今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2025年01月

心が風邪をひきたい日


 風邪が流行っているようだ。新聞報道などで読んだわけではない。昨日・今日と、立て続けに身近に風邪引きさんが現れたのである。
 昨日は、ブログにも書いたように、高校時代からの親友同士の集まり。でも、一人、風邪を引いた戸の理由で欠席した人がいた。
 今日は、商店街再開発事業の勉強会。今月中旬から、毎週1回のペースで行なっている。メンバーはたった3人。その中にも風邪引きが出て、今日の会は延期になった。
 それこそ報道によれば、今、インフルエンザやコロナが流行っているらしい。二人とも、単なる風邪で済めばいいのだが・・・。
 僕はと言えば、今のところは大丈夫である。何度か熱っぽかったり、咳込んだりしたが、大事にならずに済んでいる。ここ25年以上は、コロナとインフルエンザに一度ずつ罹った以外は、風邪らしい風邪は引いた記憶がない。
 もともと僕は、身体の弱い子どもであった。幼い頃は、家にいるより大学病院に要る時間の方が長かったなどと親から聞かされていたものだ。
 長じてからだって、決して丈夫な方ではなかった。何故か、毎年12月になると。高熱を発しダウンしていた。と言っても、医者にかかるほどのものではない。市販の薬を飲んで、布団の中でうんうん唸っていれば、2~3日で治った。
 それがある年を境に、12月になっても風邪を引かなくなった。青年会議所の理事長を務めた年である。とにかく忙しかった。毎日のように会議やら行事が続いた。12月ともなれば、ほとんどの事業は終っているのだが、それでも卒業生を送る会やら家族クリスマスといったイベントはあるし、1月の総会に向けた打ち合わせも残っている。理事長は病気で休んでいられないという緊張感やら責任感が、風邪を遠ざけたのだと思う。
 なんて書けば、それまでの会社経営に対して、緊張感や責任感が無かったように捉えられかねないが、それはそれとして、僕が風邪で寝込まなくなったのは、それ以来ではないかと自分では思っている。
 でも、正直言って、たまに風邪で休みたいなぁと思う時がないわけでもない。全ての仕事や雑務から解放されて、枕元の手が届く範囲に、薬やら体温計やら飲み物やらおやつを置いて、一日中、本を読んで過ごす。ふと、そんな生活に憧れることもある。 
 ちょっとでも熱があればそうしようかなという誘惑に惹かれる。が、残念ながら、そんなことを考える日に限って、体調は至って万全なのだ。 
 明日も、町会の仕事もあるし、13時から打ち合わせの約束も入っている。あーあ、休んでいられない。(4417)

 追伸
 今日のタイトルは、太田裕美のヒットアルバム「心が風邪をひいた日」からパクった。
 そこで久々に、僕の好きな歌ベスト3、太田裕美編。前にも書いたかも知れないし、その時と順位が違っているかもしれないが、好き嫌いは、その時々の気分次第なのでご容赦いただきたい。
 ①しあわせ未満
 ②9月の雨
 ③木綿のハンカチーフ
 
 

友達


 小中高と一緒だった友達もいる。小中だけ一緒だった友達もいる。高校になってからつきあい始めた友達もいる。大学で知り合った友達もいる。社会人に出てからの友達もいる。どれも僕にとっては大切この上ない友達だ。
 今日は、札幌に住むTa君が、仕事で弘前に来た。中学は別だったので、高校時代からの友人である。同じく高校時代からの仲間が集って、ささやかな歓迎会を開催した。
 16歳からの付き合いだ。もう53年以上も続いている。よくもまぁと我ながら感心するほどの腐れ縁である。
 大学受験で上京する時も、そのうちの何人かと一緒だった。上野駅について真っ直ぐに向かったのは後楽園遊園地。そこで、雑誌の取材を受けている山口百恵を見た。あぁ、ここは東京なんだと実感した。
 大学はまちまちだった。それでもお互いの部屋を、しょっちゅう泊まり歩いていた。何も建設的なことを行なうわけでもない。狭い部屋で、僕以外はみな煙草を吸って、酒を飲んでは競馬の予想などをしていた。要は、誰1人、彼女なんていなかった。
 大学卒業後は進路は分かれた。東京や他都市で就職した者もいれば、家業を継ぐために弘前に戻った者、青森県内の企業に就職した者もいた。
 弘前に戻ってきた連中は、社会人になっても、なんやかんや理由をみつけては、つるんで飲み歩いた。たまに帰省してくる奴がいれば、待ってましたとばかり歓迎会を開いた。今日の集まりも、その例に過ぎない。
 ただ、 間違いなく僕らも歳をとった。だって、誕生日が来れば、みんな古希を迎える。  
 ちょっと前までは、話題の中心は年金だった。銀行OBが2人もいて、やたら詳しい。何歳まで生きられれば元をとれるとかとれないとか、そんな話をしていた。僕は、当時、議員だったので、年金は停止される。正直言って、話についていけないこともあった。
 が、最近は、健康のことに話題の中心は変りつつある。特に、昨年暮れに、仲間の1人が長い闘病生活の末に癌で命を落とした。それなりに皆ショックを受けた。東京に墓を買うとのことだ。春になったら皆で墓参りにいくことを提案した。
 実は、もう一人、癌を患ってる仲間がいる。今日も青森から来てくれた。最初に発見されたのが、僕の女房と同じ頃だったので、もう15年以上も闘っていることになる。何度か転移したり再発をしたようだが、その度に大きな手術を受けて、今も頑張っている。
 彼の凄いのは、その精神力もそうなのだが、体力の維持に努めていることである。夏になれば山に登り、自転車で遠出をする、あるときは青森から弘前まで自転車できたことがあった。冬は雪かきに精を出している。たぶん、今日集った仲間の誰よりも元気一杯だ。
 つくづく思う。病と闘うには、医師の力もそうだが、やっぱり本人の気力と体力が最も大切なのだ。特に体力。病に屈しない頑強な身体を保っていかなければならない。
 といいつつ、僕は、運動らしき運動は何もやっていない。最近は読書人倶楽部まで歩くことも希になった。
 僅かに自慢できるのは毎朝の猫の世話。4つあるトイレを掃除し、シートや砂を取り替えるために、合わせて10回強のスクワットをやっている。それで病気に打ち勝てるのだろうか?(3859) 
 

当たらないもの


 一昔前、”当たらないもの”の代名詞と言えば、 寺山修司の馬券予想だった。テレビの競馬番組にも出ていたし、夕刊紙に競馬コラムも連載していた。それをまとめた単行本は、今も僕の書棚に収まっている。
 そもそも寺山は、馬券を当てようという気がなかった。「馬券を買うと言うことは、自分が運命の神様に祝福されているかどうかを占うためだ」「好きな馬の馬券を1枚だけ買って応援する。それが競馬だ」なんてことをことあるごとに言っていた。僕はそれを盲信して、結果、随分と中央競馬会に貢いしまった。
 ”当たらないもの”のもう一つは、天気予報だ。河豚を食べる前に天気予報を視れば当たらない・・・だなんて冗談を聞いたようなことがある。  
 だけど、それは昔の話だ。最近はよく当たる。雨と言えば雨が降るし、大雪と言えば大雪だ。当たらなくてもいいのにと思うことも一度や二度ではない。
 予報昨夜視た今日の予報はこんなんだった。明け方に雪マークがある。ひょっとしたら久々に雪かきかと思い、それに備えて早く寝た。
 それよりも困ったのは、一日中”霙”マークが出ていることである。マークとは別に、予報士は「平野部でも吹雪く所もある」などと言っていた。
 実は今日は、商店街の用向きで、市北部の農村地域をはじめ市内を車で回る予定だったのだ。市街地ならまだしも、りんご畑の真ん中で吹雪にあったら、前方も見えなくなり路肩に脱輪の危険もある。それは絶対に避けたい。
 朝、布団から這いだし、真っ先に隣の家の屋根を見た。やった。雪が積もっていない。それどころか日も差してきている。  
 午前中は快適だった。日頃の心がけがいいからだと、1人悦に入りながら、車を走らせた。「天気予報と寺山の馬券はあたらない」と若い頃のことを思い出した。
 ところが午後、一天俄にかき曇り、冷たいものが降ってきた。予報通り”霙”だ。夕方5時近く、家に帰る頃には、ところどころ車道も白くなっていた。  
 今日の結論。天気予報を侮ってはいけない。寺山の予想より当たる。土曜日にはふぐを食べに行く予定があるが、天気予報は視ないようにしよう。
 明日の予報では、一日中雪マークが並んでいる。うーむ、明日朝こそは雪かきか。今日も早く寝よう。(4705)

フジ騒動を憂える


 今日はやはり、昨日行われたフジテレビの記者会見の話題に触れずにはいられない。1月24日の美ログに書いたような一タレントの引退騒ぎとは違って、フジ・サンケイグループという巨大な企業体が犯した、メディアに対する信頼を失墜しかねない事態だからだ。
 なんて、偉そうなことを言ってはいるが、実のところ僕は、前段の中居何某の女性トラブルとやらについては全くわからない。件の週刊文春も女性週刊誌とやらも読んでいないからだ。  
 僕が知っているのは、今年になって、ワイドショーなんどで頻繁に採り上げられるようになってから。特に、1月17日のフジテレビ社長の記者会見以降だ。先日もブログに書いたが、あの記者会見はお粗末だった。あれならやらない方がまだましだった。  
 昨日の記者会見は、そういった批判を受けてのはずだった。なのに、テレビ・新聞を含めた今朝の一連の報道を見ていると、残念ながら、批判は沈静化するどころか、火に油を注いだような感も無きにしもあらずのようだ。
 まず、いきなり会長・社長の辞任発表がまずかった。何が原因でどこに問題があったのかも曖昧なまま辞めるというのは、単に世論に阿ったと思われても仕方がない。それで有耶無耶にできるほど、今の社会は甘くはない。
 僕が思うに、問題点は2つしかない。中居と女性アナウンサーの間に何があったかなんていうのは、全くのプライベートなことでどうでもよいが(興味はあるが)、そこにフジテレビの社員が関与していたかどうかという点と、そういったトラブルがあったにもかかわらず、中居を番組に起用し続けたことだ。加えてあげれば、先日の記者会見をなぜオープンにしなかったかということも追及されてしかるべきだろうとも思う。
 ただ、盛んに言われている、日枝何某が会見に出ないとか、フジテレビの企業風土とかは、あんまり関係ないようにも思っている。何か、そのことを問題視して、鬼の首でもとったように騒ぐのは、他局・他紙の、ここぞとばかりフジを叩こうとする意図が丸見えのようで、浅ましさすら感じないわけでもない。
 他マスコミの話をすれば、昨日の会見でも、常識ある社会人としては如何なものかと感じるような記者も見受けられた。会見席に並んでいたのは、いやしくも他企業の経営トップ陣であり、質問した記者から見れば人生の業界の大先輩にあたる人たちだ。それに対して、野次ったり罵声を浴びせるような態度は如何なものか。また一人2問までというルールを破ったり、一人で延々と演説をぶった記者もいるやに今日の新聞には書かれてあった。
 確かに、新聞であれテレビであれ雑誌であれ、国民の知る権利に応えるため、問題を追及し、遠慮や忖度なく質問することは重要だ。でも、どんな場合でも、礼儀や誠意は見失ってはならないと、僕は思う。
 聞けば、そういった無礼な質問をしたのは、テレビ・新聞ではなく、ネット系やフリーの記者が多かったそうだ。僕のSNS嫌いは、ますます加速しそうだ。
 フジテレビには憧れがあった。1980年代、まだ衛星放送もインターネットも普及していなかった頃、フジテレビは数々のヒット番組を制作し最盛期を謳歌していた。フジの系列局の無い青森県に住む僕は、東京に出張に行くたびに、ホテルで8チャンネルを視ることを楽しみにしていた。「古畑任三郎」という良質なドラマを初めて視たのも、やはり出張先のホテルであった。
 日曜日の競馬中継も、フジテレビがキー局となっている。学生から社会人と、東京にいた頃は、随分とお世話になった。
 そのフジテレビが、危機に直面している。この際だから、膿を出し切って、心機一転巻きなおし、何とか立ち直ってもらいたいと願う次第だ。(3948)
 

小さな雪害


 ここのところ、雪の無い穏やかな日が続いている。もう豪雪の峠は越したものと思いたい。
 12月以来、老体に鞭打って雪と格闘してきた。30分一本勝負の時もあれば、片付けている先から雪が降り積もって、時間無制限一本勝負のような日もあった。
 それでも、最低限必要な玄関から門までの通路と車の前の雪は、降雪の度に片付けた。裏庭にある灯油タンクまでの道も、自分でつけていた。向う3軒両隣と言うが、ご近所の人たちと声を掛け合って行う作業は、今思えばそれなりに楽しかった。 
 が、正月明けくらいから、幾分暖かくなって、今度は屋根雪が落ちてきた。これがまた厄介だ。重いし硬い。とうとう、裏の灯油タンクへの通路は、道幅が狭いため高く積もってしまい、一人では手に負えなくなってしまった。
 そこで、昨日、知り合いに頼んで、道を確保してもらった。道と言っても、雪を寄せる場所がないため、雪の尾根に登山道をつけたようなものだ。とにかくタンクまで辿り着けないことには、灯油の残量も見られないし、業者さんに配達をお願いすることもできない。
 昨日は、ブログにも書いたように弘前文学学校の新年会があったので、作業終了まで立ち会うことができなかった。今日改めて、タンクへの山道を登った。頂に立つと、高さが僕の慎重くらいあるタンク上部の給油口を見下ろす感じになる。残量のメーターも見た。まだ半分くらいはある。1月中は頼まなくても間に合いそうだ。
 枝と、そこで、恐るべき発見をした。臨家との境界に沿って植えていた立木の枝が、雪の重みで折れていたのである。他にも枝が不自然に垂れているものも見受けられる。雪解けを待ってつぶさに調べれば、他にも何本か折れている木があるかもしれない。
 これで、今冬の我が家の雪害は、屋根雪の落下に巻き込まれて折れ曲がった煙突についで2件目だ。煙突は、実は12月の降雪前に取り換えたばかりだった。それすら痛い出費だったのに、また取り換えるとなると当家滅亡の危機に瀕してしまう。
 そんな訳で、今一番の関心事は、トランプ新政権でもなく、通常国会でもなく、勿論フジテレビの記者会見でもなく、煙突や立木の損害に保険が下りるかどうかということだ。煙突はストーブを使う上で必需品だし、立木は隣の家からの目隠しの役目がある。どうしたって復旧させなければならない。せっかく安くはない保険料を払っているのだから、せめてこれくらいは賄ってもらいたいと、切に願っている。(5984)
 

  
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

昌ちゃん

今泉昌一の本棚


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ