今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2017年05月

見学もスポーツだ

最上段からスタンド
 議員対象の、「はるか夢球場リニューアル完成見学会&説明会」に 行ってきた。今日の午前中に引き渡しが終えたばかりの、ピカピカの新(?)球場だ。 
 僕にまで来るくらいだから、おそらく全議員に案内が行っていると思う。それなのに、参加したのは、10人足らずだった。きょうは月末で、商売をやっている方々は忙しかったのだろう。あるいは、明日が一般質問の通告締め切りなので、その準備に追われていた方もいるかもしれない。いずれにせよ、折角のチャンスを、勿体ないような気もする。
 さて、今日の見学会、市の担当職員に案内されて、1階のエントランスロビーから順に見て廻った。ロッカールーム、監督室、ブルペン、女子トイレ(内緒だよ)等、普段見ることが出来ない所も見せていただいた。
 グラウンドは広い。人工芝が綺麗だ。日頃、スポーツとは縁遠い僕でも、この球場でなら、一度はプレーをしてみたいと思ったくらいだ。でも思うだけ。もう身体が動かないのはわかりきっている。
 圧巻はやはり、新設された、地上26メートルまで聳える、三角形の正面スタンドである。最上階からの眺望は素晴らしい。弘前市を取り囲む山並みを一望することが出来る。
 グラウンドは遠いが、その分、一球ごとの野手の動きが一目でわかる。守備位置の変化も、走塁の妙技も・・・。監督になった気分で、観戦できそうだ。
 難点は、最上段までは、急な階段状の座席になっていて、かなりの体力を要するということだ。ビールの売り子さん達もさぞや大変だろう。ビールをしこたま飲んだあとに、トイレまで降りていくのも注意が必要そうだ。足がもつれて転がり落ちでもしたら、大惨事だ。
 外野席に移る。芝生が敷き詰められている。かなり広い。バーベキューでも野外コンサートでもできそうな雰囲気だ。今日のような好天の日は、日がな一日、ビールを飲みながら、芝生でのんびり寝そべっているのもいい。(なんで、どこへ行っても、すぐにビールを思い浮かべるのだろう?)
 この球場については、とかく、「わずか年間1試合のプロ野球1軍戦のために20数億円もかけて」という批判をよく聞く。確かにそれもそうだ。政治の在り方としては問題がないとは言えない。
 だけど、もう完成したのだ。今さら批判しても、取り壊すなんてできない。
 むしろ、これからどんどん活用することを皆で考えた方がいい。少年野球も高校野球も大学野球も社会人野球も、イースタンリーグでも、アマチュアの夏期合宿でも、ソフトボールでもフットベースボール(?)でも、あるいは野球にこだわらずコンサートでも野外イベントでも、いろいろと知恵を出し合えば、実に活用しがいのある施設であることを実感してきた。
 見学会の始まる前、入り口で万歩計を見たら、それまでに1900歩を記録していた。終わったあとに又見たら、5300歩。短時間で3500歩近くも歩いたことになる。加えて、あの正面スタンドの急勾配。なんか、きょうは、いつになく運動をしたような気がする。明日朝起きられるだろうか。(13861)
 
 

小さな不思議


 不思議なことがあるものだ。
 今朝一番で、再びK病院に行った。一昨日の夜間外来で応急手当してもらった、添え木(シーネ?)の代金を払いに行ったのだ。昨日の会計の時に、一緒に制球してもらってもいいのではと思うが、この分は業者と直接やりとりしてくれと言われたからだ。??? 
 何故? 患者に二度手間三度手間をかけてまでそうする、何か特別な理由でもあるのだろうか? 
 もう一つ医者がらみで不思議な話を聞いた。眼科のことである。ある人が手術を受けることになった。入院も要らないくらいの手術とのことだ。
 それなのに、医師から、販売店を指定されてパジャマを買うようにと言われたのだそうだ。その人も首を傾げていた。
 病衣や手術の時に着る物は、病院側が用意するものとばかり思っていた。僕が先日、大腸のポリープを摘出した時もそうだった。使い捨ての、お尻のところに大きな穴があいている服(?)を与えられて、手術に臨んだ。
 さっきの添え木にしたって、パジャマにしたって、医療機関がまとめて大量に購入したほうが、値段はぐっと安くなるのではないか。そしてそれを、診察料と同時に請求すればよい。患者の側に立てば、あれはここ、それはあっちと会計するより、1回でしませられた方が楽でいい。いわゆる”ワンストップサービス”というやつだ。
 でも、そうしないのには、やっぱり特別な理由があるのだろう。その理由を、悪く勘ぐれば切りがない。医療機関と業者が癒着しているのではないか。業者から莫大なバックマージンが医療機関に渡されているのではないか・・・???
 ・・・なんてこととは、ゆめゆめ考えてはいけない。そんな風にすぐに考えてしまう人は、往々にして自分でもそんな経験があるか、あるいはそういう資質を持ったひとであるケースが多い。
 つまり、人間という物はおかしなもので、世の中の出来事や他人の行動を、全て自分の尺度の中に押し込めて判断する。自分で不正を働いたことのある人は、他人も不正を働いていると考えてしまう。奥さんの挙動に浮気を疑うようになる根底には、自分の浮気経験または浮気願望が潜んでいる。・・・のではないかと考える。
 だから、無闇に勘ぐるのはよそう。些細なことで人を疑うのはよそう。他人を声高に非難するのも慎もう。
 おっと、いつになく、説教臭い文章になってしまった。僕らしくもない。
 ご心配なく。誰に対してどうのこうの言っているわけではない。自分自身を戒めているだけだ。
 ところで、何故、添え木と診察代は、別々に払わなければならないんだろう? うーむ、やっぱり・・・。(8058)
 

待つわ


 昨夜に引き続き、家族の病院に付き添った。 
 診察が午前9時からだというので、そのちょっと後に行った。そうしたら、受付番号が78番。その時点で、既に、待合ロビーは満席だった。
 待たされた。延々と待たされた。結局、診察室に入ったのが正午過ぎ。病院を出たのは、午後1時をまわった頃だった。
 でも、ここの病院は、「今、受付番号〇番台の患者を診察中です」と、アバウトながらも表示される。何も状況がわからないまま待たされるのに比べると、気持ちの上では、随分と違う。少なくとも、自分の順番まであとどれくらいかすらわからなければ、不用意にトイレにも行けない。その点では、今日の病院のシステムは、患者ファーストの姿勢が現われていてよかったと思う。
 お陰で時間がたっぷりあった。持って行った本を一冊読了した。たまには議員らしく、こんな本も読むのだ。
 それでもまだ時間があったので、書評を頼まれている本にもとりかかった。新幹線の中と、病院の待合室が、僕にとっての最高の読書ルームのようだ。
 診察が終わって、次の通院日を告げられた。僕は、時間の予約はできないのか? と尋ねた。そうしたら、ここの病院のその診療科では、予約という制度はとっていないのだそうだ。7時半受け付け開始の早い者順ということだ。一旦受付を済ませてから、番号を見て、出直す人もいるそうだ。
 いやぁ、考えてみれば、それもフェアな方法かもそれない。なまじ予約などをして、それで1時間半も待たされると。かえってイライラ感が増すような気もする。(実際に僕は、別の病院で、そのような体験を何度もさせられた)
 まぁ、どっちにしろ、病院に行くときは、時間がかかるということを、覚悟しなければならない。果たして、その待ち時間を、”浪費”と呼んでいいものかどうかは、判断がわかれるところかもしれないが、日々の仕事には、当然しわ寄せがくる。
 今日の予定していた仕事は、そっくり手つかずに残ってしまった。明日は朝から夜までフル回転だ。今夜も早く休もうっと。
 といって、毎晩、なかなか寝付けないのだ。本当に困ったものだ。抱き枕でも買ってこようかしら。(4347)

 追伸、今日のタイトル「待つわ」は、あみんという女性デュオのヒット曲。オリコン年間1位にもなったくらいだから、多くの方もご存じだろう。
 ここでいつもなら、僕の好きな歌ベスト3なんてやっているのだが、実はあみんの歌は、この1曲しか知らない。むしろ、”あみん”と言えば、真っ先に思い浮かぶのが、猪木と闘おうとしたウガンダの大統領のことだ。

疲労困憊


 怒濤の一週間が終わった。イベント、会議、総会、懇親会・・・、毎日、複数の何かかしらが続いた。正直言えば、もう何日も、家で夕食を摂っていない。
 さすがに疲れた。疲れのためか、飲んでいても酔いが激しい。ここだけの話だが、一昨日・昨日と、酒席からの帰り道、足がもつれて、2日連続して、路上でで転倒した。
 そんなにも疲れていて酔っているにもかかわらず、夜、眠れない。寝付きが悪い。夜中に何度も目が醒める。翌朝の爽快感が無い。そんな毎日が続いている。
 特に今日は、大変だった。弘前文学学校での授業、弘前ペンクラブの総会、県知事令夫人を迎えての弘前読書人倶楽部ブックトークと、メインイベント級のイベントが3つもあった。
 午前中の文学学校での授業の時は、まだ頭が冴えていた(と自分では思う)。訴えたいことは、全て講義することができたように思う。
 ところが、ペンクラブの総会時は、疲れがピークに達した。記念講演はほとんど眠っていた。総会前の物故者に対する黙祷でも、瞼を閉じたら、そのままウトウトしかけてしまった。
 そんな事情で、読書人倶楽部のブックトーク&例会終了後は、2次会にも行かず、家に帰った。そしたら、家でも一大事が起きていて(詳しくは書けない)、また外出することになった。
 そうして、ようやく、ついさっき、再び帰って来た。もう限界だ。布団に入ったからといって、すぐに眠れるかどうかはわからないが、少なくても、これ以上キーボードを打つ元気は残っていない。
 今日のところは、いつもより若干文章量は少ないが、これで閉じさせていただきたい。県知事令夫人のブックトークについては、取り敢えず、以下に、採り上げられた本の中から何冊か紹介するに留めるが、素晴らしい内容であったことだけは、どんなに疲れていても明言しておきたい。(7659)

寝るにもいろいろある


 学校の先生方が忙しすぎる、という話はよく聞く。会議や書類作成等に追われて、授業の準備もなかなか出来ないということも耳にした。
 今回、その先生方の気持ちがよーくわかった。 明日の弘前文学学校での授業の件だ。今週一杯、いや今月に入ってからというもの、イベントや会議が連続して、準備がさっぱりできなかった。(言い訳?) 明日の今日になって、バタバタと資料作りや問題作成に手を付けた始末だ。
 今回は、「身体の動きの描写」というテーマにした。身の丈に合わない、難しいものを選んでしまったと、今になって後悔している。
 最初にそれを思いついた時は、何のことは無い、格闘小説を題材に講義をすすめようと思っただけだ。夢枕獏風に、
 殴った!
 蹴った!
 拳を打ち下ろした!
 踵で踏みつけた!
 骨の軋む音が聞こえた。
 血の匂いが口の中に広がった
 ・・・なんて文章を題材に、人間のからだのダイナミズムを喋ってみようと考えたのだ。
 でも、考えてみれば(考えなくてもわかっていたのだが)、弘前文学学校の生徒さんは、女性が圧倒的に多い。しかも10代20代の方はいない(いたらごめんなさい)。格闘小説なんて、眉を顰められてお終いかもしれない。
 そこで、急遽、教材を変えた。青春スポーツ小説である。
 この短編集の中の、川西蘭の「風を運ぶ人」を使うことにした。
 川西蘭は、特にファンというわけではない。ただ、タイトルに惹かれて、デビュー作を読んだ。〇〇蘭、ときて、小説が「春一番が吹くまで」となると、これはもう、キャンディーズを想像するしかないではないかと飛びついた。でも、正直言って、ほとんど印象に残っていない。
 今回の講義の狙いは、同じ身体の動きでも、いろいろな書き方があることを、まず再確認する。例えば、毎晩”おやすみメール”を交換するガールフレンドがいるとして、毎回毎回、「もう寝ます」「そろそろ寝るよ」では芸がない。”寝る”ということを表現するのにも、「布団に入ります」とか「そろそろ枕元の灯を消します」とか、「もうパジャマに着替えました」とか、それなりに書き方を変えれば、モテるのではないかと考えたのだ。
 それに、身体の描写次第で、心の中の細やかな動きまで表現することが出来る。当たり前の話かもしれないが、「一歩一歩足を踏み出す」のと「大股でずんずん前に進んで行く」のとでは、歩いている人の性格や心境は180度も違うだろう。それを上手く書き表すことができれば、作品に深みがでるはずだ。
 と、そんなことを言いたいのだ。勿論、僕には、偉そうに教えるべきものは一つも無い。だから、生徒さん達と一緒に、今日作った演習問題を解きながら、言葉の可能性を考える。そのような授業になればいいなぁと思っている。
 眠い。毎日の酒疲れが、ここにきて激しく現われるようになった。きょうはもう寝る。おやすみなさい。
 って、全然深みのない文章だなぁ。(10221)


記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

昌ちゃん

今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ