今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2025年06月

新宿迷子


 今、東京にいる。立川のホテルで、このブログを書いている。
 立川に用があったわけではない。23区内のホテルがあまりに高いので、翌朝の行程も考え結果、ここになったのだ。
 今回の旅の目的は鎮魂と慰霊である。今日は昨年の12月に亡くなった高校時代からの親友の墓参りをし、明日はやはりこの春に亡くなった叔父(父の妹のご主人)宅を訪ねて、仏壇に手を合わせる予定だ。詳しいことは、明日、弘前に帰ってからゆっくりと書こう。
 今日は東京の変貌について書く。東京駅と新宿駅のことだ。
 高校時代の仲間2人と一緒に上京した。東京駅で、今は千葉市在住の、やはり高校からの友人と待ち合わせた。場所は銀の鈴の前ということであった。東京駅とでの待ち合わせの定番だ。もうかなりになるが、以前にも使ったことがある。
 ところが、なかなか辿り着けない。僕の記憶では、銀の鈴というのは、鈴らしく天井から吊り下げられていた。だから上ばかり見ながら歩いていた。それがいけなかった。今はケースに納められて床に置かれていた。
 東京駅は、新幹線の乗降に使うだけだ。それに、今は娘が埼玉に嫁いだので、大宮駅で乗り降りすることが多い。銀の鈴が地上に降りたのはいつのことなのか、さっぱりわからなかった。
 新宿駅はもっとわからなかった。小田急電車で友人の墓参りから帰ってきて、西口のどこかで一杯呑ろうとことなったのだが、小田急デパートの地下のあたりが工事中で、地上への出口がわからない。ようやく階段をみつけ外に出たら、そこから先は、道路を横断できないと交通誘導員に止められた。仕方がないので、長い力通路を横断して東口に出た。
 出てしまえば、勝手知ったる歌舞伎町方面だ。安い居酒屋を見つけて、亡くなった友人に献杯をした
 東京は怖い。しばらくご無沙汰をしていると、すっかり変わってしまう。僕らのようなお上りさんには歩きにくい街だ。
 だったら、もっと頻繁に来れば、とも思わない。若い時はあれほど憧れて、実際に大学進学の際も東京を選んだのに、今はそれほど魅力を感じなくなった。歳のせいなんだろうか。(4550)

二人の芸術家


 貴田久し振りに青森県立美術館(県美)に行った。 「石澤暁生✕貴田洋子 スーパーコラボ展」を観るためだ。もっと早くに来たかったのだが、先週一杯は、昨日の保護猫譲渡会の準備に忙殺されていた。最終日の今日、ようやく時間を見つけて駆け付けた次第だ。
 二人とも知らない仲ではない。貴田先生は、津軽の伝統工芸であるこぎん刺しを現代風にアレンジして、2021年、日展の特選を受賞された。その作品を、弘前読書人倶楽部に持ってきていただき、ブックトークをしていただいたことがある。従来、こぎん刺しは、直線だけの幾何学模様が基本なのだが、貴田先生は”まだら刺し”という新たな技法を編み出し、岩木山の山頂をやわらかな曲線で表現した、などというお話しを伺った。その細かなテクニックも含めて、作品を間近で見させてもいただいた。
 もう一つ。貴田先生には恩がある。
 2年前の県議会議員の選挙の時である。市北東部の旧国道7号線沿いのコンビニの前で街頭演説を行なった。すると、通りの向い側で、わざわざ家から出てきて聴いてくれた人がいる。それが貴田先生だった。
 僕の街頭演説なんて、ほとんど山や建物に向かって喋っているようなもので、聴いてくれる人は少ない。特に農村部ではそうだ。だから、ものすごく有り難いと思った。
 石澤画伯は、青年会議所の後輩である。と言っても、僕が卒業するあたりに入会してきたので、一緒に事業に取り組んだ記憶はない。
 これまでも何度か、個展を開催すると言う話は聞いていた。が、日程が折り合わず、一度も行くことが出来なかった。今日も会うなり「いやぁ、本当に久し振りですね。看板では見てるけど」と挨拶をされた。
  作品は、どちらも素晴らしかった。そのスケールと美しさに圧倒された。これは”アート”なんてものではない。”美術”だ、”芸術”だと心の底から感じた。欲しいと思った作品もあったが、お金は勿論、飾る場所もないので諦めた。
 こんなに凄い芸術家が、ごく身近にいる。やっぱり弘前は、恵まれた文化都市だと言える。
 県美は、車を駐める場所をみつけるのが大変だったくらい混んでいた。特に外国人の姿が目立った。
 美術館をはじめとする”文化”は、観光のマグネットになる。交流人口・関係人口を増加させるパワーがある。経済の活性化にも寄与する・・・。2年前の県議会議員選挙で訴えたことの一つが間違っていなかったことを、改めて思い返してしまった。(7457)

猫たちの旅立ち 特別付録付き


 譲渡会昨年に引き続き、弘前保護猫活動連絡協議会(保護猫の会)主催の、第2回保護猫譲渡会が開催された。僕も主催者の一人として、早朝からイベントの準備・運営に駆けずり廻った。

 今年は、 二部構成だった。第一部は、譲渡会に先駆けて、青森県動物愛護センターから講師をお招きして、野良猫を家に招き入れるための基礎知識・・・例えば猫という生き物の特質・整えておくべき住環境・猫の病気等をとてもわかりやすく教えていただいた。
 猫を譲渡する前に、基本的なことを理解してもらおうと思ったからだ。このセミナーを受講した人が、優先して猫との面会が出来るような形にした。
 実のところ、それほど人は集らないだろうと考えていた。多くの人は猫を見にくるのであって、まだお気に入りの猫がいるかどうか、いたとしても譲り受けてもらえるかどうかもわからないうちに、わざわざセミナーを聴く人は少なかろうと高をくくっていた。それで、当初は椅子・テーブルをを20人分だけ並べておいた。
 それが、あっと言うまに足りなくなった。講話中にもかかわらず、演題横にある備品庫から、追加の机を出し椅子を出し、しばらくするとまた机を出し椅子を出し・・・と言った案配で、最終的には35人の人にお話を聞いてもらうことができた。  
 それが終ると、いよいよ譲渡会である。今年は、昨年の約4倍の猫が参加した。しかも産まれてまもない仔猫が多い。春の出産シーズンに保護されたのであろう。
 残念ながら、来場者は、昨年に比べれば少なかった。市の広報紙が月1回の発行になり直近(6月1日号)の掲載に間に合わなかったことも原因かと思う。その代わり、6月15日発行の「弘前だより」というペーパーに載せてもらったが、全戸に配布される広報誌と比べれば、やはり発信力は数段落ちる。
 それでも、スタッフと合わせてだが、約200人の人が追手門広場に集った。仮契約まで至った猫は10匹と昨年より多かった。この猫たちが、新しい飼い主さんの下で幸せに暮らしていくことを願うばかりだ。
 成果は上々といったところだが、イベントはイベントである。保護猫活動は今日一日で終るわけではない。目指すのは、常時、保護猫と猫を飼いたい人が出会えるような場を創ることだ。もっと言えば、保護しなければならない、保護されなければならない野良猫を、これ以上増やさないような社会を築くことだ。 
 などと、大上段に構えたけれど、今日一日のイベントで、すっかり疲れてしまった。猫と人間が共生できる社会が実現する前に、僕の方がすっかり年老いてしまうだろう。(5201)

 追伸
 今日の特別付録  「参加した可愛い猫たち」
猫1
猫2

 

源氏物語とパンツのたたみ方


 僕は視ていなかったが、昨年のNHKの大河ドラマは「光る君へ」。平安時代を舞台にした、紫式部が主人公のものだった。
 そのドラマに合わせるように、弘前読書人倶楽部では、毎月第4金曜日に、Sa先生による「源氏物語講座」が開催されていた。村山りうさんの朗読テープを聴きながら、Sa先生が解説をするといった内容で、毎回6~8名の熱心な受講生が参加されていた。
 読書人倶楽部としても、そういった講座は大歓迎なのである。人数の多寡ではない。本に関すること、読書に関することで、倶楽部のスペースを使っていただけることは、まさしく設立の趣旨にピッタリだからだ。
 それに、何と言っても、会場費が入ってくる。これまた額の多少ではない。厳しい倶楽部の財政にとっては、会費以外の収入は貴重な財源なのだ。  
 それが、先月(5月)の講義を以て最終回となった。一通りテープを聴き終えてしまったのだ。
 僕は、先生に、「今度は枕草子講座でもやっていただけませんか」とお願いした。「わたしももう歳だから、毎月、講義をするのは疲れるから」と、あっさりと断られた。
 僕はすっかり諦めていた。それで、第4金曜日の今日、読書人倶楽部句会の予定を入れておいていた。  
 ところが、先週の金曜日に、Sa先生から手紙が届いた。受講生から継続の希望の声が上がったらしく、取り敢えず、来週の金曜日に会いましょう。堅苦しい本や面倒な本ではなく、簡単に読める本をテーマに話し合ってみましょう」といった内容だった。僕はあわてて句会のメンバーにキャンセルのLINEを送った。
 そして今日、源氏物語講座に集っていた皆さんがまた、読書人倶楽部に集った。テキストは「正しいパンツのたたみかた」。「源氏物語」とは359度異なった本だ。
 面白そうな本だったが、残念ながら僕は、明日の保護猫譲渡会の準備もあって、講義の時間は外に出ていて講義を聴くことができなかった。帰ってきたらもう終る頃だった。
 Sa先生が「次回からはどうしましょう?」と受講生に尋ねた。皆、当然続くものだといった反応だった。ある人は、「こんな本もあるわよ」と言って、「シアワセはお金の使い方」という本を紹介していた。
 ともあれ、受講生が推薦する本を題材に、当面は継続することになったようだ。あー良かった。  
 僕も、パンツのたたみ方よりは、お金の使い方の方に関心がある。もしその本が教材になるのなら、正式にその会に参加させてもらおうかしら。(4847)

中心市街地活性化基本計画に向けて


 中活今朝のT日報紙に、昨日の弘前市議会予算委員会のことが載っていた。中心市街地活性化のことで活発な議論が行なわれたという。
 そう言えば、昨日午後1時に待ち合わせをしていたE議員が30分ほど遅れて来た。いつもは午前中で終ることの多い補正予算審議が、今終ったと言っていた。おそらく、この議論のせいだったんだろう。
 記事によると、市長から、第3期中心市街地活性化基本計画(以後、中活計画)作例のための、「弘前まちなか未来会議」と「まちなか未来ラボ」の2つの会議を設置するための補正予算の提案があったのだそうだ。それに対し、Ki議員やTa議員、それにChi議員らが、疑問の声があがったという。
 あくまで新聞の範囲でしかないが、KI議員は、既に中活計画に係わってきている中心市街地活性化協議会とのすみ分けについて、Ta議員はそもそも弘前市に中心市街地についてのビジョンはあるのかといった点、Chi議員は今後のスケジュールについて質したとある。一つ一つ、もっともな指摘だ。もし僕が今でも市議会議員であったら、やはりそういったことを鋭く質問していたことだろう。
 そもそも僕は、中心市街地に活性化に対する、弘前市の(市長の)無関心・無策に。議員時代からいつも疑問を呈してきた。例えば、2021年3月に、第2期中活計画が終ったとき、間髪を入れずに第3期計画を策定すべきだと主張した。が、弘前市は、1年置いて、2022年度から、それに代るものとして「中心市街地活性化ビジョン」でお茶を濁すにとどまった。
 計画だと国から認定を受けなければならない。そのためには、数的な目標値・具体的な事業とその実施時期・予算等々、明確に定めなければならない。ところがビジョンだと、曖昧とした理念や観測的希望が羅列されているだけだ。そのことも議場で意見を述べたが、市からの反応は薄かった。もう、その時点で、今の市政は、中心市街地や商業政策にやる気がないんだなぁと。落胆してしまった。
 それが昨年になって、いよいよ第3期中活を策定するとなった。そして今回の補正予算案である。
 現市長の任期終了まであと10ヶ月を切った段階で、今さら市民会議やワークショップを招集して、一体何を話し合おうというのか。10ヶ月の間に、どんな頻度で何回開催しようというのか。たった10ヶ月で、中心市街地活性化という、商業だけでなく、都市計画・地域交通・観光・交流人口関係人口・立地適正化計画等々多岐に渡る広範囲な課題について、どうやって会議を進めていこうというのか。単なる「市民の声を聞きました」というアリバイづくりに利用するだけではないのか・・・次から継へと疑念が湧いてくる。
 そういったことも含めて、現職の議員たちが積極的に質問したという記事を読んで、一瞬頼もしく思った。が、念のため、知り合いの議員に採決結果を訊いた。そしたら一人の反対もなく、全会一致で可決されたというではないか。ちょっとガッカリした。
 ともあれ、中活計画に向けて、わずかではあるが動き出した。今の僕には、それを見守ることしかできない。(6727)
 
  
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