弘前市議会は、今日から一般質問が始まった。今議会では、19人の議員が登壇する。
初日のトップバッターは、S議員。S議員は、子どもの学力向上対策について、これまでも何度も採り上げてきている。
今日も、学力格差の問題を質問した。中央公論誌に掲載されたという引用し、勉強が好きで、1日3時間以上学習しても、家庭環境によっては、全く勉強をしない子どもに、成績では敵わない、という話をしたのだ。
うーん、びっくり。ふーん、やっぱり・・・。どっちだろう。でも、話を聞いているだけでは、良く理解できないところもあったので、休憩時間に、Sさんから、その中央公論を借りてきた。
それによると、まず、家庭の社会的経済的状況を、SESという指標で整理したのだそうだ。この指標は親の所得や学歴を合成して算出したもので、それらが高いほど、その数値も高くなる。さらに、その中には、子どもに対する、どの段階の学校まで進んで欲しいかといった学歴期待値や、子どもに新聞を読ませているとか、絵本の読み聞かせをしてきたかといった、文化的な側面も含まれているのだそうだ。
そして、そのSESを、低・中の下・中の上、高の4段階に分類して、それぞれの子どもの平日の家庭での勉強時間とテストの正答率の相関を見る。すると、3時間以上勉強したSESの一番低いランクに属する子どもの平均よりも、最も高いランクに属していて、全く勉強しなかった子どもの正答率の方が高かったという結果が出たとのことだ。
実際には、全く勉強しないといっても、程度差はあるだろう。最低宿題くらいはやっているのかもしれない。それに、勉強の量と質は、単純に時間だけでは計れない。とはいえ、これは、やっぱり驚きである。
S議員は、親の所得格の差が学力格差につながっていることを改めて指摘した。そして、教育委員会に対し、その格差を埋めるような施策の実施を求めた。
それと、先ほども書いたように、親の教育に対する意識の差もある。むしろこちらの方が、根深いかもしれない。簡単には変えられないからだ。
実際に、「なんも勉強なんてしなくていいから、家の後を継いでくれさえすればいい」、という親御さんも決して少なくはないと思う。それを否定するものではない。ただ、そういった周囲の環境というか空気が、学力の格差となって顕れているという事実が、厳然としてあるというだけだ。
自分の幼少期を顧みれば、そのSESとやらは、おそらく低くはなかった。親の所得とか経済力はわからないが、少なくとも、”本”だけは、売るだけあった。童話でも、図鑑でも、漫画でも、手を伸ばせば、いつでも読むことができた。文化的環境としては、とても恵まれていたと思う。
その割りに、学力が伸びなかった理由は簡単だ。ついさっき、童話でも、図鑑でも、漫画でも・・・と書いてはみたが、その中で、漫画の割合が異様に高かったからに他ならない。(6726)