今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2018年10月

街は11の貌を持つ 今日の都市計画審議会から


 岩木川添いの住宅街、栄町に、ニッカウヰスキーの弘前工場があって、地元産のリンゴを使った、シードルやアップルブランデーを製造している。今でこそ、たくさんの人がシードル作りに取り組み始めたが、長い間、弘前では、”シードル”と言えば”ニッカ”の代名詞であった。
 今日の、弘前市都市計画審議会では、そのニッカの工場敷地が議題となった。都市計画上における用途地域を「第一種住居地域」から「準工業地域」に変更しようという案件である。
 用途地域制度とは、都市計画地域内において、地域の役割や性格を明確にした上で、建物の規模や使用目的を制限するものであり、弘前市では現在、11の地域に色分けをされている。それぞれの区分により、建てていいもの悪いもの、建てられる建築面積の上限などが決められている。
 今日の議題の工場の場合、既に50年以上も稼働しているのだから、今さら、住居地域だったと言われても、ピンと来ない人もいるかもしれない。僕も、そう思った。
 説明によれば、ここは、昭和40年に建設されている。弘前市で初めて用途地域の線引きをしたのが昭和46年。その時点で何故か「住居地域」と指定されたのだそうだ。
 当時は、弘前公園にも近いこの一帯を、既存の工場の存在を深く考えずに、良質の住宅地として開発したいという行政の意志が働いたのだろうと思う。確かに、その頃は、仲町と岩木川に挟まれたその地区は、さほど住宅が密集していなかったような記憶も、微かにある。
 その後、狙い通りに、住宅が建ち並び始めた。今では、空き地を探すのに苦労をするくらいだ。
 それなのに、平成8年に、用途地域の見直しを行なった際にも、工場の敷地も「第一種住居地域」と設定された。特に不都合がなかったからだという。つまり、この工場は、創業以来半世紀以上も「既存不適格建築物」のままだったわけだ。
 この度、工場を耐震化するにあたり、ようやくこの件が問題となった。今の用途地域のままでは、建物の改築を行なえないのだそうだ。そこで、今回の変更と相成ったという説明を受けた。
 どうにも後手後手の感が否めない。僕は、市内には他にも同様の「既存不適格建築物」があるのではないかと質問した。あるにはあるが、実態は把握していないという答弁だった。これまた心許ない。
 先ずは、きちんと調査をすることが必要ではないか。そして、今回のように、なにか事情が起こってから細々と一つ一つ変更をかけるよりも、実態にそぐわない地域を、一斉には無理だとしても、ある程度まとめて見直しした方がいいのではないか、と提案した。
 質疑の中で、ある委員が「弘前市の都市計画のスタートは、非常にシンプルだった。中心に商業地域があって、その周辺に住居地域があって、最も外縁に工業地域を置く。せいぜいそんなものだった。ところが今は、随分と複雑になったものだ」と感慨深くおっしゃっていた。「でも、そのことを否定しない」とも付け加えられた。「全国画一的な、金太郎飴のような街にはなって欲しくない」とも。
 確かに、弘前のように古い街を、首都圏近郊の新興住宅都市のように、幾何学的に造り直すことは不可能に近い。むしろ色々なものが混在しているような”雑多性”もまた、弘前の魅力なのではないかとも思う。そのバランスの取り方が、都市計画の難しいところなんだろう。きっと。(6927)

バス ストップ

 
 「バス ストップ」と言われて何を思い浮かべるかで、その人の趣味嗜好を想像することができそうだ。マリリンモンローの映画であれば、かなり年配の映画ファン。ホーリーズであれば、僕と同年代くらいの洋楽ファン。そして僕は、平浩二のヒット曲が、まず頭に浮かんでくる。歌い出しが、プラターズの「オンリー・ユー」とそっくりのあの歌だ。
 と言う訳で(どんな訳だ!?)、今日は、バスの話を書く。(かなり強引だなぁ)
 午前中に眼科に行って、散瞳なる検査をしてもらった。結果は、前回と変わりなしということで、無罪放免(?)となったのだが、その時点眼した薬のせいで、目全体に水の膜がかかったようになった。今日は日射しが弱かったからまだいいが、それでも、外界が煌めくような、揺らめくような、霞むような、そんな感じに見える。医師からも、運転は禁じられた。
 困ったたことに、午後に、市郊外にある、友人の経営している内科に行くことになっていた。少なくとも僕の徒歩圏内ではない。いつもは車を運転して行っている。
 仕方が無い。読書人倶楽部にタクシーを呼ぼうかと歩いていたら、ふとバス停が目にとまった。見ると、何やら、友人の医院の所在地らしき行き先が書いてある。
 えーい。何処をどう走ってどこに停留所があるのかは分からないが、どこで降りたって、ここから歩くのよりはましだろうと、来たバスに飛び乗った。
 しかし、初めて乗るバスというのは不安なものである。料金がわからない。乗車の際に受け取った整理券番号と、降りる場所によって、数十円ずつではあるが、何段階かに変化していく。
 それでいて、社内アナウンスでは、「小銭は予め準備して下さい」などという。料金が場所によって加算されていくのに、予め準備も何もないだろう。社内前方には、整理番号別に料金を示したヶ掲示板が付いてはいるのだが、後部座席からは、眼科の視力検査板の最下段なみにしか見えない。
 ここに、現在の公共バス利用者が減少している一つの原因があるのではと思う。同じ公共バスでも、中心市街地を循環する100円バスが好調なのは、どこで乗ってもどこで降りても一律料金という安心感があるからではないか。
 帰りのバスでは、もっと大変な現状を目の当たりにした。僕は、運転席のすぐ後ろに座っていた。
 終点の一つ手前の停留所で、ご婦人が4人降車した。4人とも、料金を払うとき、「ありがとうございました」と丁寧に声をかけて降りた。それなのに、運転手からは「ありがとうございました」の”あ”の音も発せられなかった。これって、逆だろう。どちらがお客様かわかったもんじゃない。
 公共交通という名目で、バス会社には、行政サイドからも、いくつかの支援策が講じられている。公金も拠出されている。それはいい。
 ただ、だからこそ、バス会社には、「市民の足」という自覚を今以上に持ってもらいたい。コース設定・料金体系等も含めた、利用者の視点にたった運行と、従業員の接客マナーの向上を、強く強く望みたいと、感じた次第なのである。
 あっ、運転手のマナー。全部が全部ではない。行きの運転手さんには、とても親切にしていただいた。帰りのバスから乗り継いだ100円バスの運転手さんも、応対はしっかりしていたことを申し添えておかなければ、僕も単なるモンスタークレーマーになってしまう。(4127)
 

僕は何をしてるんだろう


 一昨日の脱原発映画祭でのことだ。僕は既報の通り、ロビーで関連図書を販売していた。そこへ、高校時代の友人がやってきた。
 「おっ、ちゃんと本屋をやってるじゃないか」 
 「うん、昔とった何とかでね」
 と、ここまではいい。
 「へー、最近はイベント屋だとばかり思ってた」
 「・・・」
 そうか。そんな風に思われていたのか。
 同じ会場で、S先生の奥様にも、久しぶりにお会いした。しばし立ち話のあと、突然尋ねられた。
 「ところで、今泉さんは、議員として主にどんな活動をしているんですか?」
 「・・・」
 これまた、一瞬、口ごもってしまった。このブログを読んで下さっている皆様であれば、僕の日頃の活動や素行は、おわかり頂けると思う。でも、当然のことながら、ブログの存在すらご存じない人の方が圧倒的に多い。その人達からは、「選挙の時だけお願いにきて、当選すれば何をやってるのかわからない議員」と思われてるのかもしれない。と、少し落ち込んだ。
 「あっ、昔本屋でしたから、やっぱり教育とか文化の分野です。それとあとは商店街の活性化とか・・・」と、しどろもどろに答えるのがやっとであった。
 実際、自分でも、一体何をやっているんだろうと思わないわけでもない。一昨日は朝からその映画祭。夕方からは、僕が一応”先生”と呼ばれている(”先生”と無理矢理呼ばせている)句会。昨日は、ブログにも書いたように、午前中から準備をして、午後は太宰治まなびの家での落語会。その後、「卍の城物語」の学校公演の打ち上げを挟んで、夜はまた別な句会と、毎日、文化人と遊び人の境界線上で、バタバタと過ごしている。
 今日は今日で、肉体労働に勤しんだ。昨日の落語会の後片付けだ。
 読書人倶楽部からまなびの家に運んだ椅子20脚を、また持ち帰った。昨日は、Kaさんもいて、彼の大きな車で、一回に運び込むことができた。でも、今日は僕一人。僕の小さな軽ワゴンでは、1回で運べる数は限られている。まなびの家から運び出しては車に積んで、運転しては読書人倶楽部に運び入れて、という作業を2回ばかり繰り返した。日頃鍛えている人にはどうってことのない作業だろうが、僕はもう、それだけで、ぐったりと疲れてしまった。 
 あっ、そうそう。出来たばかりの「月刊弘前11月号」の落語ふぁん倶楽部への配達も手伝った。「今泉さんは、主にどんな活動をしているんですか?」と今日聞かれたら、「はい、配送部門です」とでも答えたところだった。
 だけど、考えてみれば、これは今日に限ったことではない。市民の声を市政に届ける。市政の内容を市民に届ける。議員の仕事というのは、毎日が配送業のようなものだ。(6199)

 追伸
 似たようなタイトルの本を、俳優の佐野史郎が書いている。興味のある方はご一読を。

落語のまち弘前


 まなびの家「太宰治まなびの家寄席」が復活した。 柳家はん治師匠にお招きして、約70名の来場者という、大盛況のうちに終えることが出来た。
 太宰治が落語ファンだったことは知られている。作家の檀一雄も、文芸評論家の三浦雅士も、太宰の文体には、落語に似た雰囲気があると書いている。「圓朝全集」が愛読書だったそうだ。
 だから、まなびの家での落語会は、太宰文学を広く伝えたいというペンクラブの使命と、方向は合致している。
 加えて、はん治師匠は、長く三鷹に住んでおられたそうだ。三鷹といえば、太宰とは縁の深い街だ。師匠も、まなびの家で落語会を開くことについて、枕で感慨深く語っておられた。
 もう少し、PRしよう。太宰治まなびの家は、大正時代の和風建築物だ。当然、全て畳敷きの部屋である。昔ながらの床の間、天井の梁、襖、障子等に囲まれての落語会は、文化センターやヒロロホールで行なうのとはまた違った趣がある。
 が、それはそれで、難点もある。今は、老いも若きも、座布団に座りたがらない。高齢者は高齢者で、膝や腰が悪いという理由で椅子席を求めるし(かく言う僕もそうだ)、若い世代は若い世代で、生まれてから慣れ親しんだ生活様式で椅子席を望む。結局、畳の部屋に椅子を並べるという、アンバランスな状況にせざるを得ない。
 それにまた、土間から座敷にあがる敷台が高い。昔の建物なので、当然、手すりも付いていない。高齢者は特に、靴を脱いで座敷に上がるのに、相当苦労をされているようだ。
 確かに、建築様式を残すという、文化財としての使命・目的もある。一方で、利用促進を図るのであれば、現代の事情に適合したバリアフリー化も進めなければならないのではないかと、最近頓に感じ始めている。
 来月になると、11日には三遊亭兼好師匠のヒロロ寄席、18日には三遊亭遊雀師匠とピロキのヒロカン演芸会が立て続けに開催される。間もなく発行される「月刊弘前11月号」も、落語特集だ。もう弘前は、すっかり”落語の街”になった。
 さて僕は、この落語の街で、八っあんになるのか、与太郎になるのか、ご隠居さんになるのか? どっちにしても、落語の世界の住人を見習って、楽しく生きていきたい。(5979)

うそ


 ♬折れたたばこの吸い殻で、あなたの嘘がわかるのよ♬ 
 中条きよしの「うそ」の歌詞である。怖い。女の勘とはかように凄いものらしい。
 「僕は、誠心誠意、君を愛します。僕に限って絶対に浮気なんかしません」と言って結婚する。でも、つい出来心というものも無いわけではない。にもかかわらず「浮気なんかしてません」と言い続ける。それを隠すために嘘をつく。
 ある日、奥さんから言われる。「あなた、この間、出張と言って東京にいったけど、宿泊予定のホテルに電話をしたら、そんな人は泊まっていないって言われたわ」・・・
 「いや、東京駅で、偶然、大学時代の友人にあって・・・。ほら、あいつだよ。前に弘前にきたことがある彼。そいつんちに泊まることになって、ホテルをキャンセルしたんだ」と嘘をつく。一度嘘をついてしまえば、糊塗するために、嘘に嘘を重ねていかなければならない。そういう人生も気の毒だと思う。
 そんな苦労をしても、「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉もある。どんなに事実を隠したって、いつかはバレる時がある。まぁ、その時は、平謝りに謝るしかない。普通は、そこで反省して、二度と同じ過ちを犯さないようにするだろう。
 ところが、世の中には、再び同じ嘘を平気につける輩もいる。一旦バレたのに、またいずれバレるであろう嘘を繰り返す。こうなると、もう、はっきり言って愚か者である。嘘をつく方もつく方だが、騙される方もおかしい。その人達の知能レベルが正常であるというなら、何やら、個人的な損得・利権が絡んでいるとしか思えない。
 今日は、脱原発映画祭が弘前文化センターで開催された。僕は本の販売を手伝った。2階のロビーでは、物販コーナーの他に、様々な展示が行なわれていた。
 原発その中で、左の写真のような、昭和61年に、電気事業連合会が発行したパンフレットを見つけた。「わが国ではこのような事故は起こりません」。これは表紙だが、中には、もっと詳しく、日本の原発がいかに安全であるかが、まことしやかに書いてあった。
 それが、まるっきり嘘であることは、2011年3月に、福島で明らかになった。いまだに故郷に帰ることができない人々が大勢いる。
 それなのに、政府や電気事業者は、再び「安全性は確認された」などと言って、再稼働を進めている。もう証明されてしまった嘘を、懲りずに繰りかえし始めている。
 僕は決して、左翼でもないし”赤”でもない。日本に対する愛国心は、その辺の似非保守層よりも強く持っているつもりだ。大東亜戦争を侵略などと言う自虐史観には与しない。
 だからといって、現政権が行なうことを、全て良しとするのもおかしい。少なくとも嘘や隠し事は良くない。原発の場合、安全性を口にすること自体が欺瞞だ。地域における経済性よりも、もっと広範囲に及ぶかもしれない危険性をまず説明しなければならないと思う。
 こういうことを書けば、なにかしら自分も不利益を被るかもしれない。でも、誰に対してであれ、駄目なものは駄目というのが、僕の性分でありポリシーのだから仕方がない。
 あっ、誤解されては困る。冒頭の夫婦の会話は、あくまでフィクションであって、実際に、亡くなった女房との間に、そんな出来事があったわけでは無い。
 と、また嘘を一つって・・・? いやいやそんなことは絶対に無い。ホントだよ。(6175)
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