恒例の、ソフトボール慶早戦が行なわれた。弘前及びその近郊在住の慶応・早稲田両校のOBによる対抗戦だ。結果は16対9で慶應の勝ち。でも、これまでの通算成績は、圧倒的に早稲田の方な部がある。
実は、僕は今日の試合には参加していない。太宰治まなびの家の当番があったからだ。それで終了後の懇親会から出席した。さっきの結果も、その席で聞いた。
何せ、もう68歳だ。出たところで戦力にはなるまい。実際に、数年前の試合では、外野の間を抜ける快心の一打を放ったのだが、一塁を回って二塁に向かったところで、足がもつれて転倒してしまった。もはや、一塁にまですらも走れないかもしれない。
これでも、若い時は、そこそこ戦力になっていたつもりだ。勝利投手になった年もある。元来、ソフトボールは好きなのだ。(得意、とは言ってませんよ)
そんな自慢話はさておき、試合には出て懇親会に出ないで帰ったことは、これまでも何度かある。でも、試合に出ないのに懇親会だけに出席する初めてだ。勝利の歓びや敗戦の悔しさを分かち合えることもできないし、あんまり格好のいいものではない。それには理由がある。選挙でお世話になったお礼をしたかったのだ。
この春の選挙では、三田会の人にも随分と応援をしていただいた。本来であれば、6月の総会で、挨拶をしたかたっのだか、ちょうどその日、よんどころのない事情があって、欠席せざるをえなくなった。そこで、今日、のこのこと出かけていった次第だ。
三田会の仲間は、選挙のことなど何もなかったように迎えてくれた。全く話題にもならず、それがかえって気持を楽にしてくれた。
同じような記憶が蘇った。僕が会社を倒産させたのは、忘れもしない2000年の11月6日だ。その日以来、管財人の指示のもと、年末年始を挟んで、残務整理にあたっていた。
そんな折りである。三田会から新年会の案内が届いた。とても人前に顔を出せる状況ではないので返事を躊躇していたら、みんな会いたがっているよと、強いお誘いもいただいた。そこで、恐る恐る出かけた。
行ってみたら、そこはものすごく居心地のいい雰囲気であった。誰も同情するわけでもなく、慰めるわけでもなく、叱咤激励するわけでもなく、ごくごく当り前のように接してくれた心心休まる一時を過ごすことができた。
爾来、それまで以上に三田会に係わるようになった。出来る限り出席しようと心掛けてきた。今は副会長までやらせていただいている。
弘前三田会には、同じ学年、同じ学部の人は誰もいないはずだ。いたとしても、私立のマンモス大学だ。キャンパスで顔を合せたことがある人は一人もいない。それなのに強い親近感や連帯感で結ばれている。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学・・・たくさんの先輩・同級生・後輩がいて、今の自分がある。同窓生というのは有難いものだ。(4287)
などと殊勝なことを考えながら、僕が手にしたのは「文豪ストレイドッグス」だった。漫画である。”水は低きに流れる”を地でいったようなものだ。
極めつけは今日、こいつである(右の写真)。猫のおやつだ。行きつけのスーパーで、ついこの間まで178円だったものが、いつの間にか198円になっていた。一瞬買うのをためらったが、かわいい猫のためだ。一つだけ買ってきた。
そういった観点では、先述のH山会長の発言は正しい。紫陽花の会の方々にも、今度は、反原発の考え方も勉強していただきたい。折しも、10月28日には、弘前市出身のジャーナリスト 鎌田慧さんの講演会が行なわれる。