親しくさせていただいていた叔母が亡くなった。昨日の通夜に続いて、今日は葬式と取越し法要が営まれ、僕は受付を手伝った。 
 葬儀の受付の手伝いなんて、何年ぶりだろう。若い頃は、しょっちゅうやったものだ。
 受付に限らず、葬儀に関しては、いろいろなことをやらせていただいててきた。喪主は二度、父と女房の時に経験した。司会もやった。法要の会食の際の献杯もさせていただいた。弔辞も何度か読んだ(弔辞は、ある意味、議会での質問や選挙演説よりも難しい)。
 まだ経験をしたことがないのは、仏様本人くらいかもしれない。しかしこれは、出来ればずーっと遠慮したい。
 以前は、それらに加えて、下足係というのがあった。現在のように、葬祭専門ホールなどまだ無く、主に、お寺で葬儀を行なっていた時代だ。
 参列者の履き物をお預かりして、下足札の半券を渡す。履き物を手にもつための、一旦はしゃがんで、また立ち上がる。お帰りの際は、その逆の作業を繰り返す。そんな仕事だ。
 特に、葬儀が終わったあとは大変だ。参列者が一斉に出口に殺到する。我先にと差し出す下足札を受け取っては、履き物を足下に置く。短時間に、何度も何度も、膝の屈伸運動(スクワット)を繰り返す。まるで運動部の基礎トレーニングのようだ。参列者の数が多い時には、翌日に股の筋肉がパンパンに張っていた、なんてこともあった。(なんて軟弱な)
 そういったことのほとんどを、青年会議所時代に経験した。先輩や同輩のご両親の葬儀となると、必ずといってもいいくらいかり出された。
 だから、今でも、どんな役回りを振られても、そつなくこなせる自信はある。下足係は、体力的に厳しいが・・・。
 いやいや、葬儀には限らず、何かの祝賀会でも、厳かな式典でも、各種会議でも、単なる宴席でも、青年会議所時代には、その作り方・進め方を、随分と教わった。入会したての頃は、「何でこんな役ばかりやらされるのか?」とか、「こんなことばかりしていて、何が”明るい豊かな社会を築きあげよう”だ!?」などと、不平不満を感じなかったといえば嘘になる。だけど、それが、60歳を過ぎた今でも、身体に染みついている。と自分では思っている。
 人生において、無駄な体験というものは、一つもない。その時その時の仕事に、一生懸命取り組めば、それが必ず将来生きてくる・・・と、よくある人生訓を思い出す。
 確かに、そう感じることが多い。だけど、その言葉が真実ならば、人間は永遠に生き続けることになる。一種の「アキレスと亀」のような矛盾だ。まぁ、いい。今日はそこには言及しない。ただの屁理屈屋だと思われかねない。
 今、気になることは、現在経験している様々なことが生きて来るのは、何年先なんだろうか? ということだ。20年先、いや30年先か。その時を迎えるためにも、やっぱり、まだまだ仏様にはなりたくはない。(5709)