弘前学院大学のシンポジウムに、パネリストとして出席させていただいた。他には、現役の高校生2人と、青年会議所の理事長。それに県議のKi君。コーディネーターのS先生も含めて、僕が最年長だった。
 いや、それよりも、目の前のお客様のほとんどが学生さんたち。僕より歳をとっていそうな人は、片手で数えられるくらいしか見当たらなかった。何となく、出だしで、浮いてしまった感じだ。
 それにしても、驚いた。三連休の最終日の昼下がり。学校はちょうど学園祭。窓の向こうからは、にぎやかなバンドの音も聞こえてくるというのに、会場の階段教室には、100人近い学生たちが集まっていた。「政治のスタートは住民の発言から~18歳選挙権と請願権(日本国憲法第16条)を高校生と考えよう~」という、硬い、小難しそうなタイトルのシンポジウムにかかわらずにだ。S先生の、日頃の教えがいいのだろう。ここの学生の、政治に対する関心の高さを垣間見た感じだ。
 僕は、弘前市議会としての請願の採択状況等を、予め調べていった。自分で係った請願についても、いくつか紹介したいと思っていた。
 ところが、話は、思わぬ方向へ流れた。
 男子高校生が(かの聖愛高校の野球部員である)、子どもの野球人口の減少を危惧していると発言した。それだけだったら、9月議会の一般質問で、関連事項を僕も採りあげたし、担当部長にも提案したこともある。
 しめしめ、たっぷりと話すことができる、とほくそ笑んでいたら、その高校生は、更に深刻な問題に話を進めた。「野球人口以前に、全体の人口減少傾向、少子高齢化について、何か対策はないものか」ときた。いやぁ、これは問題が大きい。
 いきなり僕にふられた。そこで、弘前市をはじめ、いろいろな自治体で行っている、子育て環境の整備や、子育て家庭に対する優遇措置等の支援策を言ってもよかったのだが、僕は、根っからのへそ曲りである。というか、子育て支援と、少子化対策とは、完全に一致するものではないと、僕は考えている。
 そもそも、”子育て”の前に”子づくり”、その大前提に”結婚”というステップがある。そこに触れずに、子育て環境だけを論じても、片手落ちだ。
 それだって、「若者の雇用の場を増やす」とか、「所得の向上を目指す」とか、政治家(?)らしい、一見もっともそうな話もできたのだが、やっぱり僕はへそ曲りだ。敢えて、会場にいる人たちに、若者の結婚観というものを問いかけてみた。
 つまり、結婚というものに対する希望や羨望や欲望はあるのかということだ。僕は、今の若者たちには、それが希薄なのではないかと、ときどき感じることがある。自己実現、自由気儘に生きる、何物にも縛られたくないといった価値観が、結婚して子供をつくり家を成していくといった価値観を、上回っているようなケースを、見たり聞いたりすることがある。
 そうしたら、隣に座っていた青年会議所の理事長(本業は和尚様である)も、最近の”家”というものに対する意識が変化してきているのではないか、とフォロー(?)してくれた。
 そこなのである。行政や議員は、いつも即物的な話しかしないし、またそれが仕事だが、若者たちは違う。青臭いかもしれないが、人口減少対策という課題の中で、「結婚とは何か、家とは何か、人が社会で生きていくこととは何か、人間の幸福とは何か」なんてテーマで、徹底して話しあってみたらどうだろう。
 と、最年長の僕は、いかにも年寄りらしいことを考えた次第である。 おーっと、僕も、独身であった。(7580)