今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2019年04月

古いお寺にただひとり


 これまでも、このブログで何度か紹介してきたが、津軽厚志会という財団法人がある。津軽家歴代藩主の偉業と遺徳を、後世に残し伝えること、またその霊を祀り菩提寺を守ることを目的に、命じ38年に設立された。 僕も、亡き父の後を継ぐような形で、評議員に名を連ねさせていただいている。
 今日は、その活動の一環として、津軽家縁の6軒のお寺を訪問した。厚志会では、毎年、祭祀料を奉納している。去年までは現金書留で送っていたらしいが、今年は、事務局体制の刷新もあったので、理事長と二人で、直接お渡ししてきた。
 長勝寺六ケ寺とは、次の通りである。尚、左の写真は長勝寺のもの。庫裡・本堂とも、国の重要文化財に指定されている。
 革秀寺  初代藩主為信公の御廟所がある。昨年夏に、改修工事を終え、お披露目されたばかりだ。
 長勝寺  2代からの歴代藩主の霊を祀ってある。満天姫のお墓もある。
 隣松寺  中興の祖と言われた4代信正公の生母の位牌堂がある。
 貞昌寺  初代為信公の生母の他、二代目・三代目藩主のご母堂も祀られている。
 本行寺  7代目藩主の生母が祀られている。
 報恩院  戦後、長勝寺に廟が移されるまでは、このお寺に、歴代藩主が祀られていた。

 などと、知った振りをして解説をしたが、言うまでもなくこれらには全部アンチョコがある。「津軽厚志会創立95周年記念誌」である。僕は、その補遺版の編集には携わったが、一つ一つのお寺の由来にはタッチしていない。
 と、言い訳がましいことを書いたのには理由がある。歴史には諸説があるからだ。例えば、為信公の出自に関しても、複数の説があるようだ。ちょっとした食い違いが、大きな論争に発展することにもなりかねない。僕にはとても、太刀打ちできる知識も術もない。だから、何かを書くときには、出典を明示しておかなければならない。
 そしてまた、歴史の好きな人ほど、その説の違いにもの凄いこだわりをもっている。今日も、長勝寺の三門を出たところで、一人の歴史愛好家に声をかけられた。長勝寺の由来や、満天姫のお墓が本当は別の場所にある、と言ったことを、立ち話ではあるが、けっこう長い時間、教えていただいた。
 これから観光客のガイドをするのだそうだ。こういう熱心な歴史ファンがいて、自らガイド役を買ってでてくれることも、弘前市のポテンシャルの一つなんだろう。実に奥深い街だ。(6686)

 追伸
 今日のタイトルは、チェリッシュのヒット曲からいただいた。
 実際は、厚志会のK理事長と二人だった。これからの会の運営のことなどをお喋りしながら歩いたので、古の津軽の歴史に思いを馳せるなんて、感傷的な場面は一度もなかった。

 追伸2
 僕の好きな歌、チェリッシュ編
 ① だからわたしは北国へ
 ② てんとう虫のサンバ
 ③ 白いギター。

酒呑みの自己弁護


    ここのところ、毎晩のように飲んでいる。別に、選挙が終わって浮かれているのではない。それなりに必要があって、夜な夜なでかけている。(うーん、言い訳だなぁ)
   例えば、木曜日の町会総会終了後の懇親会。あるいは金曜日の弘前芸術鑑賞会の三役会、の後の懇親会。これらは、会議の内容もさることながら、会員相互の親睦も、組織の運営上、欠かすことができない。という理由で飲んでいる。(まさしく言い訳だ)
    さらに、昨日は、某私立大学のS教授、今日は、帰省してきたKさんと会食をした。二人とも、僕にとては大切な人だ。お二人との会話から得られる情報は、僕の議員活動の源にもなっている。
    S教授は、政治学が専門である。これまでも、色々な場面で、ご指導をいただいてきた。僕の議会報告会にも、毎回のように来て下さっている。
     昨日も、今回の統一地方選の分析や、今後の僕の議会に取り組む姿勢等についての、ご助言をいただいた。また、以前、僕の方からお願いしていた、授業で学生たちに、地方議会について講話をさせて欲しいという件についても、少し突っ込んだ話をさせていただいた。
    一方、Kさんは、いわば、図書館運営のプロだ。かつては、発展途上国で、図書館を創る仕事をされていた。東日本大震災の大津波で図書館が流されてしまった町に、真っ先に移動図書館車を走らせた話は、一冊の本にもなている。
     弘前読書人倶楽部のブックトークにも来ていただき、その活動について詳しくお聞きした。"本"の持つ無限の力を、改めて深く確信することができた。
     僕は、豊かな心の醸成や、基本的学力の向上のためには、"読書"こそが必要不可欠なものだと信じている。本を読むことで、広い世界を知り、本を読むことで、人間の感情の機微がわかる。本を読むことで、論理的な考え方が身につき、本を読むことで、自分の気持ちを相手に伝える術を習得する。だから、もっともっと読書教育に力を入れて欲しい。ということを、再三再四、議会でも訴えて来た。学校図書館や公立図書館の充実を求め続けてきた。
    12年間の間で、少しずつ成果は現れて来ていると感じている。高い壁であった、学校司書の配置も、暫定的ではあるが、ようやくスタート位置に立ったようだ。これからの4年間も、読書推進は、簿記の大きなテーマの一つであることは間違いない。
    そんなことで、S教授やKさんからは、いつも大きなヒントと刺激を頂戴している。決して、ただ酔っ払っているわけではないのだ。
     しかしまぁ、教えを被り、情報を得るだけであれば、別に飲まなくたっていいではないか、と言われれば、返す言葉もないが、そこはそれ、アルコールが入った方が有意義な話し合いができると錯覚するのは、酒好きの悲しい性だと思って、ご容赦いただきたい。(10001)

追伸 実は今日は、ネットへの接続が思わしくないようです。昨日のコメントへのお返事は、明日させていただきます。申し訳ありません。

文学日和


 時の経つのは、改めて早いものだと感じる。あっという間の一週間であった。選挙の疲れはまだ抜けきっていない。
 IMG_8133 (1)しかし、いつまでもへばっているわけにもいかない。日常活動が一番だ。老体(って自分でいうこともないか)に鞭を打って 頑張ろう。
 午前中は、弘前文学学校の開校式に出席した。記念すべき20回目の開校式とのことだ。何度かこのブログでも紹介しているように、僕は、身の程知らずにも、臨時講師を務めさせていただいている。
 他の学校のように、何年で卒業というものではない。学びたいだけ何年続けてもいい。今日いただいた名簿を見ると、一番古い人は、初年度から在籍している。2年目、3年目からずーっと学び続けている人もいる。
 他の学校のように、何か資格を取得できるわけではない。自分を見つめなおしたい。自分の内面を表現したい。その技術を学びたい。といった熱い思いだけで、毎年20人を超す生徒さんたちが集まってくる。このような活動が20年も途切れずに続いたことに、素直に敬意を表したい。
 今年は20年ということで、何か記念のイベントも考えているようだ。そちらの方でも、何か、お手伝いできればと思う。
 太宰午後は、主催者の一員として、太宰治まなびの家での朗読公演「人間失格」を見た。演者は、劇団演人の鎌田龍君。友人でマルチ文化人の鎌田先生のご子息で、昨年の「卍の物語2」では、主演の津軽為信役を務めた。弘前読書人倶楽部でも、先月のブックトークで、講話を頂戴した。
 さすが、まだ20代の若者である。朗読といっても、ただ本を読むだけではない。映像や音等、様々な演出が施されている。その効果もあってか、80分という一人の朗読にしては長い公演ではあったが、皆、引き込まれるように聴き入っていた。
 と、今日一日は、何となく、文学っぽい時間を過ごした。考えてみれば、先日選ばれた28人の市議会議員の中で、なんであれ、文化活動というものに、最も深く係っているのは、僕なのではないかと思う。それが僕の議員としての個性でもあり、「弘前は文化のまちだ」という信念のあらわれでもある。(7861)

安全だけが人生か


 休館昨日のブログで、「まるまる10日休める人は何割いるのかはわからない」なんて書いてしまったが、よく考えれば、弘前読書人倶楽部も、今日から5月6日までの、長い休館日とした。世間に従うというよりも、専従スタッフの労働環境を配慮したものだ。
 でもまぁ、休館中とは言っても、僕は時々顔を出す予定だ。お近くを通りがかった時に、もし、シャッターが半分でも空いていたら、中に僕がいるはずだ。是非、お立ち寄りいただきたい。
 今日も、午後は、読書人倶楽部で過ごした。倶楽部の仕事は勿論、町会や津軽厚志会の事務仕事をこなしていた。
 夕方からは、一般社団法人弘前芸術鑑賞会の打ち合わせ。当法人のメイン事業である「卍の城物語」の第3弾の公演が、もう一ヶ月ちょっと先まで迫っている。
 会議終了後は、皆で飲みに行こうということになった。いつものパターンである。18時近くになって、最近贔屓にしている個室居酒屋に、予約の電話を入れた。運よく、席をキープすることができた。
 僕らが腰を落ち着けて、数十分経ったことだろうか。入り口の方から、「すみません。予約の方意外は満席です」という声が聞こえてきた。開店数分前とはいいながら、予約しておいて良かった。
 やっぱり、桜祭り期間中なのである。市内の飲食店は、どこも混み合っているようだ。
 昨日も、駅前地区の飲食店2軒で、明日の分と明後日の分を予約してきた。今日も、その居酒屋で、5月3日の分と9日の分を予約をした。やっぱりそれが、安心して飲食が出来る、必要事項なのだろう。
 でも、ってひねくれもの僕は思う。何でも、予め決められた人生って、そりゃあ安心なのかもしれないが、本当に面白いんだろうか?
 ふと、街で見かけた店に、立ち寄ろうとする。満席ですと断られる。じゃぁといって、次の店を探す。そんな人生も、それはそれで味わいがあるような気もする。
 なんてことを言いながら、明日もまた、某ホテルのレストランに、予約を入れに行く予定だ。歳とともに、段々と安全な道を選びはじめている自分が、情けなくもあり怖い。(7232)
 

十連休の過ごし方


 明日から、世間様では10連休なのだそうである。 実際に、まるまる10日休める人は何割いるのかはわからないが、新聞やテレビでアナウンスするせいか、社会全体が浮かれているようにも感じる。
 別に批判をするつもりはない。弘前には、この連休を利用して、これまで以上のお客様が来てくれることと思う。ある意味、恩恵を被る立場にいる。
 一方で、日常生活に支障を来すケースだって、当然に出てくる。例えば、預金の引き出しだ。銀行のATMは、普段の土日・祝日と同じように稼働するとはいうものの、1回の引き出し毎に、108円の手数料がとられる。一度にン十万円単位で引き出す人にとっては、0.1%にも満たない些細な額かもしれないが、数千円ずつチリポリと引き出している僕のような人間にとっては、これがけっこう馬鹿にならない。
 そこで、今日、清水の舞台から飛び降りるつもりで、連休中の生活費と小遣い(酒代?)、締めてン万円を引き出してきた。ついでに、3日か4日で使い果たさないよう、財布のひもを締め直さなければならない。
 さて、皆さんは、その十連休とやらをどのようにお過ごしになられるのだろうか? 旅行やレジャーに出掛けられる方も多いだろう。
 僕の理想は、一日中、本を読んでゴロゴロしていることである。出来れば、昼間から、ちょっぴりお酒も飲んで・・・。と、それが最高の贅沢のように思う。
 ところが、なかなか思うようにはならない。選挙が終わったとたん、堰を切ったように色んなお誘いやご案内をいただいた。中には、自分の方から声をかけてセッティングした会合もある。明日も、朝から、”分刻み”は大袈裟にしても、1時間刻みのようなペースで予定が入っている。
 行事や飲み会ばかりではない。5月にはセミナーや文学学校の講師を務めることにもなっている。また、関連している団体の総会もある。それらの準備にも時間がとられそうだ。 
 しかし、まぁ、忙しいことは幸せなのだと思う。これで、選挙の結果が逆になっていたら、今頃は、「退屈で退屈で、ファーア、ならねぇ」なんて、大欠伸をかいていたかもしれない。
 お陰で、先日再交付していただいた手帳の余白もどんどん埋まってきた。でも、気になるのは、水に落としてしまった古い手帳のことだ。4月24日のブログにも書いたように、明日の午後6時からの予定が、字が滲んで、全く判読できない。
 もし、誰かとの約束をすっぽかしてしまったらどうしよう? 特に、その相手が女性だったなんてことだったら、一生悔いが残りそうだ。(10235)
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