今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2020年05月

紙の底力


 相も変わらず、日曜日は、弘前読書人倶楽部で過ごした。毎週のルーティーンである。だからブログも、倶楽部のことを書くことが多い。
 先ずは、嬉しいニュースから。新会員が加入した。しかも、その動機が、先日このブログでもご紹介した「月刊弘前6月号」を見てとのことだ。苦労をした甲斐があった。いやいや、僕は苦労をしていない。寄稿者と編集者にご苦労をかけただけだ。
 それにしても、つくづく感じたことがある。それは紙媒体の底力だ。特に会員募集を呼び掛けたわけでもないのに、発行後わずか2~3日で、もうこのような結果が出はじめている。ネット万能のように言われる今の世の中においても、まだまだ捨てたもんじゃない。
 そもそも僕は、何度も何度も言うように、本質的なアナログ人間である。活字文化の真っ只中で産まれ育ってきた。
 確かにネット情報は早い。毎日毎日、何千・何万・何十万というものが、瞬時に世界を駆け巡っているのだろう。ストックされずに、流れ去って行ってしまうものの方が遙かに多い。
 それに、先日の女子プロレスラーの自殺の際にも言われたことだが、匿名の陰に隠れた、無責任な誹謗・中傷・デマ・虚偽が、一部では大手を振ってまかり通っている。
 それに対して、紙媒体は、特に雑誌や書籍などの出版物は、”物”としてストックされていく。何よりも、必ず最終ページや裏表紙には、発行者の名前が明記される。責任の所在がはっきりとしている、
 だから、スピードではネットに負けても、信頼性では勝る、というのが僕の判断だ。いやぁ、ネットについていけないアナログ親父の願望なのかもしれないが。
 読書人倶楽部の二つ目のニュースは、新着情報だ。”新着”と言っても読書人倶楽部には、新刊を買う予算はない。会員からの新たな寄贈を待っているだけだ。
 カムイ今回紹介するのは、白土三平の「カムイ伝」。寄贈を受けたのは先週だが、今は、入庫処理も終わって棚に並んでいる。
 基本的には、漫画の寄贈は受けないことになっている。が、物による。文学的香りのする物や、出版物として希少価値が高い物は、やはり残しておきたいし、残しておかなければならない作品もある。
 時が経てば、捨てられてしまったり、古紙業者に売られ処分されてしまう、そんな本の命を長らえさせることも、読書人倶楽部を始めた理由の一つだったような気もする。(5817)
 

晴れなのに


 弘前は五月晴れ。夏を思わせるような陽気であった。
 なのに僕は、ほぼ一日中、家の中に閉じこもって、パソコンと睨めっこ。締切りに追われた事務仕事をしていた。
 今流行の、会社に出勤せずに自宅で仕事をする・・・。テレワークとは、きっとこんな感じのものなのだろう。
 ”テレワーク”という言葉は、 もう何年か前から、既に使われていたような気がする。が、お恥ずかしいことに、最初にこの言葉を聞いた時、僕は、電話をかけて営業をすることなのかと勘違いをしていた。
 そう、今でも時折かかってくる「こちらNTTの関連会社の〇〇ですが、ご自宅の回線の件で・・・」というやつである。
 実のところ、僕はあれが大嫌いだ。夕食中や、テレビを視ながらの休息中を狙ったように、電話をかけてくる。
 何より腹立たしいのが、営業を電話で済まそうという魂胆である。本当に売り込みたいのであれば、直に訪ねて来い! 顔と顔を付き合わせて、書類を示しながら説明しと! と本気で怒っていた。
 どうやら、テレワークの”テレ”は、テレフォンの”テレ”だけの意味だけではなく、遠い昔、SF漫画で知った、テレポーテーション(瞬間移動)やテレパシー(精神感応)の”テレ”に近いニュアンスだということを知ったのは、だいぶ後になってからである。つまり、「違い」とか「遠隔の」といった意味を表わす接頭語なのだろう。
 そのテレワークが、今は随分と脚光を浴びている。賞賛されている。通勤ラッシュが解消される。時間にゆとりができる。他人に干渉されなくて済む。自分らしさを取り戻せるetc 確かに今日は、僕も仕事に集中することができた。
 が、本当に、良いことづくめなのだろうか? 僕が危惧しているのは、ただでさえ、今の若い世代が苦手だとされている「人間関係形成力」が、益々衰えていきはしないかということだ。会話が出来ない。ネットでしか他人とコミュニケーションがとれない。そういった若者(に限らず50歳代くらいまで)が増えているという。それに起因する悲惨な事件も、現実に起こっている。
 たくさんの人の間で仕事をする。時には上司や先輩から様々な干渉が入る。意見の合わない人とも協調をする。妥協をする。和解をする。説得して理解をしてもらう。・・・こういう経験が、人間を育てていくはずだ。好きな時間に、好きな場所で、好きな姿勢で仕事をする、ということだけでは、何かが欠けているように感じるのは僕だけだろうか?
 やっぱり、僕にはそんな生き方はできない。だから、日が沈みかけた頃、着替をして、おニューの靴を履いて、馴染みの居酒屋へ行って、人間関係力を高めてきた。(11716)

 追伸
 今日のタイトルのネタ元はご存じだろうか? 柏原芳恵の「春なのに」のもじりである。柏原芳恵と言えば、今上天皇が、お若い頃に憧れていたアイドルとされている。なんてことを今さら書けば、右翼にどなりこまれるのかな。
 

変則議会 反則封印  今日の議会運営委員会から


 議会運営委員会が行われ、定例議会に付される議案の説明を受けた。併せて会期日程等が決定された。
 弘前市議会令和2年第2回定例会は、6月5日に開会する。一般質問は16日からの4日間。予算決算を除く常任委員会が22日。予決算委員会は翌23日。そして30日に本会議を開催して閉会する。
 今回の大きな特徴は、一般質問に立つ議員の人数だ。今議会の一般質問登壇者数は12人。通常の5分の3まで少なくなった。
 これは、決して議会として制限をかけたわけたわけではない。希望者全員に一人50分というのは、以前に申し合わせていた。
 だけど、議員一人一人、そして各会派で熟慮をした結果、今議会に限り、数を絞って、密閉空間での密なる時間を短縮しようと、それぞれが判断したのだろうと思う。僕らの会派も、勿論慎重に検討した。田会派の議員とも話し合って、今回は一人だけが登壇することとした。
 実は、密集を避けること以上に、大きな理由がある。コロナ対策に忙殺されている市職員の業務に対する配慮だ。
 話を聞くと、本会議における議員の一般質問にとられる時間と手間は、相当なものがあるらしい。通告を受けると、更に詳しい聞き取りをし、それに沿って答弁書を書き上げ、その答弁書について課内なのか部内なのかはわからないが会議を行う。最終的にはおそらく市長の決裁をもらわなければならないのだろう。その忙しさは、想像するに難くない。
 ところが、今は、関連する部署では、コロナ対策で猫の手も借りたいほどだと聞く。市独自の家賃補助に加え、先週の臨時議会では、固定資産の補助や、飲食…交通・宿泊業者に対する輔助もけっていした。6月の議会でも、また新たな助成制度が提案されている。その申請を受け付け、審査をし、交付をする部署は、今後増す増す忙しくなる。
 更には、国の定額給付金にかかわる事務作業だ。今日、我が家にも通知書が届いたが、市民が一斉に申し込めば、てんてこ舞いのうえにきりきり舞いになることは目に見えている。
 僕らとしては、如何なる給付金においても、希望する人の所には、一日でも早く届けてもらいたい。大袈裟では無く、それで命が救われる人もいるかもしれない。ところが、一方からは、弘前市は対応が遅いという批判の声も聞こえてきている。
 そんな中で、職員には、今は議会対策よりもコロナ対策に時間をかけて欲しい。労力を集中して欲しい。そんな気持ちの表れが、今回の12人という数になって表れたのだと思う。
 会派さくら未来では、若いTa議員が、老い先の短い(?)僕に、道を譲ってくれた。だからといって、僕のワンマンショーをやるつもりはない。これから通告まで1週間、登壇まで20日弱、Ta議員とは何度でも何度でも打ち合わせをして、あくまで会派の代表として質問に臨みたい。だから、今回は、反則攻撃や場外乱闘はしない・・・。(9616)

Mission : Impossible


 レンガ弘前レンガ倉庫美術館が、いよいよ6月1日にプレオープンをする。プレというのは、おそらく、コロナが完全に終息していない状況での密集を避けるため、入場客数を制限するという意味なんだろう。観覧希望者は、当面は、事前の予約が必要のようだ。
 さて、我が家から弘前レンガ倉庫美術館に行くには、大きく3つのルートがある。そのどれを通っても、徒歩20分足らずだ。
 一つは、一戸時計店の前から商店街を横断して、山道町の小路を通るルート。二つ目が、市の中心部を流れる土淵川添いに辿るルート。そしてもう一つが、歓楽街、鍛治町一帯を抜けるルートだ。
 その3ルートの間にも、いくつかのアベニューもあればストリートもある。小路や抜道も縦横に走っている。だから、バリエーションは数え切れないほどある。
 今日は、敢えて、歓楽街のど真ん中を抜けるコースを歩いた。と言っても、日が傾きかける頃。まだネオンが点灯する前だ。
 夜の盛りとは、また違った表情を持っている。空が明るいだけに、逆に、陰りが強く感じ取れる。実は僕は、そういった街を歩くのも、決して嫌いではない。
 もっとも、今日、このルートを選んだのには、二つの理由があった。
 カフェミッションNo1。美術館に先駆けてオープンをしている、BRICKというカフェの下見だ。6月4日に、ささやかな集りを持つことにした。内容については、改めてその日のブログに書きたいと思っているが、場所は、そこでなければいけない。中を見る前から、それだけは決まっている。とは言え、一度も入ったことのない店に、いきなり押しかけていくのも何かなぁと思い、初めて入ってみた。
 お洒落な店である。絶対に、初老の男性5人で宴会を行うような雰囲気ではない。出来れば彼女と、ゆったりとした時間を過ごしたくなるようなお店だ。それでもミッションはミッションだ。男5人分の席を予約してきた。
 ミッションNO2。その二次会の場所探しである。これが、なかなか難儀をした。平均年齢70歳近くにもなろうかという男同士、上手い肴を食えて安く飲める店・・・。しかも、出来れば、個室でテーブル席でというのが条件だった。
 それ以前に、大体にして、日の明るいうちから夜の店を探そうという魂胆に無理があった。どこも閉まっている。それも、たまたま営業時間前だったのか、それとも今日が定休日なのか、あるいはコロナ禍でしばらく休業しているのか、はっきりしない所が多い。中には、廃業してしまったお店もあるのかもしれない。
 帰りは、商店街を横断するルートを選んだ。途中、中土手町に2軒並んでいる、ルネスとスマイルホテルの飲食店街も覗いてみた。どちらも空き店舗が目立つ。コロナの影響もあってか、つくづくこの業界の厳しさを目の当たりにした思いだ。
 そんなこんなで、今日は、久々に9000歩以上歩いた。疲れた。きっと今夜はぐっすりと眠られるだろう。(5249)
 

月刊弘前6月号


 月刊弘前「月刊弘前」6月号が手元に届いた。予てから宣伝してきたように、弘前読書人倶楽部が巻頭で紹介されている。わくわくしながら、ページを捲った。
 と言っても、僕が原稿を集める係だったので、既に一度二度は目を通している。それでも、活字となって、冊子という形になって読む文章はまた格別だ。
 トップを飾るのは、田中さん。読書人倶楽部の開設は2011年6月。その1~2年前から、田中さんと二人で、あれやこれやと構想を練り、大学の先生にも相談し、場所を探し、何度も飲んだ。その頃の記憶が甦った。
 続いては、読書人倶楽部の基本蔵書を寄贈して下さった関さんの原稿。そもそも読書人倶楽部は、関さんから田中さんに、ご自身の蔵書の活かし方について、話を持ちかけられたことからスタートする。関さんの思いが一杯に詰まった場所なのだ。
 開設当時から、なにかイベントを行えば、必ず出席してくださってくれる佐藤先生にも、原稿をお願いした。僕の中学時代の恩師だ。倶楽部のことも僕のことも、あまりにも褒められすぎているようで、面はゆい。
 特集の最後は、最近始めた読書人倶楽部句会について。月の葉さん(俳号)に書いていただいた。この句会も、今はコロナ禍の中でこぢんまりと行っているが、ゆくゆくは人数を増やせていけたらと考えている。
 それにしても感服したのは、編集者の仕事だ。Wordやら一太郎やら、Lineのコピーやら、Excelやら・・・集まった原稿をそのまま渡したのが8日前。それがもう立派な誌面に出来上がって配られている。プロのエディターとは大したものだと、脱帽した次第だ。
 なんてことを書くと、締切り日を守らない輩が増えて、編集者にご迷惑をかけるかもしれない。このブログの読者の皆様にも、原稿の依頼がいったら、僕の戯れ言は忘れて、締切りはきっちりと守ってもらいたい。うーむ、説得力がないなぁ・・・。
 「月刊弘前」は、協賛店の店頭に置かれている。読書人倶楽部にも10部ほど頂戴をした。希望者にはお渡しする。是非、ご覧いただければと思う。(6383)
 
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