今泉昌一の 私事時事

前弘前市議会議員 今泉昌一の  私的なはなし、市的(?)なはなし

2025年09月

議会に関心を持ってもらうには 

 
 弘前大学のM先生が来るからとTa議員に誘われて、のこのこと議員控室に出向いた。ゼミの授業の一環で、2年生のフィールドワークなのだそうだ。
 僕が議員だった頃も行なわれていた。議会事務局や議員に直接話を聞いて、議会がどのようなところかを、文献からではなく、現実のものとして捉えて欲しいという意図ではないかと、勝手に推察している。
 てっきり、Ta議員が率いる会派の議員が全員参加するものと思っていた。が、控室に入ると、議員はTa議員だけ。あとは、色々事情があってこられないという。せっかく、若い有権者と直接会話を交し、議会の実際を説明できるチャンスなのに、なんと勿体ないことだろう。結局、大学生3人と対峙したのは、僕とTa議員だけだった。
 最初は、議員の仕事はどういうものかという質問だった。僕はもう議員でもないので、主にTa議員が喋った後に、遠慮がちに自分の考えを言った。
 定例議会は年に4回、約60日だけ開会される。それを以て、議員は楽そうだなぁという人も決して少なくない。
 そうではない。定例議会から次の定例議会までの間にやるべきことがたくさんある。例えば、市民から要望のあったことへの対応、施策・政策についての勉強、次の一般質問で採り上げる事項の調査・研究等々だ。あるいは、議会で何が話し合われているかや、市政の課題を、有権者に伝えるという重要な使命もある。・・・なんてことを話した。
 3人の学生は3人とも政治にとても関心を持っているようだ。でも、何か訴えたいことがあっても、議員に直に話すことには、敷居の高さを感じているという。そう感じさせてしまっているとしたら、それは専ら議員側の問題だ。
 Ta議員は、だったら若手議員の会というのがあるから、そのメンバーとざっくばらんに話し合う会合を持たないかと盛んに薦めていた。どうやら年寄りは外されてしまうみたいだ。まぁ、もっとも僕はもう議員ではないので、そもそも仲間に加わることができない。寂しいなぁ。
 もっと多くの若い人に、議会に興味を持ってもらうにはどうしたらいいと思うか? という質問もあった。これは難しい。そのために僕は現職時代に毎定例会のたびに議会報告会を行なってきたし、Ta議員との会派でも同様に行なった。またTa議員とは会派レポートを作成し、年4回、新聞に折込んで配布した。最初の3年間は2人だけの会派だったので、使えるお金も少なかったが、それでも数千部は毎回配布していた。それは現在のTa議員の会派でも継承されている。
 でも、それでどれだけの人が議会に関心を抱いてくれたかは、はなはだ心許ない。やはり、今日来てくれた学生さんが、友達一人一人に口コミで伝えていくのが、効率は悪いかもしれないが、確実な方法なのではないか。そのためにも、今日のような学生と直に話す機会はとても重要だと思うのである。
 と、ここで、名案を思いついた。今、日本中から注目を集めている市議会が2つある。静岡県伊東市議会と群馬県前橋市議会だ。何か不祥事があれば、たくさんの人が議会に関心を寄せてくれる。そこでTa議員に何かスキャンダルを起こさないかいと振ってみたが、きっぱりと断られた。当り前か・・・。(5462)
 

国勢調査で出会った人々


 国勢調査の調査用紙配布をようやく終えた。今日は、これまで何度か訪ねても留守だった家への最後の一押し。今日も留守の家には、メモを添えて郵便受けに投函してきた。
 最後の一通は、「2世帯住宅なので調査用紙をもう1枚欲しい」と言ってきた家だ。先週末、国政調査コールセンターから電話がかかってきたので、今日、調査用紙や書き方等の資料を取り揃えて届けにいった。前回もその前も留守だったが、今日も留守だった。  
 いやはや、慣れない仕事だったので、想像以上に疲れた。自分にこんなに体力が無かったということを、70歳にして改めて思い知らされた。 
 そんな中で、お陰様で、この期間中、面白い人とも出会った。
 一人は、ドアを開けるなり、「偽物じゃないだろうな?」と一言。「随分と詐欺が横行してるらしいからな」と言われても、国勢調査詐欺というのを僕は聞いたことがない。慌てて支給された身分証明書を見せたら、取り敢えずは納得してくれた。
 が、今度は僕を公務員と勘違いしたらしい。「こんな調査をするより、役所はもっと他にやるべきことがあるだろう」と説教が始った。何のことかと思って話を聞いたら、税金のことのようだ。どうやら、以前は払わなくてもよかった税の請求が来たとのことだ。はっきり言って、一介の調査員にそういうことを言われても対処の仕様がない。「はぁ、はぁ」と聞き流して、漸く開放された。
 調査区内にはアパートもあった。前にも書いたが、半数が空き部屋だ。郵便受けがテープで塞がれているかいないかくらいしか、外から見定める術はない。
 ある部屋には玄関チャイムがついていなかった。そこでドアを3回ノックした。出て来ないので諦めて次の部屋に行こうとしたら、ドアが開いて「何のようだ」と声をかけられた。
 「国勢調査のお願いです。5年に1度、全国民にお願いしているんです」と決まり文句をいったところ、「そんなものは、今まで一度も来たことがない」という。
 それでも何とかとお願いをしたら、今度は「俺は目が悪くて字が書けないんだ」ときた。「それなら、差し支えなければ、僕が書きますから、質問に答えていただけませんか」と再度頼むと故人故人情報だから、見ず知らずのお前に言うのは嫌だ。市役所の職員にだったらいい」などと言い始める。
 でも、それで怯むわけにもいかない。「今までやったことがないって、じゃあ5年前もここには誰も来なかったんですか?」「いや5年前はここに住んでなかった」「じゃぁ、どこへ?」「東京にいた」「東京のどちらですか?」「中野」「あっ、僕も中野に住んでたことがあるんですよ」「今、お仕事は?」「してるよ」「どちらで?」「コンビニ」「コンビニと言っても色々ありますが?」・・・といった感じで、雑談を交えながら、調査用紙を、聞き出せる範囲で埋めていった。でもとうとう氏名だけは教えてもらえなかった。
 車が停まっているのに、何度行っても留守の家がある。たまたま表に出てきた隣の人に訊いてみた。「あー、あの家は、中にいても出て来ないことがあるみたいだよ」という返事だった。いわゆる”居留守”というやつだ。このご時世だから、何かと警戒をしているのかもしれない。
 僕も、時々、居留守を使うことがある。だって風呂に入っているときにチャイムが鳴ったって、出ていくことができないではないか。でも、どんな理由でも、居留守を使われた方はさぞや困っているんだろうなと、今回の件でしみじみと諭されたようにも思う。
 と、どうにかこうにか国勢調査調査員業務の前半戦を終えた。あとはまだ、回収という仕事が残っている。インターネットや郵送で回答してくれればいいのだが、中には、催促にいかなければならない家もあるらしい。ふー、やれやれ・・・。
 今年やってみて、面白ければ5年後にもやろうかなと、始める前までは考えていたが、やっぱりとても無理そうだ。今年が最初で最後の国勢調査員になりそうだ。(6881)


温泉と本の素敵な関係 今日のブックトークから


 今日は、弘前読書人倶楽部の例会・ブックトーク。今月の講師は、温泉ソムリエとして活躍中の鎌田祥史さんだ。
 彼は、惜しまれつつ休刊となった「月刊弘前」に、「湯けむり津軽」というエッセイを、足掛け5年にわたり連載を続けていた。また最近は、青森テレビにも出演している。今日は「本から読みとく温泉」と題して小一時間、お話をしていただいた。みんな温泉が好きなのか、今日もたくさんの会員が参加してくれた。 
 講話の中で紹介していただいた本は、作家の手になる作品では、太宰治の「津軽」や井上靖の「海峡」、石坂洋次郎、「東北温泉風土記」など。文学登場する温泉は、物語を締めくくるために使われることが多いと彼は語っていた。  
 その他に、ガイドブックとして、東奥日報社の「青森県温泉の旅」、グラフ青森社の「青森の温泉めぐり(いで湯めぐり)も紹介された。後者は青森の温泉書籍のバイブルと評していた。  
 ソムリエとして推奨する入浴5ケ条の話も面白かった。①入浴前後に水を一杯飲む ②湯船に入る前にかけ湯をする ③頭には濡れたタオルをのせる ④一気に長湯せず分割浴をする ⑤疲労回復には膝下の御礼交互浴、なのだそうだ。僕は、この中の①と②は実行している。
 実は、僕も以前、弘前周辺の温泉巡りをしていた頃がある。田舎館村にあったコミュニティーFMの番組で紹介するためだ。当時、五所川原にあった金太郎温泉と弘前にあった桃太郎温泉を入り比べたこともある。金太郎vs桃太郎だぁとプロレス風の乗りで、自分では面白い企画だと思ったが、あまり受けなかった。
 読書人倶楽部のブックトーク。先月はシードルの話、今月は温泉の話と、読書から遠ざかっているんじゃないかというご意見もあるようだ。
 が、そんなことはない。シードルのグラスを傾けながら本を読む。あるいは温泉旅館に投宿して読書三昧の時間を過ごす。シードルも温泉も本との相性はすこぶるいい。
 それに、本の世界は、あらゆる事象を網羅している。シードル・温泉に限らず、何の話をしても、全て本と結びつく。そう考えれば、ブックトークの種が尽きることはない。
 そのうち、僕が猫と本の話をしてみようか。でも、誰も聴きにこなかったりして・・・。(6757)

市長受難の時代


 全国で、市長の不祥事が相次いでいる。
 静岡県伊東市市長の学歴詐称問題については前に書いた。あれは、選挙立候補時ではなかったので、公職選挙法には抵触するものではない。だから、指摘された時に、素直に謝っておけばよかったものを、卒業証書らしき物をチラ見せするなど、変に誤魔化そうとしたので、火に油を注いでしまった。
 が、もっとも悪いのは、不信任案が可決された際に、それに従わず議会を解散したことだ。方針や政策の違いで議会と対立したのではなく、100%自身の嘘が招いた結果の不信任案だ。解散の大義はどこにも見あたらない。
 かと思えば、今度は前橋市の市長だ。妻子ある市の幹部職員と、ラブホ通いを続けていたのだそうだ。
 市長いわく、男女の関係は無く、仕事上の打ち合わせや相談をしていただけとのことだ。どうも、この言い訳は通りそうにない。   
 だって、公務上の打ち合わせや相談なら、庁舎内の会議室で行なえばいい。いや、そのために、立派な市長室が設けられたあるはずだ。百歩譲っても、公共施設の貸し室や、後援会筋の施設の一室を貸してもらえばよかった。何もラブホである必要は全くない。
 ラブホというのは・・・僕は入ったことはないが(?)・・・、ベッドといい、照明といい、スイッチを入れれば映し出されるビデオといい、ちょっと広めの浴槽といい、まさに男女の関係を築くための施設だと聞いている。そういう場所で、まともな仕事の打ち合わせが出来るとはとうてい考えられない。
 伊東市も前橋市も、どちらも女性市長だった。だから女性は政治に向かない、なんて言うつもりは全くない。ただ、実際に首長選挙ともなると、「〇〇市初の女性市長を誕生させよう!」なんていうスローガンが飛び交うケースがよくある。それに飛びつく有権者も少なからずいる。
 要は、男性だから女性だからという問題ではない。男であろうが女であろうが、掲げている政策は勿論、政治家としての資質をしっかりと見極める目を、我々有権者は持っていなければならない。などと言ってはいるが、若い美人が立候補すれば、僕などは、そちらに投票してしまいそうだ。
 沖縄では南城市の市長が、セクハラの咎で、議会から不信任案が出され可決された。一部には、女性職員にキスを強要したとの報道もある。これは、政治家として以前に、人間として許されるものではない。
 昨今の全国の首長をみれば、随分と平均年齢が下がっている。選挙でも”若さ”を強調するスローガンが多い。それに期待して投票する有権者も多い。
 が、よく考えてみよう。”若さ”はそれ自体素晴らしいことだが、若ければいいというものでもない。やはり、候補者の年齢に関係なく、政治家としての資質に、僕らはもっと目を向けなければならない。
 特に、ことセクハラとなると、若さ故の危険性も孕んでいる場合もある。もう一線をリタイアした年齢の方が、その心配はなさそうにも思う。
 と書いてから、南城市長の年齢を調べてみた。そしたら何と、昭和30年生まれ。僕と同い年だった。うーむ、元気だなぁ。達者だなぁ。まだ枯れてないんだろうなぁ。羨ましいなぁ・・・
 冗談(?)はともかく、我が弘前市長のことである。大過なく2期目の任期も残すところ半年となった。来年の4月には、市長選挙が待っている。はてさて、一体誰が立候補するのやら、これから騒がしくなってくるだろう。(3249)

祝 ドジャース地区優勝! のはずが・・・


 LAドジャースがナリーグ地区優勝を決めた。さっそく今朝のモーニングショーで大々的に採り上げられていた。半世紀以上プロ野球を見続けてきた僕には隔世の感がある。 
 僕が野球に興味を持ち始めた頃、メジャーリーグのことを大リーグと呼んでいた。それはもう雲の上の存在だった。日本のテレビ番組で報道されるなんて、まず無かったと言ってもいい。  
 何年かに一度、シーズンオフに、どこかのチームがやってきて、巨人や日本選抜チームと試合を行なった。ドジャース、オリオールズ、メッツなどを相手に、王選手がここでもホームランを量産していたが、オフの観光気分で来ているメジャーチームに勝ち越すことは難しかったような古い記憶がある。  
 日本人初のメジャーリーガーは村上投手だが、何と言っても海の向こうの野球を身近にしたのは野茂投手だ。一年目、トルネード投法で新人賞をとった他、2度に渡るノーヒットノーラン達成など、日本のトップ選手はメジャーでも通用することを、見事に証明した。  
 次がイチローである。今さら書くまでもないだろうが、一年目から新人王と首位打者・MVPを獲得し、その後もシーズン200本安打を続け、安打数は通算3000本安打を超えた。昨年、日本とメジャー両方で殿堂入りしたことは記憶に新しい。
 そして今は、大谷選手をはじめ、多くの日本人選手が、アメリカ各地で活躍していて、メジャーリーグに触れる機会が格段に増えた。その道を拓いたのは、まさしく野茂とイチローであり、この二人には、国民栄誉賞を上げてもいいとすら、僕は思っている。
 といった話を書いているうちに、青森市のある書店の社長を思い出した。まだ野茂が海を渡る遙か前、ネットも衛星放送も無かった時代、その社長は、わざわざ野球を観るためだけにアメリカに何度も行っていた。書店組合青年部などの会合で顔を合せる度に、熱くメジャーの魅力を語っていたのがとても懐かしい。
 その書店も今は無く、社長も店を閉めてしばらくしてから亡くなられた。考えてみれば、かつての書店や文具業界の仲間達の店も、今はもうごく少数しか残っていない。
 日本におけるメジャーリーグへの関心は、時代とともに盛り上がってきているが、県内の書店や文具業界は、それに反比例するように衰退していっている。ドジャース優勝で明るい朝を迎えたが、夜になって段々としんみりとしてきてしまった。(5939)

 
 
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