今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2015年04月

探し物は何ですか?


 先日の市議会議員選挙の、当選証書附与式が行われた。
 受付で議員バッジを貰い、議場へ移動する。議場では、選挙管理委員長が、一人一人に、当選証書を渡す。何とも仰々しいセレモニーだ。
 でも、考えてみれば、これから先4年間、皆様の付託をいただいて、公職として働いていくためのけじめの式典だ。やはり、これくらい形式的なものであっても、いいのかな、とも思う。
 バッジは、一期に1個いただく。二期目で2個、三期目で3個と、期数が増える毎に1個ずつ手元に残っていく勘定になる。
 僕は、お陰さまで三期目を迎えることができたので、今日いただいたバッジで、3個目になるはずだ。でも、今、机の引き出しには、今期の分も含めて4個のバッジがある。
 何のことはない。一期目の途中で、一度、バッジを紛失したのだ。あちこち探したけれども見つからない。そこで、事務局に申し出て、1個購入した。
 すると、世の中というものは不思議なもので、購入したとたん、失くしたはずのバッジが出てきた。スーツの内ポケットにひっそりと身を隠していたのだ。今もって、何故そんなところにあったのか、その経緯はわからない。ともかく僕は、一期目からバッジを2個持つことになった。
 バッジ以外でも、僕にはそういうことがよくある。眼鏡を失くしたと言って、大騒ぎをしたことがある。その時は数日後、寝室のストーブの陰から出てきた。
 つい先日も、財布が無いといって、前の晩にはしごをした飲み屋に、翌日片っ放しから電話をかけた。でも、どこにもない。結局それも、家の中にあった。
 だから、そのあと、クレジットカードが見えなくなったときには、さすがに他人には言えなかった。又、何かを探していると、あきれられそうな気がしたからである。
 そのカードは、家の中では見つからなかった。一週間後、出入りの洗濯屋さんが届けてくれた。ワイシャツの胸ポケットに入れたまま、洗濯屋に行っていたとのことだった。
 本当に、こんな性格は、だらしがないと思う。特に酒が入ると、よけいに始末が悪くなる。そんなことも反省して、このたびの選挙をきっかけに、飲酒を少々控えようとも思う。
 今までは、バッジであれ、現金であれ、カードであれ、何となく出てきた。でもそうしているうちに、もっと大切なものを、実は身近にあるにもかかわらず、失くした失くしたといって探しまわるはめにもなりかねない。それがやがて、本当に失くなってしまう・・・。そのことが一番怖い。

最強のピンチヒッター


 弘前読書人俱楽部で、イベントが行われた。
 当初は、日本初の図書館情報処理博士 神門典子先生に、講演を頂戴する予定であった。そのように、会員の皆様にも案内を出した。
 ところが、ちょうど選挙の投開票日の朝、神門先生が体調を崩され、来弘できなくなったという連絡が入った。
 さぁ、困った。イベント開催日の29日までは、もう3日しかない。今さら別な方に講師を頼もうにも、あまりにも時間が無さすぎる。
 責任をとって、俱楽部代表たる僕がやってもいいが、神門先生に比べて、あまりにも見劣りがする。アントニオ猪木の代わりに、アントキノ猪木が出てくるようなものだ。それに僕は、今月5日にブックトークを開いたばかりだ。加えて、今は声が出ない。
 そこで、会計幹事のTさんと電話をして、中止をしようかという話になった。出席のお返事をいただいている皆さんに、わけを話してお断りすれば、わかってもらえるだろうと、一旦は結論を出した。
 と、それを聞いた、僕の恩師である佐藤先生が、ご自身で代役を務めて下さるとお話ししてくれた。有難い。渡りに船だ。佐藤先生であれば、長嶋茂雄の代打に王貞治が打席に立つようなものだ。どこからも文句は出ないだろう。
 ということで、今日は、佐藤きむ先生の講話をお聴きした。演題は、「”小倉百人一首”桜の歌」。弘前公園の桜は、いつになく早咲きだったが、今の季節にピッタリのテーマだ。そういう辺りにも、先生の心配りを感じた。
 今日は、弘前読書人俱楽部に大量の本を寄贈下さった東京のSさんもいらっしゃった。また、これまで弘前読書人俱楽部のイベントは日曜日に行ってきたが、お仕事の関係上、平日でなければ出席できないと言っていた会員の方にも、顔を出していただいた。事前申し込み無しに参加して下さった会員も多く、いつになく盛況なイベントであった。
 反対に、常連のKoさんが、足を痛めたということで欠席された。選挙の応援で、歩きすぎたのであろうか? いや、花見で飲んで歩きすぎたという説もある。いずれにしても、Koさんがいなければ、なんとなく場が寂しい。早く元気になってもらいたいと願う。
 かくいう僕も、咳がひどくて、お客様を残して、2次会にも行かずに帰ってきてしまった。一向に治る気配がない。どうにかしなくては、5月の各団体の総会ラッシュ(=総会後の懇親会ラッシュ)に間に合わない。

何故、投票率が低いのか?


 昨日と今日は、選挙でお世話になった方々に挨拶をしてまわった。勿論、二日間で全員をまわれるものではない。先ずは、朝礼で挨拶をさせていただいた企業や、たくさんのお知り合いを紹介して下さった方を中心に訪問している。
 まだすっかり終えたわけではない。これから数日間は、時間を見ては挨拶にまわる。それでも、全員をまわりきれるものでもない。そこのところは、ご容赦いただきたい。
 さて、挨拶に訪問した先々で、「そんなに声が枯れるまで頑張ったんですね」と言っていただく。「いえ、選挙前からこうだったんです」とはとても言えない。ここは素直に「はい」と答えて置く。(ん? ずるいかな?)
 でも、実際に、選挙などもなく、一週間でも安静にしていれば、今頃はもう少しは回復していたのかもしれない。やっぱり選挙で酷使したことは確かだ。
 もう一つ、挨拶廻りをしている中で、いろいろな要望や意見を話してくれる人がいる。今回一番多かったのは、選挙にかかわる苦情や要望だ。全てを選管の不手際というつもりもないが、市民の中には、「投票率向上を図るといっておきながら、それを妨げるようなことをしているのでは」という意見もあった。例えば、選挙広報のこと、投票所の駐車場のこと、期日前投票所の終了時間のこと・・・。
 今回の市議選の投票率は、47.88%。これは、最低であった前回を、さらに3ポイント近く下回った。ゆゆしき事態である。
 まぁ、26日の投票日が、桜の見頃と重なったということが、大きな要因かもしれない。花見で選挙どころではない、なんて理由で投票に行かなかった人もいるんだろう。朝から出来上がってしまって、投票に行くのが面倒になったなんて輩もいるかもしれない。
 でも、ちょっとした気配りや配慮で、多くの人が、もっと投票に行きやすい環境を作ることができるのではないか。少なくとも、まだ工夫の余地はあるはずだ。
 僕は、過去にも、一般質問の中で、投票に行かなかった、あるいは行って不便を感じだ市民の声に、選管はもっと耳を傾けて欲しいと、何度か訴えた。そういう機会を持ったのであろうか?
 ここは、やっぱり僕が、市民の代表として、今回聴いてきたいくつの声を、再度、議場で質すしかない。早速、6月の一般質問の項目が、一つ決まった。
 この度の選挙期間中、選挙カーの中から、「こんにちは、今泉です」と呼び掛け手を振っていて、最も反応がよかったのが、実は小学生であった。大きな声で、こんにちはと手を振り返してくれる。中には車の後ろを、走って追いかけてきてくれる子供もいる。もっとも、僕に限らず、どの候補の車にもそうしているんだろう。
 その子どもたちの姿を見て、ふと思った。「小学生にまで選挙権を拡大すれば、投票率はアップするのではないか」・・・。
 愚かな発想ではある。自分でもわかっている。でも、そんな有り得ないことまで、つい考えてしまうほど、今の投票率の低下は、深刻な問題なのである。

評論家気取りで


 改めて、皆さま、この度の選挙では、お世話になりました。有難うございました。

 と、ここまでで、「です・ます」調はやめて、いつもの文体にする。
 昨日は、布団に入ったのが、午前0時をまわっていたのにもかかわらず、早くに目が覚めた。やっぱり興奮していたのであろう。
 来たばかりの朝刊を見る。最終結果は、2269票を頂戴して、第11位での当選を果たさせていただいた。ただただ感謝するしかない。
 これは、前回に比べて、得票としては104票減らしてしまったが、順位としては二つあげていただいたことになる。100票余の得票減は、まだまだ頑張りが足りないぞという、有権者の皆さまからの、叱咤激励と受け止めたい。
 さて、今回は、新人7人中、当選したのは、圧倒的な地盤・組織を持つ2人だけだった。僕が初めて当選させていただいた前々回は、同期が6人いた。4年前の前回は、新人が8人当選している。それらに比べると、いかにも少ない。
 その代わり、元職が2人、返り咲いた。だから、改選後の顔ぶれを見ると、自分のことは目一杯棚にあげて感想を言わせてもらえば、あまりフレッシュさを感じない。別にそのことをどうのこうの言うつもりはない。
 ただ、やはり、定数の6人減というのが、志を持って立候補をした新人候補にとって、高い壁になったようにも思う。僕の場合だって、最初の時は、30番目くらいの当選であった。定数28の今回だったら、落選していた数字だ。
 定数が少なくなればなるほど、一定の固定票を持った候補に有利に働く。組織もなく知名度も少ない新人候補には、ハンディが重くなる。
 僕は、そのことを以前から危惧していた。安易な定数減は、果敢にチャレンジをしてくる若者の行く手を阻むことにもなりかねない。今回がまさしくそんな結果になった。
 もっとも、新人候補者の方にも原因が無かったわけではない。知名度で劣る分、新人は、もっと強く自分をアピールしなければならないはずだ。ところが、どうも、どんな活動をしているのか、あまり僕の目にはつかない候補も複数いたように思う。 
 選挙に出るのが目的ではないはずだ。議員になって、議場で自分の思いを訴え、市政の一翼を担うことが、立候補の動機ではなかったのか。その意味で、がむしゃらさに欠けているように見える候補がいたことは、残念である。
 なんて、評論家のようなことを書いてしまった。怖いなぁ。なんか、あちこちから反発が来るような気もする。4年後、大丈夫かなぁ?

 

審判の日


 今日も、改まった文体で書きます。
 選挙の結果が出ました。お陰様で、3回目の当選を果たすことができました。最終的な詳細まではわかりませんが、明日以降、別途、ブログに書きたいと思います。
 何はともあれ、これまで応援して下さった皆さん、選挙のお手伝いをして下さった皆さん、そしてこのブログの読者の皆さんに、心から御礼を申し上げます。
 今回の選挙で、僕は、これまで自分で貫いてきた義会に臨む姿勢や、32回続けてきた報告会などのことに触れ、議員の仕事とは何か、議会の役割とは何か、ということを強調してきました。何でもかんでも賛成するのなら議会は要らないし、同様に何にでも反対するのでも議会は不要です。有権者の声を聞いて、一つ一つの案件を議論し、その成否を決定するのが議会だと思っています。
 特に地方議会においては、本来、”与党””野党”などというものは存在しません。有権者は、一部の政党公認候補を除いて、会派に投票しているのではなく、候補者個人に投票しているのです。選ばれた議員は、全員、個人として、有権者の声を代弁する責任があるはずです。それを、議場における議論ではなく、会派拘束や、会派間の根回しによって物事を決めようとすることには、僕は首を傾げざるを得ません。
 また、各地で街頭演説をして回っていると、その場で、聞いてくれた人の要望を受けることがあります。議員は口利き屋ではありません。そういった、市政に関する市民の声を、議場で提案するのが、そもそもの議員の仕事だと思います。
 といったようなことを、一週間訴え続けました。それを評価していただいた結果なのかな、と思っています。 
 今日の午後は、久しぶりに、弘前読書人俱楽部にいました。ポツリポツリとお客様はお見えになったのですが、昨日までの一週間と比べると、随分とのんびりとした時間を過ごすことができました。やっぱり僕は、選挙のような過酷な争いごと(?)よりも、本に囲まれて平穏に暮らすことの方が向いているようです。
 明日からは、事務所の撤収やら、挨拶まわりやら、選挙関連でやらなければならない仕事が続きます。でも、真っ先にやりたいことは、医者に行くことです。
 耳鼻咽喉科、眼科、内科。選挙を理由に、行かなけれ江波ならないものを先延ばしにしてきたのです。又、4年間、しっかり働くために、健康にはしっかりと配慮しなければならないと思っています。と、今日は何故か、らしくもなく殊勝ですね。
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