今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2017年03月

さよならのむこう側


 「別れましょう」と言われたことはあっても、自分から「別れよう」と言い出したことはない。あの時も、あのひとにも、あの場所でも・・・。
 
 我が家には、車が2台ある。どちらもHONDA車だ。
 1台目がステップワゴン。これは、父が脳卒中で倒れ、半身不随になった時に買った。それまではセダンタイプに乗っていたのだが、父の車の乗り降りに不便を生じた。特に。降車時に、後部座席から車椅子に移動する際に、何度も失敗して、地べたに尻餅をつかせてしまうことが何度もあった。
 そこで、ディーラーから、身体しょうがい者用のリフトがついているワゴン車を薦めてもらい、購入した。この車で、父を施設や病院に送り迎えをした。家族で、あちこちにドライブにも行った。
 もう一台は、ザッツという軽自動車である。元々は女房の車であった。女房が事務機屋で営業をしていた時に使っていた。
 僕は、女房が亡くなってからは、専らこの車を使った。ステップワゴンに乗るのは、年に数回程度。来る日も来る日も、女房の形見のザッツで仕事をした。別に思い出に浸っていたということでもない。軽の方が燃費が圧倒的にいいし、小回りも効くからだ。
 そんな訳で、11年間で11万㎞超。何度か事故も起こしたし、随分と酷使をしてしまった。
 今日、車検の見積もりを聞かされた。驚くほどの高い金額であった。どれくらい高いかというと、格安の居酒屋だと、半年間以上、毎日通えるくらいのお値段だ。聞けば、長年の酷使が祟って、あちこちにガタがきているらしい。あれもこれも取り替えなければいけないということだ。
 ここにきて僕は、ザッツに”別れ”を告げることにした。実際に運転していても、限界は感じていた。今日の見積もりが、背中をぐいっと押してくれたようなものだ。
 水道光熱費や三度三度の食費を除けば、男の生活の中で最もお金を喰うのは、”酒と車と〇”と言われる。確かに車は、持っているだけで、税金だ保険だ車検だと支出が必ずある。使えば使ったで、ガソリン代だって馬鹿にならない。そう考えれば、僕の今の立場で、車を2台も保有する必要はないようにも思う。
 それに、歩かなければならない、本気になってダイエットと血糖コントロールに励もうと、ちょうど1週間前から考えていたところだ。そういう意味でも、車検の見積もりはグッドタイミングだったのかもしれない。
 が、しかし、いつでも気楽に乗り回せる軽自動車が玄関前にあったら便利だよなぁ。議員の仕事をしている以上、市内全域が活動エリアだし、フットワークも必要だしなぁ・・・とも思う。
 ザッツにさよならをするのは決心した。でもさよならの向こう側は、まだ見えていない。

 言わずもがなかもしれないが、冒頭の2行は、全くのフィクションである。誤解のないように。あっ、まんざら間違ってもいないか。(6380)

 追伸、きょうのタイトルは、ご存じ、山口百恵の晩年のヒット曲からいただいた。美人なのかそうではないのか、歌が上手いのか下手なのか・・・なんとも不思議な歌手であった。でも、日本アイドル史(というものがあれば)に、燦然と輝く、1970年代のトップスターだったことは間違いない。 

1年で1度しか書けないこと


 いろいろと書きたいことはある。朝から間違えて睡眠導入剤を飲んでしまったこと。おかげで大事をとって、朝の出発時間を2時間遅らせたこと。その結果、今日の訪問予定を全て廻りきれなかったこと。ところが、運転している最中はちっとも眠くなく、車を置きに家に帰ったらどっと睡魔に襲われたこと。それでいて飲みに出掛けたら、眠気がすっきりと晴れたことetc。 これだけの素材があれば、従来の一日分のブログを書くことはできそうだ。
 でも、きょうは、一年で今日しか書けないことを書こう。
 ってな調子で、昨年も行なったプロ野球ペナントレース大予想だ。そりゃあそうだ。ギャンブラーの端くれ(?)として、明日開幕してしまってから予想を書くような野暮な真似はしたくない。
 先ずはパリーグ
 ①ホークス    もともと投打の層が厚い。その上デスパイネも加入。
 ②ファイターズ  投手大谷の回復次第では逆転も可。齋藤の復活も期待
 ③ライオンズ   弘前出身の外崎に期待。岸の穴は、若手で埋める。
 ④マリーンズ  日本人の大砲がいない。平沢の成長には期待。
 ⑤ゴールデンイーグルス 同上。外国人を宛てにしているようでは駄目。
 ⑥ブルーウェーブ 投打とも戦力が落ちる。吉田正の開幕離脱も痛手。

 ④と⑤は、繰り返しになるが、日本人の4番を育てようとしていない。昨年度の成績でも、外国人を除いたチーム本塁打数はかなり少ないはずだ。特にイーグルスはひどい。日本打者が皆小粒だ。外国人だけを頼りにしているようでは、魅力あるチームにはなりえないと思うのだが・・・。

 次にセリーグ。こいつが難しい。混戦模様だ。
 ①カープ   昨年の王者に敬意。黒田の後は、母校の後輩加藤が埋める!
 ②スワローズ  一昨年の王者に敬意。打線は素晴らしい。
 ③ジャイアンツ 嫌いだけど、戦力は認めざるをえない。
 ④ベイスターズ 投手力に難。一年だけの好成績では信頼に欠ける。
 ⑤タイガース  昨年も、一昨年も、何故ドラフト1位が野手だったんだろう?
 ⑥ドラゴンズ  落合GM時代の定見のないドラフト戦略のツケ。
 
 ③は、太田を、大成させることができず放出した。他チームから手っ取り早くFAで選手を漁っているうちに、この上岡本までも眠らせておくようなら、球界の宝潰しにも等しい。そろそろFA参入を控えて、自前で選手を育成することにしなければ、心あるファンは離れていくと思うのだが・・・。

 とひとまず書いておいて、今年もまた、長い楽しみが始まる。贔屓の球団や選手を応援し、その成績に一喜一憂する。プロ野球は、僕の生活の一部に溶け込んでいる。
 野球だけでは無い。プロレスも、大相撲も、競馬も・・・。だから、一年間、いや一生退屈することがない。(9162)

 
 

花は咲けども


 僕が、弘前ペンクラブの事務局長を降りてから、もう数ヶ月が過ぎた。今は、O印刷のK社長に、その職務に就いていてもらっている。
 僕がやっていた頃は、事務局長とは名ばかりで、大した仕事の量でもなかったが、今のKさんは大変だ。なんと言っても、弘前ペンクラブが、この4月から、郷土文学館の指定管理を行うことになったからだ。そのための準備に、さじかし大わらわのことと想う。
 僕も、そんな重責を押しつけて、ただ傍観しているだけというのは、性分に合わない。出来るかぎり、協力してあげたいといつも想っている。
 今日も、午前中に、郷土文学館で新たに採用する従業員の、福利厚生に関することで、一緒に、我が家の近所にいる夜会保険労務士の事務所に行ってきた。先生は、元図書館&郷土文学館の館長だけあって、内情には詳しい。快く相談に乗ってくれた。
 その足で図書館に向かい、4月からの館長予定者と打ち合わせをした。市との協定書のことや、オープニングイベントのことなどだ。図書館を管理することになるTRCの方とは、これからも頻繁に打ち合わせをすることになるだろう。
 現館長にもお会いした。これもオープニングイベントのことでだ。してみれば今日は、元・現・次期図書館長に、極めて短時間のうちに、立て続けに合ったことになる。かなり希なことだ。
 午後は一人で、教育委員会文化財課を訪ねた。これまた指定管理のことだ。太宰治まなびの家を、4月以降も、引き続きペンクラブが管理することになったので、その協定書を交わしに行ったのだ。
 他にもいくつか話が出た。その中の一つに、まなびの家で尺八の演奏会などを企画できないかという提案もあった。それは面白い。今まで朗読会や講演会、それに落語などは行なってきたが、本格的鳴り物は、まだやったことがない。是非検討してみたい。
 先日、ある会合では、あの場所で、お花や書道の展示会をやったらどうかという話が出た。それも面白い。太宰が下宿をしていたあの家で、様々なイベントオを行なうことで、多くの人に、太宰文学を知ってもらう。太宰を育んだ弘前の街に思いをはせていただく。それがペンクラブが管理をする使命であるとも考える。
 このように、太宰治まなびの家は、4年間継続してきたことで、それなりの実績も積み、ある程度ノウハウも蓄積することができた。新年度以降も、心配はない。
 ただ、郷土文学館は、全く1からのスタートである。規模も予算も、段違いに大きい。その管理事務の量たるや、まなびの家との比較どころのはなしではない。
 それを、今、K君一人に、背負わさせてしまっている。一旦退いた以上、また立場上、僕がしゃしゃり出るわけにはいかないが、僕なりに一生懸命手伝って、魅力ある文学館創りの一助になりたいと思う。
 きょうは指定管理に関することで明け暮れてしまったような気がする。明日は明日で、プロレスやら市民劇場のことで、一日中市内を駆けずり廻ることになりそうだ。「忙しいうちが花」とはいえ、咲き続けていくのも大変だ。よしんば、花は咲けども、実の一つでも残すことができるのだろうか?(13799)

青森市で見たこと


 昨日、苦労して作成した書類を(昨日のブログ参照)、県庁まで届けてきた。眠かったので、車ではなく、電車で行った。
 書類は2種類あった。2つとも、締め切りを。相当に過ぎていたので、叱られることを覚悟で、おずおずとそれぞれの課を訪ねた。案に相違して、特段、小言を言われることもなく、無事に受理していただいた。まぁ、仏の顔をまだ一度目だ。いや、二度? 三度? いやいや、十一面観音というものもある。どっちにしても、来年度は気をつけなければならない。
 2種類の書類は、それぞれ提出する部署が違った。だから、あの広い県庁を、端から端まで、というのはオーバーにしても、けっこうの距離を歩くことになった。
 そしたら、あちこちに段ボール箱が積まれていたり、使われていない空き室がずらっと並んでいたり、どうも勝手が違う。あっ、そうか。今、県庁も、改修工事をしてるんだったと気がつくまでには、しばらく時間がかかった。
 さて、その県庁の工事のことだ。受付の女の子に聞いてみた(それが目的だったりして)。そうしたら、8階だったか7階建てだった南棟と東棟を、上階を削って5階建てに”減築”するのだそうだ。つまり、上にある重さを取り除くことで、耐震補強を図るということらしい。
 夜に、某県議会議員とその話をしたら、耐震化のために、全く新しく建て直すのと、今行っている”減築”では、数十億円から100億円のコストの差が出てくるそうだ、ただ、その県議も、長い目でコストを考えた場合、”減築”がベストではないようにも思う、と言っていた。
 僕自身としては、県の考え方に賛同はできる。将来、人口も減る、職員数も減るといった時代がもう始まっているのに、高いコストをかけて同規模の箱を新築するのには、疑問を感じる。
 短期と長期のコスト論議は、正確なデータもないので、これ以上は言わない。でも、一つだけ、僕が日頃考えていることを書く。
 それは、場所と、金と、人は、あればあるほど使ってしまいがちだということだ。反対に、勿論限界はあるにせよ、無ければ無いなりに、工夫をして節約をして、どうにか出来るということだ。部屋だって、広ければいくらでも物を置いてしまうし、狭ければ、できるだけ置かないように考える。それでも別に不便はしない。
 県庁だって、8階建てを5階建てに出来るのであれば、従来の3階分は、一体何に使っていたんだろうという素朴な疑問が湧いてくる。弘前市役所も増築したが、その結果増えたのが、食堂とコンビニスペースと会議室と稼働日数の少なさそうな貴賓室等だとすれば、随分と勿体ないようにも思う。
 帰りに、アウガに寄った。市民図書館に用があった。1階から4階までのショッピングフロアは、既に撤退してしまっていて、立ち入り禁止だった。5階以上の、図書館も含むパブリックフロアだけが営業していた。
 でも、そのために、1階の自動ドアは作動して、受付嬢は2人いて、エレベータも動いていた。閉鎖しているショッピングフロアにも、煌々と灯がついていた。それも、市民の税金で賄われているのかと思えば、青森市民ではないにせよ、何か釈然としない気持ちが残った。
 人口減少時代を迎えての、公共施設の在り方、使い方は、議員にとっても大きな課題となる。来年度は、そういったことに対する施策の先進地を視察に行って勉強したいと想う。(4870)

経年劣化


 歳と共に衰えてくる能力がある。視力・聴力・記憶力・体力・持続力etc。誰しもが避けられない現実だと思う。
 僕の場合、それに加えて、読書力も落ちてきていると、先日のブログに書いた。なかなか本が進まない。今読んでいるのは、「学力の経済学」という本だが、既に3日目にかかっている。
著者 : 中室牧子
ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日 : 2015-06-18

 もう一つ、衰えを感じているのは、事務能力である。きょうは、弘前読書人倶楽部にこもって、県に提出する書類の作成に勤しんでいたのだが、これまた、なかなか捗らない。1枚完成してはスマホをいじり、2枚目が完成すればお茶を飲む、という感じで、随分と時間がかかってしまった。
 もっとも、もともと事務能力はあった方ではない。でも、10年ほど前には、NPO法人の設立の、申請から登記まで、一人で全部、一気におこなった。5年前だって、指定管理に関する様々な資料を、一手に引き受けていた。
 それが、ここ2~3年、全く駄目になった。面倒くさくなって、忙しさにかまけて、ついつい後回しにする。取りかかろうとしても、集中できない。頭がついていかない。
 今読んでいる本によれば、人生の成功・不成功を左右するのは、記憶力や計算能力といった”認知能力”よりも、根気よく続けることとか、忍耐力といった”非認知能力”だと書いてあった。そして、非認知能力を形成するには、幼児期のしつけが大切なのだそうだ。
 僕は、幼児期に、甘やかされて育ったわけではないが、どうも、この非認知能力に欠けるような気もする。年々顕著になってくる、怠け癖や集中力の欠如は、幼児期から引きずっているものなのだろうか?
 そうそう、思い出した。僕は幼稚園の時から、人一倍落ち着きのない子どもであった。
 母校(園)では、毎年7月に、ねぷたを運行するのだが、今泉を大勢の中に置いておけば、どこで何をするかわからないという理由で、 列の先頭を歩かされたことがあったくらいだ。園のお歌の会では「東京ラプソデー」を歌ったり、とにかく手のかかる子どもだったことを、今でも憶えている。
 身体が弱くて、なかなか友達と一緒に遊べなかったことも、通園路の途中にいた犬が怖くて、一人では登園できなかったことも・・・。そんな古い古い記憶が蘇ってくることも、歳をとった証なのであろうか。 (7891)
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