今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2015年12月

今年の僕


 大晦日なのである。テレビ番組も、報道される全国の話題とやらも、それ一色だ。
 毎年思うことがある。今夜と、例えば8日前の夜と、さらに言えば、半年前の晦日の夜と、一体何が違うのだろう? 明日になれば、単にカレンダーを取り換わるというだけではないのか。何で、カウントダウンや花火やらと、世界中が大騒ぎをするんだ? 区切りの年を越えるというのであれば、誕生日の前の夜こそ、それぞれが、無事に歳をとることができたことに対し、祝杯をあげて、年が経ることの意味を考えればいいのではないか・・。
 なんて、へそ曲がりなことをこぼしても始まらない。世の中に倣って、今年1年間を振り返ってみよう。
 今年、僕の一年は、”俳句”、”落語”、”プロレス”の3つのキーワードに尽きる。勿論、選挙もあったし、お陰様で当選させていただいて、議員活動にも気持ちを新たに取り組んだ。でも、こうして過ぎし1年を思えば、その3つの言葉が、まず頭に重い浮かぶ。
 俳句は、正確には、昨年の12月に句会デヴューをした。俳句を作るのでさえ初体験である。そこで、ビギナーズラックにもめぐまれて、そこそこ評価をいただいた。それで、すっかりはまってしまった。
 以来、2ケ月に一度の句会に4回連続で毎回出席もした。10月は、読書人倶楽部のイベントと重なり出られなかったが、投句だけはした。その10月の句の一つを、なんと、天にとっていただいたのである。いやぁ、嬉しい。天にも昇るような心持とは、こんなことを言うのだろう。これで、益々深みにはまってしまいそうだ。
 12月はお休みだったので、次の句会は1月。何やらまた、スケジュールが重なっていそうだが、投句だけは欠かさず続けよう。
 落語は、今年最大の収穫である。この歳になって、こんなにものめり込むとは、考えてもみなかった。
 ことの発端は、2月に弘前で行われた、柳家喬太郎師匠の独演会である。その前から、小きん師匠とお付き合いをさせていただいたり、もっと前の話をすれば、小学生の頃には、「寿限無」を諳んじていたくらいだから、落語には縁があった。でも、2月以来、僕が、車の中で聴くCDは全て落語、読む本もほとんどが落語関連の本、といった具合に、落語漬けになってしまった。
 最近では、喋りかたも、落語口調になっているんではないかと心配だ。「冗談言っちゃぁいけねぇ」なんて、気がつけばよく使っている。議会で、つい、落語言葉が口に出ないか、気を付けなければならない。
 プロレスは、今年、弘前で、4回観戦した。 内、1回は、自主興行である。そう、趣味が高じて、とうとう会社まで設立してしまった。このブログでも紹介した「津軽プロレス」である。
 9月の自主興行第一弾「プレ旗揚げ大会」は、そこそこ成功した。 11月にはビデオ上映会も開催した。次はいよいよ、本格的な旗揚げ戦だ。今のところ、来年の4月を予定している。詳細は、決まり次第、このブログでも紹介する。
 ということで、この3つの趣味は、 来年も引き続き、僕の時間の中で大きなウェートを占めることになりそうだ。でも、俳句や落語のように、来年になって、突然に目の前に現れてくる、新しい人生の愉しみが他にもあるかもしれない。いや、是非、そうあってほしい。今年以上に来年が、充実した年になることを心に期して、2015年最後のぶろぐを閉じる。
 今年1年間、ご愛読、有難うございました。来年も、よろしくお願いします。 

福島は今


 昨日の、原発事故被災地域視察のことを書く。
 朝、福島市駅前のホテルを出発。レンタカーに乗り込むと、小さな線量計を渡された。見ると、放射線量0.1マイクロシーベルト(以下単位を省略)。最初は、その意味がよくわからなかった。
 
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 阿武隈山地を横断するように進んでいくと、検問所に差し掛かったところまでは、昨日も書いた。同行者全員が免許証の提示を求められる。一人だけ、不携帯の者がいたが、公人でもあるし、他の7名が身元を保証すると言っても、すぐには通して貰えなかった。係員が役場に電話を入れて事情を説明し、本人も電話口に出て、許可が下りるまで、しばらくそこで時間をロスしてしまった。
 
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 中に入ると、そこは、無人の地である。道路わきの、かつて田圃であったと思われる土地には、ご覧のような、汚染された土が詰まったフレコンバッグが、至る所に山積みされていた。
 
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 あるいは、かつて田圃であったと思われる土地には、ご覧のような、木とも草ともつかないような、背の高い植物が生い茂っていた。おそらく、この田圃から 米が収穫される日は、二度と来ないのであろう。
 
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 浪江町の津島という集落に入った。予め許可をとっていた、今は住む人のいない宅地に車を停めた。降りて、線量を測る。僕の持っていた線量計の数値は、12を示した。他の仲間の持っていた秤は、10が限度らしい。たちまちアラーム音が鳴り始めた。福島市から車で1時間ほどしか走っていないのに、いつのまにか放射線量は120倍を超えていたのだ。
 また別の仲間は、僕らの持っているものよりも高性能の機器を使って、住宅の雨樋の下を調べた。そうしたら、なんと、30を記録したのだそうだ。とても、人間が暮らしていける環境ではないと、同行した仲間たちは話し合っていた。ここにきてようやく、出発時に見た”0.1”の意味がわかった。
 浪江町と南相馬市の境目にある、希望の牧場を訪れた。原発事故発生時、多くの牧場関係者が、避難を指示され、牛を捨てて町を出た。餌も与えられず餓死した牛の、悲惨な写真を目にしたことがある。
 その後、生き残った牛にも、政府からは、殺処分命令が下された。しかし希望の牧場では、それに従わず、今でも300頭を超える牛を飼育している。絶対に、この牛たちが、売られていくことが無いと知っていながらだ。「酪農家として、牛たちを見殺しにすることはできなかった。この牛たちが年齢を重ね寿命を迎えるまで、この牧場を続ける」と、たった一人で闘っている吉沢さんは、力強く語った。
 話は前後する。希望の牧場の前に、浪江町の請戸小学校を訪ねた。ここは、福島第一原発の半径5㎞圏内だ。ちょうど卒業式の日に、津波に襲われたという。その後、この学校の時計は止まったままである。子供たちの歓声が校舎に響き渡ることない。
 自衛隊員をはじめ、瓦礫の撤去や捜索等で訪れた人が書いたのであろう。教室の黒板には、帰ることのない子供たちに向かって、たくさんのメッセージが書かれていた。「原発再稼働✕ 原発0の道が福島の教訓」と書かれた文字が、ひときわ大きく見えた。
 
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 それなのに、今、各地で原発再稼働の動きが活発になっている。いまだに故郷に帰ることも許されない、福島のこの惨状を、政府も電力会社も、どのように考えているのだろう。
  

嘆きの夜汽車

昨日予告した、福島第一原発事故で、避難を余儀無くされた地域視察の話だ。福島市のホテルから、案内してくれる人も含め、総勢8人で、レンタカーを借りて出発した。
福島は雪が無い。同じ東北ではないと愚痴をこぼしたら、今朝は、雪がちらついていた。途中の山沿いの道の脇には、青森県ほどではないが、雪が積もってもいる。「おお、やっぱり東北は一つだ」と、昨日の軽率な発言を反省した。
やがて、行く手に、検問ゲートが見えてきた。そこから先は、帰還困難地域なのだそうだ。予め届けを出して、許可を得た人間しか入ることが出来ない。その上、一人一人、運転免許証の提示を求められた。随分と厳重だ。
さて、その内側で僕らが見たものは・・・?
と、話はこれから佳境に入るのだが、昨日危惧したように、弘前への帰りが遅くなってしまった。帰宅してから、家のパソコンで、ブログを打っていれば、せっかく今年、昨日まで続けていた、日付け内毎日更新(確か?)の記録が途切れてしまう。
そこで、そっから先の見聞録は、明日、写真付きでじっくりと書くことをお約束して、電車の中での、慣れぬスマホからの更新を、ひとまず、これで終わる。
それにしても、電車の中で、スマホとにらめっこをしている若者たちを、僕はこれまで、半ば嘆かわしい思いで見ていた。だけど、今日の僕は、たったこれだけの文章を打つのにも、小一時間、スマホをいじりっ放しだった。あゝ、何と嘆かわしい。

福島にて


今日が、役所の仕事納め。職員の皆さんは、明日から1週間弱の年末年始休暇に入る。
でも、僕ら議員には、暮れも正月も無い。っていうか、仕事を入れようと思えば、いくらでも入れることが出来る。
実は、さっき、福島市に着いた。明日朝から、福島県の太平洋岸に向かう。原発事故で、住民が、避難を余儀無くされた町村を視察するのだ。早朝(?)の出発に備えて、前泊する。
視察の詳細は、明日、弘前に帰ってから、このブログにアップしたい。ただし、帰りの時間は未定なので、ひょっとしたら、今日のように、スマホから、簡単に済ませてしまうことも有り得る。その場合は、明後日、改めて書く。
弘前駅から、福島市まで、在来線と新幹線を乗り継いで約3時間半。近いと言えば近い。かつて、青年会議所時代、「東北は一つ」なんてスローガンがあったことを懐かしく思い出したが、確かに”一つ”と言ってもいいような距離になった。
でも、気候は全然違う。盛岡を過ぎたあたりまでは、車窓からは、雪に覆われた野が見えた。それが、本に目を落としているうちに、いつの間にか景色は一変した。雪が跡形もなく無い。さらに南下して、福島に着いたら、ここは、もう別世界だ。先週の仙台といい、今日の福島といい、同じ東北という( )では括れないような、彼我の差だ。
「東北は一つ」という言葉に、何となく違和感を覚えるのは、一にも二にも、天候の格差故なのかもしれない。

本 二題


 午前中、図書館に行ってきた。指定管理者制度導入について、図書館後援会や、図書館ボランティア、そして読み聞かせ団体の代表者に、図書館長から説明する会が開かれたのだ。
 参集した人は皆、ヘビーなユーザーであると同時に、図書館の活動に、積極的に協力してきた人達ばかりだ。図書館の動向については、誰よりも心配している。それなのに、これまで、指定管理に関するニュースは、新聞紙上等で知るばかりで、直に図書館側から説明を聞いたのは、ほとんどが今日が初めてといった様子であった。
 まず、その手順がおかしい。そのことを指摘する人もいた。
 その他にも、実に様々な意見があった。多くの人が気にしていたのは、いったいどこが管理を受けるのかということだったと思う。それぞれ、今まで自分たちが続けてきた活動が、管理者が市から民間団体に変わることで、どのような影響が出るのかを心配しているようだった。仮に営利企業が管理者になった場合、ボランティアで協力することの意味についても、真摯な問いかけがあった。確かにそれもそうだ。
 図書館側の回答では、できるだけ今日集まった団体のような、地元の図書館を愛する人たちで名乗りを挙げて欲しい。また、仮にそうでない場合でも、地元のボランティア団体には従来通りの協力をお願いしたいし、そういう形をとれるよう、これから協議を進めていくというものであった。
 さらには、障がい者のための、本の朗読と録音に取り組んでいただいている、福祉図書ボランティアの方からも、中央図書館の果たすべき役割について、切実な要望が出された。司書の増員についても、退職した教員や、司書資格を持った若者の積極的活用を望む声もあがった。
 ことほど左様に、市立図書館の指定管理者制度については、多くの市民が関心を寄せている。教育委員会に望むことは、議会でも述べたが、こういった声に真摯に耳を傾けて欲しいということだ。

 午後は、弘前読書人俱楽部のブックトーク。今回は、講師を定めずに、参加者全員が、「私の今年の一冊」と題して、3~5分くらいで本を紹介しようという企画だ。
 昨年に続き2度目なのだが、前回が好評だったらしく、この冬一番という大雪の中、17名もの会員が参加してくれた。小説、エッセイ、雑誌、絵本、コミック等々、様々なジャンルの本が持ち寄られた。僕は、沢木耕太郎「流星一つ」を推奨した。
 こうして、”本”を媒介にして、人の輪が広がっていく。一冊の本の持つ面白さ・魅力が、人から人へ伝わっていく。なんて素晴らしいことなんだろう(自画自賛)。
 こんな楽しいイベントを、市立図書館でもやればいいのに。そうか、僕らが指定管理を受けてやればいいのか。弘前読書人俱楽部が名乗りを挙げることも、こりゃあ真剣に考えなければならないかな?
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