今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2018年01月

???  今日の臨時議会から


 臨時議会が開催された。議題は、弘前市地域包括ケアシステム検討のための附属機関を設置する条例改正案と、それに伴う補正予算案であった。早い話が、先日来、何度か書いてきた、市立病院と国立病院の統合問題を検討する委員会に関するものだ。
 審議の過程で、いろいろと不思議なことがあった。
 例えば、弘前市がこれまで、ライフイノベーション計画などでアドバイスを受けてきたW氏は、かつて収賄容疑で、勤めたいた役所を、懲戒免職になっている。そのことを、市長も知っていた。それなのに、ずっと助言を求めていた。この件でも、昨年5月以来、たびたび氏を訪ねている節がある。
 じゃぁ、一体、誰の紹介で そのW氏と繋がったのかと質問しても、「様々な人」とか「官公庁」とかといった、曖昧な答弁しか返ってこない。何か隠したいこと、庇いたい人でもいるんだろうか?
 次に、僕ら議員に対しても、情報はきちんと公開されていない。市は、市立病院と国立病院の統合について、国立業院側が、「市の関与を拒否したから」とか、「市立病院の希望する全職員の雇用を拒否したから」と、一方的に自らの立場を訴えてきた。県に対しても、「整役としてのリーダーシップを果たしてこなかった」と批判を浴びせた。12月15日の議員全員協議会の議事録にも、はっきりと記載されている。
 ところが、県も、同日付けで、文書を出している。「市立病院、国立病院双方の意向が、最大限反映されるよう、調整に努めてきた」と書いてある。一体どちらが本当なんだろう?
 更には、市議会にこの件の議案が示されたのは、1月15日の、議会運営委員会の場であった。ただ、議会運営委員会は、議案審査の機関ではない。正確に言えば、この附属機関設置案が議会に提出されたのは、今日なのだ。議案書にも平成30年1月31日と記されている。
 でも、不思議なことに、1月11日には、もうこの件が、周辺市町村には、文書として出回っている。僕らがせつめいを受けた書面より、若干ではあるが、詳しいものが配られている。議会で承認される前に、いや提出される前に、決定事項のようなことを公言するのは、明らかに議会軽視ではないのか? 
 などなど、「?」が多すぎる。こんな不透明な議案に賛成するわけにはいかない。と思って反対討論を行なった。結果は、僅差で可決されてしまった。
 それにしても、いつも思う。市長の提案ならば、何でも賛成という議員がたくさんいる。一度も反対したことが無い議員もいるやに聞く。だったら、議会なんて必要ないのではないか? という「?」が、一番の「?」だ。(5246)

引かれ者の小唄


 先週、親しい仲間3人で、 宝くじを買った。ロト6というやつである。
 一等賞金は2億円強。買った先から、飲みながら、あれこれと夢を語り合った、
 「家を建て直したい」「女子大生10数人を連れてハウステンボスに行こう」「競走馬を買おう」「仕事を辞めて遊んで暮らす」等々。僕は、「弘前読書人倶楽部を、土手町の、もっと広い場所に移転させたい」と言った。殊勝でしょ。あまりゲスな夢を口に出すと、当たるものも当たらなくなる。そんな気がしたからだ。
 「当たっても、絶対に他人に言っちゃだめだよ」「宝くじが当たって不幸になった人は一杯いるらしい」「今泉が一番口が軽そうだからな」「そんなことないよ。でも、僕は、口には出さなくても、すぐに顔にでそうだな」・・・。皆、もう当たった気でいる。
 でも、まぁ、こんな他愛もないことをお喋りしているうちが、一番楽しい時期かもしれない。
 買ったクジは、封筒に入れて、口を糊付けして、現金書留同様、閉じ口に3人とも割り印をした。別に信用し合ってないわけではない。ただ、そうすることで、厳正さが保たれ、なんとなく(全く根拠はないが)当たるような気がした。
 一人が保管をして、3人が同時に顔を揃えるまでは、開けない約束だった。今日がその、初めての揃い踏みの日となった。
 いよいよ開封である。ワクワク・ドキドキ・ハラハラ・・・。
 封筒からクジを取り出す。僕が、当選番号の書かれた新聞の切り抜きを読み上げる。一人がそれをチェックする。
 しばしの沈黙の後、クジをチェックしていた人が、「全然、駄目」と叫んだ。一等はおろか、箸にも棒にもかからなかったらしい。家の建て替えも、長崎酒池肉林旅行も、サラブレッドも、僕らの夢は、ここで潰えた。
 外れたからって言うわけではないが、文系の乏しい数学知識で考えても、ロト7やロト6というのは、ほとんど当たりそうな気がしない。利点は、全国どこにいても、確率が等しいということだ。
 その点では、ジャンボ宝くじなどは、地域間格差があるような気もする。極端な話、弘前市内で売られているクジを、全部買い占めても、中に一本も当たり番号が無い可能性があるのではないか。と、純粋文化系の僕は考えている。(間違っていたら教えて下さいね)
 どっちにしても、億単位で当たるなんてことは、夢のまた夢。だから、せめて、「もし当たったら」と語り合う夢くらいは大きい方がいい。
 「当たらないもんだねぇ」「やっぱり無理なんだよ」などと言いながら、また今度共同購入をする約束をした。今日は運気が悪いので、次は少し日をおいてみることになった。
 仮に当たっても、約束通り、当たったなんて公言はしない。でも、僕は顔に出る。ひょっとしたらこのブログの文章に出るかもしれない。ブログが妙に陽気になって、誤変換が今より増え初めたら、その時は・・・。(9285)

病床読書日記


 「病床読書日記 」などとタイトルをつければ、さもさも大病に伏していたように勘違いされるかもしれない。そんなことはない。一昨日と昨日の2日間、悪寒と頭痛に襲われただけである。
 しかも、2日とも、午前から昼過ぎまでは普通に起きて活動をしてた。夕方からの会合をキャンセルして、早めに帰宅し、早めに横になった。それだけのことだ。
 それでも、思いがけぬ時間が手に入ったので、久々に読書に集中して勤しむことができた。で、読んだのが、以前もこのブログで紹介した「実録 国際プロレス」。 昨年末に購入して、チリポリとページを捲っていたものを、一気に読了した。
 何せ、二段組で623ページもある超大作である。200ページ程度の新書サイズを流し読みするのとは訳が違う。”読破”という言葉が相応しい。(自画自賛!?)
 昨年来、目の衰え、読書力の低下を心配していた。でも、たとえプロレスの本にしても、これくらいの本を読み切れたことは、大きな自信となった。
 内容がまた、味わい深かった。昨年12月10日のこのブログで、読書とは、「(研究調査や受験勉強の時と違って)一時現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり、人生観を確固不動のものたらしめたりするために、(時間の束縛を受けることなく)本を読むこと」と、新明解国語辞典第7版に解説されていることを書いた。まさに、この本で、そういう意味での読書を、久々に体験した思いだ。
 大企業に対抗し続けた零細企業の悲哀、そこで織りなされる人間模様、そして人の世の無常・・・。読了後、僕の人生観は確固不動のものとなった。「人生はプロレスだ」と。(益々、人の道を踏み外しそうだ・・・)
 大作を読み切って自信を取り戻した僕が、次にチャレンジする本も決っている。「プロレス秘史1972-1999」。市立図書館には蔵書がなかったので(当たり前か)リクエストをした。 
 この本とても、496ページもあるけっこう厚いものだ。以前読んだ「1964年のジャイアント馬場」が586ページ。
 どうしてプロレスの本は、どれも分厚いのだろう? まさか、かつて、ディック・ザ・ブルーザーが、当時の東京23区の電話帳を使って見せていたように、背表紙の側から真っ二つに引き裂くといった、プロレスラーのデモンストレーション用でもあるまい。
 しかし、こんな本ばっかり読んでいて、僕の人生は一体どうなるんだろう? そのうち、議場で、凶器攻撃でも始めてしまって、反則負けにでもなりそうだ。
 あっ、思い出した。一度、懲罰動議をくらっているんだっけ。(2981)

ラーメンの思い出


 昨日からの体調不良は、まだ治らない。寒気は残っているし、時折頭痛もする。それでも今日は、多少無理とはしりながら、古くからの知り合いで、市役所隣にあるラーメン店のご主人の葬式に行って、焼香だけはすませてきた。
 僕は、自分の会社を倒産させたあと、友人が経営する書店に務めさせていただいた。その書店は、ロードサイドに広い駐車場をもった複合店を、何店舗か展開していて、当時は、八戸市や五所川原市にも支店を持っていた。社員は、当然、転勤がある。ある時僕も、その中の一店舗 J店に異動になった。
 そのJ店の駐車場に、夜になると屋台のラーメンが出る。おししいと評判で、毎晩、けっこうお客様が入っていた。その屋台をやっていたのが、今日の故人Aさんだったのだ。
 僕も、ラーメンには目が無い方である。赴任してすぐに食べに行った。そうしたら、Aさんの方から話しかけてきた。
 「今泉さん、お久しぶりです」
 どこかでお会いしたことのある顔であった。話を聞くと、Aさんは、屋台を始める前、ある事務機器販売店に務めていたそうだ。思い出した。僕の会社でも少しだけど取引をしていた。こんなところで再会するとは・・・。お互いびっくりして話し合った。
 それ以来、残業で遅くなったりすると、ちょくちょくお世話になった。あっさり系で、僕の好みの味であった。
 その後、僕はまた本社に異動となり、さらにひょんなことから退社をし、図らずも、他人の選挙の仕事に係るようになってしまった。それだけではない。家庭教師やアルバイトで食いつないでいた時期も経験した。しばらく、その美味しいラーメンの事も忘れていた。
 2007年、議員に初当選させていただき、市役所に頻繁に通うようになった。おそらくそのしばらく後だったと思う。庁舎の隣に旨いラーメン屋が出来たという話を聞いて、後援会副会長のH先生と一緒に入ってみた。そこで、かつての屋台の味に再会した。ご主人とは、2度目の再会と相成った次第だ。
 という関係だったのだ。今でも、無性に食べたくなる時がある。つい先日も、お昼に行ってきたばかりだった。
 ここのところ、体調を崩されていたとは聞いていた。お店でもお姿を見なくはなっていた。奥様が忙しそうに一生懸命切り盛りされていた。
 今日、焼香のあと、奥様に声をかけた。「頑張って下さい。また食べに行きますから」。今思えば、臭い台詞だが、偽らざる僕の本心だったのだ。(1209)

 追伸
 やっぱり無理が祟った。午後になり、頭痛が激しくなってきた。きょうは読書人倶楽部のブックトークの日だったが、早退して帰ってきてしまった。初欠席である。今頃はみんな、楽しく飲んでいるんだろうなぁ・・・。
 
 
  

重篤な病 


 昨夜のことだった。スマホが危篤となった。充電できなくなったのだ。充電用の端子を差し込んでも、どんどんと電池の容量が減っていく。これは、スマホの余命を見るようでつらかった。
 何とか一晩はもった。朝一で、取り敢えず、頻繁にやりとりをする女性だけへは、充電ができなくなったので音信不通になる旨を、ラインで伝えた。そうでないと、叱られたり、嫌われたりされてしまう。
 そして、IT美少女のSさんの登場である。
 彼女も、最初は原因が掴めなかったようだ。「古くなったんじゃないの」とか言っていた。古いと言っても、前回の選挙の頃に買ったのだから、まだ3年だ。
 そのうちに、さすがSさんである。僕のスマホをためつすがめつ見て、「何か詰まってるんじゃない」と言った。向かいに座っていたH先生も、「爪楊枝かなんかで端子の差し込み口を穿ってみたら」と同調したので、そうしてみた。
 そうしたらなんと、出るわ出るわ。巣穴から湧いてくる蟻のごとく、白い埃がわさわさと出てきた。それで端子を差し込んだら、普通に充電することができた。要するに、耳が聞こえない! 突発生難聴か!? と騒いでいたら、単に耳垢が詰まっていただけの話だったみたいだ。皆に大笑いされた。
 スマホは治った。でも、今度は僕が悪くなった。悪寒が走り、次第に頭痛も激しくなってきた。とうとう堪えきれず、夜の約束を一件キャンセルして、早めに帰宅した。
 インフルエンザなんだろうか? 随分と流行っていると聞く。でも、昨年中にワクチンをうってるしなぁ・・・。
 とにかく、僕のこの体調不良も、耳穴を掃除すれば治る程度のものであればいいなぁ、と思う。
 そんな訳で、今日は、文章も短いし、更新時間も早い。あとは、薬を飲んで、寝るだけだ。(9626)
 
 

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