今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2015年09月

臨時休業


 弘前読書人倶楽部の常駐スタッフのNさんが、今日から長期の休暇に入った。 いつまでなのかは、まだわからない。
 こんな時は、基本的には、僕が、代わりに店番をすることになっている。 でも、先約が入っている場合もある。特にその先約が、議員としての仕事に類するものであれば、そちらを優先させなければならない。
 今日だって、午後1時半に市役所に行った。議会事務局に顔を出した他、知人の国保に関する相談や、観光政策化への依頼ごと、そして建設部長との話し合い等で、なんのかんのと言って、庁舎を出た時は、6時半を回っていた。
 明日も、午前11時に、病院の予約を入れている。これまでの例だと、予約をしていても、会計まで済ませるのが正午を過ぎることもある。午後2時からは、知人の家を訪ねる約束だ。市政に関することで話があるとのことだった。それが終われば、また別の訪問予定もある。
 と、いうことで、今日・明日は、読書人倶楽部を臨時閉館とした。今日、来てくれた人がいらっしゃったら、ごめんなさい。
 明後日は、平常通り開館する。土曜日は?来週は、取り敢えず、火・水・木曜日は正午から6時まで僕がいる。ただし、市政に係る相談事や呼び出しがあれば、その限りではない。
 そんな訳で、これから先数週間は、臨時閉館や開館時間の変更が増えることになってしまう。それでも、近くにい住まいの方で、もし前を通りかかった時に、シャッターが開いていたら、是非中に寄ってみていただければ幸甚である。
 結局、当たり前の話だが、僕という人間のプライオリティーは、議員>弘前読書人倶楽部代表>そのほかの団体の役員>全くの私人、となる。
 ”そのほかの団体の役員”というのが、町会からプロレス団体まで、これが相当数ある。反対に”全くの私人”というのは、いかほども無いような気もする。
 でも、せめて夜くらいは、”全くの私人”を最優先させたいものだ。えっ、最優先させてどうするって? そりゃあ勿論、”酒”・・・。
 違う違う。早く寝るのが一番だ。元来なかなか寝付けない体質ではあるが、横になって本のページを捲っていれば、それが幸福なのである。

追伸、さっき、1週間分のコメントに返事を書きました。コメントを寄せて下さった皆様、遅くなって申し訳ありませんでした。

  

武士は食わねど


 昨日のブログは、やや唐突な感で終わった。正直に言えば、睡魔に勝てなかったのである。20日のプロレスに始まり、先日の上京までの疲労が後をひいている。その日のうちに更新するだけで精いっぱいだったのだ。
 今朝の新聞には、その政務活動費のことが、大きく報じられていた。反対討論をしたといって、僕の名前までが載っていた。反対したのが公なってしまった。
 うーん、これで政務活動費を請求することができなくなった。ますます”せいかつひ”に困窮をきたすことになる・・・。
 でも、もとよりそういう覚悟だったのだ。昨日も、議会終了後、市長から「じゃあ、請求しないのか?」と尋ねられたので、「はい」とだけ答えておいた。あまり偉そうなことを言える立場にもない。自分でそう決めただけの話だからだ。
 だけど、ちょっとだけ言わせてもらいたい。前回は、喉の調子が悪くて一回だけ休んだが、僕は、過去8年間、議会が終わるごとに議会報告会を開いてきた。いろいろな市民団体の会合にも顔を出して、参加している人たちの生の声を聴いてきた。東京で開催されている議員向けの研修会にも何度か参加した。公費を使って行く行政視察とは別に、近場であれば車を運転してでも視察にも行った。
 そういうことは、政務活動費が無くても、やってこれたのである。だから、これからも、無くてもやっていくことができる。と考えている。
 昨日も述べたように、議員の活動というものは、政務だなんだと、明確に線を引けるものではない。今日だって、ペンクラブの担当部会で、8人ほどが集まって、設立20周年記念祝賀会の準備作業を行った。宛名書きや封筒詰めなど、手も動かしながら口も動く。そんな中からでも、市政についてのいろいろな声を聴くことができる。
 何も、政務活動だといって大上段に構えなくても、こういった日ごろの様々な活動の中で、有権者の意見を聞くことも、意見の交換も行うことは可能だ。かえって、何気ない会話の中に真実が潜んでいることだってある。
 議員活動には経費がかかるという。でも、市民の意見を聞くのも、市民に市政の現状を伝えるのも、議員としての見聞を広めるのも、議場で議論するばかりではなく、そういうことも含めて、議員の仕事であり職責なんだと思う。その仕事や職責に対して支払われている報酬の中には、そういった経費も含まれているはずなのだ。
 でなければ、年4回の定例会、実質40日強、議会に出るだけで、月額50万円近い報酬は、逆に不当に高すぎるという批判を浴びることになる。
 あっ、また、調子に乗って、要らないことまで書いてしまった。昨日、議場で発言し、今朝の新聞に載り、今またこんなことを書いた。こりゃあ、一生、政務活動費は貰えないぞ。
 こうなったら、自分の信念に殉じるだけだ。終戦直後、闇米を一切食べず、法律に従って配球米だけでの生活を守り通して、餓死(?)をした裁判官がいた。いや、これまた失言だ。政務活動費を闇米に例えれば、他の議員から叱られる。
 まぁ、いい。武士は食わねど高楊枝の心境だ。だけど僕は、人一倍食いしん坊だ。何はなくても食欲だけは失せたことがない。食わないで我慢できるだろうか? いやこれもいい機会なので、いっそダイエットしようか・・・。
 ん? 話が段々ずれてきたぞ。やっぱり、「せいかつひ」にひっかかっているからなのかな。
 
 

せいかつひ 今日の本会議から


 10日ほど前のことである。地元紙の記者が、「あのー、せいかつひのことで取材を・・・」と、言って控室に入ってきた。「生活費?」、なんで僕の生計のことで記者が来るんだろう? 今泉は困窮しているらしいと、業界では噂にいでもなっているのか? まぁ、当たってないわけでもないけど・・・。
 よく聞いてみたら、「政務活動費、略して政活費」のことだった。 そう、弘前市議会では、10月から、月々の報酬とは別に、請求により、月5万円の政務活動費が支給されることになったのである。
 今日、本会議で、その支給を定めた条例案が審議され、賛成多数で可決された。反対多数たって、反対したのはわずかに2人だった。
 僕は、その2人のうちの一人だ。そればかりではない、議場に おいて、反対討論までをした。
 理由は3つ。
 一つは、政務活動費支給については、必ずしも市民の理解が得られているとはいえないこと。特に、かつて、政務調査費と言っていた頃、弘前市議会では、その調査費で漫画雑誌を買いあさって、全国に報道されるという不祥事があった。そこまでひどくはないにしても、その使途基準の曖昧さのために、多くの疑惑を招き、裁判沙汰まで起こっている。市民の議会不信はピークに達した。
 そんな経緯があって、8年前、議員発議で、議会自らが政務調査費を廃止している。それなのに今、唐突に政務活動費の支給を、議員が求めることには、少なくとも僕の周りでは、多くの市民が反対している。8年前やめたものを。復活させる理由が乏しいからだ。
 二つ目の理由は、先ほども触れた「使途基準」が不明瞭な点だ。僕も検討委員会の中では、「携帯電話料は認めない」とか「按分という方法は誤解を招くから駄目だ」とか、いろいろ注文をつけてきた。でも、注文をつけて、それがそのとおりになればなるほど、結局は、政務活動とその他の活動、 例えば選挙活動であったり、政党に属していれば政党活動だったり、後援会活動だったり、全くの個人的なかつどうだったりとを、完全に分離することの難しさがわかってきた。例として適切かどうかは自信がないが、今、こうして、今日の議会のことをブログに書き込んでいる自分の行為が、政務活動なのか個人活動なのか、自分でもはっきりと断じることは難しい。
 ましてや、経費を伴うことであれば、さらに判断に迷うこともあるだろう。これは、領収書を全部公開するからいいという問題ではない。
 議員の生活というものは、そもそも、何時から何時までが政務 活動、その次の何時間が後援会活動、それが終われば個人活動と、線引きできるものではない。それを思えば、解釈の違いや、処理の仕方では、8年前のような不祥事が再び起こることも懸念される。
 そんな危なっかしいものを、敢えて、始める必要があるのか。 と、そんなことも主張した。 

あゝ無情


 青森空港から弘前読書人倶楽部へ、旅装を解く間もなく直行した。 毎月、倶楽部恒例のブックトークの日だったのだ。
 今日の講師は、会員の田澤ちよこさん。元英語の教師で、現在は華道の先生でもあり、詩人でもある。弘前ペンクラブでは、機関誌の編集委員もやっていらっしゃる。
 田澤さんは、ご自身の幼少期の読書体験を語られた。多い時で、1年に1000冊は本を読んだという。ならせば1日3冊。これは驚嘆に値する。
 僕は数年前、腸の手術で入院する際、あらかじめ医者から6日程度だと聞いていたので、本を6冊持ち込んだ。それで、ちょうどよかった。入院なんて、ほぼ一日時間を自由に使えるような状況でも、1日一冊が限界だった。
 いや、40年前、「少年ジャンプ」「少年マガジン」「少年サンデー」「少年チャンピオン」「ゴング」「別冊ゴング」「月刊プロレス」「別冊月刊プロレス」「明星」「平凡」「週刊競馬報知」「週刊競馬ブック」「優駿」「週刊プレイボーイ」「平凡パンチ」などを、毎号欠かさず読んでいた頃は、あるいは数百冊には達したかもしれない。今だって、週刊誌やコミックスを加えれば、200冊以上は読んでいる。でも、1000冊には遥かに及ばない。それに、自分の読書記録には、雑誌は加えないことにしている。前述の入院時だって、雑誌を含めれば、1日2〜3冊にはなるだろう。
 田澤さんのお話の中に、「レ・ミゼラブル」が出てきた。勿論、僕も子供の頃、父親が買ってきてくれた「少年少女世界文学全集」かなにかで読んだことはある。だけど、今日、改めてその粗筋を聞くと、記憶が甚だ怪しくなっていることがわかった。
 もう一度、読み返してみたいとも思うが、何せ、毎日、読書時間の割には、読まなければいけないものや読みたいものが一杯ある。少年時代への回帰は、次に入院したときにでもしよう。
 でも、次に入院した時、なんてことを軽々しく書くべきではないかもしれない。やっぱり健康が一番だ。入院なんてしないにこしたことがない。何か重篤な病気になって、「あゝ無情」なんてことになったら大変だ。
 さて、この度の上京を、「大江戸”遊侠”旅行だ」と、コメント欄で評してくれた方がいた。なるほど、言い得て妙である。
 実際には、東京在住弘前読書人倶楽部会員と会う旅でもあった。当倶楽部顧問のSさんご夫妻、Hさん、Wさん、Mさん、それに会員ではないが、ご縁の深い小きん師匠、新たに会員になってもらえそうなFさんなどと、親しくお話をする時間をもつことができた。昨日も書いたように、弘前出身のNさんとも3時間近く話し込んできた。
 そう、東京にいる間、僕らはあちこちに草鞋を脱いで歩いたようなものだ。だから”遊侠”旅行。それで正解なのだ。
 コメントの話をすれば、この間、コメントを送って下さった皆様へ。旅先ではスマホでブログを更新しているため、コメントへの返事が疎かになってしまった。ごめんなさい。ちゃんと拝読していますから。明日以降、まとめてお返事をいたします。
 
 

初めて見た

今日の昼食は秋葉原であった。弘前市出身で、今は東京都下に住んでいるNさんからご馳走頂いた。Nさんは、僕の中学校の遥か先輩にあたる。
食事を終え、街に出た。万世橋の上に観光バスが2台停まっている。見ると、向こうから、大きな段ボール箱を両手にぶら下げた一団がやって来た。あっ、これが噂に聞く”爆買”というやつか。初めて見た。
その一団だけではない。秋葉原の電気街は、肌の色も、髪の色もまちまちな、大勢の人で埋めつくされていた。聞こえてくれ言葉も、一種類ではなさそうだ。まるで、人種の坩堝のような歩道を、御徒町方面を目指して歩いた。
人混みが、少しだけ途切れ始めた辺りで、アニメから飛び出してきたような服装の女の子たちが、チラシを配りながら客引きをしていた。ははーん。これが噂に聞くメイドカフェというやつか。初めて見た。
勿論(?)、立ち寄ったりはしなかった(ホントだよ)。後髪も惹かれなかった(ホントだよ)。
夜、新橋駅からホテルに向かう途中、女性が突然、声をかけてきた。モンゴル出身だと言う。あっ、これが白鵬と同じ国の人か。初めて見た。
「モンゴル?」ときき返すと、「そう、朝青龍」と答えた。
その段階で、客引き失格である。朝青龍の傍若無人ぶりは、決して、日本人に受け入れられるものではない。だいたいにして、歳がわかる。
いやいや誤解のないように。決してついていったりはしなかった。ホントだよ。
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