今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2019年10月

ふるさと by 五木ひろし


 スカイパーク土手町街づくり株式会社の定時株主総会に出席した。スカイパークという立体駐車場を経営している会社だ。僕も、株主の末端に名を連ねている。
 この駐車場ビルを建てた時には、僕はまだ30歳台だった。書店を経営していて、商店街の役員を務めていた。
 あの頃は、駐車場建設の他、アーケード撤去、オーニング設置、街路灯の更新、歩道の融雪、無電柱化等々、ハード面からの商店街の改造に取り組んでいた。市役所や商工会議所からも委員を派遣してもらい、一緒になって、何度も何度も会議を開き、今の商店街の形を造りあげた。
 駐車場については、商店街仲間で、山形市の中心商連街を視察に行った。「駐車場、は建設時にはかなりの費用が必要ですが、ランニングコストはそれほどかからないので、すぐに元がとれますよ」という説明を受けたような記憶がある。しかしかなり曖昧だ。
 その夜は、皆で、天童温泉に泊まった。そっちの方は、鮮明に覚えている。
 実際に、数字の上では、経営は順調だ。今期も、総売り上げに対して1割以上の純利益を計上している。
 が、何せ駐車場である。一日に何十台何台という車が中を通る。年を経る毎に、施設の安全性には相応の費用も必要になる。また、エレベーターや、駐車券発券機、入退場ゲートもいずれ交換しなければならない。それらに備えるという理由で、今期も無配であった。
 それは別にかまわない。僕が、この会社の株主でいる理由は、配当が欲しいからでもなんでもない。この会社が、生まれ故郷である下土手町と僕との間をつなぐ太い線だからだ。今でこそ、商店街振興組合のいくつかの会議にも参加させていただいているが、一時期は、この会社が、僕にとって、下土手町との唯一の接点だったこともある。だから大切にしたい。いくつになっても、生まれ育った街に対する愛情は失せるものではない。
 ♬ ああ誰にも 故郷がある 故郷がある♬ とは、五木ひろしの「ふるさと」の中でリフレインされる歌詞である。”郷愁”とか”望郷”とかいう心境には、演歌がよく似合う。
 あの、街づくりに邁進していた時代から。もう30年近く経過した。当時、ピカピカだった設備も、斬新だったアイディアも、時の流れとともに、色褪せてきている感があるのは否めない。
 再び、新しい色を塗り治さなければならない。街に風を起こさなければならない。そんな時期にきているようにも思う。(12123)


 
 

藪蛇を恐れてはいけない


 政治家の”寄付”についての事件が続いている。秘書に香典を持って行かせたことが原因で、辞任に追い込まれた大臣もいた。また、一月ほど前には、某市の市議会議員が、宴会の福引きの景品を提供したことについて、それは違反にあたらないのかという質問を受けた。「勿論違反です」と答えておいた。
 今日は今日で、地方紙に、某県議会議員が、母校の周年事業に寄付金を払った、と報じられていた。これも、はっきりとした違反行為である。
 僕も、議員に成り立ての頃、同じようなケースに直面したことがある。
 娘の小学校が130周年を迎えるにあたって、元PTA会長として、協賛会の役員に名を連ねた。役員となれば、当然、黙っている訳にはいかない・・・いやしかし、まてよ。と、そこで躊躇して、選挙管理委員会に訊きにいった。それが正解だった。一言で「駄目です」と否定されてしまった。お陰で、公選法違反を犯さなくて済んだ。
 しかし、窮屈な話でもある。「娘の母校でもあり、僕自身の母校の周年事業に協力するんだから、決して買収行為にはならないんではないか」といった、ごく当り前の人情が、ここでは通用しない。
 同じ類いの例をあげれば、お世話になった方の仏前に、弔意の花を上げることも、病と闘っている友人にお見舞いを持って行くことも、禁止されている。貰っても返せない。段々と世間が狭くなっていくような気もする。
 今日も、選管に行った。僕が名ばかりの会長を務めている会が、チャリティー事業を行い、その収益で、福祉法人に車椅子を寄付したいのだそうだ。このことの是非を質問した。
 だって、会長と言っても担がれているだけだし、会員の総意で決まったことだし、第一、僕のお金でもないし・・・と、くどくどと事情を説明した。
 後刻、電話で回答をいただいた。いくつかの条件が付された。勿論、僕は、その条件を遵守しなければならない。
 このように、不確かなことは、一つ一つ確認するのが一番だ。藪蛇になるかもしれないが、勝手に解釈して、取り返しのつかないことになるよりは、数段ましだ。
 これからも、ちょこちょこ選管に尋ねることもあろうかと思う。ご迷惑かもしれないが、何卒、よろしくお願いします。って、選管の人、このブログを読んでいるのかなぁ?

 追伸
 はがき11月13日開催の議会報告会の案内が出来上がった。郵送分は今日出してきたが、葉書代が、62円から63円に値上がりしていた。これからは、手渡しと、ネット配信を増やすようにしなければならない。
 ということで、第一弾。左の写真をご覧下さいませ。これから、ちょくちょく登場することになるかもしれない、

家庭訪問


 小学校の「家庭訪問」に賛否の声が上がっていて、全体として廃止という方向へ向かっているらしい。半年ほど前のネットのニュースで見た。弘前ではどうなんだろう?
 55年前、僕の母校(附属小学校)では無かった。少なくとも、先生が我が家を訪ねてきたことは一度も無かった。もっとも、母は、しょっちゅう呼び出しをくらっては、「お宅のお子さんは・・・」と、叱られてきていたらしい。
 確かに、家庭訪問にも、良い面と悪い面がある。ただ、何につけ、人間同士のコミュニケーションが希薄になってきていることは間違いない。教師と保護者の間もだ。それがいいことだとは決して思わない。
 僕は、つくづくアナログ人間なのである。また昭和育ちの人間だ。大切なことを、値人様にお願いするのに、ラインやメールでというのは気が引ける。ましてや年上の人や立場のある方へとなると尚更だ。
 電話やFaxにも抵抗がある。手紙を認めればいいのだろうが、僕が字を書くと、却って相手に対して失礼にあたるであろう。
 するとやっぱり、近場であれば、直接訪問してお願いするのが一番だ。仮にお留守であっても、名刺を添えて、お願い文なり、来訪の旨を書いたものを置いておけば、それだけでも、一つ礼を尽くしたような気がする。
 といった理由で、今日は、同じ会派を組むTa議員と、議員宅の家庭訪問を行なった。7月に開催した有志による勉強会の第2回目の案内を持参したのだ。
 勿論、限られた時間で、全議員を回れるはずもない。主に、前回の勉強会に参加してくれた議員宅を7軒ほど訪ね歩いた。
 残念ながら、ご本人に会えたのは一軒。ご家族に手渡せたのが一軒。あとは皆さん、お留守であった。
 考えてみれば、平日の日中だ。皆、それぞれに忙しく活動されていたことと思う。かくいう僕の家にだって、もし、その時間中に誰かが訪ねてきたとしても、「留守」ということになっていたんだろうから、お互い様だ。
 さて、その第2回議員有志勉強会。11月9日に行なう。今回も、申し訳ないが、議員のみでの会になる。いずれ、広く参加者を募った、公開型の研修会も企画したいと考えているので、どうぞお楽しみに。(12883)
 
 

得した気分


 今年の1月から、「アスピリンには、大腸癌を抑制する効能がある」ということを立証するため、いわゆる治験を受けている。毎朝一錠、アスピリンを飲んでいるのだ。
 メリットはいくつかある。まずは、錠剤は、無料である。まだ、実験段階だが、ただで癌のリスクを軽減できれば、それに越したことはない。
 加えて、これまで毎年1回、内視鏡検査を受けてきていたが、治験を受ける人は、初年度に一回検査をして異常無しならば、次は3年後まで受けなくてもいい。昨年のブログにも書いたように、慣れてきているとはいえ、お尻の穴から管を入れられる回数は、できれば少ない方がいい。
 更に、大学病院の場合、検査日は検査だけで、もしポリープが見つかっても、手術はまた別の日に改めて、というのが通常のパターンなのだが、治験を受けている人は、見つかればその場で除去してくれるのだそうだ。これが、一番、有り難いような気もする。
 その検査が来月に迫った。今日は、その前段階の診察を受けに、大学病院に行った。診察と言っても、脈をとるわけでもない。検査前日と当日の諸注意事項を聞いて、検査前に飲む薬を処方してもらったくらいのものだ。
 会計を済ませた。前日夜と当日朝に飲む薬代を含めて480円だった。おっ、安いな。これも治験の役得なんだろうかと思って、帰ってきた。
 1時間ほどしてからだろうか。見知らぬ番号から、電話が掛かってきた。出ると、大学病院の会計の担当だった。
 「すみません。先ほど、お会計の際に、間違えて多く頂戴してしまいました」
 「えっ?・・・」 
 思わず、我が耳を疑った。あれで多いだなんて?
 「250円のところを、480円いただいたので、230円お返ししなければなりません。先ほどの領収書を持って、ご都合のいいときに窓口にお越し願えませんか」
 「お越し願えませんか」も何も、お金が返ってくるとなれば、躊躇する必要はない。すぐに受け取りに飛んで行った。わずか230円だが、何か、もの凄く得をしたような気分になった。
 しかし、それにしても安い。安過ぎて、逆に心配にもなる。明日また電話がかかってきて、「すみません。0を一つ間違えてました」なんて話にならないことを、切に願うばかりだ。(5382)

性格は変えられる?


 毎週日曜日の午後は、弘前読書人倶楽部にいる。再三再四お伝えしてきたように、僕のルーティーンである。
 最近は、これに、新たなルーティーンが加わった。月3回ではあるが、日曜の午前中、弘前文学学校の授業が、読書人倶楽部で行われるようになったのだ。 僕は、9時半頃に、一度、鍵を開けに行く。文学学校の人がくれば出かけて、また授業が終わる頃までには帰ってくるようになった。
 IMG_8432午後は、読書人倶楽部恒例のブックトーク。講師は、10月13日のブログでも紹介したように、造形家のS先生であった。
 今年度の全国公募展「流形展」で特賞を受賞された方だ。今日は、受賞作ではないが、以前にお創りになった作品を持って来てくれた。
 講話は、作品とは直接関係はない。早坂暁著の「華日記ー昭和生け花戦国史」の話をして下さった。考えてみれば、先生は華道家でもあった。
 S先生とは、弘前芸術鑑賞会でも、一緒に活動をしている。それ以前の、弘前市民劇場時代からお付き合いだ。寡黙で、控えめな人だった。人前で話すようなタイプには見受けられなかった。
 それが、今年の1月、僕が推薦者になって、R法人会に入会した。R法人会とは、毎週火曜日の早朝、モーニングセミナーを行っている団体である。セミナーでは、会員を中心に各界各層の方々が、約40分間の講話を行う。自らの成功・あるいは失敗(こちらの方が多いかな?)体験から、学んだこと、気づいたことを、赤裸々に話してくれる。それを聞いて、参加者も、また自らを振り返るヒントを学ぶ、といったものだ。
 それ以来、S先生は、間違いなく変わった。何事にも積極的になった。人前でも、堂々と自分自身の意見を声に出して言うようになった。今日も、そのような先生だからこそ、講師を依頼した次第だ。 
 人間は変わる。
 かくいう僕も変わった。例えば、冒頭に挙げたルーティーンである。例えば、今日の」ブックトークもだ。もう7年間も、ほぼ毎月一度続けている。
 あるいは、先日もご紹介した議会報告会。これも、定例議会が終わる度に、初当選以来け、継続開催している。
 極めつけは、このブログ。ご覧いただいておわかりのように、毎日、高信をしている。酔っぱらって、不覚にも、日付をまたぐことはあっても、怠けて更新しなかったことは、やはり7年間ほどはない(はずだ)。
 実は、僕は、自他共に認める、三日坊主だった。「根気が無い」「だらしが無い」「無頓着だ」の三無主義を見事に具現化したような人間だった。朝令暮改は朝飯前、朝礼昼改・朝礼朝改だって日常茶飯事と言っても過言ではない。
 それが、とにもかくにも、いくつかのルーティーンを続けている。このことは、昔の僕を知る人にとっては、驚きに違いない。
 いや、性格そのものは変わっていない。僕は、今だってルーズな人間だ。ただ、意識することで、行動は変えることができる。S先生を見て、そして自分自身を振り返り、64歳も半年を過ぎた今頃になって、ようやく気が付いた。遅きに失したか!?(6785)
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