今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2018年05月

市長室乱入!?


 議員になって間もない頃、ある当時の与党会派のベテラン議員が、支持者らしきグループを引き連れて。市長室に入っていくのを目撃した。議員は満面得意そうな笑みを浮かべているように、その時の僕には見えた。「あー、議員というのは、こういうこともできるのか」と、素直に羨ましくも思った。
 あれから11年が経過した。その間、与党になったことは一度もないが、お陰様で僕も、何度か、活動を共にしている仲間と、市長室を訪ねるという経験をすることができた。昨年は、昨日のブログにも書いた津軽厚志会の理事長と一緒に、前市長を訪問した。
 今日はまた、一般社団法人弘前芸術鑑賞会の三役と、新市長を表敬訪問した。6月に行なわれる「リーディングライブ卍の城物語2」で主役を演じるK君も一緒だ。
 この「卍の城物語2」は、弘前市、弘前市教育委員会と共催で開催する。だから今日は、主催者のトップ同士の顔合わせという意味合いもあった。(新教育長との顔合わせは先週既に終わっている)
 限られた時間ではあったが、この公演の趣旨、今回の見どころ、そして併せて進行中のツアー企画のことも報告した。公演については文化スポーツ振興課、ツアーについては観光政策課はもとより、弘前藩資料館や文化財課にも、大変お世話になっている。まさに、市を挙げて協力をいただいていることに、感謝の念も申し添えた。招待券もお渡しした。とても熱心に聞いていただいた。和やかな雰囲気で訪問は終わった。
 新市長は、こういった文化的な事業に理解が深い人だと、僕は思っている。文化催事に限らず、多方面での街づくり事業について、市民自らが考え進めていくというムーブメントに、ご自身も体験されてきたこともあって、敏感に共鳴して下さる方ではないかと期待をしている。(以前、つがるプロレスのチケットも購入していただいた・・・)
 多額の費用をかけてイベント会社に丸投げした派手な催しを、全て悪いというつもりもないが、市民が自発的に取り組む事業が、もっともっと活発になれば、弘前はより面白い街になると思う。選挙時の公約にも掲げていた”市民力”の向上につながるような市政運営を強く望む次第である。
 市長表敬と言えば、数年前に、プロレスラー数人を連れて旧市長室を訪問したことがある。今ほど広くはない部屋だったが、それにしても随分と狭く感じられたものだった。あん時は、顰蹙を買っていたんだろうなぁ、きっと。(7982)

新しい仕事


 今年は、仕事を減らそうと心に決めていた。議員の仕事のことではない。何やらかにやら請われるままに役職を引き受けすぎて、最近では、思うように自分の時間を持てなくなっていたからだ。
 例えば、ゆっくりと本を読む時間。昨年から、めっきりと読書量が減った。部屋を片付けたり書類を整理する暇もない。もっとも、本を読むのも 、部屋を片付けるのも、暇があれば出来るというものではないことは、充分に自覚している。
 そんな中、また仕事を増やしてしまった。津軽厚志会の庶務係を仰せ付かった。 
 というのも、前事務局長が、4月下旬、突然入院した。それも重篤な病でだ。5月の総会を前に、その準備をしなければならない時期だ。
 そこで、僕と、もう1人若手のN君に、理事長から声がかかった。今まで事務局長が1人で行なっていた業務を、会計はN君、庶務は僕と、手分けして担当してほしいとのことだった。今月の中旬の話である。会計を僕に、としなかったところは、理事長の慧眼というしかない。いずれにしても、急を要することだったので、断れるような状況ではなかった。
 といった訳で、わずか半月足らずの間に、何度も理事長の部屋に集まっては、決算や事業報告、予算や収支予算案などについて打ち合わせをした。前事務局長の入院だなんて、想定外のことだったため、引き継ぎなんぞ、全くなされていない。ほとんど0に近い状態から、今日の総会に漕ぎ着けることができた。
 今日だって、実は、ぎりぎりまで、総会に提出する資料作りをしていた。何せ、最終的には、昨日の午後の打ち合わせで決まったのだ。少し早めに会場に入って、僕が作った事業計画の部分までと、N君が作った収支予算案を持ち寄って、開会直前まで、ホッチキスで留める作業をしていた。僕も、色々な総会を、主宰する側として経験してきたが、ここまで切羽詰まったことは、未だかつてなかった。
 それでも、会員の皆様のご厚意で、総会は無事に終了することができた。まずは、めでたしめでたしといったところだ。
 津軽厚志会は、弘前の基盤を築いた津軽家の遺徳を、後世に伝えるために活動している団体だ。郷土の歴史を知り、先人の業績を顕彰することは、教育のみならず、市政全般に渡って、決して欠くことがあってはならない、重要なファクターの一つだと思う。だから、突然の新しい職務だけど、精一杯、務めたいと思う。
 それにしても、これでまた、部屋を片付ける時間がなくなった。掘り起こせば、貴重なプロレズ雑誌のバックナンバーが眠っている筈なのに・・・。(7685)

簡単な計算問題 今日の議会報告会から


 恒例の議会報告会を開催した。一度だけ、ドクターストップがかかってお休みした他は、必ず年に4回開催してきている。 
 ただ、何故か、僕の報告会に限って、天気が崩れることが多かった。毎回毎回「足下の悪い中をお集まり下さいまして有り難うございました」とか「お寒い中お集まり下さいまして・・・」いう挨拶でスタートしていたような気もする。お客様が少なければ、天気のせいにしてたりもした・・・
 それが今日はどうだ。見事な五月晴れだ。日中は、歩いていても汗ばむほど気温が上がった。
 それなのにお客様の数はいつもと変わらず。これは、今までもやっぱり天気のせいなのではなかったということか。僕の人間の至らなさのせいだったのだろう。
 演台会場は、いまや定席となっている百石町展示館。演台が新しくなっていてびっくりした。なんと、手元のスイッチで、演者の背に合わせて台自体の高さが上下する。左の写真では、そのすごさをお伝え出来ないのが残念だ。動画にすればよかった。
 今回は、いつもの議会報告の他、4月に行なわれた弘前市長選挙の総括や、新市長に対する僕の考えなどに後半の時間を充てた。会場の方からも、市長に対する希望や意見をお話ししていただいた。その時の反応も含めて、6月の一般質問で、真っ向から質問することをお約束した。
 報告会を終え、スタッフと軽く一杯呑って、さっき家に帰ってきた。正直言って疲れた。ここ1ケ月ほど、左膝が痛くて痛くて堪らない。会談の上り下りや、椅子から立ち上がるのにも支障をきたしているほどだ。今日のように、1時間半、同じ場所に立ちっ放しで喋り続けるというのも、今の僕には重労働なのだ。
 考えてみれば、今回で43回目。もう10年以上も前から続けている。始めた頃はまだ50歳台前半。今は、来月でもう63歳を迎える。年々、からだのあちこちにガタが来ているのも、歳相応と言えば歳相応なのか。
 そこで、変な問題が頭に湧いた。議会報告会が43回。僕の年齢が63歳。このままのペースで報告会を続けるとして、報告会の回数が僕の年齢を上回るのはいつなんだろう?
 簡単な小学校の算数なのである。でも、疲れと酔いの回った頭では、考える気力が湧いてこない。
 どうぞ皆さん、計算してみて下さい。正解の方の中から抽選で3名様に・・・おっと、賞品を出したりしたら、公職選挙法に引っかかってしまう。
 まぁ、その正解が何年後であろうと、それまで元気でいられるかどうかの方が心配だ。眼、膝、歯、腸、そして糖尿。取り敢えず明後日は糖尿の定期検診。眼科へは今週の金曜日に予約を入れた。(3317)
 

カフェ激戦区

 
 藤田記念庭園にある「匠館」に行ってきた。三度目である。一度目は、午後5時近くに行って、「間もなく閉店です」と断られた。2度目はコーヒーを飲んで帰って来た。今日、初めて、噂の”かき氷”を食べた。
 IMG_6654美味しかった。子どもの頃、僕らの口に馴染んだ、あの夏の屋台で食べた、赤や緑のシロップが無造作にかけられた”氷水”とは全く違う。キーンと頭が痛くなるような鋭い冷たさもなかった。
 代わりに、からだ全体に溶けこむような、まろやかさと柔らかさがあった。最初出てきた時は、1人で食べきれないのではと心配もしたが、杞憂だった。あまりの旨さに、あっという間に完食した。
 さすがに、まだ5月である。食終えたあとで震えがきた。この震えは、寒さのせいばかりではない。明後日、糖尿の定期検査があることを思い出したからでもある。
 さて、この「匠館」。以前は考古館と言って、弘前周辺で採掘された土器や石器を飾っていた。と言っても、遠い昔の記憶である。確か、小学生の頃、社会科見学で連れて行かれたように思う。
 それが、昨年、クラフト&和カフェとして生まれ変わった。かき氷やあんみつの他、ちょっとしたランチメニューもある。テーブルの周りや奥の部屋には、こぎん刺しや津軽塗、木工品等、弘前の工芸品が並べられている。決して圧迫感を与えることもなく、思わず手にとってみたくなるような見事な陳列方法だと感心した。
 こういうショップも、弘前の魅力アップにつながっているのだろうと思う。是非、繁盛してもらいたい。
 ただ、気がかりなこともある。すぐ隣の藤田別邸の中にも軽食・喫茶のスペースがある。道路を挟んだ向かい側の市民会館の中にもカフェがある。徒歩2~3分の市役所前には、市の文化財を使ってスタバが出店している。そこから数分歩いた図書館の奥にもカフェがある。半径300メートル内にカフェが5軒。これは、相当厳しい競争なのではないかと想像する。
 加えて、今また、旧市立図書館を移転して、それを有効活用しようという計画が進められている。活用方法については検討中らしいが、手っ取り早く収入を得るために、ここでも”カフェ”という案も出てきそうだ。
 文化財からも収入を得よう、と言うのが前市政の方針だったらしいが、このように、市所有あるいは関連施設の中が”カフェ”だらけになると、民業を圧迫することも起こりうる。何かカフェ以外の活用の仕方はないのだろうか。
 そんな意味では、あまり他では見ることのできない地元工芸品を集めたクラフトショップを併設するという「匠館」のコンセプトには、とても好感を持つことができた。(4009)
 
 

初物 二題


 きょうは、弘前ペンクラブの総会。例年、今頃開催されている。事務局長は、O印刷のK社長なのだが、あいにく出張で欠席だった。そこで、僕が、全体の仕切りと、議案説明の役を仰せ付かった。
 それはいい。そういうものは、突然振られても、大概の場合は、いつでも出来る。そのくらいの意気込みで、どんな総会にも臨んでいる。
 それよりも、今日は、初物が二つあった。そのことを書きたい。
 一つは、記念講演である。弘前ペンクラブでは、総会前に、記念講演会を毎年行なっている。原則として講師は会員の中から選んでいる。これまた原則として、会員であれば、講師料は只ということになっている。
 というような理由で、これまでは、ストレートに”文学”についての話が主であった。作家論とか、自身の文学体験とか。ストレートでなくても、ジャーナリズムの現場の話とか、出版業界のこととか、文学の周辺の講演がほとんどであった。
 ところが、今日の講師、弘前社会福祉大学の牛田先生のテーマは、「創業者からの学び ~外食産業創業者列伝より~」というものだった。まさに、経営論。まるで、かつての商業界の研修を受けているような感じだった。
 こういう内容は、少なくとも、僕が係わるようになってからは、弘前ペンクラブ初のことである。他の会員はどのように聞いてくれたのかはわからないが、僕は、とても面白く拝聴した。
 上梓されたばかりの「外食産業創業者列伝」という本も頂戴した。昨日のブログの、枕元に積み上げている本の中に、また新たに1冊が加わった。さて、優先順位をどうしようか・・・?
 もう一つの”初”は、5月18日の臨時議会で承認されて就任したばかりの、吉田教育長のご祝辞である。ご本人が、公式な場所での挨拶は初めてだとおっしゃっていた。とてもそうとは思えないくらい、流れるようなご挨拶であった。
 でも、そうして、初めての公務に、ペンクラブを選んでいただいたというのは、メンバーの1人として光栄の至りである。石坂洋次郎、太宰治をはじめとする、ゆかりの文豪の功績は、弘前という都市のの魅力を構成している地層の一つでもある。教育政策・観光政策・都市政策等に、この蓄積された文化的風土を活かしていくのは、行政の大きな使命ではないかとも考える。
 そういった意味でも、教育委員会と弘前ペンクラブが、色々な場面で、緊密な連携をとっていければいいと思う。僕の役目は、その橋渡し役。文学に限らず、様々なジャンルの文化活動の中で、その役目を果たしていければと思う。
 市議会議員が28人いる中で、農業系とか、福祉系とか、スポーツ系とか、防災系とか、それぞれ得意分野は、皆持っているのだろうが、こと”文化系”という議員は、おそらくそんなに多くはないはずだ。といった、自分勝手な自負(自惚れ)を胸に秘めて、これからも活動しよう。
 でも、「文化とは何ぞや?」なんて質問は、絶対にしないで下さいね。非文化人の僕に、答えられる筈はないのだから。(5514)
 

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