きょうは、つがるプロレスの大会が行なわれた。昨年4月に、公式戦第一線を行なった、我がつがるプロレスも、とうとう、この4月で、旗揚げ一周年を迎えたのである。  
 当初は、何ヶ月もつのだろうかと危惧もされた。一昨年のカルチュアロードで、プレ旗揚げ戦を行なった時にも、ちゃんと旗揚げできるのか、揶揄するむきもあった。
 確かに、始めた僕らも、確固たる理念があるわけではなかった。まぁ、赤字を出さず、儲けも追求せず、赤字にならないようにいして続けられればというのが、細やかな狙いでもあった、実際に儲けてもいない。
 僕は、こんなことを行なっていることを、”極の大人の遊び”と称している。人間、長い人生の中で、自分が最も好きな何かに、時間と労力を費やし切ってしまう一時期があってもいいだろうと、その程度の意識で始めた。それが一年も続くだなんて・・・。改めて、応援していただいている皆様に、この場をお借りして感謝申し上げたい。
 さて、きょうは、ハプニングがあった。僕が、コミッショナーの挨拶をしていた時のことである。突然、G石島選手がマイクを持って、ギャラのことで、僕を名指しで注文をつけてきた。いわば乱入である。
 今まで、リング上で挨拶をさせていただいた経験は、幾度かある。だけど、その場に乱入されたのは初めてだ。一瞬たじろいたが、すぐにマイクで応酬した。思わぬ乱入に対応するというのは、まさしくプロレスの一キャラクターとして参戦しているのにも等しい。そんなことを言えば、今日が、僕の、プロレスデヴュー記念日ということになる。
 メインイベント終了後にも、また出番が来た。両者リングアウトで終わった試合に決着を付けるという判断を委ねられたのだ。
 その時も、石島選手と、一悶着があった。完全に、僕と石島選手の間には、遺恨が生じてしまった。かくなる上は、リングの上で、雌雄を決する他はない。
 今の僕だと、とてもじゃないが、上半身裸を曝け出す勇気はない。でも、これから因縁の対決が続いていくのであれば、それには応じよう。「誰の挑戦でも受ける!」というのが、僕のポリシーんzのだ。
 そのためには、身体を鍛えなくっちゃ。若い頃は100回を楽に超えていた腹筋運動が、一昨日には、恥ずかしながら、一度もできなくなっていた。かつては、レジー・パークスというレスラーが、腹の上に車を走らせても平気だという記事を信じて、一生懸命腹筋を鍛えたものだ。それが、全く出来なくなってしまっていた。とても哀しい。
 ともかく、レスラーの乱入に対して、口ではなく、技と体力で対抗できるように、身体を鍛える。ようし、一つ目標ができた。今度はコミッショナーではなく、レスラーとしてのリングデビューを目指そう。(8228)