今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2017年12月

大晦日 することもなく


  先週行われたある句会。お題は「大晦日」だった。「大晦日   することもなく  本を読む」と詠んだところ、参加者から総スカんを喰らってしまった。
   特に女性軍から。
   「何言ってんの。主婦は大晦日は忙しいのよ」
   「はい、ごめんなさい」
   「そうよ、猫の手も借りたいくらいなんだから」
   「はい、でも、猫の手よりも不器用なもんですから・・・」
    そうしたら、男性も口を挟んできた。
   「そうだよ。俺だって、餅を切ったり、買い物に行かされたり、けっこう忙しいんだから」
   「・・・」

    僕だって、大晦日に、のんべんだらりと過ごしているわけではない。今日も、神棚の注連飾りを取り替えて、御供えを飾って、床の間の掛け軸を掛け替えて、玄関に来年の干支の置物を出して、買い物に行って・・・と、けっこう活躍したのだ。エッヘン。って自慢するほどのことでもないか・・・。
   考えてみれば、書店経営時代は、午後5時まで営業していた。店を閉めた後、数カ所に飾ったお供えを拝んで回って、家に帰れば6時過ぎになった。
  家族で、年越しを祝うのもつかの間、午後11時過ぎには、また店を開けに出かけた。元日午前0時から全店オープンという企画を、商店街で行なっていたのだ。
    そんな意味では、句会参加者の誰よりも、忙しい大晦日を過ごしていた時期もある、といっても過言ではない。
   でも、大晦日と言えば、幼い頃の退屈だった年を思い出す。大人はみんな忙しそうで、かといって、近所に遊び友達もなく、行くところもなく、ただただ1日が長かった。そんな記憶だけが、何故か強く残っている。
  
   と書きながら、今夜ももう「することがなくなって」きた。紅白歌合戦をみても、半分以上が知らない歌手なので面白くない。明日も早いので、そろそろ布団に入ることとするか。
   「大晦日   することもなく   床につく」

   皆様、よいお年を。
   
   

2017年 僕の5大ニュース


 年末恒例の、自分の出来事のトピックスをピックアップしてみよう。と書き始めて、このブログのバックナンバーを眺めてみたが、特段、”恒例”ということでもなかった。
 今年も、良いこと悪いこと、出会い別れ、いろいろなことがあった。どれが何番だなんて順位は付けがたいのだが、取り敢えず、おめでたいことからランキングしてみよう。

 ①「議員生活10周年&議会報告会40回」をお祝いして頂いた。
 6月議会で、全国市議会議長会から、議員10年目の賞状と記念のバッジをいただいた。それを後援会の方に、さりげなく話をしたら、そいつは盛大に祝わなければならないということになって、8月30日、標記の祝賀会が行なわれた後援会長さんはじめ、日頃からお世話になっている皆様、会場となったホテルの方々のお世話になって、一生に一度あるかないかの晴れがましい時をすごさせていただいた。

 ②大腸ポリープの摘出手術を受けた。
 5月8日のことであった。わずか1泊2日のあっけない入院であった。以前、同じ手術で入院したときは、6泊7日だった。存分に自由時間を満喫した。に比べれば、今回は、ただ泊まりに行ったようなものだ。まるで、慌ただしい出張のようだった。
 
 ③町会長になってしまった。
 これは、おめでたいニュースではない。出来れば避けたかった。
 やっぱり、当初聞いていたよりは、何かと忙しくなった。でも、その分、交流範囲も広がった。何にせよ、世間が広くなるのは、悪いことではない。

 ④一般社団法人弘前芸術鑑賞会の設立に係わった。
 弘前で、演劇や音楽・古典芸能等、幅広い舞台芸術を自らプロデュースし、文化都市弘前の発展に寄与しようと、新しい団体を起ち上げた。与えられた仕事を、10年一日の如く行なうのではない。蓄積されたマニュアルがあるわけではない。企画立案から、その実行方法まで、自分たちで考えて実行に移さなければならない。そこがにまた、やりがいを感じるのである。

 ⑤大学時代の友人が亡くなった
 10月6日に、東京で偲ぶ会が行なわれた。つらい旅だった。最終の新幹線で帰ってきたための身体の疲れより、心の重荷に打ちひしがれてしまった。
 来年の3月31日には、やはり仲間うちで。彼の墓参りに集うとのことだ。その頃には、弘前市長選挙もあるし、まだスケジュールは何とも言えないが、出来れば参列したいと思っている。

 以上、平凡に暮らしているようでも、一篇の小説が書けるくらいの出来事はあるものである。来年も、少なくとも、ブログのネタに困らない程度には、日々新鮮な、それも明るく楽しい出来事があればいいなぁと願いたい。(4796)

 
 

1年を振り返って  読書編。


 12月4日のブログにも書いたように、今年の読書は散々だった。特に、下半期は、ほとんどが、雑誌と漫画。たまに読んだにしても、プロレスか落語の本だけ、という有様であった。
 どうしてこうなったんだろう?、と考えれば、やはり、”眼”に起因しているのではないかと思う。視力が、活字を追うことについていかないのだ。数ページ、いや数行読めば、自然と眼を閉じてしまう。長時間の労働に、眼が耐えられなくなってきている。
 もう一つ原因を考えれば、僕もとうとうネット社会に浸食されてしまったということか。以前、このブログで、最近の人は、電車に乗ると、本や新聞を広げるのではなく、10人が10人までスマホに見入っていると言う風なことを書いた。その時は、多少、批判めいた口調だったような記憶がある。ところが、僕までもが、それに近い状態になってしまった。な、嘆かわしい。
 夜、寝る前もそうなのである。横になってから、一通り、スマホで、その日のニュースを読む。産経、毎日、朝日、スポニチ、日刊スポーツ、デイリースポーツ、スポーツ報知・・・。それに、「サライ」や「ナンバー」のWEB版。そんなことをしているうちに、何となく眠くなってくる。そんな毎日だ。とても読書どころではなくなった。
 ここは反省をすべきであろう。本屋に生まれ育ち、活字の中で暮らしてきた僕守るには、紙の出版文化を守る駅忍がある! ・・・なんて大袈裟な。
 そこで、早速、今日から、超大作にとりかかった。2段組で600ページ強。束だけで4.5もあろうかという分厚い本だ。その名も「実録・国際プロレス」。
 なんだ、またプロレスの本じゃないかって? 心配ご無用。久々のミステリーも、昨日図書館から借りてきた。
著者 : 倉知淳
東京創元社
発売日 : 2017-11-30

 新しい年を迎えるには、まだ2日ある。だけど、もう新年の目標が二つ定まった。眼を治すこと。本を読むこと。
 もう一つ加えるとすれば、酒を控え・・・、あっ、これはまだ宣言しないでおこう。できもしない公約を掲げるのは、政治家としてきつく戒めなければならない。(5746)
 
 

 

1年を振り返って 健康編


 今年最後の糖尿の定期検診に行ってきた。相変わらずの高い数値と、相変わらずの冷たい主治医の視線であった。
 午後に、年末の挨拶も兼ねて、お世話になってる調剤薬局に行って、薬を貰ってきた。ここ3日間で、糖尿、血圧、大腸、睡眠導入、湿布と、こと薬に関しては、年越しの準備が完璧にできた。
 振り返れば今年は、何かと医者の世話になることの多い1年であった。
 まず、糖尿の検査。これは基本毎月1回だ。だけど。今年は春先に、一時的に数値がぐんと上がった。それで、月に2回、検査を受けたこともある。
 5月には、大腸ポリープを手術した。わずか一泊二日の短い入院だった。術後観察ということなのだろうか。つい10日前にも、お尻からカメラを挿入された。
 秋には、階段を踏み外して、肋骨を損傷した。その痛みが完全に引けていないうちに、先日のブログでも紹介したように、凍結した路面で転倒して、また同じ場所を強打した。秋から年末にかけて、ずーっとサポーターで胸を締め付けている。
 そして、昨日も書いた”眼”だ。11月1日には国立病院眼科、昨日は開業医と、今年は2回の眼を診てもらった。異常があるのかないのかのまま、年を越すことになった。
 僕以外でも、母が6月に骨折した。7月には眼科の手術を受けた。その度に、運転して同行した。というように、今年は、医療機関の門をくぐった。
 よく考えれば、皆、来年は、一つ歳をとる。当たり前の話だが、医師の世話になる機会は、増えることがあっても、減ることは考えにくい。
 だからこそ、よけいに、市立病院と国立病院との統合問題は気にかかる。1月には、改めて告知はするが、議員として皆さんと意見交換をする場を設けるつもりだ。それまでは、ともかく、元気でいたいものだ。
 って、今でも、昼間は疲れきっているが、夜になれば、とても元気な自分が、とても不思議だ。(5320)

眼の運命


 パソコン用の眼鏡を買おうと思った。久々に登場の、読書人倶楽部IT美少女のSさんに薦められたからだ。今日、Sさんにも付き合ってもらって、郊外にある眼鏡屋に行った。
 最初に、今使っている眼鏡レンズの度数を調べる。次に、眼鏡をかけている状態、裸眼の状態で視力を測る。ほとんど見えない。確証もなく、勘で答えていたら、Sさんに叱られた。実際に「C」だと思って「右」と言ったら、正解は「と」だったなんてこともあった。いかに出鱈目に答えていたかがばれてしまった。
 告白すると、小学生の頃から、視力検査は、ほとんど記憶力と勘だけで乗り切ってきた。仮に1.0だったとしても、実力はその半分くらいだったと思う。歳と共に、記憶力は衰え、勘だけが頼りになった。それと共に、見かけの視力も、どんどん下がっていった。
 今日の話に戻そう。その後、何やら、レンズを変えたのか、「最初の画面と次の画面では、どちらがみやすいですか?」なんてことを、左右それぞれ繰り返した。これまた、なんとなく感覚で答えた。
 すると、測定をしていた眼鏡屋さんが、何やら首を傾げた。レンズの度数を上げても、視力はよくならないというのだ。これは、眼鏡屋の範疇外だと・・・。
 そこで、その足で、眼科に乗せて行ってもらった。同じような検査をまた受ける。しばらく待たされた後、診察室に入ったら、なんと先生は、中学校・高校の先輩だった。
 先輩・後輩という関係は、歳がいくつになってもついて廻る。向こうも、後輩とわかって言いやすかったのか、随分と厳しいことを言われた。
 曰く、やっぱり、眼鏡の問題ではない。眼そのものの問題だ。糖尿を真剣に治そうとしないと、眼に負担が蓄積されてくるのだ。詳しくは年明けにきちんと検査するから、必ず予約をいれて行け。俺が徹底的に治すからetc。僕は、ただ、はあはあ、はいはいと頷くしかなかった。
 ただ、最後に先生は、こう問いかけてきた。
 「お前、今でも、プロレスをやっているのか?」
 「いえ、さすがにもう、自分でリングにあがるのはもう・・・」
 「だったら、プロモートとかはやってるのか」
 「はい、つがるプロレスというものを少々・・・」
 と、ここまで言われれば、もうこの先生と一蓮托生するしかない。来年早々、1月4日に予約をいれてきた。
 果たして、僕の目の運命は如何に!? 来年のブログを楽しみにしていて欲しい。(6363)
  
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