今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2020年03月

お金貸します


 弘前読書人倶楽部のFAXに、弘前ペンクラブ宛てで、「融資の枠が通りました。1500万円までお金を貸します」という案内が送られてきた。別に申し込んだわけでもない。勝手に送ってきたのだ。しかも、聞いたことも無い会社からである。 
 有難いことに、読書人倶楽部もペンクラブも、コロナ騒動で収益が悪化するような団体では無い。また残念なことに、仮に借りられたとしても、返済する財源など、どこにもない。従って、このペーパーは、右から左へ、まっすぐゴミ箱行きとなった。
 だけど、これからは、こういう金融の営業が増えていくだろう。ここぞとばかり営利を貪ろうとする業者がたくさん出てきそうだ。
 裏を返せば、それだけ資金繰りに窮しているところが多いということだ。明日の米さえ手に入らないかもしれないという人だっている。困窮の悲鳴はあちらこちらから聞こえてくる。
 今日、知り合いの融資申込みに同行した。やはりコロナの営業で、予定していた事業を中止せざるを得なくなり、収入の予定が狂ったことだった。
 窓口では、親身になって話しを聞いてくれた。有難かった。なんとかいい方向へ進んでくれればと思う。
 しかし、今、世の中で問題なのは、政府や自治体で打ち出している支援制度は、全て”融資”ということになっていることだ。社会福祉協議会の個人・世帯向け緊急小口資金も、無利息とは言え、結局は貸し付けだ。当然のことながら、借りたものは返さなければならない。
 でも、よく考えてみよう。何か事業を興す。今中止した事業でも何ヶ月か後には再開出来る。コロナ騒ぎが収束すれば収入増の目途が立っている・・・などと違い、これまで10の収入でギリギリの暮らしをしてきた人が、その10が入ってこなくなった。コロナが収束したとしても10の収入しか入ってこない・・・という人であれば、どうやって返済をしていけばいいのか。逆に、返済が、生活の足枷になってしまうことだって考えられる。
 で、あれば、今早急に講じなければならないのは、生活困難者に対する所得補償であり、税・公共料金等の支払い猶予ではないかとも考える。政府も、ようやく現金給付も検討しているようだ。なぜ、即座に実行できないのであろう。
 弘前に仕事が無くなったと言って、職を求めて八戸へ行ってしまった友人がいる。あれ以来、音信が無い。彼はどうしているのだろうか?(8670)

街の誕生


 札幌オリンピックは、僕が高校1年生の冬だった。フィギュアスケートのジャネット・リンが、一躍アイドルになった。でも僕は、銀メダルとなった、カナダのカレン・マグヌセンの方が、すーっと 可愛いと思った。昔から天邪鬼だったのである。
 そのオリンピックのテーマ曲となったのが、トワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」である。今、聞いてもいい曲だと思う。
 特に好きなのが、♬ 町ができる 美しい町が・・・♬という歌詞である。当時の札幌は、まさしく新しい街が誕生する、そんな雰囲気であっただろうと想像する。
 ある中心商店街の「まちづくり協議会」に出席した。かつて書店を経営していた商店街だ。店を閉めてから、もう20年にもなるけれど、いまだに係わりを持たせていただいている。
 下土手今日は、”第一種再開発”についての勉強会を行なった。一定区域内で営業をしている地権者等が、現在の店舗を取り壊し、それぞれの権利を担保しながら、全く新しい街区を造り上げるという開発だ。弘前市では、駅前再開発ビル(現ヒロロ)建設の時、この手法をとっている。
 該当する地権者はもとより、市や商工会議所からも、担当者に出席をいただいて、その仕組みについて一から説明を受けた。僕でも、何となくわかったくらいだから、他の参加者は、かなり理解したものと思う。
 共通しているのは、商店街は今のままでは駄目だという危機感だ。2年前くらいまでは減少傾向にあった空き店舗・空き地が、またぞろ増え始めている。しかも、最近の空き店舗は規模が大きい。よけいに目立つ存在になっている。
 もはや、小手先のイベントや、少額の空き店舗補助金では追いつかない。抜本的な改造が必要だとも思う。
 それには、まず、商店主の意識改革が大切だ。自分の店の繁盛だけではなく、街全体の繁栄を考える意識・・・などと、既に商店主ではない僕が言ってもはじまらないが、せめて僕に出来るお手伝いは、精一杯務めたいと思う。(7165)
 
 
 

困った大国


 まだ3月だというのに、 早くも今年の流行語大賞トップ10が出そろいそうだ。「コロナ」「クラスター」「オーバーシュート」「三密(密閉・密集・密接)」・・・。三密と聞いて、壇蜜を思い浮かべそうだと、FBに書いていた人もいた。
 これが政治の世界だと「密議」「密約」「密謀」。男女の間だと「密会」「密通」「蜜月」。どれも僕には縁遠い(?)言葉だ。
 ブックトークさて、どこもかしこも自粛が求められているこのご時世に、弘前読書人倶楽部では、いつもの通り、ブックトークを開催した。月に一回、本の話を聞き、講師を囲んで語り合う会だ。
 当初は、世に倣って、休むことも考えた。外部から講師を招いても、参加者が少なければ、ご迷惑をかけることも恐れた。でも、チャーターメンバーの一人でもあるTa君が、中止するよりだったらと、講師を買って出てくれた。
 読書人倶楽部は、法人格を持たない、ただの同好の士の集まりである。定款も社是もない。特段、社会的使命を帯びているわけでもない。100%、会員の厚志によって成り立っている小さな小さな団体だ。
 こういう脆弱な組織は、いったん中断してしまうと、なかなか再開するのは難しい。停滞はすなわち停止を意味することにだってつながりかねない。
 何と言っても、代表たる僕の性格である。さぼり癖がつくと、なかなか抜けない。Ta君は、それを危惧して、名乗りをあげてくれたのだと思う。
 演題は「歴史から見た中国の実像」。タイムリーな話題だった。
 中国といえば、コロナウィルスの発生源だ。初動の拙さで、ウィルスを世界中に蔓延させた張本人とも言える。
 にもかかわらず、「ウィルスは米軍が中国に持ち込んだものだ」とか「世界は中国に感謝すべきだ」などと妄言を臆面もなく発している。検査で陽性でも症状の出ない人を感染者にカウントせず、終息していると豪語している。その厚顔無恥さ加減には呆れてものが言えない。
 そんな中国の歴史のあやふやさを、弘前でも指折りの嫌中派で知られるTa君が、バッタバッタと切り捨ててくれた。他の人はいざ知らず、僕は思いっきり溜飲が下がる思いがした。
 アメリカでは、中国政府に対して損害賠償を求める動きも出てきているらしい。日本だってそれくらいやったっていい。もし、今日のブックトークの参加者に感染者が出たりしたら、読書人倶楽部も、その訴訟団に加わろうかしら。(9536)

ホワイトアウト


 ♬ 白いギターに変えたのは 何か理由でもあるのでしょうか この頃とても気になるの ♬ チェリッシュのヒット曲、「白いギター」の歌い出しである。 
 僕の手帳の中が真っ白になったのには理由がある。コロナウィルスのせいである。実に様々な会議や催しが、中止になったり延期になったりしているからだ。今朝も、郵便受けには、4月3日開催予定だった「春の交通安全市民総決起大会及び交通安全パレード」中止の案内が届いていた。毎年、ご招待いただいていた、小学校の入学式の案内は、まだ届いていない。
 文化所用があって、弘前文化センターへ行った。土曜日の午後だというのに、建物の中は暗く閑散としていた。僅かに、展示室で「新しい津軽塗の展示会」が、ひっそりと行なわれていたくらいである。
 ふと掲示板を見ると、今月の予定が貼り出されている。ご覧の通り、今月は白い日が多い。特に、3月15日以降は、500人収容のホールも、大会議室も、全く使われていない。こんな北国の小さな街にも、コロナの影響が侵食してきている。
 本来であれば、今日は、「弘前未来創生塾」の成果報告会(正式名称はわからない)が行なわれるはずだった。それも、早々と中止が決まっていた。
 創造力・企画力・課題解決力を持った若者を育成しようと始められた、弘前市の新しい試みだ。現市長の施策の中でも、僕が最も期待している事業の一つだっただけに、とても残念でならない。
 今日の地元紙には、八戸市の夜の経済の危機が、大きく採り上げられていた。飲食店では、感染者が判明した日以来、キャンセルが相次ぎ、人通りもまばらになったという。
 いや、これは、八戸の夜だけに限ったことではない。八甲田山系を間に挟んだ弘前に於いても、市政も、日中の市民活動も、文化活動も、教育も、日常生活も、停滞を余儀なくされている。飲食街には閑古鳥が鳴いていると聞く。
 せめて僕だけでも、夜の地域経済のために一肌脱ごう、とは思うのだが、何せ咳が治まらない。ある店からは、出入りの自粛を要請された。
 そんなわけで、僕の手帳も、文化センターの予定表も、街の活気も、もっと言えば日本全体が、真っ白に塗られている。まさしくホワイトアウトの世界である。(7193)

 追伸
 タイトルは、真保裕一の小説からいただいた。文句なく面白い。コロナ騒ぎで外出が制限されるのであれば、この機会に、たくさんたくさん本を読もうではないか。 

自然の中で遊ぶ


 都会から弘前に移住してきた人が、子どもを遊ばせる場所を尋ねたところ、「ヒロロ」という答えが返ってきたという。 三方を山に囲まれ、豊かな自然に恵まれた弘前まできたのに、子どもの遊び場が、コンクリートのビルの中とは・・・。そんな不満や違和感を持っている家庭も多いのだそうだ。
 自分自身の子どもの頃を思い返してみる。僕は、片田舎とは言え、弘前市の中では、街のど真ん中で産まれ育った。周りはどこも商店で、表に出れば、今ほどではないにせよ、車の往来の多いメインストリートであった。
 それでも、裏の土淵川は、今のように護岸整備もされておらず、土手伝いに川面まで降りて行くこともできたし、川原には、子どもの背丈より高い草が生い茂った一角もあった。その一帯は、近所の子どもたちの格好の遊び場だった。
 川沿いの道で、キャッチボールをした。球が逸れれば川に落ちる。先っちょに網を付けた長い竿を持って、流されていくボールを追った。橋を一つ越した浅瀬になるところで待ち構えては、掬い上げた。
 都会っ子(?)の僕ですらそうなのだから、他の同年代の人達は、もっともっと広い野原で遊んでいたことと思う。それに比べて、今の子どもたちはどうなんだろう? 人造の建物の中や、管理された水辺空間だけが遊び場だとしたら、可哀想な気もしないでもない。
 つがる今日、NPO法人つがる野自然学校の代表の方とお話をする機会を持つことができた。子どもたちが、自然の中で遊ぶ機会を、積極的に提供している団体である。世界遺産白神山地の外縁にあたる国有地を拠点に、四季を通して、様々なイベントを展開している。
 山菜をとる、虫や魚を捕まえる、火を熾す、川に飛び込む・・・そういった遊びを通して、生きる力を育む。自然との共生の意義を学ぶ、そういった取組みだ。話を聞いていて、その熱い思いがビシビシと伝わってきた。思わず何度も頷いてしまった。
 僕らも、弥生リゾート開発跡地を使った自然観察会を、毎年2回行なっている。市の中心部から車でわずか30分たらずの所にある広大な山裾だ。スキー場にするために、一旦ははげ山となった斜面に、今は、立派な森が育っている。子どもたちには、そんな自然の回復力を是非見てもらいたい。
 そういった活動を通して、これからも連携していくことを約束して、今日の会合は終わった。有意義な1時間半だったと思う。
 僕も、もう少し若ければ・・・。いやいや。もう無理だ。膝が痛い。息が上がる。市役所の階段を上るのでさえ躊躇する毎日を送っている。(9036)
 
 
 
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