今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2019年12月

このブログの1年

 
 このブログをご覧いただいている皆様へ、今年1年間のご愛読、本当に有難うございました。365日ではなかったかもしれませんが、どうにか365回、更新することができました。
 ほろ酔いの夜も、悪酔いの夜も、泥酔の夜も(ほとんど毎晩飲んでたような気もするなぁ)、誤字誤変換をものともせず、時にご批判をいただきながらも、書き続けて参りました。
 ここで、ちょっと、プチ自慢をさせて下さい。
 いつのまにか、このブログは、3000回を超えていました。今日、この文章を投稿すれば、3146回です。ということは、記念すべき3000回目は、今年の暑い盛りだったんでしょうね。気が付きませんでした。
 それと、わずか1日だけでしたが、ライブドアブログ議員のカテゴリーで、全国1位になることができました。その部門には560人前後の議員が登録しているようです。
 これらも、偏に偏に、読んで下さっている皆様方のお蔭です。ただただ、心より、感謝申し上げます。重ね重ね、有難うございました。
 来年も、365日、毎日書き続けたいと思います。もし、一日経っても更新されなかったりしたら、僕の身に何か起こったと思って下さい。病気か事故か失踪か・・・? 単なる二日酔いだったなんてことがあるかもしれませんが。
 まぁ、ということで、ほとんど、中身の薄い内容かもしれませんが、来年も、懲りずに飽きずに、ご愛読下さいますようお願い申し上げます。皆様、良いお年を。(8230)
 

2019年を振り返って プライベート編


 同じ会派を組むTa議員と、今年最後の打ち合わせを行った。1月に行う会派議会報告会のこと、同じく会派レポート編集のこと、年明け早々に二人で行う弘前大学での講義のことなどだ。こうして、年の瀬まで、会派活動が行えるのは嬉しい限りだ。
 さて、昨日のブログで予告したように、今日は、今年一年間を振り返って、僕の議員活動以外のトピックスを挙げてみよう。一応、順位はつけるが、さほどの意味はない。
 
 第一位 弘前読書人倶楽部が移転したこと
 今年の7月に、現在地に引っ越した。大学病院の筋向い。交通至便の場所である。是非遊びに来ていただきたい。以前の建物は、今は取り壊されて空き地となっている。9月には、引っ越し祝いと8周年祝のおいを兼ねて、ささやかなパーティーも開催した。
 
 第二位 W君が亡くなったこと
 今年も、多くの友人・知人の訃報に接した。中でも、W君の死はショックだった。彼は、弘前に移住が決まって、こちらに向かっている途中での交通事故死だった。皆で、彼を歓迎しようと待っていた、その前夜の出来事だった。

 第三位 文化センターのステージで歌ったこと
 これまでも、ホテルやかだれ横丁のステージで歌ったことはある。でも、500人収容の文化センター大ホールで歌ったのは初めてだ。緊張した。でも気持ちがいい。癖になりそうだけど、来年からは声がかからないだろう。

 第四位 スマホを交換したこと
 前のスマホが、突然、うんともすんとも言わなくなった。人間で言えば、急性心不全のようなものらしい。買い替える羽目になった。結局、歩行数だとか、睡眠時間だとか、毎日計測していたデータは復元できなかった。でも、買い替え後の半年間では、平均歩数は7900歩を超えている。

 第五位 紀伊国屋書店弘前店が閉店したこと
 新聞でこの記事を見た時には、過去の色々なことが、次から次へと思い出されて、しばらく放心状態になってしまった。地元紙の取材も受けた。にわかに「今泉本店」の名前が一部でクローズアップされて、複雑な心境にもなった。

 と、いいことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、様々に織りなしあっての1年間であった。
 それにしても、年々、時が過ぎるのを速く感じる。5歳の子どもにとっては、1年は五分の一にもあたるのだけど、64歳の僕には六十四分の一にすぎない。このことを、何とかの法則というと、先日教わったが、もう忘れてしまった。忘れるのも、年々速くなっている。(11081)
 
 

2019年を振り返って 議員編


 一昨日のブログで、どうやら誤ったことを書いてしまっていたようだ。銀行も27日から休みと思っていたら、明日30日は営業するのだそうだ。 読者のコメント欄で教えていただいた。謹んでお詫び並びに訂正をします。
 というくらい、日付とか曜日の感覚が鈍くなっている。老化が進んでいるのかもしれない。
 そんな退化しつつある脳みそを振り絞って、僕の今年1年を振り返ってみよう。まず今日は、議員としての今年のニュースBest5、明日はそれ以外のニュースBest5を記してみたい。

 第一位 統一地方選市議会議員選挙で、当選させていただいたこと
 まずは、何より先に、このことについて、改めて皆様に御礼を申し上げます。また4年間、議員という立場を頂戴した。これまでにも増して、責務に邁進したい。って、もう半年以上も、経ってしまった。

 第二位 竹内議員と、会派「さくら未来」を結成したこと
 僕は、最初の2期8年間は、完全な無所属で行動した。3期目は、Ku議員と「無所属クラブ」という緩い会派を組んでいた。本格的な会派というのは、今回が初めてである。たった2人の会派だが、他のどこよりも、濃密な積極的な活動をしたいと考えている。

 第三位 会派議会報告会、合同報告会を開催したこと
 会派の議会報告会。これは”会派”を名乗る以上、必須事項だと、僕は考えている。さらに今年は、会派の枠を超えて、無所属議員3人も加えた合同議会報告会も開催した。ここ活動も続けていきたい。できれば、その輪を広げていきたいと思う。

 第四位 合同議員勉強会が開催されたこと
 会派の枠を超えると言えば、今年は、議員有志による合同勉強会が2度開催された。いずれも、4会派と無所属から10人の議員が出席した。時には、議場で議論を闘わせること、賛否が分かれることがあっても、共に学び情報を交換し合う関係は、大切にしたいものだと思う。

 第五位 経済文教常任委員等を拝命したこと
 2度目である。付託された議案を審査するだけに留まらず、自ら積極的に課題を見つけ取り組んでいく委員会にしたいと考えている。今年は、認定農業者連絡協議会と、弘前市連合PTA役員の皆さんとの意見交換会を実施した。来年は、これらの継続とともに、他の団体からも意見を聞く会を設けたい。

 これら以外にも、行政視察のことや弘前地区環境事務組合議会のこと、タブレット端末導入の動きや、議会基本条例の検証のことなどなど、色々なことがあった。去年までよりも、数段、忙しくなったような気がする。
 しかしまぁ、”忙しい内が華”とも言う。暇だと逆に寂しくなりそうだ。来年は、もっと忙しくなりますように。(6819)


    

今年読んだ本ベスト5・・・のはずが


 年末の大掃除をした。と言っても僕の場合、①部屋中に散らばっていた12月議会の資料を整理すること ②枕元の本の山を片付けること の2つくらいだ。
 本を片付けていて、全く手をつけていないか、中途半端にしている本の多さに、我ながら呆れた。そう言えば、今年はあまり本を読んでいなかったなぁ。つくづく、読書力の衰えを感じた。
 以前は、この時期になると、「今年読んだ本 ベスト10」なんて記事を書いたこともあるが、今年は、せいぜい5冊を絞り出すのが関の山だ。以下にそれを記してみよう。

 第1位 「プロレスという文化」
 プロレス本も、ここまでくると、大学の社会学のテキストといってもいい。僕もどこかでプロレスの講演をしてみたい。

 第2位 「峠」上・中・下
 幕末、長岡藩家老 河合継之介の生涯を描いた長編小説。先日の弘前読書人倶楽部では、今年の1冊として、この本を紹介した。

 第3位 「東京12チャンネル時代の国際プロレス」
 放送界、プロレス界において、メジャーになれなかった男達のドラマである。全篇に哀愁が漂っていて、胸にしみる一冊だ。

 第4位 「魔眼の匣の殺人」
 作者のデビュー作「屍人荘の殺人」が映画化され話題となっているが、第2作目となるこの本この本も、なかなか読み応えがあった。

 第5位「選挙参謀」
 ちょうど、自分の選挙前に読んだからか、妙に印象に残っている。しかし、あちこちから聞えてくる噂では、”事実は小説より奇なり”という言葉も、あながち嘘ではないようだ。

 あっ、やっぱり5冊では足りなかった。次点として、先日読んだばかりの一冊を加えよう。

 次点 「福家警部補の考察」
 刑事コロンボ、古畑任三郎・・・の流れを汲む、倒叙ミステリーである。こういう女性警官と知恵比べをしてみたいとさえ思う。

 いや、あともう1冊
 次点2 「政治学をいかに教えるか」
 蒔田先生には、今年も公私友にお世話になった。この本の中で紹介されている”主権者教育”の実践例を、来年は是非視察に行きたいと思う。

 目の衰えは如何ともし難いが、来年は、もう少し本を読むことを心掛けたい。(3745)

御用納めの日に


 また一つ、友の訃報が届いた。大学時代、サークルで一緒だったK君だ。一昨日来、mailやLineで、仲間と連絡を取り合っている。
 スポーツ活動とか、文化芸術活動とかいう、いわゆる”普通”のサークルではなかった。アイドルのおっかけをしたり、キャンディーズのコンサートのバイトを請け負ったり、新人のオーディションを見学にいったり・・・。まともなことも行なった。荒井(当時)由実や、アリスのコンサートを主催したり、都内の多数の大学にアンケートをとって、「学生音楽大賞」を選定したりもした。まぁ、その当時は、時代の先端を行くサークルだったかもしれない。 
 K君とは、そのサークルで知り合った。何せ彼は、東京生まれの東京育ち。全国有数の名門私立高校卒だ。僕はと言えば、雪深い弘前から、突然東京のど真ん中に飛び込んだようなものだ。
 でも、K君に限らず、サークル仲間とは、皆、馬があった。苦楽を共にしたわけではない。楽だけを共にしたような緩いサークルだったけど、濃密な4年間を過ごした。卒業して40年以上経った今でも、親交は続いている。
 数年前のことだ。僕が上京するというので、仲間が数人集まって、浅草の天麩羅やへ繰り出した。目の前で揚げてくれる有名店とのことだった。K君も、忙しい中、駆けつけてきてくれた。
 浅草は、彼のテリトリーである。台東区で包装資材の会社を経営していて、地場では相当に顔が利くらしい。
 そんな関係で、彼は、わざわざ僕のために、弘前出身の若い芸妓さんを呼んでくれていた。そこが東京だということも忘れ、二人で津軽弁で盛り上がってしまった。
 二次会も、彼に連れられるがままに、神谷バーに入って、デンキブランを痛飲した。たっぷりと浅草の夜を堪能させてもらった。そんな彼の気遣いと優しさが、今さらながら思い出される。
 大学のサークル仲間が病気で亡くなるのは、これで二人目である。普段は会うことが少ないだけに、弘前にいる知人が亡くなるのとは違った、悲しさと寂しさが残る。
 今日は御用納めの日。議会事務局に挨拶に行った。図書館で本を返した。太宰治まなびの家や弘前読書人倶楽部へも顔を出した。
 最後に銀行に立ち寄った。銀行も明日から長い休みに入る。29日の通夜に友達に持っていってもらうお香料をあわてて送金した。東京は僕の選挙区ではないので、問題はないはずだ。 
 その日、僕は一人で、弘前にいて彼の冥福を祈ろうと思う。献盃。(9839)
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