今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2016年04月

読書人倶楽部は大忙し


 夕刻、弘前に帰ってきた。昨日、出発する際は、もの凄く寒く、羽田に降り立った時の温度差に辟易したものだが、今日は、青森空港も、日の光が差していて暖かかった。
 さて、昨日の上京の話である。大学時代の友人が、亡くなられたお父様の蔵書を、読書人倶楽部に寄贈してくださる、というところまでは昨日も書いた。それで、実際、どんな本があるのかを見に行ったのだ。
 中野駅からバスで10分ほどの、閑静な住宅街に、その友人のご実家はあった。ご両親が亡くなられてから、もう随分と経ったようだが、このたび、その家を取り壊すことにしたのだそうだ。ついては、本を処分したい。でも、捨てるのは忍び難い。そこで、読書人倶楽部で引き取れる本があれば寄贈したいとのことであった。
 行ってみて驚いた。お父様は、相当趣味の広い方だったらしい。歴史の本から宗教の本、それに漢詩や俳句の本まで、様々なジャンルの本がある。中には、神田あたりの古書店に持ち込めば、かなり高額で売れそうなものもあった。
 しかしまぁ、読書人倶楽部は古書店ではないし、僕だって目が利くわけでもない。実際のところ古書の価値など、正確にはわからない。以前、経営した書店を閉めたあとに、何かの文学全集の初版を、神田に持って行ったことがあるのだが、びっくりするくらい安い値段をつけられた。何か足下を見られたようで、悲しい思いをした。だから、友人にも、古書店行きを、あまり強くは薦めなかった。
 ただ、残念なことに、読書人倶楽部にも、お引き受けする決まりがある。原則としては、文庫・新書の類いは、お受けしないことにしている。それをはじめると、きりも際限もなくなりそうな気がするからだ。
 でも、友人宅に並べられた文庫を見ると、読書人倶楽部に並べることはできないが、かといって、ただ燃えるゴミに出してしまうには、勿体ないような物がたくさんある。岩波文庫の昭和初期の頃のもの、今は確実に絶版になってしまっているもの、既に倒産した出版社のもの等々、これから先は二度と手に入らないだろうという逸品が山ほどある。
 そこで、はたと思いついた。ペンクラブでとりあえず引き取ろうと。ペンクラブが毎年行っている「古本・お宝市」に出品すれば、少なくとも、その本を求めている人の目にとまり、生きながらえることができるのではないかと。
 友人も、それを了解してくれた。読み古された本というものは、ある人にとっては紙の塊でしかないかもしれないが、別のある人にとっては、とても貴重なものとなる場合だってある。そういう出会いの場を創ることが大切だよね、ということで、僕とその友人は考えが一致した(ように思う)。
 実は、弘前読書人倶楽部は今、もう一件、大量の本の寄贈のお申し出をいただいている。やはり読書家だった方の遺品だ。段ボールで200箱くらいにもなるそうだ。こちらは、既に箱詰めも終わっているみたいなので、内容を吟味することはできない。とりあえず送ってもらってから、仕分けをさせていただくことにした。
 かように、読み終えた本の処分に困っておられる人は多いと思う。本をゴミとして捨ててしまうことに抵抗を感じておられる方も多い。読書人倶楽部としても、そういった本を愛する人のお手伝いをしたいとは思う。しかし、現状では、スペース的にも財政的にも限界がある。何か、蔵書量に伴って、財政が豊かになる、スペースを広げられるといったビジネスモデルを確立できないものだろうか。
 

青春

ベタなタイトルだと思う。許して欲しい。
先日のこのブログでも予告していたように、今日、上京した。大学時代の友人が、亡くなられたお父様の蔵書を、弘前読書人倶楽部に寄贈して下さるというので、それを見に行ったのだ。そのことについては、明日、弘前に帰ってから、詳しく報告する。今日は、何せ、出先では相変わらずのスマホでの打ち込みなので、簡単に、東京での思い出話を一つ。
その友人とは、中野駅で待ち合わせた。中野は、今からもう40年近く、学生時代に暮らしていたことごある。約束の時間より、かなり早く着いたので、昔を訪ねて歩いて見ようと思った。
南口に降りた。一見したところ、駅前は、あんまり変わってないようだった。
でも、学生時代の下宿先を訪ねようと、小路に入ったら、すっかりわからなくなった。真っ直ぐだった道が、クランクになっている。辿り着けない。
その頃よく通ってた「青春」というスナックのあった辺りも歩いてみた。やっぱり、跡形もなく無くなっていた。なんてったって、もう40年前のことだ。
「青春」だなんてベタな店名だが、確かにそこには”青春”があった。マスターは、行くたびに、「今泉さん、飲み比べしましょう」と言って、丼に溢れるくらいのウィイスキーを差し出してくれた。僕はそれを、一気に飲み干す。そして、その丼をマスターに返して、ウィスキーを注ぐ。マスターが飲み干す。そんなことを記憶がなくなるまで続けた。
あー、青春だなぁ。女っ気は少しもなかったけど、青春は青春だ。
その街が、一変していた。今更ながら、歳を感じた次第である。

注意するにもほどがある


 突然だが、弘前読書人倶楽部は、明日から5月9日まで、長いゴールデンウィーク休業となる。大企業並みだ。 
 カレンダーの上では、国民の祝日は明日と、3日、4日、5日の4日間。そして2日と9日の月曜日は、もともと読書人倶楽部の定休日なので、実際は期間中の土曜・日曜をお休みとさせていただくことになる。皆様には、なにかとご不便をおかけするが、ご了承いただきたい。
 IMG_3804ただし、休業中でも、僕は、中で、ひっそりと仕事をしている日もある。通りがかったさいに、シャッターが半分開いていたら、遠慮無く入ってきてもらいたい。仕事と称して、きっと退屈しているだろうから、大歓迎だ。
 さて、この長期休業について、10日ほど前から、読書人倶楽部内には、左のようば張り紙をして、周知に努めた。一体何人の方の目にとまったんだろう? この張り紙については、よく気がつく人と、全く無頓着な人と二通りある。僕は、よく気がつくタイプだと、自分では思っている。
 今日も、さる商業施設で、ご覧のような張り紙を見た。名誉のため、敢えて名前は出さないが、鮮魚やお土産品を扱っている施設である。中には食堂もある。
 その店の入り口には、「ペットとのご来店はご遠慮ください」と張り紙がしてある。店名からして、魚類を扱っている店とすぐにわかりそうなものなので、普通に考えれば、ペットを連れて入ろうとする人は少ないだろう。でもまぁ、観光客もよく立ち寄る店なので、初めての方用の注意書きだと思えば、これは納得もしよう。
 でも、これはどうだ?
 IMG_3800「手洗い場で足を洗うのはつまりの原因となりますのでやめてください」
 その店のトイレの洗面台の鏡に、大きく張り出されていた。そんなたいそうな洗面台ではない。ごく普通の大きさで、ごく普通の高さで、とても足を洗えそうなしろものではない。
 でも、ということは、常習的に足を洗う人が多数いて、その店では、注意書きを張り出さなければならないほど、対策に苦慮しているということなんだろう。この店の利用客の良識を、深く疑ってしまわざるを得ないではないか。
 その他に、廊下の窓際に並べられている、色とりどりの花の横には、花の持ち帰りはご遠慮ください」と張り出している。他人様の物を、無断で持ち出す人が、つまり盗っ人が、やはり相当いるってことなんだろう。それとも「花泥棒は罪にならない」なんて西欧風の考え方の人が多いのだろうか?
 このように、張り紙は、よくよく見れば面白い物がたくさんある。ただ、今日のような張り紙を見れば、日本人の公衆道徳は、いったいどうなってしまうんだろうと心配になってしまう。
 そのうちに、日本中が、やれ、〇〇をするな、物を持ち出すな、盗むな・・・なんて張り紙だらけになったら、たまったもんじゃない。「人をみたら盗っ人と思え」みたいな世の中だけはまっぴらだ。
 
 
 

気分は(アントキの)猪木


 岩木山観光協会の総会に出席した。実は、僕も会員なのである。以前、といっても5年前までは、よく、岩木山観光協会主催の岩木山エコプロジェクトに参加していた。山麓に捨てられているゴミの回収作業である。
 ところが5年前の6月、弘前読書人倶楽部を開設した。労務管理上、日曜日に、僕がその当番をすることになった。そのため、日曜日に開催されるほぼ95%の行事や会合を、お断りせざるを得なくなってしまった。岩木山のゴミ拾いも、その中の一つなのである。
 そんな訳で今は、すっかり名前だけの会員になってしまった。
 それでも、せめて総会だけでも出席したいとは思っている。なんてったて、岩木山観光協会の会長は友人のS県議会議員だ。S議員には、弘前読書人倶楽部にも、弘前市民劇場にも、会員になってもらっている。僕もいくらかでも応援をしたいと、常々思っている。昨年も、選挙前の慌ただしい時期だったと思うが、顔を出して隅の方で静かにしていた。
 今年も、大人しくしているつもりであった。そうしたら、なんと、議長の代理で祝辞を述べることになった。だいたいにして、議長の代わりが僕だなんて、「アントニオ猪木が来る!」と言っておきながら、実際に現れたのがアントキの猪木だったとか、美空ひばりだと思って会場に足を運んだら、美空すずめだったとかみたいで、何となく参加した人に申し訳ないような気もする。
 いやはや緊張した。前にも書いたように、僕は、喋っている分には苦にならないのである。何かの会合で、突然挨拶をふられても、それなりにチャラチャラとお茶を濁すことはできる(つもりだ)。議会での質問も、自分の議会報告会でも、原稿無しで、頭の中で組み立てたことが、けっこう口をついて出てくる。(そういうのを口から出任せっていうのだって?)
 ところが、他人様が書いた原稿を読むのは、どうにも苦手だ。特に代読というのは、うっかり間違えては、ご本人に失礼にあたるのではないかと、必要以上に気を遣ってしまうのだ。
 それともう一つ、誰かの代理だと、懇親会で、あまり羽目を外すわけにはいかない。僕の言動で、ご本人や所属する組織の対面を傷つけることにもなりかねないからだ。今日も、酒量も抑え、会話も、品位を保つように心がけて・・・、てなわけでもなかったか。
 でも、そういうことも含めて、いろんな面で、貴重な体験をさせていただいている。機会を与えていただいた議長には、改めて、感謝する次第だ。
 5月は、毎週のように、どこかで何かの総会が行われる。そうそう挨拶を述べるなんて機会はないとは思うが、指名されたら、いつでもお受けしたい。
 「私は、誰の挑戦でも受ける!」・・・気分はアントキの猪木、いや、アントニオ猪木だ。
 

花筏


 今日も、市役所まで行った。時間があったので、ゆっくりと街を歩いた。 
 IMG_3773面白いものを見つけた。占い屋である。いつのまに近所にこんなお店が・・・? 店前のポスターによると、4月21日に越してきたらしい。
 最近、占いが気になっている。友人が、新聞に掲載されている占いを、メールで送ってくれるようになったのだ。それによると、今週末、僕は、結婚を意識するような異性と出会うことになっている。えーっ、誰だろう? ワクワク。だけど、週末は東京だ。東京で、素敵なアバンチュールが待ち受けているのだろうか? 一度、きちんと恋愛運を占ってもらわなければならないなぁ、などと他愛もないことを考えながら後にした。
 百石町展示館では、岩淵金満さんの個展が開催されていた。面識はないが、金銭運に恵まれていそうな名前に惹かれて中に入った。木々の枝の描写が非常に繊細な、印象に残る作品が多かった。
 IMG_3774いつもの外堀通りを通って、市役所へ向かう。既に桜は散り始めている。花吹雪の下を歩くのもオツなものだ。
 追手門前のお堀は、ご覧の通り。桜の花びらが、水面に浮かびはじめている。花筏というやつだ。弘前市は、ここ数年、死ぬまでに一度は観たい光景として、この花筏も売り出している。もう2~3日もしたら、堀一面が桜色に染まるだろう。
 ところが最近の僕は、花筏というと、相撲取りの名前を思い出してしまう。大関花筏になりすました、ただの太った提灯屋が、草相撲の横綱と対戦するはめになるという、落語の一席だ。身体の芯から、落語に毒されている。
 市役所からの帰り、今日は、310円を奮発して、有料区域である植物園の中を通ってみた。枝垂れ桜がきれいだった。
 そこでも、ゴザを広げて、花見の宴を繰り広げているグループがあった。いや、違った。昨今は、ゴザではなくブルーシートである。
 それを見ても、僕は、落語を思い出す。貧乏長屋の連中が花見に繰り出す噺だ。落語の中では、卵焼きの代わりに沢庵、蒲鉾の代わりに大根、そしてお酒の代わりに出がらしのお茶という有様だ。これで、飲めや歌えというのだから、たまったもんじゃない。まさか、有料区間に入ってまで宴会をする人たちが、そんな真似しないだろうと知りつつも、一人笑いをこらえながら、横目で通り過ぎた。
 今日も弘前は桜日和、そして僕は落語気分なのである。
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