今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2014年09月

議員とお金 今日の委員会から


 議会基本条例制定委員会の情報交換会(?・・・懇談会)を終えて、さっき帰ってきた。大人の懇談会である。あとは、言わずもがな、わかってもらえると思う。今日は、きっと、誤字脱字誤変換が多いだろう。
 勿論、午後3時から、2時間以上に及ぶ、真剣な会議をした後で、場所を変えての懇談である。自分で言うのもなんだが、会議自体は、とても真剣で丁寧な議論がなされた。
 更に勿論のことであるが、懇談会は、全て自腹である。公費は一切支出していない。
 などと、当然のことを、敢えて書かなければならないほど、今、議員の公費の使い方が、全国的に問題となっている。号泣で名をはせたN兵庫県議の他にも、公費で夫婦旅行した議員や、常識では考えられないくらいの切手を購入していた議員もいる。先日のNHKのクローズアップ現代では、地元支援者の新年会などにちょこっと顔を出すだけで、市民の声を聞くという名目で、政務活動費を使っていたという事例も紹介されていた。
 同じ地方議員として恥ずかしく思う。
 などと他人事みたいにも言っていられない。かつて、”政務調査費”と言っていた時代に、弘前市議会でも、それで漫画本を購入していた議員がいて、全国報道されたことがある。今のN兵庫県議と同じくらい、世間に恥を晒した。
 その事件がきっかけとなって、弘前では、政務調査費が廃止になった。僕が議員に初当選させていただく1ケ月前の話である。その後、法律上は、政務調査費は政務活動費と名前を変えたが、今でも弘前市にはその制度は存在しない。だから僕は、自慢じゃないが、その手の公費は一切もらったことがない。
 ただ、現在、その復活を望む声が、議員仲間の中から聞こえてくる。現に、今協議をしている、議会基本条例の素案の中にも、それに関する条文がある。
 今日の委員会では、条文をさらっと舐めたくらいで、深い議論は、次回以降になった。ただ、隣に座っていたK議員が言ったように、支給額、支給方法、使途、報告の内容まで、しっかり議論した上でなければ、基本条例に盛り込むのは如何なものかと、僕は思う。加えて言えば、その監査に、第三者機関を設けることまで考えなければ、結局、議員のお手盛りになってしまう危険性は排除できない。
 最初に活動費ありきではない。何のために必要か、その公正さをどのように証明するかを、きちんと決めた上でなければ、僕は反対なのである。
 と、言いつつ、いつも懐はピーピーと言っている。「武士は食わねど高楊枝」などとは言うが、食わなくても飲まずにはいられない。政務活動費には否定的な態度をとる、すなわち金は要らないなんて恰好はつけてはいても、只酒を飲ませてくれるところには、ホイホイと参上したい。
 いつでも誰でもお誘い下さい・・・。って、我ながらみみっちい落ちだなぁ。
 

大人のなぞなぞ


 又、面白そうな本をみつけた。「世界のなぞなぞ」という本だ。
 ”なぞなぞ”だからって、決して子ど向けの本ではない。世界各国から、ユーモアも薀蓄もある80のなぞなぞを集めた、れっきとした大人用(?)の本なのだ。
 まえがきから引用しよう。「”なぞなぞ”は、それぞれの国の文化の中から生まれました。一つひとつの”なぞなぞ”には、その国の知られざる歴史や、驚くべき風習が背景にあります」・・・うーん、なるほど。
 さらに、まえがきにはこんなことも書いてあった。「世界のなぞなぞを知ることは、その地域の人々の生活・歴史・風土や価値観を知り、お互いを理解し合うことに通じます」・・・まるで異文化論でも始まりそうな、大仰な書き出しだ。
 試しに、歯医者の待合室で、眼を瞑ってページを開けてみる。この手の本は、最初から読み始めなくてもいいのが楽だ。
 オランダのなぞなぞが目に入った。「空のコップには、水は何滴入るでしょう?」。分からないので、すぐ答えを見る。「あっ、なるほど・・・」。オランダ人というのは、随分と理屈っぽいんだなぁ。
 プエルトリコのなぞなぞ。「女性が一番喋らないのは何月?」 どこの国でも女性はお喋りと思われているのかしら。
 フランスのなぞなぞ。『長くなると短くなるものなぁに?」 こんなセリフは、フランス映画に出てきそうだ。
 答えは、敢えて書かない。まずは、考えてみていただきたい。
 こんな調子の本なので、鞄にしのばせておくと、電車の待ち時間、病院や銀行の待合室や、会議の休憩時間などでも、いつでもぱらぱらとめくって楽しめる。 スナックで披露すれば、一躍話題の中心になれるかもしれない・・・。下心見え見えだ。
 悲しい時、辛い時、苦しい時は、僕の場合、酒を飲むか本を読むかで、気を紛らわせてきた。酒の方が手っ取り早いのは早いのだが、身体に悪い。糖尿の検査日も近い。ここしばらくは、早く家に帰って、読書に勤しもう。
 あっ! 忘れてた。明日は飲み会だった。

フリマにて


 癌と闘っている親友のK君が、フリーマーケットに出店するというので、会場を訪ねてみた。そのことは、1週間ほど前に、K君のブログで読んだのだ。
 でも、そのブログが、その後、彼には珍しく、更新されていない。その前のブログでは、体調が優れないようなことも書いてあった。だから、内心、心配して、車を走らせた。
 会場は、郊外にあるショッピングセンターの広い駐車場の一角。あった、あった。彼の会社のロゴ入りのエスティマが、すぐに目に飛び込んできた。安心した。
 久しぶりに会う彼は、すこぶる元気そうだった。声が多少かすれ気味なのと色白なのは、あるいは薬の副作用なのかもしれない。でも、明るい声でお客様に声をかけて販売している姿は、とても楽しそうであった。
 言葉巧みに勧められるがまま、津軽塗のぐい飲みを買って帰ってきた。今日からワイン党を辞めて、日本酒党に鞍替えをしなければならない。002
 本当に、身の周りに”癌”が多い。女房も”癌”だったし、友達や、選挙で親身になって応援してくれた人も癌で亡くなった。辛い治療と闘っている最中の友人も他にもいるし、かと思えば、手術後何年も経過して、何事もなかったかのように暮らしている人もいる。でも、心の中では、恐怖におびえることだってあるのかもしれない。
 女房が亡くなってから、もう、3年以上経つ。女房の闘病中や、亡くなって間もない頃には、周囲に癌だという人がいれば、僕は、女房や僕の体験した話を、よく喋って聞かせたものだ。副作用への対処法、食事の摂り方など・・・。丸山ワクチンのことも紹介したりした。心の持ち方を書いた本を推薦したこともある。その人が癌と向き合う時に、少しでも何かのお役に立てればと思ったからだ。
 しかし、日進月歩の医学の世界だ。僕の体験などは、もはや旧聞に属するものになっているんだろう。だから、今は、口にしない。
 今日も、一言、「頑張って。無理するなよ」とだけ声をかけて、会場を後にした。

野球ファンの寝酒


 野球の話である。昨夜、ジャイアンツのセリーグ優勝が決まった。今朝のスポーツ新聞の一面には、どれも、「原」だとか「巨人」だとかの大きな文字が躍っていた。・・・つまらん・・・。今でも、ジャイアンツを一面に採り上げれば売り上げが伸びるなんて、時代錯誤のようなことがあるんだろうか?
 と、いきなり、ジャイアンツファンの神経を逆撫でするようなことを書いてしまった。まぁ、僕がアンチジャイアンツであることは、これまでも度々このブログにも書いてきたし、他意も悪意もないのだから、お許し願いたい。
 その代わり、プロ野球自体は大好きである。他に好きなものを挙げれば、プロレス、競馬、大相撲、芸能界・・・。ほとんど僕の人生は、東京スポーツそのものだ。
 そのプロ野球が日本に誕生してから、今年が80周年になる。そのうちの50年間を、僕は観続けてきた。川上や大下の現役時代には間に合わなかったが、王・長嶋の最盛期と時代を共にできたことは、野球ファンとしての、最高の幸福だろうと思う。
 プロ野球80周年を記念して、いろいろな本が出版されている。その中で異色のものを1冊紹介しよう。「日本プロ野球 世代別ベストナイン」というムックだ。
 これまでプロ野球に在席した選手の産まれた年(正確には学年)別にベストナインを選定しているものだ。例えば僕と同学年だと、ピッチャーは江川、キャッチャーは達川・・・といった具合にだ。
 僕はここのところ、毎晩寝室でワインをなめながら、この本を開いては、往時を懐かしんでいる。酒の肴としてはうってつけの1冊だ。
 ところで、この本の最終ページに、こんなオールタイムベスト9が掲載されていた。ピッチャー金田、キャッチャー野村、内野は王・落合・長嶋・広岡、外野は原、若松、秋山。この9人、実は全員に当てはまる共通項があるのだそうだ。おわかりになるだろうか?
 答えは、「監督としても日本一になったことがある」ということだそうだ。うーん、なるほど。
 これを見れば、「名選手。名監督ならず」というジンクスが嘘っぽく聞こえる。名選手は、やはり名監督にもなるものらしい。
 

賛成の反対なのだ  今日の本会議から


 弘前市議会平成26年第3回定例会が閉会した。最終日の今日は、今日提案された追加分1件を含む33件の議案と、請願3件について採決が行なわれた。議案は全て賛成多数で可決され、請願は3件中1件が採択となった。
 僕は、平成25年度決算認定には起立しなかった。岩木川ゴルフ場やヒロロなど、決算の基になった予算案に反対していたからだ。その辺の筋はしっかりと通したい。
 筋と言えば、腑に落ちないことがある。今回の決算審査で、あれほどまでに、人先マルシェへの公金支出に異論を唱えていた議員たちが、採決の際には、決算を認定したことだ。
 ”異論”なんて優しいものではない。税金の無駄遣いだ、失政だと、激しい口調で非難していた。それなのに、そんな無駄遣いをしていると主張していた決算案を承認してしまったのだ。
 確かに、一般会計全体では、830億円を超える歳出の中の、マルシェへ対する補助金は2000万円にしか過ぎない。小さな瑕疵にとらわれず大筋で賛同するのだという論法もあるのかもしれない。
 でも、それは違うだろう。仮に数円であっても、おかしな税金の使い方があれば、それば、それは認められないというのが、決算審査だろう。と、僕は思う。
 結局、僕ら議員の仕事は、最終的には、採決時の賛否に現れる。いくら一般質問や委員会で、舌鋒鋭く批判しようが主張しようが、採決の際に、その批判なり主張なりを貫くことができるかどうかが、議員としての評価の分かれ道なのではないか。
 いいものはいい、駄目なものは駄目と、いつでも、何にでも、誰に対してでも、はっきりと言い続ける、そんな議員でありたい。
 いささか自惚れているのかもしれないが、僕は、議会においては、そのことが実行できていると思っている。そのために無所属でいる。
 しかし、私生活となると、話は別だ。いいものはいい、駄目なものは駄目とばかり言っていては、友達を無くする。世間を狭くしてしまう。いいものでも駄目、駄目なものでもいいと、口ごもらずに言えるような処世術が必要なんだろう。
 そこはそれ。こう見えても、元商人だ。ある程度以上は身につけているつもりだ。だけど、性分として、おべんちゃらや、見え透いた嘘、歯の浮くようなお世辞は、この歳になっても言えそうにない。
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