今泉昌一の 私事時事

弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2021年06月

大義名分在り


 5月の臨時議会で可決承認した、「事業所・店舗等感染拡大防止対策事業費補助金」が、ようやく形となってスタートした。「事業所・店舗等感染拡大防止対策奨励金」 として、商工会議所から要項が発表された。これは、飛沫防止のためのアクリル板や消毒液自動噴霧器、換気設備等を購入する際に、最大20万円までを補助しようというものだ。補助対象は、今年の1月1日まで遡ることができる。積極的に営業を続けたという意欲のある事業所やお店にとっては、少なからず使い勝手のある制度だと思う。
 昨日、行きつけの居酒屋から「商工会議所から制度の案内は来たけど、申請書類はホームページからダウンロードしろとなっている。そういうことはできないので、プリントアウトしたものを持ってきてくれないか」と連絡がきた。しかも1軒だけではない。
 そうなのである。世の中には、まだまだ、ネットだホームページだダウンロードだと言われても、対応出来ない小規模事業者もある。高齢者が経営している店もある。かくいう僕も、パソコンのディスプレーで見るより、紙に印字されている書類の方が、数段扱いやすい。
 でも、そういう人たちを、情報”弱者”と決めつけるのは間違いだ。アナログ情報しか持っていなくても、そこいらのネット小僧たちよりも、ずーっと地に足のついた知見を有している人は多い。  
 まぁ、それはともかく、僕は「紙ベースの資料が欲しい」という人の期待にも応えなくてはならない。そこで、今日、商工会議所の事務局へ行って、印刷されている要項と申請書一式を、数部頂戴してきた。早速、日がとっぷり暮れてから、その書類の配布に、夜の街に繰り出した。
 しかし、不思議なものである。僕は頼まれて書類を持って行っている。でも、どっこらしょとカウンターに腰を下ろし、ビールの一杯でも注文すると、お勘定が発生する。一杯で済めばいいが、それに水割り数杯も加わる。挙げ句の果てにボトルを一本なんてはめになっては大変だ。そんなことを何件か続けていると、財布の状態も身体の状態も悪くなっていってしまう。
 でもまぁ、そんなことは考えないようにしよう。これも、小規模事業者という市民のためなのだ。そして地域経済活性化のためなのだ。議員の責務なのだ・・・
 などと大義名分をこじつけながら、明日の夜もまた数軒、飲食店を回ることになる。コロナ感染予防対策の書類を持って回って、コロナではなく肝臓病になってしまったら、洒落にもならない。いや、その前に心配すべきは、血糖値の上昇だ。(5080)

波乱の閉会 今日の本会議から


 弘前市議会令和3年第2回定例会が閉会した。今議会は、会期も短く、提出された議案数も多くはなかったのに、実に色々なことがあった。家に帰ってきた今、何かいつもより、疲労感が強く漂っている。
 まず初日。その日のブログにも書いたように、任期後半2年間の常任委員会の配属と、委員長・副委員長人事が決まった。僕は引き続き、経済文教常任委員長を務めさせていただくことになった。
 一般質問の3日目には、一部の会派の議員が、揃って議場に姿を現さないという事件もあった。
 そして今日、市長提出の監査委員人事案件が否決された。人事案件の否決は、僕が議員になる前の年にあったと聞いているが、だとすれば、実に15年振りのことである。
 表決は割れた。7人の議員が退席した。議場に残った議員は、議長を除けば18人。内賛成が9人、反対が9人。可否同数の場合は、議長の裁決による。結果、この提案は否決となった。
 と、僕は事実だけを淡々と書いてお終いにするつもりであった。議員の議場で示した表決態度は重い。賛成した議員は勿論、反対した議員も、退席をした議員も、それぞれの明確な理由があってのことだ。それを、僕如きが、あたかも代表するような口ぶりで解説するのは相応しくないと思うからだ。
 ところが、議会終了後の市長の記者会見をネットで見て、唖然とした。「議会の内部抗争に巻き込まれた」「常任委員会のポスト争いが尾を引いている」「議会の品位が疑われる」といったような発言が飛び出した。否決した議会側に非があるような論調だった。ポスト争いだなんて、収まるところに収まっているのだから、尾を引くも何もあったもんではない。
 以前にもこういうことがあった。弘前市民会館の指定管理者案が議会で否決された時だ。市長は「議会は企業ファーストだが、私は市民ファーストだ」と、議会の決定を否定するような発言をした。
 どうやら、この市長は、自分自身の提案に反対されれば、反対した方が悪いと考えてしまうらしい。反対されたことを真摯に受け止めない。何故賛同を得られなかったのか、提案の仕方に問題はなかったか、自分の考え方のどこが悪かったんだろうなどと、自省することができないタイプのようだ。
 それにまた、二元代表制における”議会”の意味を軽視している。議員の表決の重みをわかっていない。ポスト争い云々を議場に持ち込んだなんて、議会と議員に対する侮辱にも等しい。
 僕は、議場でもこのブログでも、市長にとっては聞きづらいことを、度々言ったり書いたりしてきた。こんなことをしているから嫌われているのだろう。
 でも、これは非難したり否定したりしているのではない。先日の議会で、どなたかの一般質問の際に使われた言葉を借用すれば、”怒って”いるのではなく”叱って”いるつもりなのだ。いや、”叱って”いるというのも違う。いささか多く馬齢を重ねてきた先輩として”諭して”いるつもりなのだが、それを分ってもらえないことが寂しい。(6570)
 
 

血が騒ぐ!?


 「月刊弘前」のことは、これまでも、このブログで度々紹介をしてきた。今年の3月号で、通巻500号を迎えた。
 500号一口に500号と言っても、本州のさいはての地方都市で、しかも大きなスポンサーも持たないタウン誌が、40余年に渡って発行を続けてきたこと自体が、驚愕と賞賛に値する。そのことを僕はあちらこちらで喋ってきた。今一度、徳に若い世代にも、その存在を分ってもらう必要があるのではないかと訴えてきた。
 例えば、バックナンバーを一堂に展示する。表紙の写真パネル展を開催する等などだ。
 それが、この度、実現する。弘前市立郷土文学館で、全巻を陳列するのだそうだ。ただ、文学館には、そういった展示スペースが無い。陳列ケースも無い。だからロビーの床に敷き詰めるという。一体全体、どんな形になるのかは、僕もわからない。行ってみてからのお楽しみだ。
 もう一つ、問題は、郷土文学館は公共施設なので、簡単に物販をするわけにはいかないのだそうだ。だけど、絶対に「欲しい」という人はいるはずだ。
 中綴じの小さなタウン誌に込められた内容は、街の歴史であり、40年間を共に生きた人たちの記憶なのだ。 思い出として、時代の検証として、改めて手元に残したいという感情は、ごく自然なこととも思われる。目の前にご馳走が並べられていて、食べるなと言われても、僕だったら納得出来そうにもない。だから、どこか会場を借りてでも、バックナンバーフェアをやってみたらどうかと、発行元の社長にも何度か提案をしていた。
 という話を、酔いに任せてあちこちでしていたら、協力してくれるという企業が名乗りを挙げてくれた。今日はその打ち合わせに行ってきた。かなり大規模での企画を考えていてくれるようだ。
 まだ確定した話ではないし、僕はが発行人でもなければ編集人という訳でもない。ただ周りで騒いでいるだけの、一種の野次馬だ。だから、ここで詳細に触れることは出来ない。また一存で決める訳にもいかない。
 ただ、もしそれが実現できるのなら、全面的に協力したいと思う。久々に、”書店人”としての、血が騒いできた。どんなにデジタル社会になっても、出版文化に対する愛着は、一生消えることはなさそうだ。
 実は今日、「ドラゴン桜2」のコミックスを全巻買おうと思って、それなりのお金をおろして書店に向かった。でもそれがいつの間にか、ビアガーデンの前売り券に代わってしまっていた。出版文化より生ビール。まぁ、僕の”血"なんて、そんなものだ。(4823)

 

  

小説の力


 今日は、弘前読書人倶楽部の例会、ブックトークの日。毎回、各界各層の方々をお招きして、”本”にまつわるお話をしていただいている。
 ブック今月の講師は、葛西憲之さん。そう、前の弘前市長だ。そのネームバリューは今でもすごい。初めて来る会員外の人も含め、会場は満席になった。
 以前にも紹介したが、葛西さんは、読書人倶楽部開業の日に、現職市長というお忙しいお立場にもかかわらず、わざわざ足を運んでくれた。そういったご縁があって、いつかはお招きしたいと願っていた。それがようやく実現した。
 葛西さんは、よくよく脚色された、歴史時代小説や経済小説がお好きだという。例として、吉川英治の「新三国志」と、池井戸潤の「半沢直樹」シリーズを挙げられた。「三国志」は何度も読み返しているという。
 流石だなと思ったのは、小説(フィクション)の中から、戦略や戦術といったものを読み取っていることだ。「戦略」「戦術」と言えば、ビジネス書やハウツー本が多数出版されており、ともすれば安直にそういった本に走りがちだが、葛西さんはそうではない。物語に描かれている時代背景や登場人物の行動・思考等から、行政経営のヒントを得ているというお話だった・・・と僕はとらえた。
 実際に、県庁の職員時代に、ご自身で体験してこられた、三内丸山遺跡の保存活用に至る経緯や、青森空港の滑走路延長についての、一般にはあまり知られていない裏話も聞かせていただいた。大切なのは、スピード感を持って実行すること。そして発想力・決断力・交渉力だということをが、お話の随所から伝わってきた。。
 僕も「三国志」は愛読書の一つである。学生時代に吉川英治版を一気に通読し、その後もダイジェスト版や関連する教養書のようなものも何冊か読んだ。でも、そこまで深く考えたことはない。ただ、劉備という凡庸な人間が、関羽や張飛等の豪の者、あるいは孔明という知恵者を従えている、その”徳”というものの存在には強く興味を抱いている。
 話は変わるが、今日の午前中には、弘前文学学校で講師を務めてきた。与えられたテーマが「私小説」について。さっきの”よくよく脚色された歴史時代小説や企業小説”とは真逆のジャンルとも言える。
 僕も、どちらかというと、脚色された物語の方が好きである。だから、今日の講義でも、3編の短編小説を読んでもらって、私小説と言われている物の中にも、心境の吐露だけではなく、様々なバリエーションがあることを話を説明した。自分が体験したことや、自分の感情を描くにしても、小説であるならば、虚構や演出があってもいい、とまで言いきってきた。
 文学の専門家には叱られるかもしれないが、やはり小説は面白くなければならない。その面白さの中から、何を感じ何を教訓とするのかは、偏に読み手の側の感性にあるのだということを、葛西さんのブックトークを聞いて、改めて教えられた思いだ。(8957)
 
 
 
  

30年前の思い出


 弘前青年会議所は、今年、創立70周年を迎えた。僕が在席したいた頃が40周年だったので、あれからでも、もう30年が経った。
 今日は、70周年記念誌に掲載するための、歴代理事長座談会なるものに出席してきた。僕も含め、15人の理事長経験者が顔を揃えていた。
 僕は、単純に、思い出話を語る会だと考えていた。各年代の理事長経験者が、それぞれの時代のことを述べて、それを現役のメンバーが聞いて、記念誌の記事の参考にするものばかりと思って出席した。
 その当時の思い出なら山ほどある。一つ一つの事業のこと、灰皿が飛び交うまで熱く議論をした会議のこと、事務局員のこと、酒の上での失敗談etc。2時間や3時間では語り尽くせないほどだ。一体、どんな話の流れになるのか楽しみにしていった。昔話をする分には、何をどう尋ねられても即座に対応できる。それらをざっくばらんに語り合いながら、青年会議所がどのような足跡を残してきたか、そしてどのような方向へ向かって行こうとするのか、などを現役メンバーが咀嚼し紡いでいく、そんな座談会を想定して行った。
 ところが、意に相違して、70周年を迎える現役メンバーにメッセージを贈ってくれという。真面目だ。ストレート過ぎる。
 「創立当初の理念を忘れるな」「時代を先取りしろ」「次世代へつなぐことが大切だ」「失敗を恐れるな」等々、出席したOBも、皆、真面目に話をしていた。
 僕はどうも、そういう堅苦しい雰囲気は苦手な方なのだ。メッセージだけなら、別に集まらなくたって、紙に書いて渡せばいいじゃん、などとも考えてしまうタイプだ。
 長期ビジョン策定への取り組み方も、実に生真面目に行っているようだ。会員全員にアンケートを取って、それを原稿に落とし込むという。
 30年前は、ビジョンについて、何度も何十度も話し合った。夜を徹して、酒を酌み交わしながら、青年会議所が目指す”明るい豊かな地域”とはどんなことなのかについて、思いをぶつけあった。記念事業も、式典の準備も、記念誌も、どんどん進行していく中で、ビジョンだけがなかなか決まらなかった。
 それがある夜のことである。例によって安い居酒屋で飲みながら話し合っていた時のことだ。”突然”という言葉が、この時ほど相応しいと思ったことはない、居合わせた全員に、共通のインスピレーションが閃いた。それを文字と写真にまとめたのが、40周年の時の長期ヴィジョンとなった。
 思い出すのはそういったことばかりである。とにかくよく飲んだ。議論をした。先輩の家をよる訪ねては、奥様の手料理に舌鼓を打った。酔いつぶれた仲間を介抱した。介抱されたこともある。人前では言えないような馬鹿な真似も(ばかり?)した。だから、30年40年経った今でも、変わらぬ付き合いが続いている。
 勿論、今の現役メンバーだって、基本的には変わっていないはずだ。コロナでなければ、積極的にノミニケーションを行っていると思う。
 それを承知の上で、敢えて僕はこんなメッセージを贈った。「同じ時代に同じ地域で暮らしていることの意味を考えて欲しい」と。パソコンやスマホの画面上ではなく、生身の人間として時間を共有することが大切なのだと・・・。(8151)
 
 
 
 
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