今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2023年07月

真夏の出来事


 やったぁ! 完走した!! お隣の町会で、22日から行っていたラジオ体操である。
 正確に言えば、初日は失念していて出なかったので、完走とは言えないかもしれない。でも2日目以降、何度か挫けそうになった老体に鞭を打って、残り9日間は毎朝参加した。
 昔、学校によっては、皆勤賞と精勤賞というのがあったやに聞く。一年間一度も休まなければ”皆勤賞”、欠席が三日以内だと”精勤賞”だたと思う。そうすれば、さしずめ僕は”精勤賞”だ。 
 今日は、そのご褒美を貰ってきた。レトルトカレーとボックスティッシュだ。日頃、食費と日用品費の節約に心を砕いている僕にとって、なんとも嬉しい賞品だった。
 だけど、毎日参加していた割りには、身体の方は、さっぱり良くならなかった。相変わらず、首を曲げたり、上体を捻ったりすると、筋肉や骨が軋んでいるような音がする。痛い。スクワットを何百回も行った後のような太股の痛みも残っている。
 それどころか、もう20日間近くなるのに、夏風邪が抜けない。咳が抜けない。痰が絡む。おまけに今朝からは、少々熱っぽい。最終日に病を押して体操に行って、カレーを貰ってきた代償かもしれない。
 そこで、今日は、本来行う予定だったデスクワークを明日に回し、午前中、銀行や印刷屋・宅配業者等を回ったあとの半日を、完全休息に宛てることにした。薬を飲んで、横になって本を読んで、午後の数時間を過ごした。
 読んだ本は次の2冊。どちらも読了したのではない。時間がたっぷりあるので、気分次第で、両方を、摘まみ読みをしたという感じだ。
 こうして一日を終え、ふと思うのは、明日に回した仕事だ。よく考えれば、体調が回復している保証はない。いくつか人と会う約束もある。夜はネプタに出ることにもなった。ひょっとしたら明後日まで手がつかないかもしれない・・・。
 そんなことを考え過ぎて眠れなくなっても困る。今夜は(も?)、一杯引っ掛けて布団に入ることに使用。
 という次第で、今日は、何も出来事の起こらなかった日だった。まぁ、たまにはこういう日があってもいいだろう・・・って、なんか最近、そんな日が多くなってきたなぁ。(3259)

 追伸
 今日のタイトル「真夏の出来事」は、ご存じ平山美紀の代表曲である。作曲は筒美京平。最初にこの歌を聴いたとき、声とメロディーの斬新さに驚いたものだった。今でも好きな曲の中の一つでもある。
 

文化万能選手  今日のブックトークから


 弘前読書人俱楽部が例会として開催しているブックトークがいつの間にか107回を数えた。コロナでしばらく開催できなかった時期もあるが、ほぼ毎月一回のペースで続けてきている。
 実のところ、毎回、どなたに講話を依頼するかは苦労をしている。やはり、多くの会員が聞いてみたいと思えるような人に話をお願いしたい。が、こちらでいいと思っても、スケジュールが合わないことも多々あるし、中には「本についての話をお願いします」と言うと、「いや本はあまり読まないからと断られる場合もある。そんな訳で、107回の中には、同じ人が複数回登場したケースが何度かある。
 鎌田今日の講話者、鎌田紳爾さんも、そんな中の一人だ。調べてみたら、なんと3回目の登場であった。
 ただ、なんと言っても鎌田さんは間口が広い。引き出しが多い。何度でも話を聞きたい、聞かせたい。何せ弘前を代表するマルチ文化人なのだ。
 歌わせれば全国シャンソンコンクールで優勝する。俳句もやる。誌も書く。小説も書く。「卍の城物語では、貴重なわき役としてレギュラー出演をしている。大谷が二刀流ともてはやされているが、鎌田さんはそれどころではない。五刀流・六刀流なのだ。
 スポーツ万能という言葉がある。野球も上手いしサッカーも上手い、走れば早いし、柔道をやらせても強い・・・といった人のことだ。子供のころ、どのクラスにも一人か二人はいたであろう。
 その中には、勉強が出来る子もいて、女の子によくモテる。体育が苦手で、全くモテなかった僕は、そういう子を、いつも嫉妬の目で見ていた。
 そこへいくと、鎌田君のような文化万能選手には、好感を持てる。仮に鎌田君が中学時代にモテていようが、素直に尊敬をすることが出来る。
 大体にして当時の少年漫画は、スポーツ根性物の最盛期だった。血の滲むような練習をして巨人の星を目指す。世界チャンピオンを目指す・・・なんてのがもてはやされた。その一方で、血の滲むような勉強をして東大を目指すなんていうのは、「ガリ勉」「末成り瓢箪」など呼ばれ、ダサいとされていた。
 僕はそれに大いなる反感を持っている。甲子園を目指すのも東大を目指すのも、頂点を目指すという点では一緒ではないか。目的達成のために、一日8時間練習するのも一日8時間勉強するのも、自分の時間を全て一つのものに費やすという点では変りはない。スポーツ根性漫画があるのなら、受験根性漫画があったっていいではないかと、真剣に腹をたてていたのだ。
 で、結局僕は、どちらにもなれなかった。適当に遊んで、適当に青春を謳歌して(異性交遊以外は)、スポーツも勉強にも文化活動にも、何一つ一生懸命取り組まず、なんとなく中途半端に生きてきて、現在に至っている。
 今からでも何か物になることはあるんだろうか? 他の団体から講演や公演を頼まれるくらいの、その道の第一任者になれるのかしら。やっぱり手遅れだろうなぁ。(6372)

フードファイト戦記


 鶴亀行ってきました鶴亀屋食堂。浅虫温泉街の東寄りに位置するこの食堂は、ここ数花月、立て続けにテレビ(全国放送)でオンエアーされていた。
 僕が最初に見たのは、テレビ朝日系月曜午後7時からの「かえれマンデー」という番組。朝から行列ができる店として紹介された。次は、番組名は忘れたが、かの王林ちゃんが、青森の心に残る飲食店として話した中の一つだった。
 いずれも、一推しメニューは山盛りの鮪丼。大きめの丼の上に、エベレスト山のように高々と盛り付けられた鮪がテレビ映えをして、僕の眠っていたフードファイターの血が、フツフツと呼び覚まされてしまった。今でこそ封印しているが、若い時は、これでけっこうの量を食べていたのだ。
 中学生の時だった。土手町に元禄寿司という描いて寿司屋があった。何回か通っているうちに店長と親しくなった。
 あるとき、その店長が、「20皿食べたら只にするよ」と言った。当時は一皿50円である。20皿だと1000円。中学生にとっては大金だ。二つ返事で挑戦した。見事完食をしたのだが、そこから家までの徒歩5分の苦しかったこと。親からはこっぴどく叱られた。   
 大学時代は、憧れの東大に入った。といっても入学したわけではない。駒場祭に遊びに行っただけである。キャンパスを歩いていると、「おしるこ食べ放題」の看板が目についた。早速チャレンジする。最初の2~3杯目くらいまでは、かろうじて餅が入っていた。が、その後は甘ーい煮小豆だけだ。6杯目で具合が悪くなって諦めた。
 同じく大学時代。渋谷のわりと有名な店で、年に1~2度、格安でしゃぶしゃぶ食べ放題という企画を行っていた。友人達とよく行ったものだ。6人前くらいは、普通に平らげていた記憶がある。
 えっ、誰ですか?「だからお前糖尿病になったんだあ」なんて言ってるのは?
 まぁ、そのことは置いておこう。とにかく、その頃の若き血がたぎってきたのである。帰省していた娘を新青森駅まで送って行くついでに、浅虫まで、ちょっと(かなり?)足を延ばした。
 メニューには、まぐろ丼、中・小・ミニとある。何故か”大”はない。ということはテレビで視たあの山盛りはあれで”中”なのか。
 しかし、さすがに、もはや前期高齢者である。あれが”中”だとすれば、とても食べられそうにない。それにお値段も馬鹿にならない。
 まぐろ丼そこで、試しに”小”を頼んでみた。それでもこのボリュームなのである。回転寿司を20皿食べた時ほど苦しくはないが、充分な満腹感を味わってきた。
 しかし、食べ終わった後で、はたと思い出した。8月3日には、糖尿の定期検診が待っている。せっかくこのところ数値を低く抑えてきたのに、今日で急上昇するかもしれない。明日からの4日間は、小食・粗食で済ませることにしなくっちゃ・・・。(7238)

町会のあり方  今日の町会長研修会より


 町会弘前市町会連合会主催の町会長研修会が行われ、僕も町会長の端くれとして参加してきた。令和元年に開催して以来というから、実に4年ぶりだ。その間、前連合会長が亡くなって、今の会長になってからは、初めての研修会となった。
 ということもあって、今日は、研修の講師を、現会長自らが務めた。題して「町会のあり方について」。”町会とはどういう組織体なのか”という副題もつけられていた。  
 弘前市に町会連合会が結成されたのは昭和34年8月とのことだ。今日の講話は、その数年後に作られた、言わば町会のあるべき姿を記した理念をベースに進められた。  
 それによると、その理念(?)とは
 1、町会は地域住民の相互援助的生活組織である  
 2、町会は地域住民の自主的生活組織である  
 3、町会は値域住民の民主的生活組織である
 の、3本の柱からなっている。会長は、その一つ一つについて、わかりやすい言葉で、丁寧に解説をしてくれた。実際に長く町会長を務められ、町会連合会でも役員を歴任してこられた方である。とても示唆に富んだお話しであった。この理念が作られてから60年が過ぎているのにも拘わらず、指摘されている課題が、決して古いものではない。現在でも各町会で同じような問題を抱えているという点に、先人の先見の明を感じた。
 一口に町会といっても、その態様は千差万別である。会員が数百人もいる大きい町会もあれば、僕らのように数十人レベルのところもある。徒歩で全世帯を回れるような狭い町会もあれば、車でないと回りきれない町会もあるだろう。自前の集会所を持っている町会もあるし、その都度集る場所を探さなければならない会もある。
 一方で、ほとんどの町会が共通して抱えている悩みもある。会員の減少や高齢化、役員の成り手不足等である。
 そういった、多種多様な町会を取りまとめつつ、共通する課題解決に取り組まなければならない町会連合会の役割は、とても重要なものがあると思う。これまでは、どちらかというと、議員の視点で町会連合会を考えていたきらいが無きにしも非ずだったが、これからは、一町会長として、積極的に協力をしていかなければと考えた次第である。
 いつの間にか、僕も町会長歴が長くなってきた。僕より若そうな町会長さんの姿もちらほら見える。現職の市議会議員も町会長として来ていたし、他の活動を通じて旧知の方も何人もお見かけした。
 3~4年のつもりが、段々と抜けられなくなってきている自分がいる。恐ろしい。(8927)
 

国民の三大義務


 国民の三大義務というものをご存じだろうか。「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」の3つだ。遠い昔、中学の「公民」の授業かなんかで習った記憶をお持ちの方も多いだろう。
 このうち、教育の義務は、自分では55年近く前に受け終え、自分の子どもにも25年ほど前まで受けさせて終了した。もっとも”教育”というものは義務教育期間だけのものではない。一生涯続くものではあるが、あくまで自発的なもので、義務感を持って行うものでもないように思う。
 勤労の義務は、今年の3月までは、きちんと果たしていた。が、今は、恥ずかしながら全く疎かになっている。
 そこで、せめて最後の一つ、納税の義務くらいはと思い、今日、今年度の市・県民税と国保料を、1年分まとめて納めてきた。そんな大盤振る舞いをしたのは、生まれて初めてだった。
 何せ、どちらも昨年の所得に応じて加算されてくる。現職の議員だったため、そこそこの金額になる。
 昨年まではそれでも、毎月定額の収入があった。さすがに税金と国保料が重なる月は厳しかったが、それでもやりくりをして、毎回の納期毎に納めてきた。
 ところが今は(また、もりぶー様にご心配をおかけするかもしれないが)無職無収入の身だ。国保であれば8期、税金であれば4期に分けて払っていく自信が無い。その時になってみないと、手元にいくらお金が残っているかわからないような有様だ。
 それよりだったら、今、いくらかでも残高があるうちに、まとめて納めてしまえば、この先毎月のように悩まなくてもいいだろうという狙いだった。その作戦が良かったのか悪かったのかはわからない。が、早速今、後悔をしているところだ。
 ついでに、税金を納めなかった場合の、差し押さえについて、係の人に聞いてきた。勿論、僕がそうしようと思ったりはしていない。前にも書いたように、実際に通帳から預金額の一部を差し押さえられた人がいたからだ。
 その人の言うには、いきなり口座から引き落されていたという。そんなことがあるのか?と、単刀直入に訊いた。そうしたら、それは無いと、明言した。期限までに払わなかった場合、先ずは督促状を出す。実は、これは貰ったことがある。
 それでも未納の場合は催告書を発送する。さすがにこいつは頂いたことはない。だから詳しい内容はわからないが、いついつまでに払わなければ、差し押さえのための調査に入ると記載されているのだそうだ。
 もう一つ、その人が言っていたのは、どうして自分の口座がわかったんだろう? ということだった。それに対する答えは、税の未納の場合は、市には調査権が認められているとのことだった。どうやって調査するのかは知らないが、逃げ隠れは出来ないということなのだろう。考えてみれば怖い話ではある。
 要は、きちんと納めるに限る。どうしても払えない場合は、収納窓口に言って、取り敢えず、事情を説明し、納付方法について相談をする。勝手に滞納を決め込んでのなしの礫が、最悪のケースを招くことになるのだろうということだ。
 しかしまぁ、今年は、たまたま一括納付することができた。でも来年以降はどうなるのか? 年のため、僕の場合、差し押さえようにも差し押さえられるような財産は、自慢じゃないけど皆無ということを、今のうちから断言しておこう。(3889)
 
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