に打ち込んでおられるのがいいのだ。文章を書こう、本を出そう、自分の作品を読んでもらおう、という意欲があるから、この方はお元気なんだ。
 と気が付き、たった数分間のマッサージで、”老い”を撃退したつもりになっていた自分が恥ずかしくなった。
 よーし、決まった。僕も文章を書くのは嫌いではない。いつの日か、自分の本を出版してみたいとは思っている。作家とまではいかなくても、文章を書いて老後を暮らしていければ、それはそれで楽しそうだ。そういう目標とか夢を持つことができれば、マッサージや薬に頼らなくても、肉体のこれ以上の老化(とりあえず顔の皺)も防げるのかもしれない。
 当面は、このブログに書きためた文章に加筆訂正をして本にする手もある、そのためにも、しっかり書き続けよう。・・・って明日あたりまた、更新を忘れちゃったりして・・・。
 
 
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