「明けましておめでとうございます」という挨拶は、一体、いつまで使えるのだろう? 松飾りもとれてしまうと、改めて「明けまして・・・」などと言うのは、正月ぼけのようで、何となく間延びしたようにも感じる。
 でも、こと役所に関しては、4日が仕事始めだったものの、6日が土曜日、7日・8日が連休だったから、実質今日が3日目だ。まだ、堂々と「明けましておめでとうございます」と入って行ける。
 きょうは、今年初めて、岩木地区にある教育委員会を訪問した。たまたま教育長がいらっしゃるようなので、職員に取り次いでいただいた。
 当初は、簡単に新年の挨拶だけでお暇するつもりだったのだが、中に通していただいて、椅子を勧めてられた。珍しく3階まで階段を上って行ったあとなので、椅子への誘惑は立ち切り難く、どっぷりと腰を下ろしてしまった。
 そこからしばしの教育談義。学力向上のこと、卍学のこと、発達障がいのこと、授業づくり・集団づくりのこと等々、話題は多岐に及んだ。人間の果たしてきた役割が、次々とAIに取って代わられていきそうな世の中だからこそ、人間ならではの、発想力・企画力・調整能力を育てるような教育が益々必要になる、という点で思いは一致した。
 言うまでもなく、僕は”教育”のことは素人である。たまたま”書店”という仕事をしていて、”教育”の周縁にいた経験があるだけである。
 ましてや、自分が”教育”を受けていた頃(義務教育であれ高等教育であれ)を思い起こせば、これほど教育者泣かせであった人間はいない。「千の舌を持つ男」と呼ばれる僕ではあるが、いったいどの舌で”教育”の専門家と”教育”について論じているのか、我ながら不思議に思うことがある。
 だけど、あらゆる物事の根本は、”教育”にあるという思いは強い。だから、年4回の一般質問では、ほぼ毎回”教育”のことを採り上げてきた。別れ際に、「これからもまた見当外れの質問をするかもしれません」と伝えて、笑顔で別れてきた。
 その後、本庁の文化スポーツ振興課へ。ここでも「明けましておめでとうございます」だ。まだまだ当分、この挨拶は続きそうだ。(6710)