今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2021年04月

連休の谷間に


 今日で4月も終わり。明日からは、土曜、日曜、憲法記念日、みどりの日、こどもの日と、休日が続く。所謂、正味のゴールデンウィークだ。
 ただ、去年に引き続き、今年も、た岩木の全国凧揚げ大会や消防団の観閲式等、ゴールデンウィーク中の年中行事だったイベントが中止となったようだ。何となく、雰囲気の違う連休となりそうだ。
 でも、弘前市議会は、連休明けから、重要な会議が続く。のんびり休んでばかりではいられない。
 まずは5月7日。先日来お伝えしている、予算委員会における虚偽(不正確な)答弁についての議員全員協議会が開催される。明日から僕も議員生活15年目に入るのだが、議場における理事者の答弁が事実に基づかないもので、しかもその公表が3週間も後からになってという事態は、勿論初めてだ。
 どうもこの件では、何かを隠そうとしている。隠そうとするから嘘が出る。隠そうとするから要求した資料が出てこない。そうして隠そうとすればするほど、疑惑が深まりいらぬ憶測を呼ぶ。不信感が募る。そういう結果を、理事者側はわかっていないようにも思える。
 その次の週には、2回に渡って、任期後半の2年間の常任委員会や、事務組合議員の改選のための、議会運営委員会が行われる。全員が希望の委員会へ入られればいいのだが、それぞれ定数は決まっている。よって、会派の人数によって按分されるというのがこれまでのやり方だ。会派の偏りが出ないようにという意味もあるのだろうが、それだと、無所属議員は、なかなか希望通りにはいかない。僕はその良い面も悪い面も経験をしてきた。
 そのようにタイトな日程が詰まっている。今日は、そんな中、休日の谷間にポッカリと空いた、市役所の通常業務の日。明日からは議会事務局もお休みだ。議員控室での打ち合わせは、今日以外は当分できない。
 そこで、同じ会派を組むTa議員はじめ、数人の議員で集まった。話題は5月7日協議会協議会のことが中心だった。思えば、このメンバーは、昨年3月のコロナ騒ぎ発生時にも、毎週のように集まっていた。
 それぞれが持っている情報や問題意識を共有する。そういう時間はとても貴重だと思う。そして貴重な時間ほど、早く短く感じられるものだ。あっと言う間の2時間だった。
 それを思えば、明日からの5日間は、さぞや長く感じられそうな気がして怖い。(8004)
 
 
 

遅咲きもいいものだ


 今日は昭和の日。国民の祝日である。今日からが、所謂ゴールデンウィークのはじまりだ。
 なのに、弘前公園の外堀の桜は、ほとんど散ってしまった。周囲を歩く人の影もまばらである。
 さすがに今日は、公務・準公務ともに無い。午後4時から、政治絡みの会合が一つ入っていただけだった。
 そこで、岩木山に向かって、また車を走らせた。この10日間で3度目となる。
 桜目的は、岩木山麓の県道添いに一帯に桜が連なる「世界一の桜並木」。標高が高いだけあって、まだまだ見頃は続いている。
 総合運動公園の先を左折し、さらにもう一度左に曲がり、桜並木の途絶えるあたりまで行ってみた。奥に進むにつれて、幽玄さを増してくる。桜色一色でないのがいい。また、曇天だったのも幸いした。木々の緑と、桜の花の色と、雲の翳りが、絶妙のグラデーションを表現し、まるで東山魁夷の絵を見ているようだった。写真が下手でごめんんさし。
 帰りは、国吉経由で山を下った。岩木川に沿って市内を抜けた。ここの右岸の桜並木もまた美しかった。公園の桜は散っても、市内には桜のビューポイントは他にもある。
 こうして遅咲きの桜を眺めてふと思った。桜がそうであるように、人間だって、早咲きの人もあれば遅咲きの人間もいる。早熟型もあれな大器晩成型もある。
 年齢のことだけではない。その場所場所によって、咲き方が違う。仕事で花開く人もいれば、趣味やボランティア活動で開花する人間もいる。だから、桜がいつどこで咲いても美しいように、人間も皆それぞれに美しいのだと。
 まぁ、僕は、明らかに「早熟型」だった。小学校低学年のあたりまでが、最も頭の回転は速かったように思う。
 ただ、こと異性に関しては、超奥手だ。いや、もはや開花する前に散ってしまったような気もする。(9136)
 
 

ミスの根源にあるもの


 世が世であれば、僕は今頃、眼の手術を終え、病室のベッドに横たわっているはずだった。成功していれえばいいが、手術が失敗したりしたら、漆黒の闇の中で、絶望の淵に沈んでいるところだったかもしれない。
 それが、昨日のブログに書いたような事情で、手術は延期になった。今日も、手帳には何の予定も書かれていない、空白の一日になるはずだった。本でも読もうか。それとも、先日出来なかった部屋の片付けでも行おうか・・・。
 ところが、往往にして世の中は、そうそう遊ばせておいてはくれない。浴室の掃除を終えてのんびりしていたところへ、市国保年金課から電話がかかってきた。後期高齢者医療保険の会計でミスがあったので、説明をしたいというのだ。
 最初は、会派の代表者の僕に対して説明したい。ついては家まで来てくれるとの話だった。いやぁ、荘言われても、玄関から応接間まで大掃除をしなければならない。それに、忙しい彼らに、自宅訪問などという手間をかけさせるのも本意ではない。
 加えて、会派と言っても僕とTa議員の2人だけだ。どうせなら、1人の耳より2人の耳で聴いた方が正しく理解できそうだ。いやまてよ。2人よりだったら5人で聞けば、もっと色んな角度で情報を共有することができる。
 ということで、すぐにTa議員に連絡をし、併せて無所属の3議員にもLineを送り、今日の16時から、5人で説明をきくことになった。
 そのミスとやらは、確かに凡ミスである。3月議会で審査の終わった令和2年度の減額補正のことだ。後期高齢者広域連合に支払わなければならない「滞納繰越分」と「延滞金分」を計算せずに、約717万円も余計に減額してしまっていたのだ。実際に支払ったところ、資金不足が生じたという。
 まぁ、初歩的なミスといえばミスだが、ただ、もう終わってしまった令和2年度の予算上のことである。議会の議決云々のことではないらしい。結局、一般会計からの繰り入れや繰り出しで、帳尻をあわせて解決を図ったとのことだった。
 先月は、介護保険特別会計でも、県への納付額で計算ミスがあり、専決処分で対応したばかりだ。例の虚偽答弁問題といい、2年前の学校エアコン設置に係わる積算ミスといい、こうも度重なると、さすがの温厚な僕も、首を傾げざるを得ない。一つ一つのミスの原因もそうだが、ミスを続発させている組織そのものに厳しい目を向けなければならないのではないか。
 まぁ、もっとも僕の場合、他人のミスをあげつらうことは出来ない。今日のこのブログだって、いくつ誤字脱字があるか、誤変換があるかわかったものではない。平にご容赦を・・・。(9849)

コロナの犠牲者


 本当であれば、僕は今頃は、病室の中でこのブログを書いているはずだった。今日の午前10時入院、明日手術、明後日退院というのが、3ヶ月も前から決まっていたスケジュールだった。そのために、怖い思いをして、3回も眼に注射を打たれてきた。
 ところが昨日も書いたように、その入院・手術が、突如延期となった。すっかり予定が狂ってしまった。
 延期の理由を、昨日は詳しく書くことができなかった。実は、弘前大学医学部附属病院で、コロナ患者が発生したからだ。昨日の日付で、大学が公式に発表したので、もう書いてもいいだろう。
 「コロナ患者が出たので、手術は延期になります」と電話が入ったのは、23日(金)の夜9時前後。珍しく早い時間にブログの更新も終わり、そろそろ布団に入ろうかというあたりだった。
 事情が事情だけに、「はい」というしかない。だけど、今回の日程は、3回の注射も含め、病院側の知都合と、僕の公務等の都合を、念入りに摺り合わせて決めていたものだ。
 だから僕は、即座に「じゃぁ、いつになるんですか?」と尋ねた。だって、注目の5月には議員全員協議会もあるし、常任委員会等の改選のための議会運営委員会もある。6月には定例議会も始まる。「延期です。次はいつです」と一方的に決められても、困ることもあるのだ。
 電話の向こうの医師は、最初はムッとしたような口ぶりだった(違っていたらごめんなさい)。「今、手分けして、大勢の患者や関係者に電話をしている最中なんです」と早々に電話を切りたがっているように聞こえた。
 でも、最低限、大まかでいいので予定は立てておかなければならない。そうでもしなければ、僕のようないい加減な人間は、通院を怠ってしまいかねないからだ。
 で、結局、5月24日に、再度検査を受けることになった。その結果次第で、手術の日程が決まる。もし、結果が悪ければ、もう一度、眼に注射をしなければならないこともあり得るのだそうだ。そうなれば、手術は、その1ヶ月後くらいになる。
 喜んでいいのか、悲しむべきなのか。2ヶ月の執行猶予が付されたようなものだ。(3349)
 

青と白


 ♬ 何もしたくない 淋しい日曜日 ギターも弾かない 壁を見つめて泣きたいような ぼくだけれど ・・・♬
 のっけから、古い歌謡曲の歌詞で失礼する。野口五郎の「青い日曜日」だ。今日は月曜日だったけど、まさに僕にとっては、そんな気分がぴったりする一日だった。
 何事もなければ、明日から、入院して白内障の手術を受ける予定であった。このブログにも書いたかと思うし、ほうぼうに吹聴して回っていた。3日も連絡がとれなくなることを、予め説明しておかなければならないと思ったからだ。
 今日は、入院の支度をするつもりで、全ての約束事を断っていた。シャンプー、リンス等を買いに行く。病室に持ち込む本などを鞄に詰め混む。たとえ3日とはいえ、家を空けるのだから、部屋を片付ける、風呂場を洗う、洗濯をする、冷蔵庫の中を整理する等々、そんなことに充てるはずだった。関係している団体の、月末の支払い処理も今日やってしまう予定だった。
 それが、手術が延期となった。コロナの影響である。それ以上詳しくは書けないが、誓って、僕が罹患したわけではない。
 そんな理由で、夜の打ち合わせまでの間、ポッカリと空白の1日ができた。どうも、そんな有り余る時間を使うことには慣れていない。忙しい中に時間をみつけては、泥縄式でお茶を濁すことばかりしてきたからだ。
 取り敢えず本を読もうと思った。枕元にあった「化人幻戯」を捲った。午前中は、それで時間を費やした。
 午後である。予定していた部屋の片付けでもすればいいようなものだが、心の張りが揺るんだみたいで、身体が動かない。
 そうしているうちに、入会している俳句会の会報が届いた。ペラペラと、それを眺めて過ごした。
 これではいかん。時間の浪費だ。一念発起して、座ったままでえ済む、テーブル回りに散乱している書類の整理を始めた。見ると、提出期限の迫っている届出書も出てきた。
 よかった。間に合ったと、胸を撫で下ろし書き進めていくと、押印欄がある。認め印でいいという。ならば茶の間の引き出しの中にある。
 が、朱肉が見当たらない。確かに、印鑑入れと同じ場所に置いてあったはずなのに・・・。
 探せるだけ探したけれど見つからない。締切り間近の書類ということもあって、急遽買いに出かけた。時間はたっぷりあるのに、気がせいでいたのか、歩いて7~8分という判子屋さんんまで車で行った。帰って来て、いざ押印という段になったら、書類の下から、古い朱肉が出てきた・・・。
 ♬目の前の 紙くずは 古くさい 手紙だし・・・破り捨てて 寝ころがれば 僕の一日が 過ぎてゆく♬(小椋佳作詞「白い一日」より)
 今日の僕のように、何もしない、することのない無為な一日を、野口五郎は”青”と表現し、小椋佳は”白”と歌う。アイドル歌謡とニューミュージックとやらでは、こうも違うものか。
 僕はと言えば、青でもない白でもない、中途半端な気分でいたのだが、今日の夕方からの、議員仲間の打ち合わせ会はとても楽しかった。ちょうど、青と白を混ぜ合わせた、透き通るような空色の気持になることができた。(6425)
 
 
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