寒い。雪が降ってきた。慌てて冬用の靴を出して外出した。犬は喜び庭駆け巡るんだろうけど、猫たちにとっては辛い季節がやってきた。
僕が保護猫活動を始めたことは、これまでも何度かブログに書いた。お陰様で、いくらかは浸透してきているようで、例えば、飲み会の二次会を断っても、先方から「あっ、猫ちゃんが待ってるんですよね」と 、理解を示してもらえるようになってきた。
さて、僕の議員在職15年祝賀会を開いていただいた日曜日の午前中に、実は、「保護猫の会」を起ち上げていた。その日はダブルヘッダーだったのだ。僕と、市長選挙で「ペットと共生できる街」を公約の一つに掲げたEさんが中心となって、約10名の活動家が集った。
最初に、参加者一人一人から、現在の状況と困っていることなどをお話してもらった。中には、30匹も保護しているという人もいた。また、駅裏に何十匹と住みついていた野良猫を、根気よく一匹一匹ずつ捕まえ、避妊・去勢手術をした上で譲渡し、今ではほとんどみかけなくなったという事例を話してくれた人もいた。
皆それぞれに課題を抱えている。手術や治療等の医療費や餌・砂等の費用、近所の人たちの無理解、保護しても保護しても一向に減らない捨て猫の現状、自分が入院したり施設に入ったりした場合の猫の引き取り手云々。他にもまだまだ、数え上げたら切りがないくらいだ。
そうした悩みや問題を、一人で抱え込まずに、大勢で共有しながら、一緒に解決の道を探ろうというのが、この会設立の狙いの一つだ。「喜びは人に話すことで倍になり、苦しみは人に話すことで半分になる」と、ラジオの「テレフォン人生相談」で、加藤諦三先生もおっしゃっていたような気もする。
もう一つの狙いは、一人の声は小さいけれど、仲間が集れば、その声も大きくなり力を持つだろうということだ。毛利元就の”三本の矢”などと大袈裟なことまでは言わないが、「ひとりの手」という、ちょうどいい歌がある。リンクを貼ったので聞いてみてほしい。
結局、個人個人でできることは限られてくる。行政や関係機関に要望なりお願いなりをしなければならないことだって少なくはない。そんな時、組織として声を上げられた方がいいだろうということだ。
まだ出来たばかりである。具体的に何をやろうというのは、次回の会合からの話だ。取り敢えずは横の連絡を密にして、協力し合えることは協力しようというところから始めたい。
今日は、ある議員から、「飼っていた猫が死んで、餌や砂が余っているので貰ってもらえないか」ともちかけられ、有難く頂戴してきた。重かったっけど、とても助かった。
こういう形で、ご家庭で不要になった猫用消耗品が出た時に、ご寄付いただき、それを会員で分配するというのだって、事業計画の一つにあげてもいい。頂戴した餌や砂を家の中に運び入れながら、そんなことを考えた次第だ。そうだ、歳末助け合い・猫バージョンでも始めようか。(4225)