今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2021年03月

自分に甘く 他人には厳しく


 激動の令和2年度が終わった。いやいや、”激動”というのは当たらない。コロナのおかげで、何も動けなかった一年が終わったというべきか。
 その年度末に、とんでもない事件が起こった。
 昨日、青森から帰ってきてスマホを開いたら、留守電が入っていた。介護保険課からだった。
 折り返し電話をかけると、予算のミスがあって、それを議員1人1人に説明したいとのことだった。電話で聞いた話では、3月18日の本会議で、介護保険特別会計の補正予算案を可決承認したのだが、その後精査したところ、青森県国民健康保険団体連合会へ支出する保険給付費が、3億円強不足することが判明したという。すぐに同じ会派を組むTa議員と連絡を取り、その説明の時間を、今日に設定した。
 今日の午後、約束した時間に控室に現れた担当職員は、心なしかやつれているように見えた。おそらく、昨日から、議員への説明に追われていたのだろう。
 それにしても、3億とは大金である。府中で白バイ警官に扮装した犯人が、現金輸送車から強奪した金額と一緒だ。あの時は、日本中が大騒ぎとなった。
 説明を聞くと、ミスの原因は、表計算ソフト(Excel)の数式の不備だという。”不備”って何だ? と聞いたら、職員の誰かが打ち間違えたらしいとのことだ。
 いやはや、僕も、酔っ払って、よく間違えることはある。でも、市の職員が業務として行なう作業に、そんな初歩的なミスがありうるのか? あったとしても、年度末ギリギリまで、どうしてそれがわからなかったのか? ということを質問し、改善を求めた。
 これは実は、由々しき一大事なのである。市政運営の根幹たる予算案が、充分なチェックもされすに議会に出されていたことになる。議場における発言すら覆したということにもなる。議会軽視と言われてもしかたがない。
 しかしまぁ、ここで、説明に来た職員を怒ってもしかたがない。言いたいことは他にもあったが、そこはぐっと抑えた。
 問題は、今回の件だけではない。以前にも、見積もりの甘さから、学校へのエアコン設置にかかる経費について、緊急に補正予算を専決処分したこともあった。
 そういったこともあって、市役所全体に気の緩みが見られる。緊張感に欠けると感じているのは、どうやら僕1人ではないようだ。議員同士も含め、多くの人から同じような声を聞く。「市民ファースト」のはずが「職員ファースト」になっているんじゃないかと、手厳しことを僕に意って来る人もいる。
 職場の中が和やかだというのは、素晴らしいことだ。でも、それと”ナァナァ”でいいということとは別問題だ。
 僕は、先刻バレているように、私生活では、自分には甘く他人にも甘い人間だ。でも、こと議会に関しては、相手側には厳しさを求めたいと思っている。・・・だから嫌われる。
 そしてまた、こんなことをブログに書くから、さらに輪をかけて嫌われる。他人と諍いを起すのは、本意ではないのに・・・(12572)

 
  

あゝ青森


 青森県選挙管理委員会へ、政治資金収支報告書を提出してきた。明日が締切り。相変わらずギリギリである。
 青森駅青森まではJRで行った。理由は二つ。視力が落ちて、とてもじゃないが車の運転は危険だと思ったのが一つと、数日前の新聞に、こんな見出しが躍っていたからだ。
 というのも、正直言って、これまでの駅は、県庁所在地のそれとしては、恥ずかしいものであった。 1階の改札口から線路を跨ぐ連絡橋へ上るエスカレーターがない。連絡橋からホームに降りる昇降機も不備だ、といった案配だ。
 それが改善されたのだろうと期待をして、5・6番ホームに降り立った。が、まだ工事中であった。エレベーターはあったようだが、電車からは見えない位置にある。従前通り、長く高低差のある階段を上った。  
 新しい改札口は、2階、連絡橋の外れにある。でも、そこから表玄関とも言える東口に降りるエスカレーターもまだ工事中。
 東口というか、東口全体が、未完成なのだ。右の写真のような状態である。
 ちょっとがっかりした。見出しに騙された気分である。でも、まぁ、これから工事は進み、青森の中心街のシンボルとしての容貌を表わしていくのだろう。
 青森市内は、他に、中三デパートの場所も工事中だった。物販とマンションの複合施設として開発されると訊いて居る。
 更には、新町の角弘一体の再開発も行なわれるらしい。街がどんどん変貌を遂げていく。賑やかさを取り戻していくだろう。
 八戸市では、10年前に、中心商店街に大きな施設が誕生した。昨年の7月に視察に行った、ハッチ、マチニワ、八戸ブックセンター等である。訪れたのがちょうど夕刻だったせいか、学校帰りの高校生達で、商店街のその一帯は賑わっていた。
 翻って、我が弘前市はどうだろう? 新年度には、新しい中心市街地の在り方を検証・検討するようだが、何か、今一つ、積極的な姿勢が汲み取れない。対処療法だけでなく、未来に対する投資といった視点も、必要ではないかと思う。
 青森駅は、確かにバリアフリーではなかったが、反面、さいはての駅という風情もあった。平川幸夫の「あゝ青森」のバックに流れる写真は、懐かしさに溢れている。青文字をクリックしてご堪能下さい。(7075)
 

ホラから出た真実


 昨日は、酔いに任せて、「知の拠点、交流の拠点として、図書館の本来果たすべき役割の一端を、弘前読書人倶楽部が担いたい」なんてことを書いてしまったようだ。いやはや、お恥ずかしい。でも、今日は、そんな交流の核としての役割を、ほんの少しだけど、果たせたような気がする。 
 昨日、ブックトークをしていただいた鎌倉さんと一緒に、今日は、映画監督の五十嵐匠さんが、読書人倶楽部にいらっしゃた。母校の3年後輩にあたる。ドキュメンタリー映画「SAWADA]や、「地雷を踏んだらサヨウナラ」などを撮られた方だ。
 余談だが、3年後輩でよかった。これが2年しか違わなければ、僕のプロレス姿を見ているだろう。そうしたら、絶対にああいう先輩の所へは訪ねてみようなどとは思わなかったはずだ。
 まぁ、それはともかく、今日は、監督が構想中の作品について、お話を伺った。青森県、ことさら弘前にもものだ。言葉の端々から、熱い情熱を感じ取ることができた。
 まだ、決定したものではないので、今、ここで内容を明かすことはできない。正式に発表になったら、このブログでも皆様に紹介したいと思う。
 その場には、読書人倶楽部役員のTaさんも来た。女流ライターのSeさんもいらっしゃった。Seさんは、昨日のトークを聞いて、鎌倉さんに関心をもたれたようだ。
 ひとしきり監督の話を聞いた後で、そのメンバー全員で、地元のM紙の文化部長を訪ねて、鎌倉産と五十嵐監督を紹介した。監督の映画のこと、鎌倉さんの原稿のことなど、上手く話がまとまったようだ。
 30分ほどの面談の後、全員で読書人倶楽部に帰ってきた。今度はそこへT紙の方にも来ていただいた。五十嵐監督の構想に、とても興味を持っていただいたようだ。
 こうして、読書人倶楽部と鎌倉さんとの関係を起点に、鎌倉さん、Seさん、五十嵐監督、M新報社、T日報社等々の、新たなネットワークが誕生した。弘前出身で、中央で活躍しているクリエイターたちとの交流がスタートした。そんな役割を果たせたのだとしたら、昨日書いたことも、満更ホラではなかったようにも思う。
 弘前読書人倶楽部は、代表(今泉とかいう)の知性に難があるため、「知の拠点」にはなれないだろう。でも、「交流の拠点」にはなれる。そんな意を強くした次第である。(6720)
 
 

当世アメリカ図書館事情 今日のブックトークから


 鎌倉今日は、弘前読書人倶楽部の例会、ブックトークの日。今月の講師は、「走れ移動図書館車」の著者、鎌倉幸子さんだった。
 鎌倉さんには、以前にも一度、ブックトークをやっていただいたことがある。その時は、発展途上国に図書館を創る活動や、東日本震災の大津波で図書館を流されてしまった街に、一早く移動図書館車を走らせた時の話を伺った。 
 あの時からでも、もうけっこうな年を経た。彼女も、当時努めていた法人を辞めて、今は、独立をして活動をされている。でも、図書館には、色々な形で係わっていると聞いていたので、そんな話題でとオファーをした。
 で、今日の内容は、鎌倉さんが4年前に、1人で運転をしてアメリカ大陸を横断した時に見た、全米各地の図書館についての話だった。とても興味深い事例を、いくつも紹介して」いただいた。
 例えば、アメリカとカナダの国境線上に建てられている図書館があること。館内に国境線が書かれている。これは、”本”・”読書”を通じて、両国間の交流が深まるようにと、敢えてそのような場所に造ったとのことだった。
 あるいは、図書館の役割について。アメリカでは、ほとんどの図書館で、夏休みに入ると、子どもたちを対象にした、リーディングプログラムを実践しているという。  
 日本では、もっぱら”読書推進”だ。「本を読め、本を読もう」という活動だ。そして子どもたちに課題図書を示して、読書感想文を書かせる。その”読書感想文”が、どれほど読書嫌いの子どもを創り上げていることか。
 アメリカは違う。本の読み方を教える。文章を読む技術を学ばせることに重点を置いている。鎌倉さんによれば、読み書きを学ぶことで、働くことが出来る。そうすれば納税者が増える、という考え方が根底にあるようだ。
 そういった流れで、図書館に対する評価の方法も、日本とでは違っている。日本では、貸出し冊数や利用人数が、評価の指標となっているケースが多いが、アメリカでは、図書館が主体となって、キャリア教育や心理カウンセリングを行なって、いかに社会に貢献したのかが評価の対象となっているのだそうだ。
 その他にも、スピーチの生原稿や、在任時の会議録・公文書などを収蔵した、歴代大統領の図書館の話や、住民がそれぞれに本を持ち寄って運営する「マイ・リトル・ライブラリー」といった市民活動など、まぁまぁ、図書館に対する彼我の差を、思い知らされた。
 要は、アメリカにおける図書館は、知の拠点であると同時に、民主主義の拠点といった側面も持ちあわせている。その中で、人々は、交流を重ね、街の歴史を知り、街に対する愛や誇りを醸成する。あらゆる意味で生きる術を学習する。そんな印象を強くした。
 別に、ことさら、日本や弘前の図書館行政をとやかく言うつもりはない。ただ、弘前読書人倶楽部が、図書館が本来果たすべき役割の、ほんの一部でも担うことができればと思った。
 そう言えば、最近は、市立図書館へも行っていない。議会で図書館を採り上げることもしばらくしていない。弘前市議会27人中、唯一の図書館族議員としては、ボーッとしていられないと、ふと頭に浮かんだ次第である。(8496)

2件の電話


 今日はダスキンの交換の日。朝一で、慌てて、廊下や階段のモップがけをした。
 昨年6月に、母が入院して初めて、月に1回、決められた日に交換に来るというダスキンのシステムがわかった。 最初は、一度も使っていない、まっさらなままで返却して、恥ずかしい思いをしたりそた。今は、最低でも、交換の日は使うようにしている。(汚いなぁ)
 洗濯もした。風呂掃除もした。先週のブログにも書いた”マスクの洗濯”も行なった。そんなこんなで、珍しく、午前中は、家の中にいた。
 正午から、昼食を摂りながらの打ち合わせが入っていたので、11時半頃、出かけようとした。まさにその時に、固定電話が鳴った。受話器を取ると、今は関東に住む母の友達という人が出て、「お母さんはいますか?」と訊く。「母は今年の1月に他界しました」と伝えると、「えっ」と言ったきり、しばらく会話が途絶えた。
 その後、母との思い出や、数年前に弘前に来たときのことなどを、とうとうと喋り始めた。さっきも書いたように、こちらはもう出かけなければならない時刻だ。時計が気になってしようがなかったが、まさかこちらから切るわけにもいかない。最後は「私の代わりにお線香を上げて下さい」と言われたので、丁重に御礼を言って、受話器を置いた。勿論、線香をあげる時間などは無かった。  
 今日は、電話にまつわる話題がもう一つ。初めて、電話による世論調査というものが回ってきた。内閣支持率・衆議院選挙」についてというものだった。
 「衆議院選挙で投票する候補は決まってますか?」「はい」 「比例選挙で投票する政党は決まってますか?」「まだ決まっていません」 「前回の参議院選挙比例区ではどの政党に投票しましたか?「〇〇党です」・・・
 以前から、一度でいいから、この世論調査を受けて見たかった。でも、いざかかってくると、実に淡々としたものだった。やっぱり電話は味気ない。
 僕は、実のところ電話は苦手である。用件を伝える手段としてならいいが、重要な相談や、込み入った話をするのには、あまり使いたくない。だって、相手の状況がわからない。表情や目の動きや仕草が見えない。ましてや数字や専門用語が出てくれば、誤解や聞き間違えの危険性も高くなる。
 かといって、文章や図表のやりとりだけでも上手くない。聞くだけ・見るだけの意思伝達には、どっちにしろ不安がつきまとう。
  やっぱり重要な案件は、直に会って話し合うに限る。ネットを使ったビデオ通話も、飲み会ならいいが、真剣な議論にはあまり気乗りがしない。
 そんなことを言っていると世界が狭くなるぞ、とアドバイスをいただいた。でも僕は、広くても希薄な世界より、狭くても濃密な世間を大切にしたい。
 あっ、”密”は禁句だったんだっけ。(8814)
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