今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2016年03月

めでためでたの


 年度末の今日、おめでたいニュースが2つ飛び込んできた。ニュースといっても、テレビや新聞で報じられるようなことではない。きわめて身近な話題だ。
 午後、市役所に向かっていたら、軽装の若者から声をかけられた。最初は、誰だかわからなかった。よく見ると、同僚のN議員だった。いつもネクタイ姿しか見たことがなかったからだ。「なんだ、どこのワゲモノかと思った」と言ったら、「僕は、そもそも若者ですから」と返された。
 そう、N君は、弘前市議会の一番の若手なのである。弟さんが僕の娘と同級だというから、僕とは父と子ほども歳が離れている。彼のお母様とは、子どものPTAで、共に学年委員を務めた。
 そのN君が結婚したのだそうだ。これはめでたい話だ。何せ、僕が2期目、彼が初挑戦となる2011年の選挙の前から、彼のことはよく知っていた。一緒に飲みにもいったし、お互いにエールを送りながら選挙戦を戦った。僕にすれば、弟分のような存在だ。
 あっ、違った。さっき息子のような歳の差だと書いたばかりであった。
 披露宴はまだ先とのことだ。ご招待をいただければ、何はさておいても駆けつけたい。落語の「松竹梅」でも一席やってみようか。
 もう一つ、癌の手術で入院していた友人から、無事退院したとの電話が入った。既に仕事にも復帰しているという。これまた、ものすごくおめでたいニュースであった。
 病気が発見された頃の話からは、かなり重篤のような印象を受けていた。2月末に入院したのは知ってはいたが、病状や手術の日取りもわからなかったので、なかなかタイミングがつかめず、またちょうど議会の最中だったこともあって、とうとう見舞いにも行けずじまいだった。
 でも、今日の受話器の向こうの声は、とても元気そうだった。術後の経過も良好で、転移もないとのこと。ほんとうに良かった。
 とりあえず、退院祝いに飲みに誘おうかとも思った。でも、病気が病気だけに、医者から酒を禁じられているかもしれない。そこでストレートに、酒はいいのかと聞いてみた。そしたら、暴飲暴食をしないかぎり、飲んでもかまわないのだそうだ。うーん。それはめでた・・・・、ああ、羨ましい!!
 実は今日、僕は、糖尿の主治医から、「お酒をやめてみたらどうかね」と、強い勧告を受けてしまった。どうやら僕だけ、めでたくない年度末を迎えたみたいだ。

新幹線の中で


 昨日のブログにも書いたように、1泊2日で、東京に行ってきた。往復、新幹線である。
 行きの新幹線は、残念ながら、新青森駅始発のものであった。先日も書いたが、車内に北海道の空気はなかった。開業3日目の高揚感などを、感じさせるものは無かった。
 ただ一つ、車内販売の中に、青森・函館弁当なるものがあった。話の種に食してみた。
 容器が大きく縦に3つに分かれている。中央部分は狭く、さらに上下2つに仕切られており、北海道産あげジャガイモと、青森県産リンゴ甘煮がそれぞれ一つずつ、可愛らしく収まっていた。
 それを挟んで、左右が、北海道弁当と青森県弁当になっている。左の部分には、北海道産米に”はこだて大沼牛”焼き肉など北海道の食材が乗せられており、右の部分には、県産米に、ほたて等青森県の食材が乗せられている。青森県産側に、”いかめし”があったのはご愛敬か。僕らにとっては、”いかめし”は、函館名物のような気もするのだが。
 などと書けば、大仰なものをイメージされるかもしれないが、量は多くはない。大人の男性だと、物足りない程度の嵩だ。はっきりいって、特段にお薦めできるようなものではなかった。
 帰りの新幹線は、函館北斗駅行きのものであった。その意味では、初めて北海道新幹線に乗った気分であった。
 だけど、これまでならば、新青森駅が終点なので、多少眠りかけをしていても安心だった。ところが、これからは、なんかの拍子に乗り過ごしたりすると、下手をすれば津軽海峡を渡ってしまう。うっかり居眠りもできない。
 ってな訳で、ちょこっとだけど緊張もした。八戸を過ぎたあたりから、荷物を網棚から下ろしコートを羽織るなど、降車の準備をして車窓を眺めていた。
 それにしても、新青森駅で降りた時には、車両の中には、ほんの数える分しか、乗客はいなかった。乗り込んで来る乗客も、ほとんどいなさそうだった。歓迎ムードなど何も感じられない、以前通りの駅の風景が、そこにはあった。
 まだ開業して1週間も経っていないのにである。平日の午後だということを差し引いたにせよ、随分と寂しい感じはした。
 実は、まだ開業効果もあって混雑しているだろう。切符が買えないかもしれない。事実、先週土曜日の開業日の切符は、発売して即完売というニュースも聞いた。
 だから、しばらくして、ほとぼりが冷めて、切符がとりやすくなってから、のんびりと函館まで行ってみようと思っていた。かなり先のことになるだろうとは覚悟をしていた。でも、この調子だと、函館まで行く日も、そう遠くはなさそうだ。
 あの、新聞やテレビニュースで見た開業日の熱狂は、わずか4日で、どこに消えたんだろう? 

東京の夜

昨日も書いたように、今、東京にいる。弘前読書人倶楽部の件で、大切な打ち合わせがあったのだ。
その打ち合わせだが、あんまり熱心に話をしているうちに、ホテルにかえったのが、こんな時刻になってしまった。誤解のないように、敢えて書くが、深酒をしていたのではない。ホントだよ。そりゃあ少しは呑んだけど。とにかく、話し込んで話し込んで、時の経つのも忘れていたのだ。
結論だけ書くと、弘前読書人倶楽部も、この6月で5周年を迎える。これを機に、もっと活発に活動を行おうということを確認した。新しい事業にも進出する。
と、ここまで書いたところで、もうタイムアップ寸前だ。新幹線の中のお弁当のことなど、紹介したいエピソードもあるが、今日は、ここまでとしたい。短くて、ごめんなさい。
明日夜、弘前に帰る。今回の上京の土産話は、明日、まとめて書こうと思う。帰りの新幹線の中で酔っぱらってしまっていなければ・・・。

実質 月末、年度末


 早いもので、もう3月も28日なのだ。1年の4分の1が過去ろうとしている。あと4日もすれば、年度も変わる。
 実は、明日、弘前読書人俱楽部の用向きで上京する。これからの俱楽部の計画について、重要な打ち合わせがあるのだ。
 北海道新幹線に乗れるぞと喜んでいたのだが、僕の乗る電車は新青森始発のようだ。これまでと変わりはない。車内で北海道からの風を感じることはできない。
 明後日は、今のところ、取り立てて仕事はない。武蔵野市の図書館兼文化施設を見学に行こうと思って、議会事務局を通して問い合わせてもらったら、水曜日が定休日のことだった。残念。だったら、電車の時間まで、神田の古本屋街でも素見してから、帰ってこようと思う。
 その次の日、31日は、月に一度の血糖検査の日だ。最低でも午前中は、大学病院の中で過ごすことになりそうだ。
 といった事情で、今日が僕の、実質の月末、年度末日だったのだ。何やかんやで、バタバタとした1日であった。
 まず、太宰治まなびの家関係の支払いを済ませなければならない。いつもだと、常駐解説員への謝礼やら立て替えていただいている諸経費やらを、末日の前日の午後に振り込んでいたのだが、それでは間に合わない。あわてて今日の午前中に計算して、銀行に直行した。振り込み手数料を節約するため、印刷屋には、直接現金を持参した。
 年度内に提出しなければならない書類もあった。これは、今日まで締め切りを延ばしてきた僕が一方的に悪い。これまた午前中に完成させて、昼過ぎには持って行った。あまり慌てすぎて、出したあとで、誤字を発見した。お目こぼしを願えればいいが・・・。って、こうしてブログに書いてしまえば、それも無理か。
 プロレスの営業にも3か所訪問した。空振りに終わったが、東目屋まで行ってきた。何せ、大会は4月3日だ。東京から帰ってきてからだと、時間があまりにも少ない。今日中に回れるところは回ってしまわなければ・・・。
 公務員や会社員であれば、この時期は、異動やら転勤やら、そのための引き継ぎなどで忙しいのはわかる。でも、異動も転勤も無い、年度替わりも関係のない僕が、何でこんなに忙しい思いをするのだろう?
 答えは簡単である。一にも二にも切羽詰まらなければ身体が動かない、泥棒を捕まえてからでないと縄をなわない、そんな僕の性格が災いしている。
 そうこうしているうちに、今日又、仕事が増えた。来月早々出さなければならない契約書が送られてきたのである。他にも4月5日締め切りの書類もいくつかある。ようしこれらは、帰弘したらすぐに手をつけよう。
 身体がいくつあっても足りない、なんて気取りながら、あれやこれや少し手を広げ過ぎたようだ。少し活動範囲を整理しながら、身の回りのことを確実に片づけるようにしたいものだ。

文学的に夜はふけて


 いつもの日曜日のとおり、読書人俱楽部の店番をしたあと、弘前文学学校の修了式に、お招きをいただいて出席した。修了式と言っても、卒業単位とかがあるわけでもなく、まぁ、1年間のカリキュラムを無事に終えた慰労会のようなものだろうか。
 僕は、かれこれ10年近く、この文学学校で、臨時講師を務めさせていただいている。議員になる前からだ。文学とはほど遠い実生活を送っている僕に白羽の矢が立ったのは、本屋に生まれ育って、本をたくさん読んでいるだろうと、事務局が誤解して下さったおかげだ。本屋の息子が本をよく読むなら、酒屋の息子は大酒飲みになるだろう。そんなことになったら、どんな大店だって、身代は持たない(実際僕は・・・)。
 誤解とはいえ、その期待に応えるべく、年に2~3回ほど、毎年、やく2時間の授業を持たせていただいてきた。と言っても、文学の本質などを、僕は語ることができない。だから、例えば、ベストセラーの歴史やら、文学賞の狙い方、自費出版の話等、文学の周辺の話題を中心に、授業を組み立ててきた。
 人にものを教えるということは、自分でもそれだけ勉強をしなければならない。授業を受け持つことで、実は生徒さんのためではなく、自分のためにプラスになっているような気もする。「情けは人のためならず」ならぬ、「教えるということは人のためならず」みたいなものだ。
 さて、修了式である。ほんとのところ、今年、僕には敷居がちょっと高かった。だって、年2回予定していた授業のうち1回を、自己都合(プロレスの主催)でキャンセルしてしまったのだ。また毎年呼ばれている合評会にも、今年は出ることができなかった。以前も書いたが、あの合評会の真剣な雰囲気は、大好きだったのに。
 そんな気おくれがあった他に、読書人俱楽部の当番を終えてからだけに、大幅に遅れての参加となった。敷居が高い上に、それを跨いで足を下ろしたところが針の筵のような心境だった。
 それでも、生徒さんたちは暖かく迎えてくれた。遅れたお詫びに駆けつけ3杯の罰ゲームを課せられることもなく(期待していたのに・・・)、楽しく和やかな夜を過ごすことができた。
 今日は、僕の他に、二人の講師が参加していた。二人とも、熱く文学論を語っていた。僕はといえば、ただただ酔っ払って馬鹿話だけをしていた。それでも、帰る時は、暖かく見送っていただいた。よし、来年も頑張っていい授業をしよう! という気にさせていただいた。
 平成28年度のカリキュラムも、もう決まっている。僕は、今年も7月と12月に2回受け持つことになった。そのうち1回は、昨年キャンセルしてできなかった「笑いと文学」。早い話が、落語と文学の関係を喋りたいと思っている。はてさて、どうなることやら。
 弘前文学学校では、現在、第17期生を募集中である。書くことで自分を見つめなおす。書くことで自分の可能性を探求する。書くことで内面の自由を掴み取る・・・。そんなことに関心をお持ちの方は、まずは、(0172-88-2427)まで問い合わせてみていただきたい。 
 
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