きょうは、母の日なんだそうである。僕が幼少の頃から、カーネーションを贈る日として定着していた。幼稚園の頃から、「5月の第2日曜日は母の日です。おかあさんにありがとうって言いましょう」と教えられていたような気がする。
 その割に、父の日というのは、少なくとも子供の頃は、あまり意識した(させられた?)ことはなかった。何か、”母の日”があるから、申し訳程度に”父の日”も定めたような、そんな気もしていた。
 調べてみたら、決してそんないい加減なものではなく、”母の日”も、”父の日”も、もう百年以上の歴史を持つ風習だということがわかった。両方とも、しっかりした由来がある。
 しかしまぁ、由来はともかく、どちらも、多分に、コマーシャリズムに乗せられているような気がしないでもない。生花店業界の、あるいは百貨店業界の・・・といった浅ましいことを考えてしまうのは、悪い癖だ。
 そんなことを言えば、バレンタインデーなんて最たるもので、チョコレート業界の戦略にまんまと嵌って、狂騒している人々を見れば、哀れにも思う。などと言いながら、自分でチョコレートをもらえれば、たとえ義理チョコとわかっていても、素直に嬉しい。
 土用の丑の日も、もとはと言えば、鰻屋の販促から始まったと聞く。そうはわかっていても、毎年、行きつけの寿司屋から蒲焼きを買って帰る。
 さて、母の日である。僕は、子どもの頃を除けば、滅多にプレゼントなるものをした記憶がない。ここ数年は特に、黙ってスルーしてきた。だって、60歳にもなって、80過ぎた母親に、今更ながら「母さん、ありがとう」なんて、照れくさくてとても言えるものではない。
 それに、「何か欲しいものはある?」と尋ねれば、もう”物”はいらないと答えが返ってくる。そういうときだけ、僕は素直ないい子になって、それ以上は反抗しない。 
 IMG_5249 (2)それが2~3日前の日の朝であった。母親が、「こういうのもあるんだのぉ」と、その日の新聞に折り込まれてきたデパートのチラシを僕に見せた。地下の惣菜屋の、「母の日特選弁当」が掲載されていた。「今日は家事はお休み」というキャッチコピーが添えられていた。
 なるほど、”物”や”花”ではなく、こういうプレゼントもあるんだなぁと、目から鱗が落ちる思いがした。つまり、料理や洗い物に費やす”手間”と”時間”をプレゼントするという考え方だ。
 そこで僕は、今日の朝一番で買ってきた。やっぱり「ありがとう」なんて照れくさいので、ただ「これ、この間のチラシのやつ」とだけ言って渡した。
 その後すぐに外出し、夜は、学区町会の保健衛生委員会の総会兼懇親会に出席したので、母の口に合ったのかどうかはわからない。果たして、喜んでもらえたのだろうか?(7196)