今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2017年04月

花見、翻訳、通夜


 いきなり三題噺ではない。僕の、今日一日のスケジュールである。厳密に言えば、花見の前に、2件ほど約束があった。
 花見は、「青春歌謡〇〇」という、歌好きの仲間に誘っていただいた。頻繁にカラオケ大会などを開催しているようで、しょっちゅうお誘いをいただくのだが、なかなかスケジュールが合わず、失礼を重ねていた。きょうは、満を持して出席した。
 いやぁ、良かった。風に吹かれて、桜の花びらが、杯や弁当に舞い落ちてくる。何ともいえない風情だ。
 それよりも、僕らを惹きつけたのは、隣に陣取っていたフィリピン人らしい女性のグループだ。胸元露わなノースリーブや、ひざ上30cmはありそうなミニスカートで、意味ありげにこちらを見つめて微笑んでいる。彼女らをちらちらと横目で見ながら、つい酒量が上がってしまった。
 おかげで計画が狂った。当初の予定では、花見では飲まないで、読書人倶楽部に帰ってきてブックトークの準備をする。午後4時からのブックトークの講話が終わったら、喪服に着替えて、自分で運転して通夜の会場に行く。そして、焼香だけを済ませてとんぼ返りをし、読書人倶楽部の懇親会に後半から合流し、ゆっくりと飲む。という目論見をたてていた。
 それが、フィリピン人に目を奪われたせいで、自家用車での移動ができなくなった。いいだけ飲んでしまってから、その現実に気が付いた。相変わらず馬鹿な僕。
 ウェスターホーベン先生のブックトークは面白かった。以前も紹介したように、先生は太宰治の「津軽」や新田次郎の「八甲田山死の彷徨」、谷﨑潤一郎の「細雪」などを英訳・蘭訳された方だ。最近では、村上春樹の作品を積極的に紹介しているとのこと。日本の文学を世界に発信してこられた功労者と言ってもいい。
 きょうも翻訳するということについてお話された。翻訳という仕事は、二つの国の文化に橋をかけることにも近いとも言っていた。いかにコンピュータ万能の時代になっても、文芸翻訳という仕事は残るだろうということもおっしゃっていた。
 でも、昼間の酒が効いたのか、時々頭がぼーっとして、集中できなかった。フィリピン人の胸元のせいだ。 
 通夜にはタクシーで往復した。タクシーを待っている間、ほんのわずかかもしれないが、時間をロスした。フィリピン人のミニスカートのせいだ。
 とにかく、昼の酒は効く。異国の女性の微笑みは、もっと効く。(4461)

ヒューマンネットワークを活かして


 いよいよ、ゴールデンウィークとやらが始まった。と、他人事のように書くのは、祝日が何回あろうが、休日がどうつながっていようが、全く関係ないからである。むしろ、かえって、忙しいくらいだ。
 今日も、市内各所でイベントが行なわれた。
 午前中は、ヒロロで行なわれた。「こぎんフェス」に顔を出した。津軽の伝伝統工芸品の”こぎん”を、実際に創っておられる人や団体の。作品展示が主な内容だ。入場者が作成にチャレンジすうるという催しも行なわれていた。僕は、オシャレなコギン刺しコースターを5枚、思わず買ってしまった。
 主催しているのは、Kaさん。弘前落語ファン倶楽部の代表でもある。僕は、それ以前から、政治改革の話などで、面識を得ていた。今も、「走れメロス音楽祭」でお世話になっている。
 午後1時からは、太宰治まなびの家で、今では恒例となった、津軽語リストの皆さんによる、ドラマリーーディングが行なわれた。もう何回目だろう。今ではもう。すっかり定着している。
 中心となって動いているH君も、旧知の仲である。先日の津軽プロレスの春の大会にも、ご来場いただいた。その上、更にまた、リングに挙がっていただき、充分にパフォーマンスをご披露いただいた。
 そもそも、ドラマリーディングの会を、弘前で立ち上げて間もない時期に、弘前読書人倶楽部のブックトークでご講話いただいたのが、深いつながりの第一歩だったような気もする。そういう、ご縁が続いていることに、改めて感謝の意を表する。
 もう一つ、Ka先生から、「未来コンサート」という催しも、ご案内いただいていた。こちらは、他の会議と、すっかり時間が被ってしまい、残念ながら聞きにいくことはできなかった。
 Ka先生も、弘前読書人倶楽部の会員でもある、明日のブックトークにはお越しいただける予定だ。 
 というように、それぞれがばらばらに活動しているように見えるイベントでも、実は、どこかで誰かと、人間的な関係で繋がっているようなことを、痛感する。。それぞれの人脈を活かすことによって、いろいろな芸術鑑賞の幅は増えていく。音楽でも、落語でも、芝居でも・・・。
 それを活かさない手はない。弘前で様々な芸術やイベントを愉しみたいという人は多い。一人一人のお付き合いできる幅は、決して広くはない。でも、皆で、それぞれの人脈を持ち寄れば、意外なところに。意外なルートが開けることもあるだろう。
 そんなことを考えて、新しい組織の立ち上げを考えている。個人の能力は有限だが、ヒューマンネットワークは無限だ。是非実現したい。(11361)

ゴミ処理有料化の前に

 
 「家庭ゴミの有料化に反対する文京学区の会」というものに、ご案内をいただいて、参加してきた。最初の話では、ちょっと顔を出して一言挨拶をしてくれ、というくらいに軽く受け止めていたのだが、会場に着いたら、”来賓”扱いになっていた。何年経っても、この”来賓”という扱いには、どうにも馴染めない。
 弘前市では、昨年、ゴミの減量化基本計画を策定し公表した。その中に、家庭ゴミ処理の有料化が、極めて有効な手段であると、盛り込まれていた。
 市は更に、その計画を叩き台にして、昨秋からは、各中学校学区毎に、意見交流会を開催して、市民の声を聞いた、それが先日、ようやく全地区で終了したとのことだ。今後、そこで出された様々な意見を基に、半年ほどかけて、正式な方針を決定する予定だと、担当課に出向いて、現在の状況を聞いてきた。つまり、有料化が決ったわけではない、というのが、現在の市の立ち位置だ。
 ゴミの問題については、このブログでも、以前書いたことがある。僕の考えは、ゴミ減量化のためには、家庭に負担を押しつける前に、まだまだやるべきことが、たくさんあるだろうということだ。充分な対策もとらず、いきなり有料というのでは、あまりに乱暴だ。
 例えば、行政や議会の課題として、ペーパーレス化がある。タブレット端末を導入することで、余分な紙の消費とゴミの排出を抑制することは出来る。どれほどの量なのかはわからないが、議員も含めた役所が率先して取り組んでいる姿勢をみせることは、とても重要なことだと思う。
 過剰とも言えるイベントの多発で、配られずに、あるいは張り出されずに無駄になっている、チラシやポスターも多いだろうと予想される。また、以前にも書いた、宴会での料理の残滓等々、具体的なことを書けばきりがない。
 それらの事項、一つ一つで出されるゴミの量は、全体の中でみれば、ごくわずかかもしれない、でも、そういった、些細なことから改善を積み重ねていくことで、大きな効果を生まれてくるだろうとも思う。
 会議終了後、顔見知りの新聞記者が、「受益者負担ということでは、ゴミ有料化も悪いことではないと思う」と話かけてきた。僕は、それはちょっと違うと、即座に答えた、
 だって、ゴミの処分については、ほぼあまねく全市民の関わることだ。各家庭においては、排出量を減らすという努力の余地はあっても、市の焼却場で処分してもらうという方法については、ほとんど他の選択肢は少ない。受益者という言い方をすれば、全市民が受益者なのだ。
 3月議会では、国民保険料の値上げが決った。累積してきた国保会計の赤字を解消するためだという。僕も含め何人かの議員は、市民の負担増を押さえるため、値上げをせずに、一般会計からの繰り入れで、赤字を解消すべきと反対した。それに対する、市の答弁の中には、国保加入者はごく一部であり、その一部の人のために税金を投入するのは不公平だというものもあった。
 これを、そっくりそのままひっくり返してみよう。家庭ゴミの処理は、ほぼ全部の家庭が対象であり、全世帯が対象のことであれば、税金で賄うべき費用だと言えるのではないか。
 などと、理屈をこねくりまわして会場を後にした。これからの市の動きを、よーく監視をしていきたい。(’6529)
 。 

ストレス


 癌の原因の最大なるものが、ストレスだという。心の行き場の無さ、閉塞感が、細胞の異常分裂を促すのだと、誰かが言っていた。
 その説に従うと、僕は、この3日間で、間違いなく癌を発症しているかもしれない。会議の進行というのは、とにかく気を使うものである。
 それとは別の話である。深酒をした後に、ブログを更新しないようにした方がいいと、ある女性にアドバイスを受けた。これが男性の0話なら一笑に付すのだが、僕は、女性の話には、真摯に耳を傾ける。  
 でも、考えてもみて欲しい。僕は、こういうチャランポランな性格なので、比較的ストレスなど、感じないタイプだ。早い話が、かくあるべきだ、なんて”べきだ”論とは無縁で、世の中には、何があってもおかしくはないと、普段は思っている。世の中には、いろんな人がいて、いろんな意見があって、それが当たり前だというのが、基本的な考え方である。
 ところが、世の中にはそうは考えない人もいる。一種の信念を持った人なのであろうが、一方的な”べきだ”論に、辟易することもある。そんな時は、”ストレス”なるものを感じる。
 ぼくの、そんなストレス解消方は、飲むことである。別に、飲み屋で愚痴をこぼすことではない。その件に直接関係の無い人にまで、内情を暴露し愚だめくことは、絶対にしたくない。せいぜい、カウンターのお隣さんや、向かいに立っているママと他愛もない会話を交わすことで、心の中のわだかまりが消えていく。
 ブログを書くことも、読者には申し訳ないが、一種のストレス解消法かもしれない。この場で毎日愚痴をこぼしているわけではないが、こうして日々の出来事や感傷を、思いつくまま自由に書かせていただいている。それが、一種の心の逃げ道にも繋がっているような気もしないでもない。
 だから、飲んだ後に、ブログを書くなと言われれば、正直困ってしまう。飲んでも書こうと、今日まで頑張ってきたのだ。
 飲んだからといって、誤変換は多くなるかもしれないが、書く内容に、根本的な変化があるものでもあるまいと思う。酒を飲むな、酒を飲んだらブログを更新するなでは、僕には、ストレスが溜まる一方だ。思い切り飲みたい時もある。酔いに任せて書きたい夜だってある(毎晩だ)。「飲んだら書くな、書くなら飲むな」は、標語としては成り立つかもしれないが、飲まずにはいられない、そして、書かずにはいられない、そんな日も、間違いなくあるのだ。
 だから、きょうは、こんな時間でも、こんな状態でも書く。誤字脱字、誤変換があったら、いつもの通り、ごめんなさい。(3714)

雨にも負けず


 昨夜の雷雨は物凄かった。最初の落雷の音を、「北朝鮮のミサイルが着弾したのではないか」と驚いていた友人もいた。屋根・窓を叩く雨足は激しかった。
 弘前の住民として、北朝鮮よりも、まずは公園の桜を心配した。せっかく満開になったばかりなのに、もう、散ってしまうのではないか・・・。
 今日、市役所までいく途中に見た外堀沿いの桜は、雨にも負けず、美の盛りを訴えていた。安心すると共に、桜の生命力に感心した。
 僕はといえば、相変わらずバタバタしていた。午前中に、市街地の南部にある某私大で、弘前っペンクラブ会長と打ち合わせ。昼からは、市街地の北にある、弘前市環境保全課へ調査とお願いに走り、そのすぐ後には、弘前市民劇場での会議。移動も含めて30分のインターバルをおいて、市役所で、吉野町緑地の会春計画の担当部門からのレクチュア。そして、また移動して、弘前読書人倶楽部で、地元町会の総会と、時間刻み分刻みのスケジュールをこなした。
 決して、自慢できるわけではない。ろくに手帳も確認せずに、そういった無理な日程を立ててしまった僕が一番悪い。
 でも、そのせいで、今日の歩数は、4000を割り込んだ。最近では最低記録だ。
 特に、先月末に、糖尿病強制入院かもしれない騒動が巻き起こってからは、意識して、7000歩以上は歩くように心がけてきた。この一か月の平均歩行数は、9000歩を優に超えていた。それが、時間が無いというだけでこの様だ。
 昨日は、一反帰宅した段階で 、まだ6000歩台であった。そこで夕食後、雨が降っているのにもかかわらず、傘をさして、ちょっと離れたコンビニまで出かけた。それで下記の歩数になった。
 それが、きょうは、日中、忙しかったという理由だけで、もはや、これ以上、歩こうとは思わない。町会の総会後の懇親会で、アルコールも充分に入ってしまった。明日朝の血糖測定が怖い。
 雨には勝てる。昨日は勝った。だけど時間には勝てない。僕の根性なんて、その程度のものだ。まぁ、今更言わなくても、このブログの読者には、充分にわかっていることだとは思うが・・・。(9043)
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