今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2017年09月

個人授業


 一週間ほど前のことであった。弘前読書人倶楽部のIT担当のSさんから、僕のスマホの空き容量がほとんど無いことを指摘された。その時点で、500MBと表示された。
 僕には、そのことが如何に重大事だったのかは、完全には理解できていなかったのだが、まぁ、どんなものでも、容量が無くなれば支障をきたすだろう、ということくらいは漠然とでもわかる。このままだとバージョンアップができないと、Sさんからは言われた。
 それ以来、残容量が気になって仕方がなかった。毎日、何回も確認した。古いアルバムの写真や、保存してあったメールなどを、随分と消去した。それでも不思議なもので、空き容量は、何かをしても、何もしなくても、増えたり減ったり減ったりを繰り返し、とうとう100MB台まで落ち込んでしまった。
 そこで、きょうは、久々に、IT美少女Sさんの個人レッスンを受けて、容量の回復に挑んだ。午前中から、手とり足とり、ご指導をいただいた。”手とり足とり”と言っても、指一本触れたわけではない。
 ”レッスン”という言い方も、”挑んだ”という言い方も、あまり適切ではない。僕はただ、言われるがままに、マウスを動かしただけだ。
 「そこをクリックして」
 「はい」
 「スマホとPCをつないで」
 「はい」
 「それをダウンロードして」
 「はい」
 とやっているうちに、無事に容量は増えて、バージョンアップすることもできた。とにかくSさんには感謝、感謝だ。
 それにしても、いろいろな専門用語語が飛び交った。バージョンアップ、ダウンロードの他にも、リカバリーだ、インストールだ、アンインストールだ、ストレージだ、アップデートだ、サインインだ、同期だ、ギガだ、メガだetc。目も、耳も、脳も、指もついていけない。つくづく僕は、アナログ人間であることを、改めて思い知らされた。
 でも、そんなことを言ってはいられない。今の世の中も既にそうだが、これからは、もっと加速度的にIT化が進んでいくんだろう。仕事をするにしても、趣味を愉しむにしても、買い物をするにしても、友人とコミュニケーションをとるにしても、デジタル機器を避けて通ることはできない。何も、最先端を行くこともないが、少なくとも、取り残されないくらいには、ついていきたいものだ。
 さて、昨日も書いた僕の睡眠障害のことだが、今日は、脳と目を酷使した。今も頭の中を、さっき列記したIT専門用語がぐるぐると廻っている。
 それが吉と出るか凶と出るか・・・。そろそろ布団に入ってみよう。(5650)

 追伸
 「個人授業」といえば、フィンガー5のヒット曲。彼らの曲の中の、僕のベスト3は
 ①恋のダイヤル6700
 ②個人授業
 ③学園天国
 といったところか。ベタで申訳ない。
 
 
 

酒と原発


 血糖値が上がっていた。今日の、大学病院での検査の結果である。正確に言えば、Hba1cの値のことだ。
 前回の7月の検査では、6.6であった。数か月前には9近くあったものが、そこまで下がったので、僕は大いばりでブログにも書いた。あれから2ケ月あまり、今度は一気に7.5まで上昇していた。
 「どうしたんでしょうね? 前に戻ってしまいましたね」と主治医。
 「はぁ、ここのところ宴席が続いていまして・・・」と僕。
 「やっぱり、お酒はやめられませんかね?」
 「・・・」
 やばい。話がまずい方向に進みそうだ。僕は、必死に、糖尿病から話題を逸らそうとした。そういう場合に便利なのが、”ところで”という接続詞である。
 「ところで、先生。最近、以前に増して、眠られなくなってるんですが?」
 「何か、悩みでもあるんですか?」
 「いや、悩みは全くありません。それでも、最近は、睡眠導入剤が一錠で効かなくなってるんです」 
 「やっぱりそれも、お酒が悪いんだと思いますよ」
 「えっ、だって、世の中には”寝酒”というものがあるじゃないですか」
 「寝酒も身体にはよくないんですよ。飲酒は、睡眠の質を落とします」
 「・・・」
 「それに、お酒と睡眠導入剤を併用すると、記憶力を無くする場合があるので危険です」
 「はぁ、確かに、記憶には、最近自信がありません」
 まずい、まずい、まずい。又、酒の話に戻ってしまった。主治医は、どうあっても、僕から酒を採り上げたいらしい。
 「だけど先生。酒を止めろと言われても、原発と同じで、いきなり”0”というわけにもいかないのですが」と返すのが、精一杯だった。僕は日頃、原発は即時廃止だと主張しているくせに・・・。
 まぁ、実際に、数値が悪化しているのだから、ここは主治医の言うことを聞いた方がよさそうだ。ようし、断酒しよう。
 取り敢えずは、明日の夜までだ。日曜日には、もう、約束が入っている。
 希望の党は、2030年までに原発0にすると公約に掲げているらしいが、僕も、徐々に飲酒を減らしていこう。もっとも、僕の場合、期限を明言できないところが、我ながら情けない。(3828)
 

アクティブ・エンディング


 「しゅうかつ」という言葉を、最近よく耳にする。「就活」ではない。「終活」である。
 「就活」なら、就職活動の略であるが、「終活」は、何の略語なんだろう?  Wikipediaでは、「人生の終わりのための活動」となっている。どうもそれだけでは、よくわからない。 
 今日、その”終活”ジャーナリストの金子稚子先生を招いての講演会が行われた。経済評論家の故金子哲雄さんの奥様である。
 金子稚子先生は、ご主人の闘病生活を支え、その死を看取り、ご主人の死後は、絶筆となっていた闘病記を出版された。そのような経験の中で、「人間は死に向かって、どのように生きていくのか」を深く考えるようになり、現在は、そういった内容を中心に全国で公演活動をされている。
  今日のテーマは、”アクティブ・エンディング”。同名の著書もある。
 
 要は、人生の最終段階における”いきかた”を、自分で決める、ということだ。”いきかた”とは、”生きかた”でもあり”逝き方”でもある。
 医療はどうするのか、どこで暮らすのか、誰に託するのか、死んだあとはどうするのか・・・、自ら意識して、自ら学んで、自ら意志決定をする。ただ、自分が決めればいいというものでもない。それを家族なり周囲の人にも伝え、思いを共有しておくことが大事だ。それをしておかなければ、残された人に”悲嘆=グリーフ(grief)”が、いつまでも残る。というようなことをお話しされていたと思う。
 実は、聞いていて、6年半前に亡くなった女房のことが思い出された。いたたまれなくなって、途中で、席を立とうかとも思ったくらいだ。僕にもまだ、グリーフは残っている。
 そんな僕と比べて、金子先生の、なんとお強いことか。ご主人の死から学んだことを、堂々と聴衆の前で話すことが出来る。本に表わすことができる。僕なら、自分で講演しているうちに、涙をこぼしてしまいそうだ。
 ”死”は予期できるものだと、先生はおしゃった。それを受け入れた上で、どう生きるかを考えなければならないともおっしゃった。それは、全くそのとおりだと思う。ただ、その”受け入れる”勇気を、なかなか持つことができない。
 話は変わる。今日、衆議院が解散した。内閣を改造して、その閣僚たちが国会で一言も発する前の、与党による大義なき解散。一方では、ただ選挙に勝ちたいがためとしか思えない、野党により繰り返される離合集散。もはや、この国には、まともな与党も野党もない。
 国家自体が、"死”に向かい始めている。”終活”を考えなければならない時期がきている。と、そんな恐怖を、ふと感じてしまった。(3713)

今、僕がもし、小学生だったら


 一中学区安全推進協議会に、ご案内をいただいたので出席してきた。議員としてではない。渡された資料の出席者名簿をみると、肩書きが、「町会長 和徳学区代議員」となっている。そういうことも、よく認識しないまま、招かれるままに顔を出してきた。
 この春に、町会長に就任してから、小学校・中学校とも、こういった、地域の学校に関連する会議に出る機会は増えた。その分、忙しくなったのは確かだが、活動の幅が広がり、入ってくる情報も豊かになった。そういった意味では良かったと思っている。
 今日の会議では、第一中学校と、その学区内にある4つの市立小学校の、生徒指導の主任の先生方から、主に、生徒・児童の生活面での、現状や課題について報告があった。交通安全、いじめ、非行等々、各校共に色々な問題を抱えているのがわかった。
 どの学校にも、不登校の子どもがいた。登校拒否までいかなくても、”登校渋り”というのがあるのだそうだ。
 でも、”登校渋り”だったら、かつての僕もそうだった。毎朝、「行きたくない。学校で勉強なんかして、一体何になるんだ」とブツブツ言いながら、友人と、とぼとぼと学校へ向かった。当然遅刻が多くなり、先生に叱られる。叱られるのは、誰だって面白くないから、また行きたくなくなる。そんな日々を過ごした。
 児童の、スーパーやコンビニへの出入りも、課題として挙げられた。買い食いや、飲食店へ子どもだけで入ることも問題視された。
 はてさて、自分の小学生時代はどうだったろう? 当時流行っていたゲームの駒を買うために、玩具店へはしゅっちゅう行っていた。さすがに、今みたいに外食チェーン店は無かったので、子ども同士で食事をすることはなかったが、かき氷ぐらいは平気で食べていた。
 中学生の頃は、当時出始めた回転寿司の店長と親しくなるくらい通った。20皿食べれば只にするというので、必死にクリアした辛い記憶もある。
 なんてことを思い出せば、今、僕が小学生・中学生だったら、きっと”問題児”のレッテルを貼られていたことだろう。もっとも、今でも”問題爺”ではあるが・・・。
 僕だけではない。昔は、何につけ、今よりは大らかだった。社会が、子ども達の自主性に寛容だったような気もする。
 その点では、今の子ども達は、安全そうでもあり、窮屈そうでもある。それでいて、少年犯罪の低年齢化は進んでいるという。規則で守られ、厳しく指導されているはずなのに、どうにも不思議な現象だ。
 不審者情報もたくさん出た。「公園で、高校生が裸足で遊んでいるのを、じーっと見ている男性がいた。あれは異常だ」という意見も出た。無邪気な子ども達を見ているだけで不審者扱いされるのであれば、僕も、いつどこで、”不審者”と言われているかもわからない。逆に怖い世の中だ。
 ことほど左様に、現代は、過保護というか、過剰反応というか、過敏というか、生きにくい社会になっているのではないか。取り敢えずは、40年前に小学校を卒業しておいて良かったと、感じた次第である。(4805)

希望という名の


 総選挙が近づいていることを実感した日だ。きょうは、どこへ行っても、「希望の党」の話題で持ちきりだった。 
 確かに、昨日の発表のタイミングは絶妙だった。本来であれば、首相の衆議院解散記者会見で占められていたはずの各紙一面のうち、半分近くは、小池新党に割かれてしまった感がある。首相会見も、新党発表もなければ、地方紙・スポーツ紙も含め、ほとんどの新聞の一面は、「パンダの名前決定!」で埋められていたことだろう。どっちにしても、小池都知事が出ていたわけだ。
 今日の雰囲気は、概ね、好意的に受け止められていたようだ。「小池さん、すごいね」といった声を数カ所で聞いた。僕も、尋ねられれば、「候補者次第では、一定の議席を確保できそうですね」などと、一端の評論家気取りで答えてはおいた。
 一部には「烏合の衆だ」「落ちこぼれの寄せ集めだ」などという悪評もあるにはある。昨日発表になった”公約”らしきものからも、具体的なものは見えてこない。
 ただ、選挙には、「いい」とか「悪い」とかいう問題とは別に、”風向き”というものが、間違いなくある。あるいは”勢い”と言い換えていいのかもしれない、
 僕にだってチャンスはある!? でも、今日の夕刊を読むと、希望の党では、供託金を、候補者自身が準備しなくてはならないらしい。
 「300万円(供託金分)貸してくれたら、僕も出るんですが」と、何人かの人に向けてみたけど、誰からもまともに取り合ってもらえなかった。まぁ、日頃の自分の言動を悔やむばかりである。
 あっ、こんなことを書けば、すぐに「〇〇〇万円まで即日融資!」なんてメールが、金融業者からバンバン届きそうだ。冗談ですから冗談。いやほんと。
 だって、僕は、今日の新聞を読んでいても、「希望」という文字を見れば、真っ先に岸洋子のヒット曲を思い浮かべるくらいのノンポリ人間だ。先日、カラオケで、同じ岸洋子の「恋心」に挑戦して失敗した。今度は、♬希望という名の あなたをたずねてー♬と、「希望」を歌ってみよう。なんて、国の行く末を決める大切な選挙の前に、こんな脳天気なことを考えている。
 こんなことだから、今、選挙区で立候補が取りざたされているどの陣営からも、お声がかからない。どんな風が吹こうが、嵐がこようが、僕の周りだけは、いつも無風状態だ。嬉しいような寂しいような・・・(8609)
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

昌ちゃん

今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ